夏生はちらっと振り向くと、「さっさと来い桐山」と促した。
「ボスが行くなら俺も行くぞ」
沼井が即座に桐山への思慕と忠誠心を行動に表した。
「俺も行くぞ」
「俺もだ。ボスと一緒なら怖くねえよ」
沼井に続き、黒長博と笹川竜平も名乗りを上げた。
夏生は溜息をついている。どうやら男の連れが増えるのは彼には歓迎できないようだ。
そんな夏生の不満を増長させるかのように低い声があがった。
「やれやれ困った若さまだ。だが、確かにおまえの言うとおりかもしれんな。
こんなところで大人しく監禁されているより、そこのお兄ちゃんについていった方が建設的だ」
夏生は悲鳴を上げたくなった。
(おい、的屋の兄ちゃん。俺が好きなのは粋のいいお姉ちゃんなんだよ。空気読め)
さらに夏生の神経を刺激するような出来事が起きた。
「待てよ!俺も行くぞ、皆を助けるんだ!」
七原が威勢よく声を上げた。
それに続くように杉村が「俺も貴子や鈴原を守りたい。俺も行くぞ」と立ち上がった。
「秋也が行くなら俺も行くよ。それに俺だって、の……」
国信は威勢よく立ち上がったものの、ちょっぴり頬を赤らめ言葉を中断させてしまった。
『典子さんを守ってやりたい』と、きっぱり言えなかったのは国信の純情さがそうさせたのだろう。
「俺もお付き合いしてやるぜ。豊、おまえはどうする?」
三村が、あの独特の口調で豊に尋ねた。
「俺、ずっとシンジといるよ!」
期待通りの豊の返事に、三村は「OK、そうこなくっちゃ」と軽くウインクしてみせた。
(……おい、俺の意志は無視かよ)
夏生は、はあっ、と大きく息を吐いた。
「わかったわかった。まとめて面倒みてやるよ。礼は彼女達にしてもらうから。ぐふふふふ」
鎮魂歌―4―
「駄目よ。これも繋がらないわ」
美恵は悔しそうに公衆電話の受話器を置いた。
携帯電話は相変わらず繋がらない。
有線の公衆電話なら家族と連絡が取れると思ったのだが、どの電話も使い物にならなかった。
「はじめから整理してみましょう。私達の身におきたことを」
あまりにも多くのことが突然に起こりすぎた。
事故の直後に、死体を二つも見た。
おまけに早乙女の処刑まで(視覚にて確認したわけではないが)
「ここはどこなの。城岩町の近くにこんな場所なかったはずよ」
美恵はゆっくりと周囲を見渡した。何度見ても、灰色の風景が広がるのみ。
いっそ夢だといってくれたほうが納得できる。それも最悪の悪夢だ。
「考えるだけ無駄だと思うぜ」
良樹が、投げやりのように冷たい言葉を吐いた。
「ちょっと美恵に意地悪したら、あたしが許さないわよ」
「そうよそうよ。うんっ、雨宮君ってイケズなんだからぁ!」
光子と月岡の息の合った詰め寄りに、良樹は苦笑いしながら後ずさりした。
「悪かったよ、謝るよ。麗しいレディが二人がかりなんて勘弁してくれよ」
「きゃ、麗しいレディですって?良樹君、あなたって話のわかるひとねえ。うふっ!」
「……桐山君たち無事だといいけど」
一番心配なのはやはり桐山達のことだった。
あの桐山のことだ無事だとは思うが絶対とは言い切れない。
「ほら、4人とも座れよ。歩き回って腹減ったろ、これ喰えよ」
良樹は懐からお菓子を取り出して4人に放り投げた。
「全然足らないけど、ないよりマシだろ?夜が明けたら俺が何とかするよ」
「何とかって、あんた何かいい考えがあるの?」
貴子はすかさず良樹に詰め寄った。
「まあ俺を信じてくれよ」
良樹は、それだけ言うと菓子をほうばりはじめた。
みゃ~ん、と愛らしい声が聞えた。
「あら、ニャンコちゃん」
月岡が目を輝かせた。見かけによらず月岡は動物好きだったのだ。
「まだ子供じゃない。母親はいないのかしら?」
美恵はあたりをキョロキョロと見渡したが、親猫の姿はどこにもない。
「あなた、お腹すいてるの?」
美恵は惜しげもなく良樹が施してくれた菓子を、その子猫に差し出した。
「美恵さん、いいのかよ。余分な食料なんてないんだぜ」
「いいの。私、お腹すいてないから。でも、この子はそうじゃないみたい」
美味しそうに菓子を食する子猫を美恵は嬉しそうに見詰め微笑んだ。
子猫は菓子を食べ終えると、背筋を伸ばして美恵の足に擦り寄った。
「まあ可愛い。よっぽど嬉しかったのね、すっかり美恵ちゃんに懐いちゃって」
月岡はスキップしながら美恵の周囲を回りだした。
どんな時でもユーモアさを忘れない、それが彼……いや彼女の長所だろう。
美恵はそっと子猫を抱き上げた。
「あなたも家族とはぐれたのね。可哀想に、まだ小さいのに」
子猫は安心しきったように美恵の胸に顔を寄せて甘えた。
「きっと、この子のお母さんもこの子を探しているわね」
桐山やクラスメイトの皆は大丈夫だろうか?
