「……あれは」
桐山の目が見開かれた。煙が見える、診療所のある方向だ。
桐山は駆け出していた。頭の中には美恵の安否のことしかない。
診療所はすでにやじ馬に囲まれていた。
業火は凄まじく近くことすら容易ではない。
だが桐山にはそんなことは問題ではなかった。

――美恵が中にいる、それだけが重要だった。

やじ馬達を強引にかきわけ炎に近付いた。
「やめろ桐山!」
だが、突然羽交い締めをかけられ肩越しに慣れた声が聞こえた。
鈴原達は中にはいないぞ」
川田だった。
「本当か川田?」
「ああ、すぐにここから離れるんだ」




鎮魂歌―35―




「あああ!!死ぬかと思ったわ」
月岡は全身をよじらせながらぶりっ子ポーズを披露しまくった。
その姿はかなり不気味でとてもじゃないが男性陣への激励のサービスになどならない。
しかも実際に死にかけたのは月岡ではなく国信だ。
雨宮のおかげで慶時は助かったよ。ありがとう」
「うん。雨宮がいなけりゃきっと俺死んでいた。
俺だけならまだしも秋也まで巻き込むところだったよ。本当にありがとう」
二人は素直に感謝したが、良樹は神妙な面持ちでこう言った。
「礼はまだ早いって。俺達はやっと第一ステージをクリアしただけなんだ」
九死に一生を得て歓喜していた七原と国信は途端に表情を曇らせた。


雨宮の言う通りだ。この先にはもっと悪趣味なステージが用意されていると思った方がいい」
三村の言葉がさらに決定打となった。一様に全員暗くなる。
ただ月岡だけは「きゃ~!三村く~ん。アタシこわーい」と余裕たっぷりだ。
「さすがヅキ……度胸のある男だぜ」
沼井は『男』という単語をやけに強調して言った。
「ちょっと沼井君、アタシは女よ」
「さあ雑談はそこまでだ。先を急ごうぜ、俺達には時間がないんだ」
良樹達は通路を真っ直ぐ進んだ。
やがてSF映画に出てくるような大きな鉄製の扉が見えてきた。
どうやらこの先が第二ステージらしい。


扉は手動で動くタイプではなさそうだ。
しかし側にきても自動的に動く様子もない。
0から9までの数字がふられたボタンとカードキーの差し込み蔀だけがある。
どうやらカードキーと暗証番号の入力で開閉する扉らしい。
「……なあどうする?」
誰もが思っていたことを七原が代表して口にした。
他に道はない。かといって引き返すわけにはいかない。
この扉を開け先に進むしかないが肝心のカードキーがない。
まして暗証番号なんてもちろん誰も知らない。




「なあ秋也、夏樹さんに降参してここから出してもらうしかないんじゃないのか?」
先程死にかけたこともあり、随分と弱気になっていた国信が消極的な提案をした。
「何を言うんだよ慶時。俺たち危険を承知でこれに挑んだんじゃないか」
「そうだけどこれ以上前に進めない以上他に方法がないじゃないか」
確かにそれももっともな意見だった。
「なあヅキ、おまえこそこそした行為が得意だったよな」
「ちょっと沼井君、失礼なこと言わないでちょうだい」


「三村の家にもよく不法侵入してたじゃねえか。その特技生かしてこの扉開けろよ」


こんな状況にも拘わらず三村はふらふらと倒れかけた。
そういえば部屋に置いてあったはずの私物が過去に数点紛失したことがある。
高価なものではない掌サイズのものだったからどこかに置き忘れたんだろうと思い気にも止めてなかった。
さらに何時か微妙に部屋の備品や家具の配置が変わったこともある。
三村はそれを母が掃除してくれたからだと思っていた。
他にも今になって思い起こせば怪しい出来事はキリがない。


――それは全て月岡が?


