「さあ、さっさと停車して俺に従え!」

結城の首に痛みが走った。NOと言えない圧力がかかっている。
車は止まらず、そのまま海外戦沿いの道路に出た。


「……る」
「ああ?聞こえないなあ」
「断る、俺は金の亡者だが殺し屋じゃない!ビジネス以外の揉め事はごめんだ!!」


結城はハンドルを力の限り右にきった。
車がガードレールを突き破って海面に向かってジャンプした。
「ちっ!」
海老原は車体を蹴り、その反動でくるくると空中回転しながら地上に戻った。
しかし車はそのまま海中に沈んでいった。
車体が完全に水没して数分たったが結城が浮かんでくる気配はない。
「おい竜也!」
佐々木達が駆け寄ってきた。
「結城の奴浮かんでこないぞ。このまま溺死か?ジョークにもならねえな」
「おい敦、調べてこい」
「へ?」
「俺はなあ、死体も見ずに生死確認なんてするような間抜けじぇねえんだ」
「おい海に潜れっていうのかよ」
「だったら俺に潜れっていうのか、ふざけるなよ」
「……わかったよ」
佐々木は渋々と上着を脱ぐと海に飛び込んだ。
海底にタクシーが見えた。
佐々木はさらに潜った。フロントガラスが割れていた。


(いない、あの野郎の死体がねえじゃないか!)




鎮魂歌―30―




「もう遅いから加奈ちゃんと 美恵ちゃんは寝ろよ。な?」
泰三に付き添ってやっている美恵と加奈だったが、ここ数日不眠が続いたせいかさすがにきつい。
「ここは包囲網から遠いから今夜はぐっすり寝れるぜ。後は俺がこいつを見るからさ」
「じゃあ、あたし達は別室で休ませてもらおうか。ね、美恵ちゃん」
「ありがとう。でも、もうすぐ桐山君たちが帰ってくると思うから私はもう少しおきてます」
鉄平と加奈はお互いの顔を見合わせて、意味ありげな表情で美恵を見つめた。
「ねえ美恵ちゃん、立ち入ったこと聞いてもいい?」
加奈は好奇心に満ちた目で、「桐山君って美恵ちゃんの恋人なの?」と、とんでもないことを口にした。
「え?」
突然、予想もしてなかった質問に美恵は言葉も出ず、ただ瞬間的に赤面した。


「そ、そんなこと……桐山君に悪いわ。わ、私……その」


美恵は必死に否定しているらしいが、2人には肯定をごまかす行為にしか見えなかった。
「やっぱりそうなんだ。あたし、最初はてっきり三村君だと思ったのよ。
彼、やたら美恵ちゃんに優しかったもんね。
反対に桐山君って感情が乏しかったから、さっぱりわからなかったわよ」
三村が美恵に特別な感情を持っていることは誰の目にもあきらかだった。
はっきりと態度に示している三村とは反対に桐山はつかみ所のない男だった。
どこに気持ちがあるのかわからない。感情があるのかどうかさえ怪しいものだった。
1ヶ月以上も見てきたが、加奈達にとっては桐山はよくわからない謎の存在でしかなかった。
その桐山が美恵を守るために佐伯と死闘を繰り広げたのだ。
美恵ちゃんが傷つけられそうになった時の桐山君すごかったもの。
あれは好きなんてレベルじゃないわ。ねえ、そうなんでしょ?」
「だよなあ、ありゃ心底惚れてるよな」
2人の質問攻めに美恵はただただ赤面して言葉を詰まらせるしかなかった。




(……チャンスだ)
3人の他愛のない会話を神経研ぎ澄ませている男がいた。
それは、この秘密の診療所の第二の患者・鮫島だった。
会話はまだ続いている。今しかない。
ぐずぐずしていたら3人はくだらない会話を終わらせる。
桐山や川田も帰ってくるだろう。
鮫島は物音を出さないように慎重に行動に移した。
素早く階段を駆け下り、廊下の先にある地下室に急いだ。
周囲に誰もいないことを確認して、とんとんと軽くドアをノックした。