美恵が桐山たちのことを思い表情を曇らせた時、背後からにゃあと声が聞えた。
振り向くと子猫の母親らしい猫が電信柱の影からこちらを見詰め呼びかけるように鳴いていた。
その声に呼応するかのように、子猫は美恵の腕の中から飛び出すと嬉しそうに母猫に駆け寄っていった。
(よかった)
美恵は心からそう思った。
その時、美恵の鼓動が一瞬大きくなった。
誰かに見られている!
戦慄が美恵の肉体を駆け巡った。恐怖感から体が硬直して動かない。
「美恵、どうしたのよ?」
美恵の異変にいち早く気づいたのは貴子だった。
貴子の手が美恵の肩に置かれる。その温もりに美恵の硬直した身体は瞬時に柔らかさを取り戻した。
「何でもないわ。ごめんなさい、心配かけて」
「何かあったの?」
「本当に何でもないの。誰かに見られたような気がしたんだけど、ただの気のせい」
「色んなことがありすぎたものね。きっと疲れてるんだわ、大丈夫でしょうね?」
(気のせいなんかじゃない。確かに、今誰かが俺達を見ていた)
良樹も謎の気配に気づいた。それも美恵よりも数分早く。
(殺気を隠しもしなかった。それなのに、どこから見ているのか見当もつかない妙な気配だった。
さっきのテロリストとはレベルが違いすぎる。まるで死神。誰だ、誰なんだ?)
良樹は右の拳を握り締めた。それでも震えが止まらない。さらに額から汗が滲んでいた。
この気配の主に襲われたらひとたまりも無いと思えるほどの脅威を感じたのだ。
(凄まじい殺気だった。それなのに一瞬で殺気が消えた。なんだったんだ?)
なぜ殺気が消えたのか?良樹にはそれが解せなかった。
ただ殺気よりも、はるかにおぞましい何かを感じた。
粘着質で情熱的で、そして狂気に満ちた得体の知れないものだった。
そして、そのおぞましいものは美恵に対して注がれていた――。
「真知子さん、部長がお呼びですよ」
暗闇の中から声がして、真知子と呼ばれた女に命令を伝えた。
「すぐに行くわ。先に行っててちょうだい」
「今すぐ行かないのですか?」
「あいつが出かけたきり戻ってこないのよ」
「中尉はどこまで気まぐれなお方なのでしょうか、彼はいつもとらえどころがありません」
「戻ってきたようよ」
「しかし姿が見えませんが」
「おまえの後ろよ」
男が驚愕して振り向くと首に圧迫感が襲ってきた。
「……ぐっ」
暗闇から腕が伸びてきて、男の首をつかんだ。絞め殺さんばかりのパワーだった。
「よしなさいよ、本当に殺すつもり?おまえの尻拭いはごめんよ、離しておあげ」
男が放り投げられ塀に激突して、そのまま地面に落ちた。
「さっさと逃げる事ね。この男、いつになくハイになってるわ。おまえ殺されるわよ」
男は慌てて暗闇に姿を消した。雲の絶え間から光が漏れ、辺り一面を照らした。
「どこに行ってたの?部長がお呼びよ」
真知子はスッと立ち上がると、月光を浴びている獣にそう告げた。
月をバックにした金髪の悪魔。そのフラッパーパーマの下から狂気に満ちた目がギラギラと輝いていた。
「……くく」
「何があったの?殺し以外でおまえがそんなに嬉しそうな顔したこと見たことないわ」
悪魔は質問には答えず、ただ笑っていた。
悪魔の脳裏には、先ほど見つけた少女の笑顔がしっかりと焼きつかれていた――。
「な、なんだって?女子達に会った!?」
夏生から女生徒達と遭遇したことを聞いた七原は自分の耳を疑った。
「なんで助けてやらなかったんだよ!」
「おい何度もいうが俺は正義の味方じゃなくて王子様だぞ。
王子様が助けるのはお姫様って相場が決まってるだろ」
「ふざけないでくれよ!あんた、あいつらにつかまってる委員長達見てなんとも思わなかったのか!?」
夏生がスッと右手を上げた。その手にはナイフがキラリと鈍い光を放っている。
