「大尉、目的地です。すぐに着地いたしますので」
隼人は高性能のノートパソコンの画面に見入っていたがすくっと立ち上がった。


「必要ない。追って連絡するまで最短の海軍基地で待機しろ」


空中でヘリコプターの扉を開くとパソコンを抱えて飛び降りた。
(この小さな町のどこかに良恵がいる)
隼人は胸元のポケットからメッセージカードを取り出した。


「『結婚しました』……か。季秋冬樹め、限度ってものがあいつにはないのか?」


隼人はカードを再びポケットにしまうと歩き出した。




鎮魂歌―37―




「……人間、ですって?」
「当然だろう。あいつらがいずれ戦う相手も人間だ」
夏樹はけろっとして言い放った。
「改めて紹介しよう、佐竹龍成(さたけ・たつなり)、岩崎郁也(いわさき・いくや)、乃木湊(のぎ・みなと)。
ほら、おまえら千草に挨拶しろ。思いっきり愛想よくな」
貴子は3人をゆっくりと直視した。彼女の仲間と戦うという3人を。


「乃木湊です。よろしくと言うのも変な話ですけど」
1人はいかにも温厚そうで人当たりの良さそうな好青年といった感じだった。
言葉遣いも態度も礼儀正しい。とても戦闘ができるタイプには見えない。
ただ身長が人並みはずれているせいか(杉村以上ののっぽだった)多少威圧感は感じる。


「悪いな、おまえの仲間を危険な目にあわせることになって。
ま、なるべく傷つけないように適当に遊んでやるよ」
岩崎という男は、乃木とは対照的に生意気そうな人間だった。
対照的なのは印象だけではなく体格もそうだった。
随分と小柄で、とてもじゃないが戦闘向きの体ではない。


もう1人はのっぽでも小柄でもない中背の男だ。
他の2人が愛想よく自己紹介したのに反し、何も云わない。
「おい佐竹、千草に挨拶しろよ。美人には愛想よくしろよ、いつも言ってるだろぉ?」
夏樹はニヒルな笑顔で前髪をかきあげた。


「さっきおまえが俺の紹介しただろ。改めて自己紹介なんか必要ねえ」


(なんて愛想のない男なの、弘樹も無愛想だけどこんな態度はとらないわ)
貴子は半分呆れ、半分脅威を感じた。
きっと3人の中で1番容赦ないのはこの男だ。




「どこまでやるの?」




貴子の言葉は静かな口調とは裏腹に異様な緊張感があった。
「どこまで……だって?」
「そうよ。どこまでやるの、まさか本気で殺す気じゃないでしょう?」
『当然だろ』そんな言葉を貴子は期待していた。
だが夏樹の口から飛び出したのは全く逆だった。




「本気に決まってるだろ」




「ちょっと、あんた!」
「言わなかったか?俺も中途半端な気持ちでおまえらを引き受けたわけじゃねえ。
やるといったらとことんまでやるぜ。でなきゃ訓練になりゃしねえ」
「何考えてるのよ、あいつらは素人なのよ!」
「ああ、わかってるさ。だからハンデはやる。こいつらには銃は持たせない」
「銃を持たせない?」
いくら素人でも戦場では銃を所持したほうが圧倒的有利だ。


「正気なの?あんた、自分の仲間を殺すつもり?」
「へえ、俺の仲間の心配してくれるのか?優しいんだな」
「冗談いってる場合なの?」
「おまえの仲間に本気でこいつらを殺しにかかるだけの甲斐性があるなら俺としてはむしろ安心できるぜ」
「…………」
「それが出来るなら、今後の戦いで少しはマシな働きができる。そうだろ?」
夏樹の主張は的を得ていた。彼らには殺しは無理だ。
少なくても今の彼らには。だが、もしも自分達の命が危険にさらされたら?
「……わざと命の限界に追い詰めて、あいつらを覚醒させようっていうの?」
夏樹はまた笑った。貴子は自分の予想が当たっていると確信し心底ぞっとした。














「……まだ国防省は要求を呑まないのか」
徹は苛立ちを押さえ切れなかった。
「どうあっても要求を呑まないというのなら、もう国防省の許可など必要ない」
徹は怒りのままに立ち上がった。もう我慢ならない。
今すぐに国防省に乗り込んで連中を殺してやる!
1人ずつなんて悠長なことはもう言わない、皆殺しだ。


