「冬也、おまえは今どこにいる?」
『飛行場だ。さっさと来い、おまえを置いて行ってもいいんだぜ』
「いけずなこというな。すぐ行く」
秋利は携帯電話をしまうと、ヘリコプターに乗り込んだ。
「全速力で飛ばせ」
「はい」
秋利は今まで何度となく見てきた眼下に広がる景色を見詰めた。
広大な敷地、壮麗な屋敷、見事な庭園。
東日本有数の財閥にして、東海地方の領主にふさわしい豪邸。
これだけの金と権力を持っている家など滅多にない。
だが、手にしてきたのは栄光だけではなかった。
それと同等、いやそれ以上に敵を作ってもきた。
特に地方自治省の存在を疎ましく思っている中央政府は常に季秋家を潰す口実を探している。
季秋家の御曹司という立場は決して安堵な位置ではない。
むしろ薄氷。いつ何時、天界から奈落の底に落とされるかわからない。
(……夏樹)
秋利はほんの二年前それを味わった。

(おまえは俺達の復讐の為に政府にたてついているのか?)




鎮魂歌―36―




「慶時、大丈夫か?」
「ああ何とか……でもこのままじゃ俺達時間の問題だよ」

動かない的どいうものがどれだけ容易なものだったか七原は頭ではなく心で思い知った。
そんなもの相手に随分と銃の腕前が上がったといい気にさえなっていたのだ。
その思い上がりが今は情けない。
夏樹の言う通りだ、今までのやり方ではだめだ。
今の自分達には軍のエリート兵士と戦うなんて到底無理だ、不可能だ。
実戦に等しい生死ぎりぎりの中で技術と精神を鍛え上げるしかない。
死ねばそれまでだ。今、ここで死ぬようなら間違いなく特選兵士に殺されるのだ。
死ぬのが早まるだけの問題だろう。


「囲まれたぞ!」


良樹が叫んだ。前も後ろも、右も左も不気味な赤い光。
「まずいな雨宮。これじゃあ引くことも進むことも出来ない」
「ああ、そうだな三村。けどこのまま立ち止まっていてもいずれやられるぞ」
良樹はもう一度周囲を見渡した。


(左右と背後に複数……前方に一つか)


「皆、聞いてくれ」
全員が良樹に注目した。
「1番手薄なのは前だ。一気に駆け抜けよう」
「ちょっと雨宮君!」
月岡が慌てて無謀な提案に異を唱えた。
「そんなことしたらアタシ達絶好の的になるのよ!」
「でもこのままじゃ一歩も 動けないぜ」
「そりゃそうだけど焦って自殺行為することはないわ。きっと他にいい方法があるはずよ。
幸い時間制限なんかないんだから考える時間はたっぷりあるわ」
「月岡、俺はやけになったんじゃない。俺の話を聞いてくれ」
良樹の口調は冷静で落ちついたものだった。
月岡だけでなく全員が静かに良樹を見つめた。




「二手に分かれて走るんだ。俺は右側を走るから、おまえ達は左側を走ってくれ」
良樹の表情には強い覚悟が色濃く表れている。
「攻撃装置は一つだけだ。攻撃範囲に踏み込めば攻撃してくる。
けど俺達が二手に分かれてたらどうすると思うj?」
「そうか、アタシ達全員を同時に攻撃することは出来ないわ
「そうだ。一方に攻撃を仕掛けることしか出来ない。その間におまえ達は走り抜けられるだろ?」
「おい待てよ雨宮、おまえ一人が犠牲になろうって言うのかよ。
それは駄目だ、きっと賛成する奴なんかいないぜ」
三村の言葉に誰もが頷いた。
「三村、俺はそんな犠牲的精神の持ち主じゃないぜ。
おまえ達には走りながら装置を討ち壊してほしいんだ。頼むぜ、俺もまだ死にたくないんだ」
「馬鹿野郎!もし弾が外れたら死ぬじゃねえか!
駄目だ、そんな危険な作戦絶対に賛成できないぜ!」
「沼 井の言う通りだ。他の方法を考えよう」
「サンキュー七原。でも決めたんだ。それに成功するから大丈夫さ」
「何でそんなこと言えるんだ」