「おい竜也大変だ!結城の野郎、死んじゃいないぜ!!」
海面に佐々木が顔を出すなり石が飛んできた。
「馬鹿野郎!だったら捜せ、あいつ捜して、あの女の居所吐かせろ!!」
さらに海老原はくるっと振り向くと武藤たちにも怒鳴りつけた。
「てめえらも、何ぼさっと突っ立って見てやがるんだ!!
この町のどこかにあの女いるんだろうが!!
特選兵士の名にかけて、さっさと見つけ出してきやがれ!!」
武藤たちは慌てて走り去った。
感情的になっている海老原の命令には素直に従うしか他ない。
「敦、てめえはあのクズ医者を捜すまで海から上がってくるなよ!」
「お、おい……竜也。真夜中の海の中、一晩中潜り続けろっていうのかよ」
「一晩中じゃねえ!あいつ捜し出すまで永久にだ!!」




(……あんな瞬間湯沸かし器みたいな男が特選兵士かよ)
結城は海中から地下水路を通り地上に出ていた。
「……最悪だな。人選あやまったぜ、こんなことになるとは計算外もいいところだ」
結城は周囲を警戒しながら走った。しかし、すぐに立ち止まる。
海老原の手下たちが走っていくのが見えたからだ。
とっさに電信柱に身を隠したが、こんなのは一時しのぎだ。
このまま町をうろうろしていたら見付かるのは時間の問題。
結城は目立たない路地裏を走り抜け、町で唯一のスーパーに駐車しておいたキャンピングカーに乗り込んだ。
その駐車場の隅に人影がみえた。

(あいつは武藤……!)

結城はキャンピングカーの窓のカーテンを閉めた。
そしてカーテンの隙間から外の様子を伺った。

(……行け、さっさと行っちまえ)

武藤がこちらを見ている。結城の心臓の鼓動が跳ね上がった。
やがて武藤が向きを変え歩き出すと、結城はほっとしてベッドに突っ伏した。
(何とか難は逃れたが、あいつらがこの町から出て行くまで外にはでれないな)
こんなことなら、変装セットをこの車に置いておくべきだった。
そうすれば、夜が明けたら堂々と町を出ることだってできたのに。

(いや、俺よりも、あの女だ。あいつらのターゲットは彼女なんだ)

自宅と闇商売の仕事場を別々にしていてよかった。
おそらく自宅のマンションを中心に海老原たちは天瀬良恵を捜索するだろう。
しかし仕事場はマンションから距離のある町の郊外だ。


(彼女を地下室に閉じ込めたことは、今考えるとむしろ良かった。
あそこにいれば、あいつらに見付かることはない)


あの一軒家は結城が偽名を使って購入したもので、名義は結城のものではない。
ちょっとやそっと調べたくらいじゃ、あの家にはたどり着かないだろう。














「誰?」
「そんなこと今はどうでもいい。いいか、あんたを逃がしてやる」


良恵は思わず立ち上がった。ドアの向こうの声はさらに続いた。
「だから声をあげずに静かにしてくれ。上の階には人がいるんだ。
あいつらに勘づかれたらやばい。わかるだろ?」
良恵は突然のことに躊躇した。信用できる人間なのだろうか?
しかし考える暇もなく、鍵が外されドアがゆっくりと開けられた。


「……あなたは」


相手の男は見覚えのある顔だった。
「時間がない、急ぐんだ」
「どうして私を?」
「あんたには借りがある。それを返しに来た。さあ行こう」
もう迷っている場合ではない。チャンスが向こうから来てくれたのだ。
鮫島のことは良く知らないが、自分を助けるという言葉は信用に値すると感じた。
鮫島は義理堅い男で、命の恩人に報恩しようとししてくれているのだ。
「今、桐山と川田って男が留守だ。今しかチャンスはないんだ」
今はこの男についていくのがベストだと思った。
徹と互角に戦った桐山が戻れば、二度と逃げるチャンスはないだろう。
鮫島も一応プロだが、特選兵士レベルにははるかに遠いのだ。


「行くぞ。とにかくここから離れるんだ。どこかで車調達して町をでよう」
「ありがとう」
「礼なんていい。あんたに頼みたいこともあるんだ」
「頼みたいこと?」
「後で話す。今は逃げるのが先だ」

2人は物音を出さずに裏口から外に出た。そして暗闇の中に姿を消した。







「ねえ白状しなさいよ。それとも三村君のほうが恋人なの?」
「わ、私!」
美恵は、「今夜は冷えるから、彼女に毛布もってってあげないと」と、いそいそと部屋を出た。
「あーあ、出て行っちゃった。加奈ちゃんがあんまり詮索するからだぞ」
「ちょっとやりすぎちゃったかな」