侵入者の存在すら知らなかった三村は打ちのめされた。
だが今は衝撃に身をまかせている場合でもないことも理解していた。
「……月岡、全部水に流してやるからこの状況何とかしてくれ」
「う~ん、三村君の頼みはきいてあげたいのは山々だけど」
恐怖の侵入者でも、この状況を打破するのは難しいらしい。
良樹はため息をついた。そして考えた。


(行き止まりなんて夏樹さんがミスしたのか?
いや……こう言っちゃなんだけどあの人は意地の悪いくらいに用意周到なタイプだ。
こんな初歩的なミス犯すとは考えられない。自分達で何とかしろってことなのかよ?)


単純に悪趣味なゲームをクリアしろというだけではないらしい。
予想外の事態に陥った時の判断能力を試されているのかもしれない。
「カードか……」
通路は一本道、他に出入口はない。
「実はこの扉引き戸だったりして。ほら、漫画でよくあるじゃない」
月岡が強引に扉を引こうとしたがびくともしない。
「んなわけないだろヅキ。少しは考えろよ」
「まあ!単細胞の沼井君にだけは言われたくないわよ」
「何だとお!」
月岡と沼井が揉め出した。七原と国信が仲裁に名乗りをあげる。
「よせよ2人とも」
「そうだよ。今はケンカなんかしてる時じゃないだろ」
「悪いのは誰がみても沼井君よ。そもそも、この扉が開かないのが悪いのよ。
特別な開け方でもあるのかしら?」




「……別の開け方……待てよ、別の入り口?」
良樹はハッとした。そして三村と目があった。どうやら三村も同じことを考えていたようだ。
「……その可能性もあるよな三村」
「ああ、俺も同じ事を考えていた所だ。
俺達はこれしか他に道はないとはなっから決めてかかっていた。
けど夏樹さんは一言もそんなこと言っていなかった。
元々、これは悪趣味はゲームなんだ。からくりがあってもおかしく無い」
2人の会話を七原達はきょとんと聞いていた。
しかし月岡はぴんときたらしく、「ああ、そうか!」とかしわ手をうった。


「すぐに探そう。と、いっても、こういうのは初めての体験だもんな。
どうやって探せばいいか……月岡、おまえの嗅覚で探してくれよ」
「ちょっと三村君、アタシは犬じゃないのよ。もう!」
文句を言いながらも月岡はコンコンと壁を軽く叩きだした。
「そうか!」
良樹も同じように壁を叩き出した。
雨宮、何やってんだよ」
不思議そうな表情の七原に良樹は簡単な説明をした。
「壁を叩いてもし違う音が出れば、その箇所は他の壁とは違う造りだ。
つまり隠し扉があるかも知れないってことなんだよ」
七原は思わず、あっと小さく叫んだ。沼井は説明を聞いてもきょとんとしている。


「はは、まあ百聞は一見にしかずだ。そのうちわかるさ」
「あったぞ!」
三村が熱っぽい歓声をあげた。
「本当か三村!」
良樹はすぐに駆け寄り叩いてみた。確かに音が違う。
「でも隠し扉じゃないな。範囲が狭すぎる。とにかく開けてみよう」
しかし開け方がわからない。
「スイッチも何もない。まいったな」
まさか、『開けゴマ』なんて呪文で開くわけは無い。
良樹はため息をついて壁に寄り掛かった。するとガタンと音がして壁の一部が動いた。
「お、開くぞ」
沼井や国信まで期待を込めた眼差しで見詰めた。




やっと開いた。そこにはカードキーとキーボードがあった。
「やったカードキーだ、これで扉が開くぞ!」
有頂天になっている沼井に月岡がぴしゃりと一言言った。
「暗証番号は?」
「あ」
沼井は途端に意気消沈した。
「俺にまかせろ」
三村が名乗りをあげた。ハッキングは大の得意。
「きゃーやっぱり三村君は頼りになるわあ!アタシを好きにして!」
ありがた迷惑な声援にげんなりしながらも三村は作業に取り掛かった。
かたかたとキーボードを操作する音が流れる。
しばらくして三村は怪訝そうな表情で呟くようにいった。