「大尉、新情報が入りました!」
突然だった。兵士が血相を変えて入室してきた。
「なんだ、俺は今取り込み中だぞ!」
「逮捕されたはずの連中の一部が多数発見されたそうです。ある地域に」
「逮捕者の一部だと?」

どういうことだ?いや、この際、そんなことどうでもいい。
手掛かりができた。連中を1人残らず捕らえてやる。

そして彼女の居場所を吐かせる。口を割らなかった時は……殺すまでだ。















「……白州将、戸川小次郎の側近中の側近」
隼人はパソコンの画面に表示されている白州の写真を静かに見詰めていた。
(戸川小次郎には4人の側近がいる)
上からつけられた部下ではなく、戸川自身が選んだ子飼いの連中。
その1人1人の経歴を隼人は調べた。
仮にも軍籍にある人間の経歴だ。簡単に調べがついた。


反町幹男と久良木史矢に関しては問題がない。
河相泪は軍籍に入る前の経歴が全て抹消されていた。
本人にとってマイナスにしかならない経歴は正規の記載から削除される。
例えば出自や軍籍に入る前の非行歴など。
「特撰兵士にとっては、経歴の隠蔽など無意味だ」
隼人は非公式の記録に侵入して泪の過去を知った。
そして即座に後悔した、見るべきじゃなかった。
なるほど戸川が彼女の過去の記録を抹消したがるはずだ。
だが白州は違う。白州は非公式の経歴すら完全に抹消されていたのだ。




そんなことはありえないことだった。
力のある人間(つまり戸川が)職権を乱用してまで白州の経歴を隠したのだ。

(なぜ、そこまでするつもりがある?……この男は何者だ?)

隼人がどれだけ調べてもわからなかった白州の過去。
しかし白州が異常なのはそれだけではない。
白州が軍籍にはいってからの戸川の輝かしい戦績の数々。
白州をそばに置いてから戸川の勲章は一気に3倍に増えた。
間違いなく、その半分は白州の功績だろう。
隼人のその推理が当たっているとすれば、白州の軍歴は特撰兵士レベルになる。


(戸川は徹の要求を知った。黙っているはずがない)


隼人は携帯電話を取り出した。
『隼人、今、俺は忙しいんだ。後にしてくれないか?』
「徹、俺も緊急の用なんだ」
『何だい?』
「戸川小次郎に例の件がばれたぞ」
『何だって?』
徹は少し動揺したようだった。だが、すぐにいつも強気の徹に戻った。


『それがどうしたんだい。戸川風情恐れるに足らずだよ』
「調子にのるな徹、戸川は海軍最強と言われた男だぞ」
『ああ、そうだろうね。俺が特撰兵士になる前まで』
「戸川が黙っていると思っているのか?すでに提督たちに直談判したそうだ」
『君の様子だと、戸川は閣下達を説得できなかった……違うかい?』
「その通りだ。だから恐ろしい、奴は必ず強硬手段にでるぞ」
『奴も馬鹿じゃない。俺に戦いを挑むなんてできるものか。また外国に飛ばされたくはないだろうからね』
「直接奴がおまえを殺しにくると思うのか?」
『殺し屋を雇うとでも?ふん、プライドの高い戸川が信用できない人間にそんなこと頼むものか』
「聞け徹、奴には凄腕の側近がいる」
『それがどうした?特撰兵士の俺を殺せるものか、返り討ちにしてやるさ』
「徹、奴は普通の兵士じゃない。いいか、奴の名前は白州将。奴は――」
隼人はゆっくりと耳から携帯電話を離した。
「……くそ、切った」














『さあ、お目覚めの時間だ。さっさと起きろよ』

良樹達はほんの一時の安息を強制的に終了させられた。
目を閉じて見ていた夢の終わりは現実の悪夢の始まりでもある。
全員が暗い表情で、お互いの顔を見合わせていた。
唯一、月岡だけが「もう寝不足は美容の敵よ!」と精神的余裕を披露している。


『今まではほんの前座。今から本物のゲームの始まりだ』


夏樹の口調は本当に愉快そうだった。
『安心しろ、ゲームは極めておまえ達に優位にできている。
ではゲームの内容を説明する。ゲーム会場は地上西区エリア。
廃棄された古い建物が1つあるだけで完全な自然地帯だ。
その通路を真っ直ぐ行けば地上への出入り口に繋がる。
おまえ達が今所持している銃のほかに補充用の弾丸1ダース、手榴弾、火炎放射器。
その他のサバイバル道具1式くれてやる。飲料水と食料も用意しておいた。
24時間やる。その間に敵が所持しているIDカードを奪って司令室まで来い』
「敵?」
その単語に誰もが敏感に反応した。
『その敵を出し抜く秘訣を教えてやる。いいか一度しか言わないから、よく聞け』
よく聞け、と言われるまでもなく全員が聴覚に全神経を集中させていた。




