直人の無線機から緊張感溢れる声が出力された。
『B班、位置に付きました』
『C班、射撃準備OK、いつでも発砲できます』
次々と、違う声が無線機を通して直人の聴覚を刺激する。
「よし、そのまま待機」
直人は無線機を胸ポケットの無造作に放り込んだ。
波の音が聞えてくる。
ここは浜辺の面している廃村の一角だった。
訪れるひともいなければ、これといった建物もなく見渡す限りほぼ平地。
近付く人間がいれば即座にわかる。
ここが国防省が選んだ人質交換の舞台だった。
「……さあ、来るならこい。国防省の恐ろしさを骨の髄まで教えてやる」
先方が指定した11人は手錠と目隠し、それに耳栓をされた状態で装甲車の中で震えている。
(これだけの人数をここから連れ出せるわけが無い。さあ、どうする?)
鎮魂歌―26―
「……さすがに空までは追いかけてこれないようだな。
一安心だ。とりあえず今のところはな」
川田はふうっと息を吐くと、どさっとその場に座り込み壁に背もたれした。
内ポケットから煙草を取り出し口にもっていく。
が、何を思ったのか、思い止まりぎゅっと煙草を握りつぶした。
(……これからどうする?)
ひとまずの危機は去った。だがあくまでひとまずだ。
特撰兵士は化け物だということだ、ならばこのまま引き下がるはずがない。
まして、あの男――佐伯徹――は、自分達が拉致した少女を熱愛している様子だった。
愛しい恋人を攫われて黙っているような男には見えなかった。
「金田、説明してもらおうか。何があった?」
鉄平はひどく狼狽して川田の視線から逃れるように目をそらした。
やましいことがあったのは一目瞭然だった。
「そうよ。ねえ鉄平君、一体何があったのよ?どうして、こんな女……」
加奈は怯えたような目で意識を失っている良恵を見詰めた。
特撰兵士の中でも別格の化け物だと評判のⅩシリーズの仲間だという女。
仮にも政府と戦ってきた加奈にとっては、どれほど美しい少女だろうと恐怖と憎悪の対象にしかならない。
敵、誰よりも恐れ嫌悪すべき敵なのだ。
それ以上に、手を出そうものなら火傷するのは確実な悪魔でもある。
そんな女と係われば、間違いなく特撰兵士と……いやⅩシリーズとの戦闘は避けられない。
鉄平も泰三も仮にも反政府組織の一員だ、そんなこと十分理解しているはず。
「……悪い。本当にいいわけしようがないよ。でも、でも俺!」
鉄平は悔しそうに泣いていた。
「まて、どうやらおまえの説明を聞いている暇はなさそうだ」
川田は立ち上がると、仰向け状態の泰三に近付いた。
「……やばいな」
美恵達は一斉に表情を引き攣らせた。平然としてるのは桐山だけだ。
「応急手当はしたが……やはり止血だけじゃその場しのぎだったようだ」
川田は医師資格がないとは思えないほど見事な縫合手術を泰三に施してやった。
だが川田が処置できたのは外皮だけ、もしかしたら内臓が傷ついているかもしれない。
「素人の俺にはこれ以上は面倒見切れん。プロの医者に見せるんだ」
医者に見せるといっても、お尋ね者の身で病院に行けるわけが無い。
「おまえたちも政府相手に戦っているんなら、いざという時のためのかかりつけの医者くらいいるんだろう?」
「あ、ああ……葛城さんがそうだよ。あのひと、ああ見えて昔は優秀な外科医だったらしいんだ」
「おまえ達の育ての親の樋村のじいさんのアパートに住んでいたあの親子か」
葛城親子も、政府の手から逃れることに成功して、今は郊外にある木下の隠れ家に身を隠していた。
「よし、桐山急いでくれ。下手したら手遅れになるかもしれんからな」
「直人、もうすぐ時間だね」
「ああ、連中が俺達との約束を守ればな」
「来ると思うかい?見張りの部下達の報告では猫の子1匹姿を現してないらしいよ」
薫は挑発めいた口調で直人を刺激した。
「……黙ってろ薫」
何かひっかかる……腑に落ちない。
ずっと直人は考えていた。
「……薫、人質交換に指名されなかった連中はどうなった?」
「そのことなら、上が決定したそうだよ。
彼らは囚人輸送機で直ちに本部の地下収容所に移送されるんだ」
「……そうか」
指名された連中は誰もがどう見ても普通の中学生にしか見えなかった。
もちろん見た目だけで全てを判断できない。
だが直人は勘で最低でもテロ行為を実行するだけの実力はないと感じていた。
なぜ、そんな連中を指名した?