「……おかしい」
「暗証番号わからないのか?」
「そうじゃない。このカードキーそのものが違うんだ。この扉のキーじゃない」
「どういうことだよ三村」
「知るかよ。ただふりだしに戻っちまったってことだ。まいったよ」
なんて事だ。やっと先に進めると喜んでいただけに失望も大きい。
「……」
良樹は考え込んだ。そして銃を取出した。
雨宮君、銃なんて物騒なものどうするつもりなの?」
「開かないなら無理矢理開けてやるんだよ」
良樹は銃身から銃弾を取出した。三村と月岡は良樹がやろうとしていることに気付いた。


「ちょっと、他人の家を壊す気?」
「夏樹さんが仕掛けてきたことだぜ。俺達はもう引き返すことは出来ないんだ。
ここで立ち止まっていたら仲間も助けてやれない。それを忘れたのか?」
「でも雨宮君、下手なことして夏樹さんを怒らせないかしら?」
月岡は珍しく慌てている。
なぜなら月岡は父親のゲイバーに出入りしていた経験から洞察力が鋭い。
特に人間の本性を見抜く力は大人顔負けといってよかった。
その月岡から見て、夏樹は恐ろしい本性の人間なのだ。


「もう止めるな月岡、雨宮の言う通りだ。俺達はもう引き返せない」
「……三村君」
三村の制止もあって月岡も何も言わなくなった。
良樹は銃弾から弾薬を取り出すとカードキーの差し込み部に塗り込んだ。
「……うまくいってくれればいいけどな。何か発火剤を」
月岡がすっとライターを差し出した。
「月岡?」
「もう何も言わないわ。さあ先を急ぎましょう」
「サンキュー」
その数秒後、小規模ながら爆発が起き、直後にプシューと機械的な音がした。
さらにセキュリティーを破壊された事を告げる警報器の音がけたたましく鳴り響いた。














「違う、そうじゃない。引き金は引くんじゃなくて絞るような感じでやれ」
夏樹は女性陣に熱心な指導をしていた。


(幸い三人とも運動神経がよく飲み込みも早い。
面倒でなくて助かったぜ。1番重要なのは本人のやる気だ。
こいつらはそれが半端じゃない。こんな状況だ、必死になって当然だが。
その当たり前が、普通の女には出来ない。
絶望して落ち込むのが関の山。それがこいつらにはない。
すぐに根を上げるかと思ったがなかなかどうして見所あるぜ。
特に千草貴子、精神力もずば抜けてるが上程が早過ぎる。
銃の才能があるようだ。この俺が本気で育てたくなってきた)


そんなことを考えていると突然警報器が鳴り響いた。
「あいつら……どうやら強引に突破したみたいだな。」
その直後、乃木が慌てて部屋に飛び込んできた。


「大変です、大変です宗方さん!」
「連中が扉をぶっ壊したんだろう?」
「は、はいそうです」
「へえ、思ったより決断力あるじゃねえか。扉の前で右往左往するかと思ってたぜ」
「感心している場合じゃないですよ。どうするんですか。御前に知られたらきっと叱られますよ」
「ばれなければいいだろぉ?」
「簡単に言ってくれますよ、もう」
乃木は困惑していたが夏樹は全く気にしてない。

「何だか俺不安ですよ。厄介なことがおきそうな予感がするんです」














「だから何度も言ってるでしょう。いい加減にしたらどうですか?」
「それはこっちの台詞だ。おまえなんかじゃ話にならねえよ。
さっさと主人に取り次げよ、でないとこっちも強硬手段にでるぞ!」

季秋家の壮麗な正門の前で少年が言い争っていた。
「俺を誰だと思ってるんだ。空軍士官、いや特選兵士の蛯名攻介だぞ。
こんな対応してただで済むと思うのか?力づくで通ってもいいんだぜ!」
相手の少年はぐっと唇を噛んだ。
(ちっ、こけにしやがって。冗談じゃないぜ)
そこに見るからにリッチな黒塗りの車がやって来た。
攻介たちのただならぬ様子に気付いたのだろう。
中からスーツでバシッと決めた男が登場した。


