「……ん」


カーテンから差し込む光が眩しい。
「ここはどこ?」
自分は海老原一味に追われ、意識を失わされ、それから……。
駄目だ、その後が思い出せない。
しかし今自分が置かれている状況は最悪ではなさそうだ。


清潔感あふれるシーツが目に入った。
豪華なベッド、それに豪勢なシャンデリア、壁紙も色鮮やか。
おまけに部屋には高価な家具や調度品がそろっている。
海老原達がこんな贅沢な寝室を提供してくれるわけがない。
間違いなく自分の身柄は海老原達の手から救出されたのだ。


「徹?……それとも隼人なの?」


良恵は救世主に心当たりのある仲間の名前を呼んだ。
徹が第1候補だったのは、この部屋が豪勢だからだ。
キザでロマンチストの徹ならやりかねないと思った。
隼人なら、もっとシンプルな部屋を用意するだろうとも。


「徹、徹なんでしょう?」


良恵はゆっくりと上半身を起こすと、扉の前に近寄った。
扉をノックした。扉の向こうから人の気配がする。
「助けてくれてありがとう。扉開けるわね」
ドアノブを回す。即座に隣室の様相が視界に広がった。
その部屋に中心に男が立っていた。両腕を広げて。


「お目覚めかか、この時を待っていた。さあ俺の胸に飛び込んで来いよ」


良恵はすぐに扉を閉めた。




鎮魂歌―33―




「てめえ、いつまで黙ってるつもりだ!さっさと吐きやがれ!!」
鮫島は両手首を縛られ吊されていた。
「……何度も言ってる……お、俺は……何も知らない……」
「知らねえだとぉ?」
海老原の怒りはとっく限界を超えたいた。
鮫島は上半身裸にされ、ナイフによる出血がいつもあり痛々しい。
「てめえのせいで女は攫われる、おまけにテロ野郎には逃げられたんだ!!」
海老原のそばには顔に痣がある佐々木と島村が殊勝な面持ちで座っていた。
あの後、佐々木は島村に加勢した。
2対1ではさすがに分が悪かったのか桐山は島村の腹部への強烈な鉄拳を置き土産に姿を消したのだ。
仕方なく、その報告を海老原にした途端に海老原は感情に身を任せ暴力をふるった。
それでも尚怒りは収まらず、唯一の手掛かりである鮫島にその矛先が向けられたのだ。


「女とガキの行方を知ってるはずだ。さあ吐け!!」
「本当に、何も……知らない。俺からは……何も、聞き出せない……ぞ」
「……そのへらぐ口、気にいらねえな」
海老原はむき出しの導線を取り出した。その先端からはバチバチと火花が飛び散っている。
「おい口に布つめろ。舌を噛まないようにな」
武藤が指示に従い、薄汚いタオルを鮫島の口に突っ込んだ。
「おい竜也、本当にやるのかよ。死んでもしらねえよ」
「ふん、こんなケチな裏世界の人間が1人死んだところで問題にもならねえぜ」
海老原は銅線を鮫島の胸部に押しつけた。途端に、鮫島が感電して激しくこきざみに震えた。


「おい竜也!本当に死んじまうぞ、こんなクズに本気になるなよ」
「うるせえ!俺を舐めた野郎には軽いくらいだ、さあ吐け!吐きやがれ!!」
「吐けって……おい竜也、そいつ口に詰め物してんだぞ」
「そんなこと関係ねえ!吐くまでこの苦痛が続くんだぞ、やめて欲しかったら吐け!!」
「おい竜也、様子が変だぞ」
「ん?」
海老原が銅線を離す、鮫島はぐったりしていた。
武藤が鮫島の首に手を伸ばした。
「おい死んじまったぞ」
「死んだだぁ?ふざけやがって、そんなに俺の尋問には応じたくないってのか」
海老原はナイフを取り出すと横一直線に引いた。
鮫島を吊しているロープが切られ、鮫島は地面に叩き付けられた。