「あの、良恵さん。寒いでしょ、気づくのが遅くてごめんなさい。毛布もってきたわ」
鍵穴にキーを差し込むと、キィ……と妙な音を発しながらドアが動いた。
「……え?」
まだキーを回してない。妙な予感が美恵の体内を駆け巡った。
開きかけたドアを全開し、薄暗い部屋の中を一見して美恵は妙な予感が現実と化した瞬間を目撃した。


美恵ちゃん、さっきはごめんね」
加奈と鉄平が階段を駆け下りてきた。
「……加奈さん、金田さん」
誰もいない。薄暗い部屋の中、いるはずの人間が跡形もなく消えていた。


「いない。彼女がいないの!」


「な、何だって!?」
鉄平が慌てて部屋の中に飛び込んだ。
確かにいない、この部屋には隠れるような場所もない。
「あいつもいないわ!」
加奈が叫んでいた。
「あいつもいない。きっと、あいつが逃がしたんだわ!やっぱり、あいつ最悪の男よ!!」
「と、とにかく早く捕まえないと。俺は2人を追う、加奈ちゃん達はここで待っててくれ!」














「な、何だって?夏樹さん、あんた、今なんて言ったんだよ?」
「俺の昔の恋人だ――」


驚愕する良樹たち。

「――と、言いたいところだが、そうなる前にやめた女だ」


まだ緊張感が抜けない良樹たち。しかし夏樹の思い出話は続いた。

「いい女だったぜ。俺好みの気の強い女で本気になれると思った。
でも本気になる前に、弟の女だってわかって身を引いた。
さすがの俺も可愛い弟から大事な女横取りするわけにはいかないだろ?
本気になる前に知ってよかったぜ。本気になってたら相手が弟だろうが奪ってた」


夏樹は全身が弛緩しかけている一同を横目に恐ろしい言葉を吐いた。

「けどなあ、俺があいつを気に入っていたのは事実だし、今だってその気持ちは変らないんだ。
おまえらのお仲間、とんでもないことをしてくれたぜ。俺を敵に回したいのか?」


「ちょっと待ってくれ。俺達は」
「関係ないとでも言いたいのか?まあ、おまえらは直接関係ないからなあ。
けどな、たとえ俺が許しても、俺の弟がこの件を知ったら、おまえら皆殺しだぜ」
良樹たちは、まさかと思ったことだろう。しかし夏樹は真顔だった。
夏生も、「あーあ、やっちまったな。気の毒に」と哀れみを込めた表情を浮かべている。


「俺の弟は兄の俺からみても女癖が悪いどうしようもない奴なんだ。
あいつは女に本気になったことなんて一度もない。
そのあいつに惚れた女がいるって知った時は耳を疑ったものだ。
相手が天瀬良恵だったのは残念だが、俺はあいつに本気になれる女がいたことが嬉しかった。
その良恵を攫って傷つけでもしたら……」




「俺達の仲間にそんなことする奴はいない!」
大声を上げたのは七原だった。
「女の子をさらうなんて、よっぽどの事情があったんだ。
でも俺達の仲間はみんないい奴ばかりなんだ。
その子を傷つけたりは絶対にしない。信じてくれ!」


「本当だろうな?俺にでまかせは通用しない、嘘だとわかったら、その場で殺すぞ」
「本当だ!俺は仲間を信じている!!」


他人を疑うのは当然という価値観の夏樹にとって七原は珍しい生き物だった。
仲間といっても赤の他人ではないか。そんなもの信用に値するわけがない。
「ああ、その時は俺を焼くなり煮るなる好きにしろよ!」
七原は心底クラスメイト達を信じていた。
その信念はちょっとやそっとでは崩れそうもないほど強く純粋だ。
夏樹は半分呆れ半分感心すらした。


「まあいい。夏生、おまえはすぐに情報収集して彼女の居所を探れ」
「ああわかったよ」
「俺はこいつらを連れてプライベートアイランドに出掛けてくる」

それから夏樹はこっそりともう一つの命令を夏生に耳打ちした。




「俺達が消えたら、すぐに男は追い出しておけ」
「匿ってやるチャンス考えてやるんじゃなかったのかよ」
「俺はこいつらがゲームに勝ったあかつきには女なら考えてやる、と言っただけだ」
確かに夏樹は男子生徒を匿ってやるとは一言も言わなかった。
「だが兄ちゃんはK-11と関わりのある人間を捜してるんだろ?
野郎たちの中にそいつがいるかもしれないじゃないか」
「相変わらず勘が鈍いな夏生。だから奴らを外に出すんじゃないか」
夏樹は、「監視をつけた上で放て。しばらく様子をみさせろ」と付け加えた。
そこまで聞き、さすがに夏生は夏樹の意図を理解した。
K-11に関与している人間が少年達の中にいれば必ず接触してくる。
だからあえて彼らを外に放つのだ。
いわば彼らは囮ということになる。


