良樹が連れてきたメンバーを見て、夏樹は一言「意外と多かったな」と呟くように言った。
夏樹は良樹を数日間で実戦で通用する人間に鍛え上げてやると約束した。
良樹は助け出されたクラスメイトにその件を伝えた。
これからは逃げるだけじゃなく戦うことも必要だと訴えた。
良樹の勧誘に乗ったのは、三村、七原、月岡、沼井、国信、幸枝、友美子。
これに元々志願していた貴子を加えて計8人が集った。
国信と幸枝は七原が茨の道を選択する以上、黙ってはいられなかった。
友美子は親友の雪子を救出するために、この誘いを受けた。
「他の連中は拒絶か。まあ当然だろうな、素人の中学生じゃ。
おい雨宮、この8人以外のおまえのお仲間、今すぐ出て行くように通達しとけよ」
「……何だって?」
生徒達は、今は季秋家の別宅に一時預かりの身の上だった。
「どういうことだよ?」
「言った通りだ。俺はボランティアに従事するつもりはないんでねえ。
無駄飯悔いを20人以上もかかえてやる義理ないし、さっさと出て行ってもらう」
「ちょ……ちょっと待ってくれよ!」
途端に七原が声を荒げた。
「あそこから追い出されたら、皆には行くところなんてない。
それこそ野宿か、また捕まるのを待つだけなんだ。
それわかってて出て行けっていうのかよ?よく、そんな冷たい事がいえるな」
「言っただろ。俺には何の義理もないし、ボランティアをするつもりもないね」
鎮魂歌―29―
「おまえ、どこまで俺に迷惑かければ気が済むんだ?」
結城はベッドに横たわる鮫島を冷めた目でにらみつけていた。
「……悪かった。俺だってできればおまえの世話になんかなりたくなかった。
でも……他に行く当てがなかったんだ。
全然足りないだろうが……金なら、財布に……」
「いらないな。どうせはした金しか入ってないんだろう。
そんな金じゃ、今までのツケの利息にもならない。
おまえが死んだら臓器を移植に使うぞ。それで勘弁してやる」
「……そうしてくれ。俺には自分の体以外何も財産がないんだ」
「それから今夜中に出て行け。この家は定員オーバーなんだ」
『定員オーバー』、妙な単語に鮫島は疑問符を浮かべた。
「誰か他にいるのか?」
「ああ、とんでもない連中だ。
天瀬良恵を拉致してきたんだ」
予想もしてなかった事態に鮫島は思わず上半身を起こした。
当然激痛が鮫島の全身に駆け巡り、鮫島は思わず腕を掴みうつむいた。
「誰がそんなことを……?」
「木下一派の人間と例の囲いから出た連中だ」
「木下!?」
鮫島はがばっと顔を上げた。
「奴ら、あの包囲網をくぐり抜けて脱出に成功したのか?」
「だから、ここにいるんだろ。少しは考えてものをいえ」
「……そうか木下が」
「断っておくが、ここにきたのは奴の妹と部下2人だ。
木下は国防省に潜入するために単独行動をとっているそうだ」
「なぜ妹や部下と離れてそんな危険なマネを?自殺行為だ。
国防省には凄腕の特選兵士がいる。立花薫……鳴海雅信……それに水島克巳。
はっ……まさか、あいつ水島を倒すためにか?