「おまえ達を信じてるからに決まってるだろ」


七原は呆気に取られた。
「じゃあやるぜ。俺達には時間がないこてを忘れるなよ」
「三村!」
七原は縋るような目で三村を見た。
自分と違って三村なら上手く良樹を説得してくれると思ったのだろう。

だが――。

「こうなったらテコでも動かなえよ。わかった、雨宮、おまえの作戦に乗るぜ」
三村も覚悟を決めた。
「フフ、本当に男の子って無茶よぬ。でもアタシそういうの嫌いじゃないわよ」
月岡まで乗ってしまった。こうなったらもう覆せない。
「……わかったよ。俺も覚悟決めるよ」
七原もついに観念した。
「ただし囮になるのは俺がやる」
今度は良樹が驚愕した。


「七原何を言うんだ!」
「この中で1番足が速いのは俺だ。だから俺がやる」
「馬鹿なこと言うなよ。言い出したのは俺だ。俺がやるに決まってるだろ。
もし失敗したらどうなると思っているんだ、死ぬんだぞ!」
「この作戦は必ず成功するんじゃなかったのかよ?」
「!!」
「それに俺よりおまえの方がずっと銃は上手いだろ。だったらおまえは狙 撃するべきだ。
無謀な作戦だからこそ少しでも成功の確率あげないと」
七原の意見は正論で説得力があった。
「それにおまえにばかりカッコつけさせるわけにはいかないしな」
雨宮、おまえの負けだな」
三村にぽんと肩に手を置かれ良樹は観念したのかため息をつきた。




「わかった……七原、悪いな」
「いいって。そんなことよりさっさとクリアして夏樹さんをぎゃふんと言わせてやろうぜ」
「ああ、そうだな」
全員が真剣な眼差しで前を向いた。
「よし行くぞ」














「幸枝、大丈夫?もしかして手が痛いんじゃない?」
ずっと射撃場に缶詰状態なのだ。銃の反動でもう手の感覚がない。
ソフトボール部で鍛え上げた友美子より幸枝の手の方が早く悲鳴をあげじめていた。
「大丈夫よ。七原君達が必死に頑張ってるのよ。このくらいへっちゃらよ」
幸枝は気丈に振る舞っていたが手の感覚はほとんどない。
「えっと銃弾詰め替えないと」


(あいつ、さっきから何やってるのかしら?)


貴子は肩越しに後方を見詰めた。その視線の先には夏樹がいる。
貴子達に銃の撃ち方の基本を教えた後は射撃をしろと命令しほったらかし。
今もソファに座って銃をただいじっているだけだ。こちらを見ようともしない。


(本当にあたし達に教える気があるのかしら?
何だか腹立つわね、いかにも片手間で付き合ってるって感じじゃない!)


貴子は連続で引き金を引いた。大音響が射撃場に何度もこだまする。
貴子の迫力に幸枝と友美子は驚いていた。
その時になってようやく夏樹のお声がかかった。
「おいそこまでだ。残ってる弾は抜いておけよ」
幸枝と友美子は言われた通りに弾を取り出した。
「千草、おまえもさっさとしろ」
「弾なら全弾撃ち尽くしたわよ」
「まだ一発残ってるぜ」
「え?」
貴子は訝しいげに確認した。確かに数を把握して撃っていたはずだが。
「……嘘でしょ?」
弾はあった。信じられない。


「どうし た?」
「どうしてわかったのよ」
「こんなことに答えなんか要らないだろ。それでもお望みなら言ってやるぜ。
こんな傍にいて弾の残数くらいわからないようじゃプロとは名乗れない。だろ?」
「……あたし達のことなんかみてないと思ったのに」
「見てはないぜ。ハートで感じたのさ」
貴子は眉をひそめた。
「お気に召さない答えだったようだな。ま、プロなら馬鹿でも銃声でわかる。この答えなら満足か?」
貴子は先ほどまでの考えを少し改めた。
この男はいい加減に見えるが自分のやるべき事はきっちりやってくれている。
プロだと豪語するだけある。表面だけでははかれない人間かもしれない。
「おまえ達の銃だ。これを使え」
夏樹は三人に向かって同時に銃を投げてきた。
貴子達に自習をさせている間、夏樹がせっせといじっていた銃だった。