「で、奴らが全く動きを見せなかったら?」
「その時は奴らに関与している人間が女だと限定される。どっちに転んでも結果が出る」














「ここまで来れば大丈夫だろう。走れるか?」
「ええ」


良恵と鮫島は走り出した。町の中心街に近づくといったん停止して再び歩き出した。
「車かバイクを手に入れて町から出よう。あんたを攫ったっていう連中に出くわす前に」
「ここまでしてくれたんだからもう十分よ。後は1人でも大丈夫だわ」
携帯電話や財布など私物は取り上げられたが連絡する手段くらいあった。
これ以上鮫島に迷惑かけるわけにはいかない。
「私なら仲間がすぐに迎えに来てくれるわ。だから心配しないで」
「わかった。でも、あんたが無事に保護されるまでは付き合うよ。
それくらいさせてくれ。俺が今こうして立っていられるのもあんたのおかげだからな」
「ありがとう。感謝するわ」
それから良恵は鮫島が言っていた頼みたいことというのを思い出した。


「私なんかで役に立つことがあれば何でもするわよ」
「……悪いな。これ」
鮫島は似顔絵と写真を取りだした。
「真壁沙耶加っていうんだ。国防省に捕縛されているらしい。
水島克巳の元にいるみたいなんだ。
もし何か情報を聞くことができたら俺に連絡くれないか?」
鮫島の似顔絵はそれなりに上手だったがそっくりというほど正確ではなかった。
写真に至っては(レストランで隠し撮りしたものだった)写真の端に後ろ姿が確認されているだけだ。


「こんなんじゃ特定は難しいと思うが、もし彼女と会うことがあったら必ず救い出すと伝えて欲しい」
「あなたの特別なひとなの?」
「いや……俺の一方通行だ。彼女にとっては客の1人に過ぎない。
店員の話では彼女にはもう長い付合いになる恋人がいるらしいし……」
「わかったわ。国防省には友達がいるの、彼に聞けば大抵のことはきっとわかるわ」
「そうか、ありがとよ。俺の連絡先は……」
鮫島は紙切れに電話番号を書き出した。



「待って!」
「どうした?」
「……近くに誰かいる?」
「何だと?」

2人は息を潜めた。壁の向こうから声が聞こえてきた。




「竜也の人使いの荒さには毎度苦労するぜ」
「ああ、俺達のこと何だと思ってるんだ?いい加減にして欲しいぜ」




(……この声、聞き覚えがある)
良恵の全身に鳥肌が立った。忘れたくても忘れない恐怖が急激に膨張する。
「仮にも特選兵士が私怨で女捜しなんて、あんまりかっこいいとはいえねえな。
もっとも竜也が真面目なお仕事に情熱注ぐことの方が珍しいぜ。だろ?」
良恵は顔面蒼白になっていった。
間違いない、あいつらだ。海老原といつもつるんでいる連中だ。
暗闇の中だったために良恵の異変に気づかなかった鮫島は幸運だと思った。
予定よりもずっと早く良恵の安全を確保してやれると思ったのだろう。


「良かったな、特選兵士なら、すぐに保護してもらえる」
「……嫌」
「おい?」
「声を出さないで」


良恵は凄い力で鮫島の腕を掴んで懇願した。
その様子から鮫島もただ事ではないと感じたのだろう。
しかし何故だ?相手は政府側の人間だぞ。


「あいつらは仲間なんかじゃないわ。お願い静かにしてて……」


お願い気づかないで。このまま通り過ぎて……。
良恵は祈った。しかし、その祈りはすぐに効果がないことが証明された。




「……ちょっと待て。あの塀の向こう怪しくないか?」




良恵の心臓が跳ね上がった。
「……本当だ。気配を感じるぜ……1人、いや2人だ」
そう2人分の気配だ。最初1人と感じたのは、良恵は気配を巧妙に消していたからだ。
だが完全に消すことは出来なかった。これが並のプロなら騙せただろう。
しかし、どれほど愚かで下劣だろうと、こと戦闘にかけては特選兵士は並ではない。
最早、隠れているのは不可能だった。良恵は走った、全力疾走だ。
「おい!」
鮫島も慌てて後を追い走った。
「待ちやがれ!!」
ハッと振り向くと男達が塀を一気に跳び越えるのが見えた。