「どうした若月?」
「社長!」
「社長?」

攻介はすぐに頭の中で季秋財閥のファイルを広げた。
東日本で三本の指に入る大企業であると同時に、東海地区の支配者。
季秋財閥は重役の地位を一族で占めるている。
会長は季秋家当主季秋宗政(あの憎たらしい季秋冬樹の祖父だ)
本社社長の椅子にはその息子季秋雄大(きしゅう・ゆうだい)が座っている。
それが今攻介の前に立っている男だ。
宗政には他に長男がいたが政治や経済に関してはあまり頼りにならない男らしい。
事実上のナンバー2はこの優男だった。
もっとも修羅場を生きてきた攻介にはこの男が見掛け通りの人間ではないことは見抜いていた。
優男には不似合いすぎる冷厳な目をしている。
まるで隼人のようだとさえ思った。


「何か用かな?」
「用かな、じゃねえよ!あんた甥っ子にどういう教育してんだよ!!」
攻介は懐からピンクカードを取出し感情のままに怒鳴り付けた。
「おいあんた!特選兵士だか何だかしらないが社長は東海自治省の軍司令だぞ!」
「それがどうした!俺はそのお偉い司令官様の甥に大事な女の子さらわれた男の子だぞ!」
「何意味不明なことを言ってるんだ」
若月は我慢の限界とばかりに懐に手を伸ばした。
どうやら銃を忍ばせているらしい。攻介も身構えた。
しかし、季秋がすっと若月の前に腕を伸ばし彼を止めた。


「そう感情的になられても困る。きちんと話をしてもらおうか。
私の甥が何だね?生憎私には現在確認できるだけでも甥は10人はいる。
誰のことかはっきり言ってもらおう」
攻介は手にしたカードを裏返した。
結婚のお知らせの文面。徹に送られたものと全く同じだ。
冬樹はこれを良恵と親しい関係にあった人間にばらまいたのだ。
徹がそうだったように攻介も当然激怒した。
そして季秋家に直接乗り込んできたというわけだ。
カードをしげしげと眺める季秋の表情には全く変化がない。
それが攻介をさらに苛立たせた。


「おい何とか言えよ」
「若月、夏樹はどこにいる?」
「それが連絡がなくて……」
「冬也と秋利はどうした?」
「お二人も同様ですよ」
「おい俺を無視するなよ!」
攻介は完全に頭にきていたが季秋は次にとんでもないことを言った。


「夏樹達が立ち寄りそうな季秋関連施設に即時通達しろ。
冬樹は季秋家無期限追放とする。あいつの口座は直ちに凍結。
クレジットカードも全て解約。全国の銀行に冬樹に金を出さないように通達しろ。以上だ」


これには攻介も驚いた。これでは勘当も同然ではないか。
確かに冬樹には非があるが、肉親の情を考えればまず本人の言い分くらいは聞くものだろう。
それなのに冬樹本人を無視してあっさり即決とは。
それに攻介が求めているのは冬樹への処罰ではない。
あくまでも良恵の返還だ。それ以外はどうでもいい。


良恵!良恵を返せよ!」
「彼女は君のフィアンセか?」


唐突な質問な攻介は面食らった。
「違うのなら君にとやかく言う権利はない。帰りたまえ」
「おい!」
「それとも私に空軍司令官への電話をかけさせたいか?」
ここまで言われては攻介も引き下がるしかなかった。
私情で中央政府でさえ無闇に手をだせない自治省の幹部に無礼を働いたのだ。
これ以上の問答は無意味だった。
こうなったら直接冬樹から良恵を奪い返すしかない。
「……一つだけ聞かせてくれ。あんたの甥はどこにいる?」
「あれをどうするつもりだ?」
「どうもしねえよ。良恵を返してさえくれれば何も……」
季秋は若月に「話してやれ」と一言だけ告げると車の中に戻った。
そして何事もなかったかのように車を走らせた。