「俺から逃げられると思うなよ。電気ショックだ、再生させろ!」
「おい竜也、こんな奴、もうほっとこうぜ」
「俺の気がすまねえんだ!さっさとしろ!!」
武藤は面倒臭そうに道具を取り出すと、鮫島に電気ショックを加えた。
「駄目だ、なあ、もういいだろ竜也?」
「うるせえ!ジャック・バウアーだってこれで生き返ったんだ、不可能じゃねえだろ!!」
武藤は仕方なく再度電気ショックを加えた。
「お、心臓が動き出したぜ。でも、こいつマジで知らないんじゃないのか?」
「俺は自分以外信じねえんだよ。俺が納得するまで尋問やめるつもりはない」
海老原は鮫島の口からタオルを抜き取った。
鮫島はコホコホと咳き込んだ。意識はまだうつろだ。




「……べ……」
「おい、こいつ何か言ってるぜ」
武藤が鮫島の口元に耳を近づけた。
「真壁だってよ。知ってるか竜也?」
「真壁……どこかで聞いた名だな」
海老原は鮫島の髪の毛を鷲づかみにして持ち上げた。
「誰のことだ。女の居所と関係あるのかよ。男か?」
鮫島には全く反応がなかった。
「女か?」
鮫島がびくっと反応した。
「そうか女か」
海老原は自分の頭の中のノートを即座に広げた。
水島や戸川に短絡的で感情で暴走すると不評な海老原だったが、記憶力だけは良かった。
(もっとも、そうでなければ特選兵士などつとまらない)


「思い出したぜ。克巳の所にいる女がその名字だ。確か真壁沙耶加だったな」
鮫島が海老原を睨み付けた。それで海老原は確信した
「そうか、おまえ、あの女に惚れてるのか。そうか、そうか」
海老原は鮫島の頭部を激しく揺さぶった。
「あの女にもう一度会いたかったら吐け!」
海老原の顔が醜く歪んだ。
「それとも何か?天瀬良恵は惚れた女より大事なのかよ?」
「……お、まえ……彼女に何……を……」
「真壁沙耶加に危害を加えられたくなかったら俺に対する態度を改めろ」


「おい竜也!」
佐々木が海老原の袖を引っ張っり、小声で囁いてきた。
「馬鹿なこと言うな。本気で言ってるんじゃねえよな、あの女は――」
「俺は本気だぜ」
「お、おい……じょ、冗談じゃ……ねえぞ」
佐々木は顔面蒼白になっていた。島村や武藤も同じだ。
「それだけはやばい……やばいだろ竜也、俺はごめんだ」
「俺だって嫌だぜ。巻き込むのはやめてくれ」
「そ、そうだ。それだけはマジでやばいぞ竜也……あ、あいつを敵に回しちまう!!」














「落ち着いて、落ち着くのよ」
良恵は自分に言い聞かせていた。
「おい、つれない態度とるなよ。やっと恋人同士が感動の再会を遂げたんだぜ」
「いつの間に後ろに!」
良恵は裏拳を繰り出すも、相手の男は呆気なくそれを止めてくれた。
「相変わらず威勢がいいな。安心したぜ、俺達が恋に落ちたときから、おまえは何も変ってない」
「……相変わらず思い込みの激しい男ね。どうして私があなたと恋人なのよ」
「わからないのかよ。俺としては今すぐベッドでその理由を証明してもいいが」
良恵は思わず身構えた。
「焦るなよ。今は、おまえの体調を戻す方が先だろ?随分と酷い目にあったな」
男はルームサービスを頼んでいたのだろう。
豪華な食事を広げて見せた。


「ほら食えよ。洋服も用意してある、今、おまえが着てる服はボロボロだからな。
何があったのかはだいたい把握しているぜ。おまえを追ってきたのは特選兵士だった。
四期生と五期生は犬猿の仲だと聞いていたが、まさかここまで酷いとはな。最悪だぜ」
男は良恵の前髪をそっと指先で持ち上げた。
「俺がそばにいたら、こんな目には合わせなかった。謝る、二度とこんな思いはさせない」
男は良恵を抱きしめた。


「離して!離してよ、あなた私の言ってること聞こえないの?!」
「あなただなんて他人行儀すぎるぜ。『冬樹』って名前を呼べよ」


男――冬樹は、「さあ朝食にしようぜ」と優しくほほえんだ。
「助けてもらってなんだけど、そんな暇は無いのよ」
良恵は壁に掛かっている時計を見上げた。随分寝ていたようだ。
「私を助けてくれたひとが海老原達につかまったの。助けないと」
「気にするなよ。俺は気にしてないぜ」
「私が気にするのよ!海老原達がしたことを公にしてやるわ、すぐに私の仲間に連絡とらないと」
優しそうに微笑んでいた冬樹の目つきが途端に鋭くなった。