七原は思わず後ずさりした。その七原の真横をナイフが通過。
七原の背後から「ぎゃあ!」と悲鳴があがった。
振り向いた七原の視界に映ったのは、肩にナイフを突き刺されもがいている郷原の部下だった。
「七原っていったよな」
夏生は、のた打ち回っているその男に近付くと踏みつけた。
「冷たいこというようだけど俺は元々おまえのお仲間助けてやる義理なんかないんだ。
ここにきたのは俺の理由ってものがあって、俺はそれに忠実なだけなんだよ」
夏生はすっと屈むとナイフの柄を握って引き抜いた。
「ぎゃあぁぁ!」
「うるさいやつだな。あんまり騒ぐと明日の朝日拝めなくしてやるぜ」
「お、おまえには情けってものがないのかよ!」
「男にかける情けはない。まして女の子売り物にするような悪党どもには。郷原はどこにいる?」
「だ、誰がいうか。たとえ殺されたって郷原さんの居場所なんて!」
「ふーん、そうか」
夏生は軽くて手を振って、「おいそこどけ」と柱の前にいた沼井に指示をだした。
沼井が言われた通りに柱の前から引くと、夏生はその哀れな男の足首をつかんだ。
「え?ま、まさか、まさかおまえ!」
夏生は足首をつかんで思いっきり手を振り回した。そしてパッと離した。
男は柱に激突。鼻腔から一気に血液が噴出した。
「ひぃっ」
「悪党にルールは無用。もう一度味わいたいか?それとも郷原の居場所を言うか?」
「言う!言わさせていただきます!」
郷原への忠誠心は完全に夏生への恐怖心に転換し、男はぺらぺらと喋り捲った。
「こ、これで許していただけますね?」
「だめだな」
「え?」
「おまえ、もう一度飛べ」
夏生は男を柱に投げつけた。男は再度激突して、そのまま泡を吹いて意識を失った。
「俺も鬼じゃないから10年後再会していい女になってたら助けてやる。それでいいな?」
「……遅すぎるんだよ」
「ん?ちょっと待て」
夏生は懐から携帯電話を取り出した。
「携帯電話?使えるのか、俺達は何度もやっても圏外で駄目だったんだぞ」
特製携帯電話(いくら使ってもただ!)ですら役立たずだったことを三村が忘れるわけがない。
その三村の疑問に夏生は即答した。
「こいつは携帯電話じゃない。見た目は携帯電話だが無線機なのさ。
もしもし俺だ。ああ、お姫様はいなかったよ。これから探す」
淡々と無線機の向こうにいる相手と会話をしていた夏生の表情が険しくなった。
「なんだって、それは本当か!?」
『本当だって、こんなこと冗談でいうわけないだろ。とにかくやばそうな雰囲気なんだ。
なっちゃん、早く囲いの外にでろよ。奴等すぐにでも始めるかもしれねえぞ!』
「まいったな……予定外だぜ」
『なっちゃん、さっさと逃げろよ。女なんて他にもいっぱいいるだろ?
命あっての物種じゃないか。女助けにいって自分が死んだら元も子もないだろ?
なあ、なっちゃん。今回はあきらめようぜ』
「連中が動くとしたら何時間後だ?」
『なっちゃん!』
「理央、俺は一度狙ったカワイコちゃんは地獄のはてまで追いかける主義だぜ」
『しらねえぞ、俺しらないからな。わかったよ、すぐに調べて連絡する』
「頼んだぞ」
夏生は無線機をしまうと無情な事実を告げた。
「悪い知らせだ。近いうちに、このD地帯に軍隊がなだれ込んでくる」
「ぐ、軍隊?!」
桐山以外の9人はいっせいに顔面蒼白になった。
「軍隊ってどういうことだよ。それにD地帯って?ここはどこなんだよ!?」
「変なこというやつだな。おまえD地帯知らないのか?」
「知るもんか、俺達は自動車事故にあっただけの普通の中学生なんだ!」
「研究所爆破事件で立ち入り禁止区域に指定された危険地帯だよ」
「研究所爆破?」
「おい、まさかそれも知らないのか?おまえ達、ちゃんと新聞読んでるのかよ?