「キャー!アタシが何したって言うのよ!!」
絹を裂くような……いや雑巾を破るようなオカマの悲鳴。
「う、うるせえぞヅキ!絶叫してる暇があったらてめえも戦えよ!!」
良樹達は戦闘の真っ只中にいた。




――話は数十分前に遡る――

ようやく扉を開け先に進んだ6人。
カードキーとキーボードは荷物になるから置いていってもよかった。
しかし良樹が「まだこの先に何があるかわからないから持って行こう」と提案した。
三村も「大して重いもんでもないし、いいぜ俺がもって行くよ」と同意した。
扉の向こうは暗闇だった。電気をつけようにも電灯らしきものすら見当たらない。
仕方なく良樹達は暗闇の中を歩くことにした。
時々現れる蛍光塗料で印された矢印だけが頼りだった。


「はぐれるなよ。一本道じゃないんだからな」
良樹の警告に月岡は「わかったわ」とここぞとばかりに三村に抱き着いた。
「おいよせよ月岡!」
「だってえ~はぐれちゃ大変じゃない」
いつでもどこでも月岡だけは元気いっぱい。
しかし他の連中は明るい気分にはなれなかった。
見えない恐怖というものは意外と厄介だった。
実際にはまだ10分ほどしか歩いてないのに、数十分歩いたような気がする。
しかし、その恐怖も少しずつ緩和されはじめた。目が暗闇に慣れてきたのだ。
うっすらとだが景色が見える。


「思ったより広いな。まるで大広間だ」
国信はその広さに気をとられていたが他の者達は全く違うものを見ていた。

(何だ、あれは?)

赤い光が見える。その光は点滅しながら位置を微妙に変えていた。
「皆、どうしたんだよ。立ち止まってる暇なんてないんだろう?」
国信はまだ光の存在に気付いてない。速度を上げた。
「待てよ、慶時」


この時、七原が声をかけなかったらどうなっていただろうか?


「え、何、秋也?」
国信は足を止めた。その時、赤い光が膨脹し国信目掛け急激に延びた。
「危ない!」
三村の警告も間に合わない。光が国信の足元に突き刺さる。
「うわあ!」
国信はその場に倒れこんだ。
「慶時!!」
七原が顔面蒼白になって駆け寄った。
「大丈夫か?しっかりしろ!!」
「秋……秋也、俺……」
「足をやられたのか?!」


赤い光が再び膨張する。七原も国信も気づいて無い。
「危ない逃げろ2人とも!」
良樹が2人に飛びかかってきた。同時に3人の頭上を光が通過する。
「国信、脚は?」
「だ、大丈夫……あと一歩前にでてたら指なくなってたかもしれないけど……」
床から煙がでていた。あの赤い光はレーザービームだったのだ。
「おい下がれ。また来るぞ!!」
三村が再び叫んでいた。赤い光が三度膨張する。
「立つんだ国信、七原、いったん引くぞ!!」
良樹たちは慌てて下がった。しかし防弾壁になるようなものはない。
「どこかに隠れる場所ないのかよ!」
沼井は猛スピードで頭を左右にふった。
だが、見えるのは壁だけだ。隠れる場所なんか一つも無い。


「……おい、攻撃してこないぞ」


絶体絶命かと思われたが、意外なことが起きた。
レーザービームが発射されない。なぜ?
「……そうか、距離だ!」
三村が叫んでいた。
「一定距離内にはいったものを感知して攻撃してくるんだ!近付くな。距離をとるんだ!!」
全員下がった。赤い光は点滅しているが先ほどのように膨張する気配は無い。
「……助かったぜ。たく、酷すぎるぜ、あの宗方って野郎は!!」
沼井はついに鬱積していた感情を爆発させた。
「こんなのは訓練じゃねえよ、あいつ、俺達を本気で殺す気でいやがるんだ!!」
沼井の意見は最もだった。素人にこれはいくらなんでも度が過ぎている。
「……もしかしたら俺達を最初から殺すつもりだったのかも」
沼井に続いて国信がずっと喉まで出掛かっていた疑心をはっきり形にした。