「仲間に連絡する?ちょっと待てよ、じゃあ俺との駆け落ちはどうなる?」
「……あのね」


こんな時だというのに良恵は頭痛がしてきた。
どうして、この男にここまで執着されてしまったのか。










かつて 良恵は周藤晶のある任務に同伴したことがあった。
パーティーに出席しなければならない任務で、どうしても女の連れが必要だった。
薫なら女に不自由してなかったが、晶には任務に同行させるような女の仲間はいない。
エリート士官の晶が一言頼めば喜んで応じる陸軍女性兵士は少なくなかっただろう。
しかし、そんな女と関わり合うことは晶には御免だった。
そこで良恵に頼んだのだ。
良恵は軍人ではない、直接任務に係わることなら頼むことはなかった。
だがパーティーに同伴するだけなら危険に巻き込むこともなかった。
問題は、そのパーティーが季秋財閥主催で、主催者の御曹司が出席していたことだ。


それが季秋冬樹。冬樹は一目見るなり良恵を口説いてきた。
最初はいつもの悪い癖が出たに過ぎず、特別な感情を持ってはいなかった。
冬樹は軽薄な男で大変なプレイボーイ。
軍人で言えば立花薫に匹敵するほど、その女性遍歴は壮絶なものだったのだ。
晶のターゲットは季秋家の主賓だった。
冬樹は晶の標的に気づき当然のように邪魔をした。
いや、しようとしたが冬樹は人命より色恋沙汰という性格。
良恵を落とすことに躍起になりだしたのだ。


「周藤晶だっけ?あんな三下、俺の足下にも及ばないぜ。俺にしとけよ」
「あなたが晶より上だって証拠あるの?」
「簡単なことだ。いいか、よーく聞けよ」




「男の価値は女の数。いい女と付き合いで俺は磨かれてきたのさ」




良恵は呆れて言葉も出なかった。
「その数におまえも入れてやるよ。おまえも俺の偉大な歴史の一部に……」
良恵の鉄拳が冬樹の顔面に伸びた。もちろん冬樹は紙一重で避けた。
「私はあなたの享楽人生の一部になるつもりは全くないわよ」
「強情な女だな。俺を見て何も感じないのか?」
冬樹は本人が言うだけ合って魅力的な男だった。
非常にハンサムだし、その顔や自信に見合うだけの能力もあった。
だが、良恵にとって、いい男よりも、いいひとの方が価値があった。
少なくても、この状況下では冬樹などお呼びではない。
この場面で、良恵は自己至上主義の冬樹のプライドを刺激する一言を放った。




「あなたに相手してもらわなくても、私の周りにはもっといい男がいくらでもいるから結構よ」




冬樹の顔の筋肉が僅かに引きつった。
プレイボーイのプライドを傷つけられたようだ。
だが冬樹は異常なほど前向きな思考の持ち主だった。
(ははーん、さては、わざと冷たい態度をとって俺の気を引こうって作戦だな)
冬樹はさらに思った。
(俺よりいい男だって?つくなら、もっとマシな嘘つけよ)
そんな冬樹も、さすがに考えを改めざるを得ない事が起きた。
その後、散々付きまとった結果、何と良恵から決闘を言い渡されたのだ。
その挙げ句、事情を知った晶が2人の決闘場に現れ邪魔をしてくれた。
頭にきた冬樹は距離をとって遠距離用ライフルで晶を射殺しようとした。
スコープで狙いを定め急所を一撃で仕留めてやるつもりだった。
だが、その時、スコープの中に飛び込んできたのが良恵だった。
冬樹は慌ててトリガーにかけた指を止めた。危うく女を撃つところだった。


(男を庇った?俺が撃っていたら、間違いなく被弾してたぞ)