あいつに壊滅させられた組織の……死んでいった仲間の仇をとるために……」
「そんなご立派な理由じゃないらしいぜ。惚れた女を捕縛されたからだとさ」
「こんなところであんな奴に会うなんてほんと最悪」
加奈はかなり苛立っていた。
「加奈さん、あの鮫島ってひとと知り合いなの?」
「まあね。無口で陰気で嫌な奴よ。とてもじゃないけど仲良くなれそうにないわ」
血まみれで運び込まれた鮫島を見たときから加奈は不機嫌だった。
「あのひと、そんなに悪いひとなの?」
美恵は加奈に聞こえないように鉄平にこっそり質問した。
「あんまり親しめるような人間でもないけど悪人ってわけでもないと思うぜ。
ただ加奈ちゃんは兄さん想いだから、あのひとのことが気に入らないんだろ」
「木下さんの敵ってこと?」
「ある意味、敵だな。あの人、真壁さんに気があるらしくてさ。
つまり木下さんにとっては恋敵ってわけだ。
だから加奈ちゃんは、あのひとのこと無条件で嫌ってるんだよ。
あのひとがたまに真壁さんに会いに、あの店にくる度に怒ってたからさ。
真壁さんを横取りされるんじゃないかってきがきじゃなかったんだ」
沙耶加本人の気持ちを無視して外野が盛り上がっていたというわけだ。
沙耶加の好みはインテリらしいから、どちらもタイプではないというのに。
「プロの殺し屋気取っているおまえを一方的に怪我人にさせるなんて相手はかなりの凄腕だな」
「……特選兵士の和田勇二だ。何があったか知らないが、かなり感情的になってた。
ばったり出くわした瞬間、勝てないと思ったよ。
情けねえ話しだが、奴を見ただけで震えが止まらなかった。
逃げられただけでもラッキーだった……。
歩道橋から飛び降りて走行中のトラックの荷台に飛び降りなかったらと思うとぞっとする」
鮫島は沙耶加の無事を確認したくて、あのスラム街に潜入した。
そこで勇二にばったり出くわしたのだ。
「……結城、おまえ知ってるか……真壁がどうなったか……」
(真壁……真壁沙耶加、か)
結城は気の毒そうにため息をついた。
「あの女のことはあきらめろ。おまえがどうにかできる女じゃない」
結城の言葉には何か含みがあった。
「彼女は今頃水島のそばにいる。もう二度とおまえに会うことはない」
鮫島は結城から目をそらした。
認めたくない現実を突きつけられ打ちのめされたようだ。
しかし鮫島にはもう一つ気になることがあった。
「……どうして連中は彼女を拉致した?」
それは良恵のことだった。
「知りたくもないな。今、俺が考えているのはただ一つだ。
あいつらのせいで妙なことに巻き込まれたこの状況を打破すること」
結城の返事は実に冷たいものだった。
「どうせ人質にでもするつもりだったんだろうが、とんだ逆効果だ。
あいつら特選兵士を本気で怒らせやがったんだ。今に報いを受けるぞ」
「……彼女は、今どこにいる?」
「地下室だ」
「軍に通報しないのか?」
「本当におまえ馬鹿だな。それができればとっくにやってる。
通報してやばいのは俺のほうだ。
軍医の免許を取れなくなるだけじゃすまなくなる」
「……じゃあ、おまえは彼女をほかっておくのか?」
「ひとのことより自分のことを考えろよ。
今のうちにゆっくり眠れるモーテルでも探して、さっさと出て行け」
「ひとの心配するより自分の心配しろ。俺は非の打ち所のないお優しい人間だ。
でも何もかもどうでもよくなることだってあるんだぜ」
口の端をわずかにあげただけの夏樹の微笑は悪魔の笑みだった。
「……夏生さん!」
七原は夏生にすがるような視線を送った。
「悪いな七原、期待に添えそうもない。兄ちゃんが決めた事は、俺じゃどうにもならねえよ」
夏樹と夏生の間には兄と弟以上の絶対的な立場の格付けがされている。
夏樹の決定を夏生が覆すことは出来ないのだ。
「あんたの言い分は正論だよ。俺達のために、あんた達が尽くす義理はない。
でも、あんたは切り捨てられる人間の中に自分の身内がいたことはあるのか?」
良樹は重い口調で訴えるように言った。
「何が言いたい?」
「あんたは切られる人間の中に自分の兄弟がいても同じように考えられるのか?」
夏樹はちらっと夏生を見上げた。
「ああ、いくらでも切り捨てるぜ」