「慶時、滅多なこというなよ!」
「でも秋也、こんなの俺達にどうにかできるわけないだろ!
そりゃ秋也たちは射撃の訓練ずっと受けてたけどまだ素人だろ?
その俺達に殺傷能力のあるレーザー仕掛けてきたんだぞ!!」
「……ぅ」
七原は何も言えなかった。
「……射撃の訓練か」
三村は悔しそうに所持していた銃を取り出した。
自分も七原も沼井も、一ヶ月以上木下から熱心に指導を受けた。
随分と腕も上達したと自負もしていた。
だが、実際にやるかやられるかという舞台に放り込まれた結果がこれだ。
夏樹の言った事は正しかった。
木下から受けた訓練では軍のエリート戦士とは対等に戦えない。
エリート戦士どころか、思考能力のないレーザー相手にこの様なのだから。




「全員、銃をだせよ」




誰もが、自分達の能力の限界に絶望しているときに放たれた言葉だった。
「……雨宮?」
「銃をだせよ。まさか落としたなんて言わないよな?」
「あ、ああ……確かにあるけど」
全員銃を取り出した。鈍い重みが掌にかかる。
「夏樹さんが本気で俺達を殺しにかかってるって意見さ……俺は半分あってると思うぜ」
良樹は冷静すぎるくらい口調で言った。
「でもそれが何だって言うんだ。あの人は最初に言ってだろ。
俺達がこれから戦う相手のこと……軍の最強の兵士たちを」
特撰兵士と呼ばれる軍が誇る無敵の存在。




「そいつら倒すのに素人の俺達が身の安全を保ちながらやれると思うか?
死ぬ気でやらなきゃまともに戦うことすらできない相手なんだぜ。
これからそいつらと戦って仲間を助けるのに、今ここで機械を相手に泣き言いってどうするんだよ。
あいつらは距離さえ取れば攻撃をやめてくれる機械じゃない。
逃げれば追って来るんだ。俺達はそいつらと戦うためにこのゲームやってるんだぜ」




「……そうだったな。1番大事なこと忘れてた」
三村は銃を構えた。動かない的が相手とはいえ、自分は銃を扱えるようになったはずだ。
それを今生かさずにいつ使う?
「攻撃されたらやり返す、それが戦闘だ。やるぞ、おまえら」
そうだ、今は戦うしかない。全員、意志を固めた。
「三村君、後ろにも光が!」
月岡が指さしていた。やばい射程距離に入っている!
「走り抜けるぞ!撃たれる前に撃て、冷静になれば必ずあたる!!」
全員走った。ぐずぐずしている時間はない。


「冷静に考えろ、こんなのは大したことじゃなかったんだ!
俺達は1ヵ月以上も銃を扱っていた。今はそれに走行が加わっているだけだろ。
ただの応用だ。あの訓練思い出せ!」


今までは逃げてばかりだった。今度は違う。
全員が攻勢に出た瞬間だった。銃声が辺りを包み込んだ。














「……冬樹さんが最後にカード使った店がここだ」
若月は攻介に店の名前と住所を記した紙を渡した。
「銃火器販売店だと?おい、未成年にそんなもの販売するのは」
「勿論違法だ。そんなこと一般人でも知ってますよ。
でも、あんた冬樹さんの身分忘れたわけじゃないんだろ?
彼は季秋財閥の御曹司、いや東海自治省のプリンスなんだぜ」
「権力で何とでもなるってことか……で、次の足取りは?」
「それがぷっつり途絶えている。あの人も見た目ほど単純じゃないからな。
何か表沙汰にできないことしてんでしょう。現金たっぷりおろしてるんだ。
あのひとの悪癖である浪費癖さえださなきゃ1年は遊んで暮らせる額の金」
「だったらクレジットなんかとめても痛くもかゆくもないじゃないか!」
「でもあのひとの性格上、口座やクレジットのこと知ったら大人しくしてるとは思えませんよ」
「どういうことだ?」