『一切の躊躇を捨て本気で殺しにかかれ』




全員の表情が硬直した。まるで彼らの周囲だけ氷河期が訪れたように。
『いいか本気をだせよ』
「……ふ」
七原が立ち上がった。
「ふざけるな!これは訓練だろ、何を言ってるんだ、あんた!
狂ってる、正気で言っているとは思えない。あんた、何考えているんだ!!」
『俺は正気だ。そのくらいでやらなけりゃおまえらは敵には勝てない。だからだ』
「敵って誰だよ!」
『おまえらも顔くらい知ってるだろう。詳しいことを知りたきゃ、そこの棚にあるファイルを見てみな』
「ファイル?これね!」
月岡が素早く赤いファイルを取り出した。なるほど3人のプロフィールが記載されている。


『全員、俺の家族も同然の連中だ。せいぜい善戦してくれよ』
「そんな人間を殺させるのかよ。第一俺達にそんなこと無理だ!!」


『ほう、無理だってえ?やらなきゃおまえらが殺されるぞ』
全員が、そんなことはただの脅しだろうと思った。いや思いたかった。
「い、いい加減にし……」
尚も怒鳴り続けようとする七原を良樹が止めた。
雨宮?!」
「冷静になれよ七原……なあ夏樹さん、あんたの目的は俺達を殺すことなのか?」
良樹の声は小さいのに静寂の中、やけに大きく聞えた。


「違うだろ。俺達を殺す為なら、こんなややこしいことする必要なんかない。
あんたは本気で敵を殺さなければ、と言った。だけど俺達は見ての通り素人だ。
あんたが用意した敵はプロなんだろ?そんな相手とやり合えなんてちょっと無茶じゃないのか?」


『安心しろ。あいつらには銃は持たせてない』
良樹の瞳が拡大した。何とか説得を試みるつもりだったの、そんなもの通用しなかった。
「待てよ夏樹さん!いくら俺達が素人だからって、これだけ銃火器もたせておいて相手は丸腰だっていうのか?」
今度は三村が立ち上がって叫んでいた。
「あんた自分の身内を何だと思っているんだ?」


『最初に言っただろう、そのくらいしなきゃ俺の身内には勝てんぞ。だからこそのハンデだ』














「ほらコーヒー飲めよ。紅茶のほうが良かったか?」
「こんな菓子しか用意できなくてごめんな」
光子は決して豪華とはいえないものの、厳戒態勢下とは思えない待遇を受けていた。
「てめえら何してる!その女はただのお荷物だぞ!!」
勇二の姿を見た途端、少年兵士たちは顔面蒼白になった。
「すぐに持ち場に戻れ、さっさとしろ!!」
全員、蜘蛛の子を散らすようにその場から消えた。


「……あいつら~、俺がちょっと目を離した隙に甘い態度に出やがって」
勇二は怒りが収まらなかった。やっぱり、こんな女拾うんじゃなかった!!
「ねえ、彼らはただあたしに親切にしてくれただけよ。あまり怒らないで」
光子が憂いを秘めた目で勇二を見上げた。おまけに顔を近づけて。
「……っ」
勇二は真っ赤になって顔を背けた。光子はグッと拳を握り締めた。
(脈ありね。ふふ)
通信機がピーピーと派手な音を上げ、勇二は助かったとばかりに通信機に飛びついた。


「何だ?!」
「例の連中が多数発見されました!」
「本当だろうな!?」
「はい、ですが妙です。一度逮捕されたはずの人間も確認されてます」
「何だって、どういうことだ?」
「わかりません。国防省から脱獄したということでしょうか?とにかく連中を確保しなければ……あ」
「どうした?」
「……遅すぎました。海軍が先に情報をつかんでいます。
今からヘリを飛ばしてもとても間に合わないでしょう」
「何だと?クソったれ!!」
勇二は怒りにまかせて通信機を壁に投げつけた。
(あーあ、使えない男ね。こんな短気じゃ出世できないわよ)














「……どうする?」
夏樹の最後の言葉からすでに10分がたっていた。
「やるしかないだろ」
三村が切り出した。
「もう俺達に後はない。俺達がもうやめるといったところで、あのひとの方が止めないだろ」
三村は決意を秘めた表情で理路整然と演説を続けた。
常にバスケ会場で脚光を浴びていた主演俳優が舞台を変えて輝きを放ち出した。