「……おい兄ちゃん」
「それに俺の兄弟にそんなやわな人間はいないんでねえ」
「そうかよ」
良樹は、これ以上何も言っても無駄だと悟ったらしい。
夏樹に考えを改めろなんて注文は最初から無理だったのだ。
「でもこれだけは言わせてくれ。俺達は確かにあんた達から見たら弱い人間かもしれない。
持って生まれた才能も実績もない、ただの素人だよ。
だからこそ俺はあんたの提案受けたんだ。最初から強かったら、誘いになんか乗ってない。
最初から強い人間なんていない。強くなるために努力したからなれたんだろ?」
夏樹は静かに聞いていた。
「だからなってやるよ。あんたのどんな厳しい訓練にだって耐えてみせる。
そして誰にも頼らず自分達の力で仲間を守ってやるさ」
夏樹は県立軍の少年兵士たちからは軍神と崇められているほど好戦的な男だった。
その夏樹の心を変えるのは情でも駆け引きでもない。
夏樹の戦闘意識を刺激させることだった。
「言ってくれるじゃないか。いいぜ、一度だけチャンスをやる」
チャンスという単語に良樹たちの目の色が変った。
「俺のゲームにおまえ達が勝ったら、おまえらのお仲間をかくまうことを考えてやってもいいぜ。
そうだな、全員とは言わないが女くらいは安全を保証してやる」
「ほ、本当か!?」
七原は即座にその話に飛びつく勢いだった。
三村が「おい七原、話は最後まで聞けよ」と制止をかけている。
「何、簡単なことだ。俺達兄弟が昔好んでしてたお遊びだ」
夏生が「兄ちゃん、まさかアレかよ?」と意味ありげなことを囁いている。
「素人にアレはきついんじゃないか?」
「わかってるさ。だからレベルの低いやつで……ん?」
夏樹はパソコン画面にちらっと視線をやり、目つきを厳しくした。
「ちょっと待ってろ」
夏樹はキーボードを叩いた。そして、ゆっくりと立ち上がった。
「……やってくれたな。気が変った、少々レベルの高いゲームをしてもらう」
「おまえ達の仲間も随分とやってくれるじゃねえか。
随分とやばいことをしてくれたな」
「おい、どういうことだよ?」
三村はパソコンから何か情報がきたことを察した。問題はその内容だろう。
「気になるか?これを見てみろ」
良樹たちはパソコンに駆け寄った。
『囲いから飛び出した羊たちに告ぐ。すぐに無条件降伏して彼女を返せ。
でなければ、1時間に1体ごとお仲間の死体が増えるぞ』
「……なんだこれ?」
全く意味不明だった。だが夏樹の表情を見れば、ただ事ではないことが理解できた。
「これどういうことだよ。さっぱり意味わかんねえよ」
ごちゃごちゃと考えることが苦手な沼井は半ば感情的になってさえいた。
「問題は文の次だ。よーくみてみな」
見てみなと言われても、署名があるだけだ。
『モナリザを愛する男より』
「何だ、これ。ただのいたずらの犯行声明じゃないのか?」
ネットに詳しい三村はすぐに匿名掲示板に出現しては警察に逮捕される愉快犯だと思った。
だが夏樹は違った。全く逆の意見だ。
「『囲いから飛び出した羊たち』ってのはおまえたちを指す言葉だろ。
軍はこの情報を一般に流してない。ニュースにもなってないんだ。
知っているのは政府関係者や当事者のおまえ達くらいのはず。
ましてネットおたくなんかが軍の機密情報を知っているはずがない」
確かにそうだ。だが、三村も負けじと反論した。
「この言葉が俺達を指したものだと決めつけるのは早すぎないか?」
囲いから出た羊なんて、あまりにも抽象的すぎている。
「ああ、そうだな。普通ならそう思うぜ、この署名を見なければな」
「モナリザを愛する男……って、ふざけすぎている。やっぱり、ただのいたずらだろ」
「特選兵士の佐伯徹だ、間違いない。外見からは想像も出来ない冷血人間だ」
「特選兵士?」
一同は一瞬声を失った。数秒後に月岡が声を上げた。
「ちょっと、ちゃんと説明してちょうだい」
「佐伯徹は冷酷非情な人間で有名な男だ。もう一つ奴に関して有名なゴシップがある」
夏樹は苦笑しつつ、「ある女との噂が絶えない。本人もほとんど肯定している」と呟くように言った。
「ある女?」
「ああ、以前雑誌のインタビューで『お好きな女性はいますか?』と質問され何て答えたと思う?