選ばれなかった奴等の中には連中よりも、どう見ても大物だという人物もいたのに。
(例えば三村信史、それに月岡彰だ。
今は素人の域を出てないが訓練さえつめば短期間でものになる)
なぜだ、なぜ、あいつらを指名しなかった?
強盗が篭城事件を起こした際に監禁する人質とは全く異なるんだぞ。
そういう場合なら女子供や病人など、他の者よりか弱い人間を優先させる。
しかし政府と真っ向から戦おうという連中なら、戦力になる人間を優先するものだ。
非情なようだが、弱い者から切り離すのが、この世界の掟。
(俺なら、あいつらは切り離す。弱肉強食が自然の掟、この世界も同じなんだ)
「直人、時間だよ」
指定時間まで1分を切った。相変わらず先方は姿を見せない。
捕獲されるのが怖くなって取引を一方的に破棄したのだろうか?
ブルルル……異質な音が上空のはるか向こうから聞えた。
部下達は気づいて無い。直人と薫の聴覚だけが捕らえた音。
「何だアレは……」
何かが飛んでくる。遠目にもサイズの小さいものだということがわかった。
「ラジコンヘリ……?」
なんだ、あれは!ひとを馬鹿にしているのか!
直人は激昂した。
それを表情に表さなかったのは義父の教育の賜物だろう。
ラジコンヘリから何かが落下した。
「何だ?」
直人は即座に双眼鏡を取り出し目に当てた。
薫も同様に同じ行動をとった。
「何だい、あれは。地図じゃないのか?」
2人は不可解な表情をして、もう一度ヘリに視線を移した。
ヘリから小さな垂れ幕が下りていた。
『確かに交換させてもらった。お嬢さんの居場所は、地図に記してある』
「夏樹さん、1つきいていいか?」
良樹は夏樹に質問した。
「俺が作ったリスト、あれどういう意味があるんだ?
作成者としては知る権利くらいあると思うぞ」
3Bの生徒達を救うにあたって夏樹がしたことは妙なことだった。
良樹に神とペンを渡し、こい言ったのだ。
『おまえのクラスで弱い奴の名前かいておけ』
良樹は思わず、はあ?と聞き返した。
『無人島に放り出されたら、1人じゃ生きていけない人間だ。
おまえがほかっておけない人間のリストを作ればいいんだ。
そうだな。ショックで立ち直れなくなるやつほどいい。
たくましく生きていける能力や根性がある人間は省けよ』
良樹は戸惑いながらも、紙にクラスメイト達の名前を走らせた。
1人では無人島で生きていけない人間。
ごくごく普通の女の子なら大抵当てはまるし、男子でも該当するものは何人もいた。
良樹は最初はこう思った。
夏樹はか弱い生徒から順番に助けてくれるつもりだろう――と。
リストの紙には20名近い名前が挙げられていた。
夏樹はあみだクジでその中から、さらに数を絞った。
「最初はこの子たちを救助か……でも、あの娘を返したら他の連中はどうやって助けるつもりなんだ?」
その時、良樹のつぶやきをたまたま聞いていた夏生がぼそっといったのだ。
「兄ちゃんのことだ。2度目なんか考えて無いさ。多分、1度で全て終わらせるつもりだぜ」
1度で終わらせる?じゃあ残った連中はどうやって助けるんだ?
まさか、『他の連中は強いんだろ?自力でなんとかしてくれ』なんて言い出すんでは?