「夏樹さんは言った、殺すつもりでやれと。俺達にそんなこと無理だ。
だったら従わなきゃいい、あの人のシナリオに逆らってやろうぜ。
俺達はあの人が用意した敵とやらと戦ってIDカードを奪いゴールする。
ただし人殺しはしない。カードを奪うだけだ、それでいいな?」


全員気が動転していた。しかし三村の言葉で我に返った。
「そ、そうだ。要するにこのゲームをクリアすりゃいいだけの話だろ?
殺さなきゃカードが手に入らないってわけじゃねえんだ!」
沼井が威勢よく叫んだ。その口調は男気溢れるいつもの沼井だった。
「そうね。相手は銃もってないっていうし楽勝よ!」
重く沈んでいた月岡もいつもの明るさを取り戻していた。
(……驚いた。こいつら俺が思っていたよりタフな連中だぜ。
頼りになるな。こいつらとだったら何もかも上手く行くかもしれない)
良樹は自分の同級生達を見直した。ただの民間人だと思っていたことを心の中で詫びながら。
「よし、そうと決まったら急ごうぜ。おっと、その前に敵のこと知っておかないとな」
三村はプロフィールに目を通した。


「……ふーん、全員本格的な訓練受けてるじゃないか。
でも、どうやら夏樹さんや夏生さんよりは、ずっと下みたいだな」
三村の表情は一気に明るさが増した。いけると思ったらしい。
「良かったな、相手がすごく強い奴ならどうしようかと思ったよ」
国信がほっと胸を撫で下ろした。
「ああ、そうだ。これなら勝てるぞ。俺達にはふんだんに銃がある。
夏樹さんは悪趣味だが、くだらない嘘は言わない人間だ。
つまり、こいつらは丸腰。銃で動きを封じてカードを奪えばそれで終わりだ。
その後はロープで縛って、俺達がゴールするまで大人しくしてもらえばいい」
全員、三村の言葉に頷いた。無血作戦万歳だ。
「よし行こう。気を抜くなよ」
全員、ゆっくりと地上へ向けて歩き出した。









「うわっ、何だか数週間ぶりの太陽って感じだ!」
地上の緑を目にした第一声は実に非個性ではあったが偽りなき本心でもあった。
まだ時間にして1日もたっていないだろうに、太陽とは随分ご無沙汰だったような気がする。
「おい国信、感激している暇はないぞ」
地上に出ると、夏樹が言ったとおり武器やサバイバル道具、それに食料が用意されていた。
「銃も何丁もある。それに火炎放射器まで」
元々持っている銃と合わせると銃火器は十分すぎるくらいだ。
「よし行くか」
良樹は武器が詰められているリュックを背負うと戦闘をきって歩き出した。七原達も慌てて後を追う。


「なあ雨宮」
「何だよ七原」
「どこに行くんだよ?」
「さあなあ。俺達、ここは初めてで土地勘が全くないんだぜ。
だからとりあえず探検ってところかな?」
「おい!そんな悠長なこと……」
七原が不安な声を上げたが、月岡と三村は良樹は違った。


「俺は雨宮に賛成だぜ。とりあえず散歩を楽しもうじゃないか」
「おい三村、おまえまで!」
「そうよ七原君、あそこにずっといるわけには行かないでしょ。
だったら行動したほうがいいわ。まずは戦場となる場所を把握くらいしておかないとね」
七原は「あっ」と小さく声を上げた。
「そういうことだ。戦闘ってのは直接対峙してからが開始じゃない。
戦う前から少しでも優位にたてるようにしなきゃ勝てるもんも勝てなくなる」
「そ、戦略なくして戦闘は成り立たないのよ」
良樹の肩にポンと手をおきながら月岡がウインクした。
「敵がいつ襲ってくるかもわからないんだ。だから敵の攻撃を防げる場所を見つけておきたいしな」
「敵か……襲ってくる時間と場所さえわかれば楽なのにな」




「教えてやってもいいぜ。場所はここ、時間は現時刻だ」




全員の動きが止まった。明らかに仲間以外の声がした。
ぞっとした。そして次の瞬間、いっせいに銃を構え周囲を見渡した。
「……いない」
おかしい、妙だ。確かにはっきりと声がしたのに姿が全く見えない。
ただただ静寂が辺りを包み込み、嫌な空気だけが流れていた。