『好きな女性はいないよ。ただ愛している恋人はいる』だとよ」
こんな時ではあるが、一同は一瞬ぽかーんとした。なんてキザな男なんだ。
「『相手の女性は誰ですか?』と聞かれ、『みんなの想像におまかせするよ』だとさ。
当時、すでに軍で出回っているゴシップ誌で相手の女の名前はいやってほど出てたんだ。
しかも、『彼女のどこが好きなんですか?』って月並みに質問にとんでもないことほざいた」
「とんでもないこと?」
「『彼女はモナリザ。あの微笑みのように、彼女の美しさも、また永遠の謎』」
普通なら、キザな男のキザな台詞で呆れるだけで終わっていただろう。
だが良樹たちは『モナリザ』という言葉にぎょっとなった。
「わかっただろう。脅迫者は佐伯徹だ。奴は本気だ。
どうやらおまえ達の仲間で、まだ捕まってない人間が『モナリザ』をさらったらしい。
佐伯徹は怒りの頂点で裏世界のネットにこんなもの流しまくったってことだ」
「ちょ……ちょっと待てよ!じゃあ、今も捕らえられている俺達の仲間が危ないじゃないか!」
「ほう、やっと学習したようだな。そうだ奴は脅しじゃなくて本当にやるぞ。
そう簡単に国防省が佐伯の要求を飲んでせっかく捕らえた連中を引き渡すことはない。
だが奴には海軍のお偉いさんの後ろ盾がある。そこから国防省に圧力をかけるはずだ」
「大変だ、今すぐ助けにいかないと!」
七原はすぐにドアに向かって走った。
「待てよ七原!今行ったら、おまえまで捕まるだけだろ!」
慌てて三村が七原の肩をつかんだ。
「じゃあ黙って見てろって言うのか?」
「そうは言ってない。それよりも、その女を返せばすむだろ?
きっと桐山と川田だ。あいつらは捕まった連中の中にいなかった」
「2人がどこにいるか、おまえ知ってるのかよ!」
「……それは」
そうだった。今は2人がどこにいるのか見当もつかない、連絡の方法もない。
さらに追い打ちをかけるように夏樹がとんでもないことを言い出した。
「さらわれたのは天瀬良恵だ。正直いって俺は今最高にご機嫌が悪いぜ」
良樹達は初めて夏樹の表情が険しくなっていることに気づいた。
まるで親の仇を見るかのように冷たい目。
考えなくてもわかる。夏樹は今非常に腹をたてている。
「夏樹さん、あんた何怒ってるんだよ?佐伯って奴を怒らせて状況悪化させたからか?」
「違うね。さらわれた女ってのが問題なんだ」
良樹達は夏生を見た。見るからに『まずい』って顔をしている。
「兄ちゃん、こいつら何も知らなかったんだぜ。少々大目にみて……」
「おまえは黙ってろ」
「はいはい、わかりましたよ」
夏生は、哀れみを込めた目で良樹達を見つめため息をついた。
さらわれた女のことで夏樹は大変ご立腹のようだ。
「夏樹さん、そのひともしかして……」
「俺の昔の恋人だ」
「じゃあ行ってくる。くれぐれも用心だけは怠らないでくれよ、お嬢さん」
「すぐに帰る。待っていてくれ」
「うん、桐山君も川田君も気をつけて。早く戻ってね」
桐山と川田は食料の買い出しに出掛けた。
さすがに食事の世話にまで結城に要求するわけには行かなかったからだ。
「金田、おまえは腕は確かだが、思慮が浅いところがある。
くれぐれも軽率な行動だけは慎んで、しっかりお嬢さんたちを守るんだぞ」
「わかってるよ川田さん、俺だってやるときにはやるんだぜ」
川田は最後に、「それから地下にいる彼女にはくれぐれも注意しろよ」と念を押した。