「間違いなく怒り狂って怒鳴り込んでくるだろうなあ」


「!」
攻介は全身に電流が走るのを感じた。
(バカな、まさかそんなことあるわけがない!)
背後からの声に攻介は反射的に振り向いた。ドアの壁に男が寄りかかっている。
「いつ戻ったんですか?」
若月が立ち上がって頭を下げた。
「そんなことはどうでもいいじゃないか。それより、あの子はまた問題起こしたみたいだなあ。
無期限追放の命令でたそうじゃないか。ほんと、しょうがないなあ。あのやんちゃ坊主は」
見た目はいかにも野蛮なこととは無縁のお上品なインテリ。
眼鏡をかけていることもあってぱっとみると大人しい優等生にすらみえる。
だが攻介はそんな外見のイメージとは全く逆の恐ろしい雰囲気すら嗅ぎ取っていた。


(嘘だろ……こいつ、全く気配がなかった)


攻介は拳を握り締めた。とても信じられない。
いくら戦闘モードではなかったにしろ、一般人に背後に立たれて気付かなかったなんて。
そんなことあり得ないことだった。
もしもそんなことができるとしたら同じ特撰兵士くらいしか考えつかない。
「おお、こわ。そんな目で睨まんでくれるか?俺は気が小さいからそういうの苦手なんだ」
「おまえ誰だ?」
攻介は『誰だ』と言ったが、正確には『何者だ』と言いたかった。
まともな人間じゃない。それだけは確かだ。
「ひとに名前聞く前はまず自分から名乗れって親に教えてもらってなかったか?」
攻介はもっともだと思い、一度姿勢を正した。


「蛯名攻介、空軍に所属している」
「蛯名?ああ、特撰兵士さんか。これまた珍しいお客さんだな。
で、その中央軍のエリートさんが、うちみたいな地方豪族に何の用かな?」
「おい、俺は名乗ってやったんだ。今度はおまえが名乗れよ」
「季秋秋利(きしゅう・あきとし)、ま、忘れてくれてかまわんよ。
この先、また会う機会があるかどうかもわからんしなあ」
(季秋秋利……確か季秋家当主の孫息子。……って、ことはあいつの兄貴!)
冬樹の兄ということで攻介はメラメラと怒りが湧いてきた。
理不尽なことかもしれないが、一言で言えば坊主憎けりゃ袈裟まで憎い、だ。
そんな攻介の気持ちを読み取ったのか秋利は、にっと笑ってさえ見せた。
攻介はまたもカチンときた。なんだか馬鹿にされたような気がしたのだ。


「若月、おまえ夏樹兄さんの居所知ってるか?」
だが秋利は攻介を無視して全く違う会話をし出した。
「いえ知りませんね。ここ数日消息不明です」
「そうか」
秋利は携帯電話を取り出した。
「ああ俺、ここにもいなかった。ん……わかった、すぐ行く」
秋利は立ち上がると、「じゃ、さよなら。ごゆっくり」とさっさと退室してしまった。
秋利がドアを閉めると同時に攻介は思わず怒鳴っていた。
「なんだ、あいつ!何でか知らないが何かむかついたぞ!!」
そんな攻介の怒声は壁をはさんでいても廊下にいる秋利にはバッチリ聞えてもいた。
「ほんと、かわいいなあ、あんなのが特撰兵士か。もっとごつくて愛想のない連中だと思ってたのに。
なかなかどうして、案外からかいがいのある人間の集まりかもな」
まるでオモチャでも見つけたように笑っていた。
だが、その次の瞬間、獲物を見つけた猛禽類のような鋭い目をした。


「夏樹兄さんもほんと酔狂が過ぎるな。お遊びはほどほどにしてもらわんと」




【B組:残り45人】




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