「これは?」
「ど素人のおまえらに短期間にまともに銃撃てなんて期待は最初からしてないんでねえ。
だったら銃の方に進化してもらうしかないだろ?」
夏樹は銃を改造していたのだ。
「試しに撃ってみろよ」
三人は銃弾を一発ずつ撃ってみた。
そして三人ともちょっと驚いた表情でまじまじと銃を見つめた。
「どうだ?」
「……すごく撃ちやすい」
幸枝が感嘆の声を上げた。
「当然だろ。反動を極力抑えたんだ。ま、その分威力は落ちるが命中させることが最優先だからな」
「あたし達に最適な銃を作るなんて……あんた、あたし達の射撃ちゃんと見てたのね」
「全然」
「だったらどうしてこんなこと出来るのよ」
「言っただろ。音だ」
貴子はただ驚いていた。


(こいつ、もしかしてあたしが想像しているより、ずっと凄い奴かもしれない)


夏樹の携帯電話が軽快なリズムを奏でた。
「何の用だ?」
『俺だ宗方』
「佐竹か、最初に言っておくがな。用件は簡潔に言えよ」
『当然だろ。余計な事をペチャクチャ話すほど俺は会話好きじゃないぜ。
連中が第二ステージを突破した』
「へえ、やるねえ。俺の予想より2分も早い。見所ある連中じゃないか」
『最終ステージはどうする?』
「すぐに司令室に行く」
夏樹は貴子達に「しばらく自由時間だ。寝るなり気分転換するなり好きにしろ」と告げた。
「娯楽室で遊んでても構わないぜ。廊下の突き当たりを左に曲がった所にある。
腹がへったなら食堂に行け。三ツ星レストランには程遠いが結構いけるぞ」


「じゃああたしは休ませてもらうわ。すごく疲れたもの」
「あたしも」
幸枝と友美子は揃って寝室に向かった。
「どうした、おまえは行かないのか?」
だが貴子だけは残っている。
「おまえも休め。それとも一人寝は寂しいから添い寝でもしてほしいのか?
俺なら構わないぜ。けど断っておくがな、俺はその先のステップも踏みたくなる」
「冗談はよしてよ」
「違うのかよ。だったら何の用だ?」
「最終ステージって何やるのよ」
「興味津々なんだな」
「気になるのよ」
「だったらついてきな」
貴子は黙って夏樹に付いて行った。









正直貴子にとってクラスメイトの中 で大切と思える存在は杉村と美恵だけだ。
七原も三村も杉村の親友とはいえ貴子にとっては何の関係もない人間。
いつどこで死のうとも同情こそすれ深い悲しみにはならないだろう。
そういう意味では雨宮も同じはずだ。
だが普段から妙に貴子になぜか懐いていることもあり、何となく気になる。
(様子くらいは知っておきたいわ)
貴子は強くそう思った。
司令室にたどり着くとすでにそこには夏樹の仲間が集合していた。
さらに大型モニターには雨宮達の様子が映し出されている。
「一人も脱落者無しなんて見直したぜ。ほんのちょっとだけな」
その声はスピーカーを通して雨宮達に聞こえた。
「次は最終ステージだ。10時間後にやる。その通路の先に休憩室がある。
きっちり食事と睡眠をとっておけよ。後でまた連絡する」


「どうしてそんなに間をあけるのよ?」
「お次は今までとは違う。万全の状態でやってもらわないとなあ」
「一体何をやらせるっていうの?」
「第一ステージでは基本的な身体能力と咄嗟の判断力を見せてもらった。
第二ステージは単なる射撃訓練だ。
第三ステージは限りなく実戦に近いことをさせてもらうぜ」
「実戦ですって?」
「ああ、そうだ。第二ステージは機械が相手だった。
だが、今度は違う。単調な動きなんかしないし思考能力もある相手と戦ってもらう」
「それって……」
夏樹は面白そうに笑った。そして佐竹達を指さした。