女だからって油断は禁物だ。
川田は、かつてプログラムで女生徒達の変貌ぶりを目の当たりにした。
所詮は女の子だなんて常識は捨てた方がいい。
「わかってるって、ほら早く行けよ」
桐山と川田は、多少不安は残ったものの家を出た。
「薫、薫!」
久しぶりにマンションに帰宅した薫。半同棲中の愛しい恋人が駆け寄ってきた。
「やあ美鈴、今帰ったよ。どうしたんだい、そんなに慌てて」
「慌てないでどうするの?佐伯徹が国防省に例の連中を引き渡せって要求してきたのよ」
「なんだって徹が?」
これは国防省の管轄だ。
いくら作戦に参加しているとはいえ徹に口を出す権限なんかないはず。
「もちろん長官は一蹴したわ。でも、あの男が引き下がるわけがない。
72時間以内に海軍上層部から圧力がかかるわよ。
事なかれ主義の長官が歴戦を勝ち抜いてきた海軍に逆らえるわけがない。
必ず折れるわよ。みててご覧なさい、賭けてもいいわ。
そうなったら国防省の威光は地に落ちるわ。本当に忌々しい」
「……72時間。その数字の根拠はなんだい?」
「忘れてもらっては困るわ。私は士官学校秘書科の首席だったのよ。
海軍情報部の側近をしている秘書に通じるコネはあってよ」
「そうか……それにしても、なぜ急にこんなことを?」
「まだ公になってない情報だけど、彼の恋人を連中の仲間にさらわれたかららしいわ」
「何だって?」
初耳だった。薫自身、良恵を狙っていたこともあり人ごととは思えない。
「しかも輸送機失踪事件を担当していた水島大尉がこの件を兼任することになったのよ」
「ちょっと待ちなよ。僕を差し置いてかい?美女の救出は僕の専門だというのに」
途端に美鈴が不機嫌な表情でぷいと顔をそらした。
「ああ、ごめんごめん。怒るなよ、変な意味は全くないからさ。
僕が愛しているのは君だけだよ。それだけは永遠に変らない真実さ」
薫は背後から腕を回して美鈴を抱きしめた。
「本当に?」
「ああ、そうだよ。だから、もっと詳しい話を聞かせてくれ」
「大尉は捜査官に似顔絵ばらまいたわ。犯人はこの2人に間違いないって断言までして」
「似顔絵?」
「ええ、そうよ」
美鈴はポケットから2枚の紙切れを取り出した。
「これよ」
オールバックで上品な美少年と、テキ屋の兄ちゃんみたいな風貌の男。
「名前は桐山和雄に川田章吾、海原グループの№2だった木下とつるんでるらしいわ。
こいつらは他の連中とはレベルが違うらしいわよ。
木下が教えることは何もないって褒めちぎってたとか。
どっちも銃の腕前がプロ並みと思っていいって。
特に桐山和雄は凄腕ですって。もちろんあなたには及ばないでしょうけど要注意よ薫」
薫は妙だなと思った。調査もろくにしないで容疑者が断定されたのも気になる。
まして突然似顔絵や詳細な情報がでてくるなんて、あまりにも唐突すぎる。
「不思議じゃないでしょ。水島大尉、彼は独自の情報ルート持ってるもの」
「そうだったね。僕もそれに関しては先輩を見習わなければと思うよ」
再び美鈴が機嫌を損ね、きっと薫をにらみつけた。
「冗談冗談、本気にしないでくれよ。僕が不実な男みたいじゃないか」
(桐山和雄、か。ふん、所詮、あの下品なオカマ野郎の仲間にすぎないじゃないか。
僕の敵じゃないよ。ド素人の相手なら徹にはお似合いだ。せいぜいやりあえばいいさ。
ただ、ここでかっこよく彼女を救出して僕の株をあげたかったな。
そうすれば、彼女も改心して今までの僕に対する態度を改めるだろうに)