「おい、どこ見ているんだ。ここだ、ここ」


また、あの声が!今度は聴覚を研ぎ澄ませ、方向をしっかりつかんだ。
上だ!!全員いっせいに真上に視線を移動させた。
木の枝に少年がちょこんと座っていた。
少年といっても自分達よりも2歳年上だ。プロフィールにはそう記載されていた。
岩崎郁也だ。小柄で外見からは全く威圧感を感じない。
にもかかわらず、良樹はぞっとした。外見からは威圧感を感じないからこそだ。
小柄で悪戯好きそうな少年にしか見えないのに、なぜか恐怖を感じたからだ。
しかもこれだけの銃を向けられているにもかかわらず岩崎は笑っている。
それも良樹の不安を誘う有効な材料だった。


「撃たないのかよ、宗方にそう言われたんだろ?」


岩崎は生意気そうな口調で言った。まるで挑発しているようだ。
「俺達は殺しなんてしない!!」
七原がありったけの音量で叫んだ。続いて沼井も叫んだ。
「そうだ、おまえをとっつかまえてI……I、I……」
「IDカードよ、沼井君」
「そうだ、その何とかカードってのを奪っちまえばすむことなんだからな!!」
「へえ、奪う?俺から、おまえら素人が奪うだって?」
沼井は目を疑った。岩崎の姿が消えたからだ。
「……なっ」
目を疑ったのは沼井だけではない、七原も三村も国信もだ。


「飛び降りたぞ、背後だ!!」


良樹が叫んだ。全員、一斉に振り向く。
確かに背後にいた。着地した音すらしなかった。
「……なんて身軽なのよ。バレエのプリマドンナ目指していたアタシにだってできない芸当よ」
いつもなら沼井が、「おまえそんなもの目指してたのかよ!」とツッコミを入れるところだ。
さすがに今この状況では漫才などするほど道化師にはなれない。




「宗方の忠告きけよ。引き金は照準を合わせた時に引かないと意味ねえんだぜ」
ニヤニヤと生意気そうな笑みを浮かべている。沼井のもっとも嫌いな笑みだ。
「言っただろう、俺達は殺しなんてしないんだ!!」
沼井は怒りに任せて鉄拳を放った。ところが岩崎はまた姿をぱっと消した。
「き、消え……」
「沼井、真上だ!!」
良樹はスタートダッシュを切っていた。着地地点は放物線を見ればわかる。
沼井の真後ろだ。着地する前に脚をひっかけてダウンさせればいい。
地面に押さえつけて動きを封じてカードを取り上げて終了だ。
良樹はスライディングをかけた。


「おっと危ない」
「何っ?」
岩崎はちょんと良樹の足先にほんの一瞬だけ止まり再び飛んでいた。
今度のジャンプは高い、一気に木の枝まで移動していた。
「おいまだ銃の使用ためらってるのかよ」
岩崎は呆れているようだった。


「聞いただろ宗方、こいつら馬鹿だぜ。佐竹、乃木!おまえらもそう思うだろ?」


良樹はギクッと全身を硬直させた。単独じゃない、敵は全員この場所にいる!
「岩崎さん、お遊びもほどほどにしてくださいよ。からかうのは可哀相ですよ」
良樹は声のする方向に銃を向けた。だが人影1つ見えない。
「乃木の言う通りだ。お遊びはそこまでにしておけよ」
また違う声。すぐに体の方向を変えたがいない。


(……だが確実にいる。姿が見えないだけ不気味だぜ。
俺達はもしかしたとんでもない間違いをしているんじゃないのか?
こいつらは大した連中じゃないと思い込んでいた。
いや思い込もうとしていたのかもしれない)


「佐竹、乃木!こいつら大したことないぜ、俺1人で格の違いを教えてやるよ。
だから手を出すなよ。宗方はこいつらを買いかぶりすぎてんだよ。
季秋家をしょってたつ人間にはらしくないミスだ。俺が証明してやるぜ」
岩崎は再び木の枝から飛び降り、今度は良樹達の眼前に着地した。
「言った通りだ。俺が相手だ、来いよ!」














「何だって柴田光彦が全員の身柄を引き取った?!」
夏樹が囮にと街にはなった男子生徒達はすでに逮捕されていた。
徹が到着する前に海軍の特撰兵士・柴田が彼らをいずこかに連れて行ったというのだ。
「遅かった……クソ!」
徹は壁を殴った。柴田に引き渡されたということは、いずれ連中は戸川小次郎の元に連行される。
戸川は徹のことを嫌っている憎んでいるといってもいい。
(もっともそれは徹も同じだ)
徹に生徒達を引き渡すどころか面会も許可しないだろう。