「決まってるだろ。人間だ」














「国防省からはまだ返事がないのか?」
「言い訳ばかりで時間を稼ごうというのが見え見えですな」
「全くこの期に及んで見苦しいにも程がある」
海軍司令室では提督達が集まっていた。
そんな時だった。室外より騒々しい声が聞こえてきたのは。
「困ります大尉、今は会議中です。階級無視の僭越行為です。下手したら懲罰ものですよ」
「黙れ、どうしてもというなら力づくで通してもらう。さっさとどけ!!」
乱暴に扉が開かれた。
「誰だ。無礼者!」
提督達は失礼な行為に大変立腹して怒鳴りつけた。
しかし相手の顔を見ると即座に怒りをおさめた。


「戸川大尉ではないか。どうしたのかね、いつもは礼儀正しい君らしくもない」
「それはこっちの台詞です。閣下方はいつから海軍将官の自覚と誇りを捨てたのですか。
佐伯ごとき若輩者の言いなりになるとは情けなくて言葉もありません」
提督達はそろって慌てだした。
「おいあれほど内密に事を運べと指示しただろう」
「誰が戸川に漏らしたのだ?」
「今はそのような事はどうでもいい!すぐに佐伯の要求を撤回して頂きたい!!」
「し、しかしだね大尉……これは九条閣下から出た命令だし」
「そ、それにだ。普段監視権を盾に我々に威張り散らしている連中を困らせるのも気分の悪いものでもない。
そう目くじらをたてることもないだろう。冷静になりたまえ」
「閣下!!」
「どうしてもと言うのなら君から閣下に直接抗議をしてはどうかね?」
九条の名を出され戸川は唇を噛んだ。
「そ、そうだ。我等が進言するよりも、君の意見なら閣下も取り入れられるだろう」
「……わかりました。もう頼みません」
戸川は荒々しく扉をばたんと閉め去っていった。




戸川は廊下をずかずかと歩いた。どうしても感情を抑えられず壁を殴った。
「あの年寄り達め!あんな奴等がさっさと引退しないから佐伯ごときに舐められるんだ!!」
戸川は先ほど言われたことを思い出した。
「俺の意見なら、九条閣下も聞き入れる……だと?くそ!」
たまたまそばにあったゴミ箱は哀れにも八つ当たりの対象と蹴り壊された。


「……佐伯徹、あの薄汚い娼婦のガキめ!」


「大尉、落ち着いてください」
側近の白州将が諌めても戸川の怒りは収まらない。
「落ち付けだと?そんなことできる道理がない!!」
「落ち着いてください、小次郎様」
「…………」
白州が『小次郎様』と呼びかけると戸川は急に大人しくなった。
白州は普段から戸川を階級で呼んでいる。
『小次郎様』と個人的な敬称で呼ぶときは軍人としてではなく、プライベートでのみだけだ。
その公私の区別をはっきりつけている白州の呼びかけはある合図でもあった。
それは白州が、決して公にできない提案をするという合図。


「……何か方法があるのか?」
「簡単です。佐伯徹が今すぐ、この世から消えてなくなくればいいのです」


戸川は先ほどの赤く染まった目とは反対に、氷のような冷え切った目を白州に向けた。
「あなたを悩ませる佐伯徹を俺が殺せば済む事です。違いますか?」
白州は淡々と言った。まるで整理をするような感覚で殺しを口にしたのだ。
「……場所を変えるぞ」
2人は人影のない密室に場所を移した。
「言っておくが、佐伯は人間のクズだが、仮にも特撰兵士。
その実力は海軍トップクラスだ。その佐伯を殺せる自信があるのか?」
「なければこんな提案はいたしません」
「死ぬかもしれないぞ?」
「佐伯徹を殺すことだけが目的です。俺の命の有無は関係ありません」
「もう一度きく。奴を殺せるのか?その自信の根拠を言え」
「俺を殺せる人間は小次郎様だけです。お忘れですか?」
「……なるほど」
戸川はちらっと窓の外に視線を投げた。