良恵の行動に冬樹が躊躇していると応援のヘリがやって来た。
冬樹は退散するしかなかった。
良恵は二度と冬樹と会うことはないだろうと思ったものだ。
だが、たった2日で、それは甘い考えだと良恵は思い知らされた。
帰宅中、突然前触れもなく冬樹が姿を現したのだ。
当然のごとく良恵はあからさまに警戒した。
反対に冬樹はまるで遠距離恋愛中の恋人に再会したかのような喜びだった。


「そんな顔するなよ。おまえの存在が機密扱いされてて自宅つきとめるのに苦労したんだぜ」
「私を殺しに来たの?」
「まさかだろ。俺の主義でね、女は殺さない。それより1つ質問があるんだ」
「何かしら?」
「あの三下はおまえの恋人か?」
(三下か……晶が聞いたら黙っていないでしょうね)
良恵は簡単明瞭に、「いいえ」とだけ答えた。
「なら、なんで盾になってまであいつを守ろうとした。そう命令されていたのか?」
「それも違うわ」
「だったら何故だ?」
「簡単な計算よ」




「私が死んでも何の支障もないわ。でも晶が死ねばあらゆる系統が狂う。
彼は特選兵士よ。それだけのものを背負っている。
大勢の人間が彼を慕い頼っているのよ。自分の運命を預けるくらいにね。
どっちが生き残るべきなのか小学生でもだせる答えだわ」




冬樹は神妙な面持ちで聞いていた。
そして満面の笑みを浮かべると、突然良恵を抱きしめたのだ。
「きゃあ、何をするのよ!」
「気に入った!」
「ちょっと離し……」
「俺の人生のパートナーはおまえしかいない。決めた、たった今から俺の本命はおまえだ」


それが悪夢の始まりだった……。









プレイボーイがいつもとは毛色の違う女を珍しがって好奇心を刺激されているだけだと思った。
だが、それは違った。冬樹は生まれて初めて女に本気になったのだ。
どうやって調べたのか、良恵の行く先々で待ち構えていたのは一度や二度じゃない。
季秋家の御曹司が科学省の秘蔵娘の追っかけをやっている。
その噂はあっという間に軍全体に広り、徹の耳にまで届いたからたまらない。
徹は激怒した。いや激怒なんてレベルではない。
その激怒がついに大気圏レベルにまで突入する事件が起きた。
良恵が軍の施設に戻り、1日の疲れを洗い流し、さあ就寝しようという時だった。


「I could stay awake just to hear you breathing~♪」


突然、外から歌声が聞こえてきた。
それもエアロスミスの『ミス・ア・シング』(大音響)だ。
良恵は慌ててバルコニーに出た。

「会いたかったぜ良恵。さあ、怖がらずに飛び込んで来いよ。
安心しろ俺が受け止めてやる。これからはおまえの人生込みでな」

良恵がいた部屋の両サイドの部屋の灯りが同時についた。
そして中から特選兵士が出てきた。それも五期生全員勢揃いで。
そのほとんどが冬樹をよく思っていなかった。
良恵と懇意にしている連中なのだ。当然とえば当然だった。


「おい、攻介。こいつ最近良恵に付きまとってるボンボンじゃないか?」
「ああ、この面、社交新聞で見たことあるぜ。写真で見るよりむかつく顔だな」
「軍の最深部にまで不法侵入なんて、随分と軍を舐めたマネしてくれるじゃないか」
「季秋家のコネでばれても無罪放免してもらえると思ってるんだろう。
苦労知らずのお坊ちゃんの考えそうなことだ」
「それにしたって、こんなアプローチの仕方はないよ。僕なら、もっと上手くやるね」
「……俺なら、さっさと押し倒す。こんな余計なことはしない」
「晃司、なぜ、こいつはこんなことをしてる?」
「それは俺にもわからない。秀明、おまえはわかるか?」
「人間は時として意味不明な行動をとる。
おそらくアドレナリンの関係だと思うが、この男の場合は……」
「秀明、そこまでだ。今はおまえの解釈を聞く気にはならない」
「うるせえんだよ、てめえら!今問題なのはこの馬鹿をどうるかだろ!!」
「勇二の言う通りだよ。俺が彼の処遇を決めてあげるよ」
徹はバルコニーの手すりに脚をかけた。
「決定だ。死刑にしてやる!」