「女だ、間違いない天瀬良恵だ!捕まえろ!!」














夏樹は良樹達を格納庫に連れてきた。
「移動にはこれを使う」
電灯がぱっと明かりを灯した真下には黒塗りの戦闘ヘリがあった。
「親父が趣味と道楽で作らせたものだがコレが一番速い。
制作費が馬鹿高い上に、白昼堂々と飛ばすことができないことをのぞけば最高の移動手段だ」
夏樹はヘリのコックピットに乗り込むと、「さっさと乗れ」と促してきた。
「……このヘリ、どこかで見たことあるな」
三村は、その黒塗りのヘリに見覚えがあるようだった。


「おい、これ……」
「へえ、おまえコレを知ってるのか?
この国でこいつを知ってるなんて善良な市民じゃありませんっていってるようなもんだぜ」


夏樹の言葉の意味は七原にはさっぱりだった。
「どういう意味だよ三村」
「アメリカを知らない人間にはさっぱりだろうな。コレを娯楽で作った?
どうせ外装だけで中身はただのヘリなんだろ?」
「そうでもないぜ。一応ミサイルだって搭載してる。
さすがにマッハ1なんて不可能だ。
けど現存する高速ヘリの標準値をはるかに超えたスピードなのは保障するぜ」
「……はは、金持ちのやることは本当に理解できないぜ。あんたの親父さんの趣味ってのも。
俺の親父も褒められたものじゃない人間だけど俗物らしく趣味も質素で無害なもんだった」
七原はますます混乱していた。それは沼井達も同じだ。




「いいから乗れ。時間がないんだ」
全員が乗り込み着座した。
「シートベルト忘れるなよ。それから1つ断っておくがな、耳は塞いでおけ」
夏樹が操縦桿を握るとほぼ同時に格納庫の天井が開いた。
「行くぞ」
プロペラが回転しだした。と、同時に――。
「うわぁぁ!!」
全員が両手で耳を塞いだ。


「悪いなあ、このヘリの最大の欠点がこれだ。
親父が雰囲気味わいたいからってエンジン始動と同時に主題曲が流れるように設計させたんだ。
それも大音響で。まあ、慣れれば、そうウザいもんでもないぜ」
「三村ぁ!何だよ、これ!!」
「アメリカの昔の人気ドラマのエアーウルフだよ!!
超爆撃高速ヘリ扱った空中アクションなんだ!!」
パソコンでアメリカの情報を自由に入手できる三村だからこそ知っていた。
しかし米製のものなんてほとんど知らない人間には爽快な主題曲も騒音でしかなかったことだろう。
テーマ曲が終わってやっと訪れた静寂に良樹達は感謝した。
「目的地までひとっ飛びするぞ」









「見えてきた。あれが目的地だ」
島だ。島が見える。他は何もない、海が広がるだけだ。
「あれは?」
「俺達兄弟が幼い頃遊園地代わりに遊んでいた島だ。今じゃ別途利用されている」
島は外から見るとただの無人島。しかし、その内部はハイテクだった。
夏樹の案内で良樹達は地下基地に足を踏み入れた。
「俺の許可無しに自由行動は取るな。迷子になるだけじゃすまなくなるぜ」
「どういうことよ」
貴子の質問に対する夏樹の答えは簡単明瞭だった。


「別途利用されているといっただろ?化学兵器や薬品の研究施設に素人が迷い込んだら危険だ。
いや、その前に侵入者を撃退するセキュリティー装置に引っかかって死ぬかもしれないぜ。
それに精神的にもここは環境がいいとはいえない場所がある。レディにはお目にかけたくない」
「まあ、レディってアタシのことね?」
妙な誤解をしている人間もいた。
「いーや、あんたには害はないぜ。そうだな、ちょっと見てみるか?
おまえ達を追いかけている連中の本性知るいい材料になるかもしれない」
夏樹は全員を伴いエレベーターに乗り込んだ。
「今は刑務所代わりにも使用している」
「刑務所?」
「ああ季秋家に危害加えようとした連中だ。例えば政府の隠密」
エレベーターが停止した。