そんなことあるわけと思いなおしたが、夏生の言葉が気になった。
全員助けて欲しい、一人残らず平等にだ。
だから良樹は夏樹から確約の言葉が欲しかった。
「夏樹さん、全員助けてくれるんだよな?」
『もちろんだ』
そんな甘い返事を良樹は待った。
だが夏樹は、「期待されても困るんでねえ」と苦笑しただけだった。
「交換しただって?交換される連中は装甲車の中に……」
直人はハッとした。今、自分は何を考えていた?
『俺ならあいつらは切り離す』
ずっと心にひっかかっていた疑問が解け、一気に焦りとなって直人の心を飲み込んだ。
しまった!完全に謀られた!!
直人は無造作に無線機に手を伸ばした。
(頼む、間に合ってくれ!!)
数秒間の後、吉報を待っている幹部たちに繋がった。
『どうした直人、早紀子さんを無事に取り戻したのか?
もちろん犯人は全員逮捕しただろうな?』
無線機の向こうから義父の厳格な声が聞えた。
「親父、あいつらは、あいつらを乗せた輸送機の離陸を止めてくれ、すぐにだ!!」
『何を言ってる?もう10分も前に離陸したぞ。30分後には本部飛行場に到着する』
「すぐに連絡をとって適当な飛行場に着陸させてくれ、早く、今すぐにだ!!」
『さっかから何を言って……まさか、直人!』
直人が焦っている原因、輸送機にこだわる理由に気付いたのだ。
「そうだ、これはフェイクだ!!連中は最初から指定した人間を助けるつもりはない!!
あいつらは囮だ、国防省の目をごまかすための!!
少数の犠牲者で、大勢を救出する。そんなことは戦争の常識だ。
親父、すぐに手を打ってくれ。頼む」
いつもは冷静そのものの父もさすがに焦り、「ああ、わかった」と性急に無線機を切った。
「くそ!」
直人は悔しそうにデスクに鉄拳を振り下ろした。
俺としたことが、こんな子供だましに簡単にひっかかるなんて!
最初に気付くべきだった。連中が交換する人間の指定だけにこだわった時点で!
そして、そいつらが言い方は悪いが戦争においてはお荷物だとわかった時点でもまだ間に合った。
忘れていた、相手はテロだ。それも百戦錬磨の。
テロとの戦いはただの戦闘ではない、戦争だ。
そんなこと百も承知だったはずなのに――。
「直人……とにかく早紀子さんを」
直人ははっと顔を上げた。そうだ肝心なことを忘れていた。
「君の任務で最優先することは彼女の救出だろう?
あちらは父上に任せて、僕等は彼女の身柄を保護しなければ」
「……ああ、そうだな」
地図は近くの山の中の小さな祠に赤丸がつけられていた。
さらに不吉なことに、「早くしないと窒息死するぜ」と怪しい一文が付け加えられていた。
その場所に即座に向かうと、祠の脇の地面に掘り返した跡がある。
そして、立て札がたっていた。何も書かれて無い立て札。
ただ、『N』と記されたカードが貼り付けられている。
「……N、まさか」
直人は全身に緊張が走るのを抑えられなかった。
国防省のテロリストブラックリストのトップクラスに、もう何年も名前が挙がっている奴がいる。
その中の1人は、完全に正体不明だが、現場に残すカードから通称Nの名で恐れられている。
「K-11ではなく、奴が黒幕だったのか」
直人は悔しそうに拳を握り締めた。完全にNに弄ばれた。
だが今は早紀子を救出するほうが先だ。
「すぐに掘り返せ!!」
部下達が即座に発掘作業に取り掛かった。
2分も立たないうちにシャベルの先端に何かが当たった。
「箱です」
「掘り出せ!」
全長2mほどの強化プラスティック製の箱の中にはすやすやと眠る早紀子が入っていた。
その傍らには酸素ボンベと、「また遊ぼうな」と書き込まれたふざけたカードが置かれている。
「……N、よくも」
簡単に事を運ばれてたまるか。輸送機をそう簡単に奪えるわけが無い。
仮にハイジャックしたとしても、国防省の最新追跡装置がつけられているのだ。
決して逃げ切れるものか
直人の携帯が激しく震動しだした。
「親父か!?」
『直人、管制塔からの緊急連絡だ。輸送機が予定ルートを大きく外れて飛んでいる』
「ハイジャックされたのか」
『だろうな、無線にも応じないらしい。だが逃がすつもりは無い。
おまえは安心して早紀子さんを救出してくれ』
「彼女の身柄なら確保した。眠らされているだけで命に別状は無い」
『そうか良かった。長官も安堵されることだろう』
そうだ、逃げ切れるわけがない。
追跡装置が常に輸送機の現地点を衛星を通して教えてくれるのだから。
だが、相手がNとなると不安は拭いきれなかった。
奴は百戦錬磨のテロリスト、そんなミスを犯すだろうか?