「ちょっと待て!!」


冬樹にとってとんでもない誤算だった。いくらなんでも多勢に無勢。
「落ち着いて聞いてくれ。俺はただ良恵を迎えにきただけなんだ。
おまえら雑魚と遊んでやろうなんて思っちゃいない」
「……雑魚?」
これが決定打だった。冬樹は、その場で取り押さえられる羽目になったのだ。
軍部の重要な施設に不法侵入、普通ならば未成年といえども懲役刑は免れない。
季秋家の取りなしがなければ、冬樹は国家の第一級少年院へぶち込まれただろう。
季秋家が金と人脈にものをいわせ、全てをなかったことにした。
その代わりに冬樹は海外留学という名の収容所行きになった。
愛する女と離れ離れにされていた冬樹は鬱積した感情をため込んでいた。
やっと再会出来たのだ。もう二度と離さないと冬樹は固く決意していた。









良恵は部屋の隅に電話を見付けた。
すぐに駆け寄って受話器をとり、プッシュポンを素早く押した。
だが着信音が鳴る間もなく、冬樹が素早く電話を切ってしまった。
「何をするのよ!」
「それはこっちの台詞だ。三下連中に連絡とろうとしただろう?
Xシリーズか?それとも佐伯徹か、周藤晶か?」
「晃司達は今も海外よ」
「誰でもいい。二度とやらないでくれ」
「そういうわけには行かないわ。鮫島は私の命の恩人なのよ。
その彼が海老原達に捕らえられている。助けないと絶対に殺されるわ。
それに私は攫われたのよ。仲間はきっと心配しているわ」
「つれないこと言うなよ。俺とおまえは長期間引き離されていたんだ。
それも他でもない。血のつながった家族にだぞ!
兄貴達は俺の才能に嫉妬していた。だからやったんだ。
あいつらが性悪だとは知っていたが、あそこまで陰険なことをするとは思わなかった。
肉親ってだけで無条件に信じていた俺が馬鹿だった。
もう誰も信じられない。俺が信じられるのは良恵、おまえだけだ」
冬樹は良恵抱きしめた。


「いい加減にして。助けてくれたことは感謝してるわ。
でも連絡くらいさせてお願いよ。
もし、あなたが行方不明になったら大切なひとに自分の安否くらい連絡したいと思わない?
本当に私に好意を持っているなら、そのくらいのお願いくらい聞いてくれてもいいでしょ」
「…………」
痛いところを突かれ冬樹は考え込んだ。
良恵の言い分は最もだったし、これ以上拒否して機嫌を損ねるのは冬樹としても不本意だ。
「……わかったよ。だったらこうしよう、俺が君の仲間に連絡しておくよ」
「あなたが?」
「ああ、おまえの無事をちゃんと知らせる。あいつらを安心させてやる。
それで文句ないだろ?下手におまえが連絡とろうとすれば
おまえを追ってる連中に居場所をかぎつけられる恐れがあるだろ?」
冬樹の言う通りだった。相手はチンピラではない、仮にも特選兵士。
良恵が五期生に助けを求めることを予測して電話回線にも手を回している可能性はある。
少々心配だったが冬樹の意見に従った方が賢明のようだ。


「わかったわ。なるべく早くお願い」
「ああ安心しろ。俺は約束は守る男だ」
「あの……季秋……君」
「何だ?」
「助けてくれてありがとう」
「気にするなよ。彼氏の義務だ。それから俺のことは名前で呼べよ」














「いい女だった。克巳には勿体ないぜ、俺が可愛がってやろうか?」
「ふ、ふざけるな!」
満身創痍のはずの鮫島が憤怒によってぎらついた目を取り戻した。
「ふん、女1人がそんなに大事かよ。笑わせるぜ、あの女は今頃克巳とベッドでよろしくやっている」
「畜生!その汚い口にボロ雑巾突っ込んでやる!!」
「何だと?」
鮫島の抵抗は海老原の嗜虐性を刺激しただけだった。
「おい雑巾持ってこい」
佐々木が言われた通り薄汚い雑巾を持ってくると海老原をそれを靴底で踏みにじりさらに汚した。
それを遠慮無く鮫島の口に突っ込んだ。」