(奴を暗殺する……内心、俺がもっとも望んでいた事だ。
奴を殺したいのは山々だが、特撰兵士同士の殺し合いはできん。
未遂事件でさえ大事になった。もう俺自身が直接手を下す事はできない)


かつて佐伯と殺し合い寸前の死闘を戸川は演じた。
もちろん上には秘密で。
それがバレ大事になった。軍はその事実を隠すのに躍起になった。
戸川は短気だが、単純な頭脳の持ち主でもない。
二度とあんな事件は起こせない。起こしてばれたら自分の輝かしい人生はそこで終わりだ。
だから自らの手を汚す事はできないとわかっている。
その戸川の代わりに白州が佐伯を殺してくれるというのだ。


「……わかっていると思うが、もしも失敗しても俺は貴様をかばってやらんぞ」
「当然です。小次郎様はこの件には全く関与していません。
どうかそのことを小次郎様自身お忘れにならないように――」














「おい起きろ」
「……ぅ」

美恵達は目を開けた。どうやら気を失っていたらしい。
瞼を上げたものの視界ははっきりしない。
ぼんやりとした光景のはてから粗暴な声が聞こえてくるのだけはわかった。
「いつまで寝てるつもりだ。おらさっさと起きろ」


(……私は確か)


もうろうとした意識の中で美恵は自分に何が起きたのか徐々に思いだした。
バスの転落事故、逃亡生活、政府の追っ手、診療所に現れた謎の男達。
そこまで思い出したと同時に美恵ははっきり覚醒した。


(そうだ。私は捕まったんだ!)


美恵はガバッと跳び起きた。薄暗い。どうやら廃れた工場の中らしい。
真横を見ると加奈と金田と益子が川の字になって横たわっていた。
そして周囲には複数の男の姿があった。
美恵は恐怖した。今、自分達を取り囲んでいる男達はただ者じゃない。
本能でそう感じるのだ。郷原達とは比較にならない威圧感。
特に美恵のすぐ前にいる男はやばい、おぞましいものすら感じる。




「あ、あなた達は……」
「政府に逆らって逃げ続ける人間が俺達の顔を知らないとはお笑いだな。
この特選兵士最強の海老原竜也様の顔を」
「と、特選兵士?!」
美恵は全身が硬直した。
(そんな……どうしよう)
ここには桐山も川田もいない。まさに絶体絶命。
いや例え二人がいても勝てるかどうかわからない。
「他の連中はどこにいる?」
「し、知らないわ」
「知らないだあ?俺にそんな嘘が通用すると思っているのか!!」
美恵はびくっと反応した。恐怖は加速するばかりだ。


その恐怖をまともにくらったのは美恵だけではない。
加奈も、そして金田も益子も跳び起きた。
「ようやくお目覚めかよ」
三人も男達を見るなり、美恵同様恐怖で全身を硬直させた。
「竜也、こいつら木下の身内だぜ」
「木下か。確か克巳に組織潰されて泣き寝入りしている負け犬だったな」
その言葉を聞いた途端、加奈の金縛りが解けた。
加奈は怒りで真っ赤になって立ち上がっていた。
「ふざけないで、お兄ちゃんは水島なんかに負けてないわ!
お兄ちゃんは……お兄ちゃんは、この国で1番強いんだから!!
あんた達なんかお兄ちゃんの足元にも及ばないわよ!!」
「うるせえこのブス!」
海老原の平手打ち一発で加奈は吹っ飛んだ。


「か、加奈さん!」
美恵はすぐに加奈に駆け寄ろうとしたが海老原に手首を掴まれ動けない。
「畜生、よくも加奈ちゃんを!」
金田は激怒した。海老原の腹部に怒りの鉄拳を喰らわせた。
だが海老原は全く痛がる気配がない。
それどころか攻撃を仕掛けた金田の拳の方に激痛が走った。
金田はぎょっとした。まるで鋼鉄の肉体だ。