テロリストが科学省の秘密研究所を爆破して、この辺り一帯が一瞬でグランドゼロになったんだぜ。
これは表沙汰になってないけどな、その爆発に総統の末の息子が巻き込まれたらしいって話もあるくらいだ。
科学省の特別研究所の地下に保管されていた未完成の細菌兵器が、その爆発で飛び散ったんだ。
おかげでこの辺りの住民の七割が死亡。
これ以上被害拡大しないようにって政府はフェンスで囲んで立ち入り禁止にした。
もっともフェンスは立ち入り禁止っていうより、中にいた人間が外に逃げるのを防ぐためのものなんだ。
細菌兵器に侵された人間が外にでてきたら、感染しちまう危険性があるからな」
桐山以外の者は全員絶句した。
正直言って、勿論だと胸を張れるほどしっかりと新聞に目を通していたわけではない。
しかし、そんな大きな事件を見逃すほどニュースに疎いわけでもない。
「城岩町の近辺でそんな事件あったなんて聞いて無いぞ!」
「俺からも言わせてもらっていいか?城岩町なんて、この辺りには存在しないぞ」
「おまえはどこの組織の者だ?郷原じゃないのなら木下の手下か!?」
「違う、違います!俺の名前は新井田和志、善良な一般市民です!」
兵士に拘束された新井田は尋問を受けていた。
「嘘付け!一般市民が囲いの中になどいるか!」
迷彩服をきた男達は今にも拷問しそうな勢いで新井田に詰め寄った。
「本当です、調べてください!城岩町立城岩中学校に連絡とってください!」
「ふざけるな!城岩町など存在してもおらん町名など言いおって!
これ以上は問答無用だ。テロリストではないのなら、大陸からきた密入国者だろ!
今すぐ拷問係に引き渡して包み隠さず吐かせてやる!」
「そ、そんな!」
新井田はパニックになった。事実を何度も復唱しているのに、それが全く通じない。
「や、やめてくれ!嘘じゃない、俺は何もしてない。本当です!」
新井田は泣きたくなった。いっそ泣き喚くことができればどれだけ楽か。
これは夢だと何度も呪文を唱えた。しかし悪夢は覚めるどころかエスカレートしている。
それを裏付けるかのように拷問器具が運びこまれてきた。
新井田は一般兵士を押し避けると、責任者らしい男に駆け寄った。
「俺は何もしてない。俺みたいな中学生がテロリストや密入国者に見えますか!?
どうか拷問だけはやめて下さい。やったところで俺からは何も聞き出せませんよ!」
必死の叫びだった。
新井田がまだ少年だということもあって兵士達も同情するほど悲痛な重みがあった。
しかし責任者らしい年配の男は多少の哀れみの色を瞳に過ぎらせた程度で、冷たい表情を崩すことはない。
「もうすぐ殿下がいらっしゃるというのに、おまえのような輩がはびこっていては困るんだよ」
絶望を感じ新井田はその場にペタンと尻餅をついた。
終わりだ、殺される!拷問による恐怖と絶望と激痛で苦しみぬいて死ぬんだ!
「待て」
冷たい響きをひめた声が聞えた。
「富貴原警視長、その男には聞きたいことがある」
(お、男……?)
そらりとした細身の長身に端整な顔立ち。一瞬少年かと思ったがよく見ると違う。
中性的な顔立ちだが、その繊細さは女性特有のものだ。
まるで宝塚の男役の女優のようだなと新井田は感じた。
「さがっていてもらおうか君。これは警察の仕事だ」
「いいえD地帯は元々科学省の管轄地帯。よってこちらの仕事だよ」
(こいつオナベか?月岡と正反対だな)
謎の女は新井田に近付いた。
「君に聞きたいことがある」
女は一枚の写真を取り出し新井田に突き出した。
「君は囲いの中にいたんだろ。だったら彼に会わなかったかい?」
その写真の中にいたのは1人の男だった。その顔を見た瞬間新井田の顔色が変わった。
「こ、こいつは!」
「君、彼のこと知ってるんだね?」
「な、なんで?あんた達どうしてこいつを探してるんだ?」
「質問しているのはこっちだよ。どうやら君には他にも聞かなければいけないことがあるみたいだね」
女は新井田に「着いておいで」と促した。
新井田は一瞬躊躇したが、ここにいて拷問の洗礼を受けるよりはマシだと判断したのだろう。
慌てて女の後についていった。
「生意気な!」
富貴原警視長は忌々しそうにソファに腰をおろした。
「叔父様、何があったの?」
姪の瑠璃がコーヒーカップを富貴原の眼前のテーブルに置いた。
「また横やりをいれてきおった。もうすぐ殿下がおいでになるというのにごたごたはたくさんだ。
テロリストによる爆破事件ということになっているが実際どうだかわからんぞ。
あいつらが実験に失敗して爆発したのかもしれん」
「まあ、そうなの?」
「可能性がないとは言い切れんぞ瑠璃。
その証拠に奴等はあの事件以降血眼になってある人間を探している。
どうやら、そいつが例の爆破に関係あるようだ」
「ねえ叔父様。尚史殿下がおいでになれば、この地域一帯の反政府組織は一掃されるんでしょう?