「それで、こんな話は外に漏れてないだろうね?科学省にばれたら大変だよ。
輸送機をハイジャックされて、せっかく捕獲した連中に逃げられたことまでばれかねない。
軍部にまで協力を仰いだってのに、長官の私事で逃亡されたなんて国防省の対面は丸つぶれだ。
それだけは防がないといけないよ。早く、彼女を捜し出して助け出さないと」
「で、相手の男が『俺の女に何しやがりってでかい顔しやがったんだよ』」
「それで、どうしたんだよ」
「決まってんだろ。足腰たたないようにしてやったぜ、ははは」
海老原を中心にした四期生達の酒場でのくだらない会話は盛り上がっていた。
「その後で女とホテルにいって――」
携帯電話の着信音が下卑た会話にわってはいった。
「おい敦、俺の安らぎの時間に変な雑音いれんじゃねえ。
俺と遊ぶときは携帯電話はマナーモードにしろっていってんだろ!」
「すまねえ竜也、すぐに戻る」
佐々木は店の外にでて携帯電話を耳に当てた。
『佐々木か。結城だ』
「珍しいじゃないか、おまえが俺に電話くれるなんて。今、おまえの町に今来てんだよ」
『俺の町に?好都合だ』
「好都合だと?俺に何の用があるって言うんだ。
まさか今になって治療費を払えなんてケチなこと言うんじゃねえだろうな?」
ケチな佐々木はすぐに金銭的な問題だと思った。しかし、それは違った。
『厄介なことに巻き込まれた。手を貸して欲しい』
厄介なこと、それはお楽しみ中の佐々木にとっては煩わしい言葉でしかなかった。
「後にしてくれ。今日は竜也たちと一緒なんだ、後でこっちから電話してやる」
『こっちはそんな余裕ないんだ!おまえ達が今追っている連中のことだぞ!』
「なんだって?」
『おまえ達が追っている連中だ。テロリストか敵国からの不法入国者だかなんだろ?
そいつらが木下の部下達と手を組んで俺のところにきた。それだけじゃない。
天瀬良恵をさらってきたんだ。Xシリーズの天瀬良恵だ、知ってるだろ?』
「本当かよ、それ!」
佐々木は余程驚いたのか大声で叫んでいた。
「本当に天瀬良恵なのか?」
『ああ上に通報すべきだが、おまえも知っている通り俺は埃だらけの身だ。
それに彼女をさらってきた連中の中には凄腕がいる。俺じゃ手に負えない。
だが特選兵士のおまえなら連中を倒し、上に俺のことを隠すことなんて容易いことだろう?』
「ああ、当然だ。朝飯前さ」
『それを聞いて安心した。彼女は疲れているんだ。
すぐに助けて佐伯徹の元に連れて行ってやってくれないか?』
「佐伯にか……」
『佐々木?』
この時、結城は妙だなと思った。
上手く説明できない嫌な感じを受けたのだ。
五期生と四期生が不仲らしい噂は知っていた。
しかし、殺し合いまがいまでしたことまでは上が隠蔽したので、当然結城は知らない。
なんだ?
おかしい、何か雰囲気がやばい気がする。
結城は裏の世界で生きている人間だ。
修羅場の場数を踏んできたおかげで、やばい空気を読む力は備わっている。
その結城の直感が全細胞に告げていた。
――これはやばい、関わるな。と。
「……何てな、冗談だ。本当は追加治療代頂こうと思っただけだ。
けど、この話はなかったことにしておくぜ。じゃあな」
結城はごまかして携帯電話を切ろうとした。
『おい待てよ。天瀬良恵って話、マジだろうなあ?』
「誰だ、おまえ?」
佐々木ではない。
『質問してるのはこっちだ、てめえ今どこにいる?