「俺に暴言吐いた奴は全員こうなるんだ。覚えておけ!!」


さらに鮫島の顎をつかみあげ、鉄拳を数発顔面に喰らわせた。
「俺はやるといったらやるぜ。てめえが反省して俺の質問に答えない限りはなあ」
「知らないっていってるだろう!」
「それがてめえの答えか……いいだろう。敦!真壁沙耶加を攫ってこい!!」
「待ってくれ!本当に彼女の居場所は知らない、だが……!」
鮫島ははっとして口を閉じた。思わず言ってしまった。
海老原は、「だが、何だ?」と迫ってきた。もう後戻りできない


「……彼女の居場所は知らない。だが、彼女を助けようとした少年の居場所は心当たりがある」
「本当だろうなあ?」
「ああ、そこで俺は彼女を見付けた。彼女は監禁されていたんだ」
「いいだろう。その場所を教えたら真壁沙耶加は勘弁してやる」














トントン、ノックの音に良恵はドアに駆け寄った。
「待たせたな」
「連絡はとれたの?」
「ああ、おまえが無事だというメッセージが届くようにしておいた。
おまえの仲間も、それに目を通せば安心するぜ」
「ありがとう。恩に着るわ」
「で、今後のことだ。ちゃんと話し合っておかないとな。脱出ルートは――」
「その前に鮫島を助けないと」
「鮫島?ああ、おまえを助けてくれたっていうケチな殺し屋だったな。
安心しろ。それもちゃんと手を打ってある。最善を尽くしてやるさ」
「あなたがそこまでしてくれるの?あなたには無関係なことなのに……」
冬樹は良恵の肩にそっと手を置いた。
「関係大ありだ。俺はおまえの恋人だぜ。おまえの命の恩人なら俺にとっても恩人だ。
だから金に糸目をつけず最大の恩返しをしてやるのが俺の男としてのけじめだ」
その時、電話が爽快に鳴り響いた。冬樹はすかさず受話器をとった。


『季秋様ですか?真心の香川葬儀社です。準備は全て整いました。
鮫島様がいつ昇天してもすぐに盛大な葬式を出させて頂きますので』
「ご苦労。ま、近いうちに運び込むことになるからよろしく頼むぜ」














徹は苛立っていた。国防省は徹の要求を拒み続けていたのだ。
いくら国家が特別扱いしている特選兵士とはいえ、階級上は尉官に過ぎない。
その尉官が理不尽な要求をしている。これを飲んだら国防省の面子が丸つぶれになるだろう。
だからこそ海軍の執拗な圧力に国防省は耐えていた。
が、それももはや時間の問題だ。いつまで持つか――。


「まだ国防省は首を縦にふらないのか?いいだろう、そこまで俺を舐めているのなら――」
「大尉!佐伯大尉、た、大変です!!」
二等兵が葉書らしいものを手にして部屋に飛び込んできた。
「なんだい。騒々しい」
良恵様が……良恵様から連絡がはいりました!!」
「何だって!?」
「こ、これを……さ、先ほど届けられたのですが……そ、その……それが……」
良恵から連絡が入ったというのに様子が変だ。


「早く見せろ!」
「……あ、あの……その……」
まるで徹には見せたくないというように困惑した表情を浮かべていた。
「何をぐずぐずしている。さっさとよこすんだ!」
業を煮やした徹は二等兵から葉書らしいものを奪い取った。それはメッセージカードだった。
淡いピンク色で薔薇が描かれている。
問題は、その文面だった。それを見た瞬間徹は凍り付いた。


「……な、何だって?」

メッセージカードを握りしめている徹の両手はわなわなと震えている。

「……ふ、ふざ……ふざけ……」

徹はその非情な性格に似合わず外見は天使のように美しかった。

だがその美しい顔は、瞬く間に阿修羅へと変貌していった。


それを目の当たりにした二等兵は極寒地獄に落とされたようにガクガクと震えだした。
カードには冬樹と良恵の連名でこう書かれていた。


『結婚しました。心配しないで私たちを祝福して下さい』


「ふざけやがって!あの腐れボンボンが、俺を舐めてるのか!!
俺の女に手を出して、ただですむと思っているのか!!
あの……クズ野郎が!!ぶっ殺してやる!!」




――逆効果だった。




【B組:残り45人】




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