そうなれば叔父様にとっても喜ばしいことではないの?」
「よく考えてものをいえ瑠璃。殿下の手を煩わせないために私達は日々テロリストどもを逮捕しているんだ。
殿下がおいでになる前に、この地域の屑どもを片付けておかないと私の面目がたたん」
「ああ、そっか。それもそうよね」
「それだけじゃない。こんなことが国防省の上層部に知れたら私の職務怠慢になる」
警察庁は国防省の中にある組織の一つだった。当然、警察庁の人間の失態は国防省の恥になる。
「兄さんの、おまえの父親の話では、すでに国防省の上層部が動いているようだ。
大目玉を食らったよ。『おまえは囲いの中がテロリストの巣窟と化しているのを黙ってみてたのか』と。
『上層部はすでに人をよこしているらしい。それも殺し専門の秘密特務機関の人間だぞ』ともな。
連中を私の手で逮捕せずに、奴等に片付けさせる事になったら左遷だけではすまなくなる」
「そう。ねえ叔父様、そのテロリストを逮捕すれば大手柄になるのかしら?」
「情報では郷原は大したテロリストじゃない。強盗集団も同然の輩ではな。
だが奴は中国地方で一大勢力を誇っていた海原グループのメンバーだった。
海原グループは数ヶ月前に特撰兵士によって壊滅されたが逃げ延びた連中もいる。
リーダーの海原、大幹部だった木下、奴等の居所を知っているかもしれん。
それに他の大組織の裏情報を知っている可能性もある。
奴を逮捕できれば、芋づる式にブラックリストに名を連ねる連中を逮捕できるかもしれん」
「じゃあすぐに囲いの中に機動部隊を送り込めば?」
「機動隊を送り込むような事態になったら、それこそ上層部の連中が黙ってないだろう。
もう私の左遷は免れん。犯罪組織と化した郷原達を押さえきれなかったんだ。
菊地局長はお怒りだろう。明日にでもご子息を派遣するという話らしい」
「菊地局長のご子息は特撰兵士だったわよね?」
「そうだ。対テロリストの特殊訓練をみっちり受けた冷徹な人間だということだ。
もっともすでに派遣されたいう秘密特務機関の殺し屋はさらに冷酷非情で残忍ということだ」
『なっちゃん、総統の次男坊の赴任が早まった。
その前にテロリストを一掃しなくちゃいけなくなったんだ。
だから連中は軍隊を投入してでも、この辺りを巣食うテロリストを根絶やしにするつもりなんだよ。
なっちゃん、早く脱出しろよ。あいつらに捕まったら、なっちゃんまで逮捕されちまうぞ!』
「なるほど総統の馬鹿息子がくるのか。そりゃ戦争始めてでも秩序を回復しなけりゃなあ。
郷原みたいなのをほかっておいたら、総統の息子に危害加えるだろうからな」
『もう、その為に何人も殺し屋送り込んでるらしい。軍隊投入は最後の手段だってよ。
それに妙なんだ。科学省がでしゃばって警察庁の人間にたてついてるんだ』
「科学省が?妙だな、あの爆破事件以後科学省はこのD地帯における権限失っているはずだぞ」
『俺だってわけわかんねえよ。
でもフェンスに近付いて拘束された中学生の身柄はそいつらに引き渡されたんだって』
「大体状況はわかった。で、誰だよ、国防省が送り込んできた殺し屋ってのは」
『鹿島真知子』
「あの色っぽいねえちゃんかよ!?ラッキー!!」
『もう1人いるよ。男でさ』
「これを機会に仲良くなっちゃおうかな俺。楽しみだなあ」
『あ、あの……なっちゃん。その男は……鳴海雅信だって話だ』
「……今、何て言った?」
『鳴海雅信だよ。どうする、なっちゃん?』
夏生は静かに無線機をしまった。そして、クルリと桐山達に向き直るとこう言った。
「パース!」
「え?」
「俺逃げるわ。じゃバイバイ、元気でな!」
【B組:残り45人】
BACK TOP NEXT