(そんな!まともに入ったのに……び、びくともしないなんて)


「小僧、それで喧嘩売ってるつもりかよ?」
「……!」
「俺はご親切な男なんだ。喧嘩売るってのがどう いうものか教えてやるぜ」
海老原は金田の髪の毛をわしづかみにし持ち上げた。
金田の足は地面から離れ頭部に激痛が走る。
金田が苦悶の形相を見せても海老原は手を離さない。
がら空きになった金田の腹に今度は海老原の鉄拳が食い込んだ。
「ぐほっ!」
たった一発の衝撃で金田の胃液が一気に逆流した。
「ちっ、汚ねえな」
海老原は金田から手を離した。
だが金田は立ち上がれなくなり腹を抱えてその場にうずくまっている。




「金田さん、しっかりして!」
美恵は金田に駆け寄り背中をさすった。
「木下が最強だと?だったら、そのお強いお兄様はどこにいる?
妹や部下をさらわれても姿を見せない臆病者じゃねえか」
「お、お兄ちゃんは――」
加奈の左頬は赤くはれ上がっていた。
涙だけは見せまいと必死に堪える加奈だったが、海老原の平手打ちは凄まじく
意地を通そうと歯を食いしばっても自然にポロポロと涙が頬を流れている。
それが、ますます痛ましく見えた。
「お兄ちゃんは……あんた達みたいなクズにさらわれた沙耶加さんを助けに行ったのよ。
だから、ここにはいないだけよ。いたら、あんた達なんか全員やっつけてるんだから!」
海老原達は何の冗談だと言わんばかりに今度は笑い出した。


「本当よ、あたしにはわかる。あんた達なんか今にお兄ちゃんが倒すわ!」
「妄想もそこまでいくと立派だぜ。それに沙耶加って、真壁沙耶加だろ?」
「沙耶加さんのこと知ってるの?」
「ああ、克巳がここ数日寝室に連れ込んで離さないからな。随分とご執心なことだ」
加奈はかっと感情が沸騰するのを感じた。
「う、嘘!嘘よ、そんなこと!沙耶加さんが、あの男に……。
だって、あいつはお兄ちゃんの仇なのよ!そんな男が沙耶加さんを」
「嘘なものか。あの様子じゃ孕まされるのも時間の問題だ」
「嘘つき!あんたなんて最低よ、あんたなんて!!」
「うざいんだよ。このアマ!」
海老原の平手打ちが今度は加奈の頭に激突した。
加奈は地面に倒れこんだ。


「おい竜也、弱い者虐めはその位にしておけよ」
「女の顔は殴るなよ。結構可愛い顔してるのに勿体ないだろぉ?」
周囲の男達はニヤニヤと笑っている。
(私達をいたぶって楽しんでる!)
美恵は怒りと恐怖でどうにかなりそうだった。
「なあ竜也、そろそろ本題に戻ろうぜ」
「それもそうだ。さあ吐け。他の連中はどこにいる?」
「だ、だから知らないって言ってるでしょう。
例え知っていたとしても、こんな酷いことする人間に喋ったりできないわ!」
「何だと!調子に乗るんじゃねえ、それともてめえらの体に聞いてやろうか!?」


「竜也、大変だ!」


また見知らぬ男が一人現れた。
「どうした敦、てめえの仕事は外 の見張りだろ。
それをすっぼかすなんてたいした理由じゃなかったら承知しねえぞ」
「ヘリが飛んでるのを見たんだ。か、海軍の特別士官用の!」
「何だとぉ?特別士官のヘリが何だってこんな場所にきやがるんだ?」
特別士官とは将来閣下と呼ばれる地位につくことがほぼ確定している者の総称だった。
総統の身内、士官学校を首席やそれに準じる成績で卒業した者、特選兵士など。
つまり軍の中でもエリート中のエリート。
「ヘリに書かれていたアルファベットは……T……THHだ」
「THH……だと?」
突然男達がざわめきはじめた。


「氷室隼人のヘリじゃねえか!!」




【B組:残り45人】




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