「ほらここだ。野獣みたいな連中だから近づくなよ。檻の中に入っていても危険だ」
エレベーターの扉が開くと、そこは監獄所だった。
「全国指名手配で季秋家で窃盗行為をしようとした馬鹿もいる。
普通なら警察に引き渡すが、中には季秋家邸内にまで侵入した奴もいる。
そういう奴は司法取引で何をしゃべるかわからない。
だから季秋家の私設刑務所で臭い飯を食ってもらっているわけだ。
中には政府が公にできないお尋ね者もいるぜ」
特別厳重なセキュリティー装置によって拘束されている一角があった。


「紹介するぜ。科学省生まれの好青年、通称ナンバーゼロだ」


その牢屋の奥に少年がうずくまっていた。膝に顔を埋めているため顔はわからない。
「あんまり刺激するなよ。凶暴だ」
その少年を一瞥して、良樹たちは一斉に固唾を飲んだ。
顔は見えない。しかし、普通じゃないことはわかった。
なぜなら、その少年は完全な白髪だったからだ。
病気でそうなったわけではなさそうだ。肉体そのものは衰えてない、むしろ普通以上だった。
「……彼、何をしたんだ?」
「こいつは科学省を脱走した元兵士ってやつでねえ。
科学省は人工授精で兵士を1から作っている。生まれた子供には氏名の他に№がつく。
けどな、全員が従順で忠実な科学省のご自慢の兵士に育つとは限らない。
中には科学省に逆らったり出来の悪い落ちこぼれになる人間もいる。
程度の差もあるが、15歳になるまでにそれが改善されないと廃棄処分になるらしいぜ」
『廃棄』という言葉に誰もが緊張して表情を強ばらせた。


「そいつらは不必要になると同時に科学省の在籍№も剥奪される。
そんな連中を総称してナンバーゼロというんだ。
見ろよ、何があったか知らないが、こいつは一晩で白髪化するほどの何かを経験した。
だからだろうなあ、精神がちょっといかれている。
九死に一生を得て何とか脱走に成功したらしいが、とことんついてなかったらしい」


「何をしたんだよ?」
「こいつが逃げ込んだ先は季秋家の別邸だった。
興奮状態だったこいつは季秋家の人間に危害を加えようとしたのさ。
だからこの私設刑務所に投獄した。科学省の情報を引き出した後は処分される」
「処分って……まさか殺すのか?!」
少年がびくっと反応した。




「おい大声だすなって言っただろう?あまり興奮させるんじゃねえよ。
こいつを大人しくさせるために季秋家のボディガードが3人も犠牲になったんだぜえ。
ガキでも凶暴だ。可哀想だが他に方法はない」
良樹達は言葉もなかった。


「こんなことは科学省では珍しくないらしいぜ。だが表沙汰には一切ならない」


まだショック状態の良樹達に、夏樹は「行くぞ」と淡々と指示を出した。
「な、なあ処分って……本当に殺すのか?俺達とそう変らない年齢だったぞ」
七原は私設刑務所から出るとすぐに質問した。
「ま、まだ未成年じゃないか。監禁されてるなら、もう悪さもできないだろ?」
「だから生かせと?季秋に害を加えた連中だ、俺達にあいつを養ってやる義理はない。
かといって野に放てば科学省に捕まってやはり処刑は免れない。
どっちにしても、あいつにはもう未来はないんだ」
「可哀想じゃないか!」
「あいつが危害加えようとしたのは俺の2番目の姉だ。
大人しい女だからショックで寝込んで大変だったんだぜえ。
あいつを可愛がっている秋澄兄貴は激怒してその場での銃殺を主張したくらいだ。
あいつは無事だったが、あいつを守ろうとしたボディガード達は死亡したんだ」
「……あ」
「わかっただろ?可哀想だけじゃ世の中通用しないってことだ。
そして、これだけは覚えておけ。おまえらも下手したらああなるってことだ。
そうなりたくなかったら、今後一切甘いことは考えるな」
全員が無口になった。
「ついたぞ」
重厚な扉の前にきた。夏樹がスイッチを押すと、扉が左右同時に開いた。




「パラダイスへようこそ。これは夢なんかじゃないぜ」




【B組:残り45人】




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