良恵、せっかく君を救う手掛かりを見つけたと思ったのに……ごめんよ)
やはり国防省に拘束中の人間を使って脅迫するしかない。
徹は再び強い決意を固めた。
「あの大尉……大丈夫ですか?」
何の罪のない一般兵士の気遣いすら今の徹にはうざかった。
「……うるさいな。今の俺に話しかけないでくれ」
「は、はい……すみません。最後の1人を逮捕しに行きますので……」
「……最後の1人?」
徹の目の色が変化した。


「まだ逮捕されてない奴がうろついているのか!?」
「は、はい……追走中に1人だけ当局の目をかいくぐって包囲網の外に出た者がいまして……。
で、ですが、すでに居場所はほぼ割り出していますので、ただちに逮捕を……」
逮捕?!冗談じゃない!!
「その場所はどこだ?!俺が直々に逮捕する!!」
「……ええ?!そ、そんな……大尉自らするような仕事では……」
「いいからまかせろ。この事は誰にも話すんじゃない、わかってるだろうね?」


捕らえ次第、俺のやり方で尋問してやる。
良恵の居場所を吐くまで容赦なく――な。









「……ここか」
なるほど……郊外の廃墟か、いかにも犯罪者御用達のモーテルにふさわしい。
ここに良恵の居所を掴む鍵となる人間がいる。
その事実が徹から冷静な判断力を奪っていた。
(……ふん、動きは一切なしか。ここなら安全だと思い込んで寝込んでいるのか?)
徹は建物を全て調べた。部屋も1つ残らずだ。
(いない。物音1つなし……か。本当にここにいるのか?)
物音どころか気配すら感じない。たとえ寝込んでいても気配は消えない。
(ここにもいない。残る建物は後1つか)
他に隠れるような場所は無い。徹は威勢よく建物に飛び込んだ。
(ここも物音なしか、まさかすでに他の場所に移動しているんじゃないだろうな?)
もしそうなら振り出しに戻る。徹は苦々しそうに顔を歪めた。
その徹のはるか背後の空きビルの屋上に人影があった――。









――20分前――

「はい、指示通り佐伯大尉には偽の情報を流しました」
『ご苦労。約束通り貴様の口座に報酬を振り込んでおく。わかっていると思うが、この件のことは忘れろ』









「……日が暮れる。冗談じゃない、夜になる前に彼女を取り戻してやる」
徹は最後の部屋の扉を蹴破った。
「いない、ここにも……ふざけるな!」
徹は苛立ち髪をかきあげた。
「なぜいない!畜生!!」
普段の徹からは想像できないような汚い言葉すら吐いていた。
「1つでいい、良恵……君の居場所の手掛かりが1つでも欲しい」
考えろ、何かあるはずだ。何か――。
(……待てよ)
徹は冷静になった。そして頭の中で整理した。
(おかしい。何かが妙だ……何かがおかしい)




自分は今なぜここにいる?
それは情報をつかんだからだ。
だが、おかしい。他の連中は―すでに逮捕された―柴田が連行した。
全員逮捕されてないのに柴田はすでにあの場所にいなかった。
戸川は中途半端なことは嫌う性格だ。
最後の1人の情報を掴んでおきながらそのまま帰るなんて、そんなことをすれば殴るだけじゃ済まない。
にもかかわらず柴田はあそこにいなかった。
そして自分は何の疑いもなくここに来た。


――人気のないこの廃墟に


徹の身体中の全細胞が危機を直感していた。
誰かが俺をはめた!!
徹の第6感が告げていた。窓から至急離れろ――と。
徹はダッシュした。振り向いている暇は無い。


ばーんと銃声が廃墟にこだました。


「…………馬鹿な」
徹はゆっくりと振り向いた。
空きビルの屋上から銃口が夕陽に照らされ鈍く光っているのが見えた。
狙撃手の顔は見えない。床に落ちる鮮血だけがはっきり見えた。
徹はその場に崩れ落ちた。そして動かなくなった。




「――全て終わりました小次郎様」

狙撃手はゆっくりとライフル銃を降ろした。

「今夜からゆっくりお眠りになれます。全てシナリオ通りです」

狙撃手――白州将――は、立ち上がるとゆっくりと屋上の昇降口へと姿を消した。




【B組:残り45人】




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