詳しい話を聞いてやるっていうんだ、さっさと居場所言え』
下卑た強圧的な声だ。何となく聞き覚えがある。
結城は記憶をフル回転させて、その声の持ち主を脳内で検索した。
でた答えは決していいものではない、陸軍では凶悪な問題児のあの声だ。
「海老原なのか?」
『てめえみたいな軍医志望者でも、令名高い俺のことがわかるらしいな。
まあいい、さっきの話乗ってやるぜ。四期生最強の俺が全て解決してやる。
さあ居場所をいえ。遠慮することはねえぜ』
結城は即座に携帯電話を切った。
「……どういうことだ?」
海老原の声は、まるでやっと見つけた獲物に襲いかかろうとする狼のようだった。
何の根拠もないが結城はこれは最悪だと直感で悟ったのだ。
結城は今、町の中心街にあるマンションにいた。
このマンションは結城が普段住居として使用しているものだった。
町の郊外にある一軒家は闇稼業のための隠れ家として使用しているものだ。
もちろん、そちらで寝泊まりすることも多かったが、今は宿泊者が多数いるため本宅に帰宅していた。
「……まずい。何かおかしい」
結城はひとまずこの本宅から出ようと思った。それも直感が指令したことだ。
照明を消すのを忘れて部屋を飛び出し、階段を下りた。
交差点まで走って、その角を曲がろうとした時だ。
猛スピードの車が数台連なってマンションの前に急停車するのが見えた。
(まさか!)
結城は慌てて電信柱の陰に隠れた。
乱暴にドアが開き、中から現れたのは、案の定海老原一味だった。
「ここか、結城の自宅ってのは?」
「ああ、間違いないぜ。ほら明かりがついてる、よかったな在宅中だぜ」
結城の直感はますます最悪な予感を告げだしていた。
「氷室の野郎、俺にたてついた礼はきっちりさせてもらうぜ」
「でもいいのか竜也?あれほど上にきつく言われて誓約書にサインまでさせられたんだぜ。
今度もめ事を起こしたら、外国にとばされるだけじゃすまないぞ」
(もめ事……外国に飛ばされる……どういう事だ?)
「敦、馬鹿か、てめえは。誰が堂々と悪さすると言った?
これはチャンスなんだ。千載一遇のなあ」
「チャンス?」
「天瀬良恵はテロリスト容疑者に拉致されたんだ。
今、あの女が死体になっとしたら誰に容疑がかかると思ってんだ」
(何だと?!)
結城の直感は警鐘を通り越して危険信号を送信した。すぐに逃げろと。
「あの女を殺害する犯人は俺達じゃねえ、テロリスト野郎だ。
俺達にお咎めがおりるはずねえだろ」
「じゃあテロリスト野郎たちも逮捕じゃなくて――」
「当然、死んでもらうぜ。死人に口なしだ。
俺達は逮捕を拒み抵抗してきた殺人犯を正当防衛でやむなく殺した。
くくくくく、これほど完璧なシナリオがあるかよ」
(最悪なんてもんじゃない。すぐに逃げないと)
海老原の狂気の計画を知ってしまった結城は、すぐに逃げようとした。
「まずは結城に女の居場所を吐かせて……ん?」
特選兵士の海老原は人格はともかく能力はある。
「おかしい……明かりがついてるのに、ひとの気配がねえじゃねえか。
そこの電信柱に隠れている奴、出てきやがれ!」
(ばれた、まずい!)
結城は全速力で走った。
「結城だ、竜也、あいつ話聞いてやがったぞ!」
「捕まえろ!さっさと追いかけるんだよ!!」
まずい展開になった。結城も戦場経験を持つ兵士だ、体力には自信がある。
しかし相手は特選兵士、一般の少年兵とはレベルが違いすぎる。
藁でも掴みたい気持ちの結城の前にタクシーが見えた。
「そのタクシー売ってくれ!」
「はあ?お客さん、何いってるんすか」
「いいからさっさと下りろ。釣りはいらない、とっておけ!!」
結城は運転手を引きずりおろすと、札束を投げつけてタクシーを急発進させた。
バックミラーに凄まじい速さで走ってくる海老原達が見えた。
結城はアクセルを力一杯踏み込んだ。タイヤがフル回転する。
タクシーはあっという間にスピードに乗った。
(助かった、いくら特選兵士でも車には追いつけないだろう)
ドン!天井に何かが落ちた、いや降り立った。
「まさか!」
窓ガラスが派手に割れ、同時に腕が伸びてきて結城の襟を掴んだ。
「てめえ、さっさと車止めろ。吐いて貰うぜ!女の居所をなあ!!」
【B組:残り45人】
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