「み、三村……これ、どういうことだよ」
「俺が知るかよ。とにかく大人しくしろ、騒ぐなよ」
三村は頭が混乱するのを押さえられなかった。
自分達は囚人扱いされて手錠をかけられたまま輸送機に無理やり押し込められた。
それから3分もたたないうちに異常事態が発生したのだ。
異常事態の兆しは、差しさわりの無い会話から始まった。
三村たちの監視を担当していた国防省特別捜査官たちが輸送機に乗り込んだ。
「ご苦労様です」
すでに輸送機には若い捜査官が数名乗り込んでいた。
「見ない顔だな、新人か?」
「はい」
「俺の相棒はどうした?」
「機内のトイレですよ」
「全く緊張感のない男だな」
どこにでもあるような普通の会話だった。
だが、輸送機が飛び立って上空に出た直後、『見ない顔』なのは当然だと思い知ることになった。
捜査官の背後にたった先ほどの新米が、突如牙をむいたのだ。
銃を後頭部に振り下ろされ、捜査官は突然のことで防御もできず、そのまま意識を失いダウンした。
他の捜査官たちは、すぐに立ち上がった。
が、同時に他の新米に同じ目に合わされノックダウン。
「悪く思うなよ。こっちも命令なんだ」
「……な、なぜ……IDカードが無ければ、輸送機はおろか飛行場にも入れない……はずだ」
「こっちだってプロなんだよ」
何が何だかわからない生徒たちは一斉に騒ぎ出した。
「うるさいぞ、おまえら!」
途端にサングラスをかけたおかっぱの捜査官(偽者だったが)が怒鳴りつけた。
再び、シーンと静寂が機内を多い尽くした。
「ほんと、おまえらのせいでしたくもない苦労させられたぜ」
おかっぱはサングラスを取った。生徒達は驚きを隠せなかった。
「……ガ、ガキ?」
まだ子供だ。自分達と同じくらいの年齢の。
「ガキぃ?腹立つ連中だぜ、俺は2歳も年上だっての。
今度、ガキなんていったら投げ捨ててやるぜ。わかったかよ!」
「ガキ相手に本気で怒るからガキなんだよ、ちったあ大人になれよ」
おかっぱとは正反対の短髪の男がサングラスをとった。
こっちも未成年だ。見た感じ高校生くらいだろう。
「おい、最初に言っておくが静かにしろよ。でないとおねんねしてもらうぜ、こいつらみたいに」
生徒達はもう誰も騒ごうなんて奴はいなかった。
「そう、びびるなよ。少なくても、国防省よりは扱いいいと思うぜ。
詳しい説明は後で俺達のリーダーがしてやる。わかったな?」
その直後、輸送機は大きく旋回した。
「……三村、どう思う?」
七原は幸いにも三村の隣席だった。小声で話しかけることができた。
「わからない。だが、あいつらよりはましなんじゃないのか?
目的はあいつらの頭から説明されるっていうし、今は大人しくしてようぜ」
「内出血してるんだ。外皮の縫合手術だけじゃ駄目なんだよ、川田君」
葛城は、「すぐに傷口を開いて内側の手術しないと時間の問題だ」と説明した。
「だったら早くやってくれ先生」
葛城は常に右手に黒い手袋をしている。それを外した。
川田は視線を険しくした。酷い火傷の跡で、ボロボロの手だった。
「見ての通りだ。私の利き腕は10年以上前からこの通りでね。
とてもじゃないが手術なんてできやしない」
泰三の顔色は随分悪くなってきている。時間の問題というのも間違いではない。
「じゃあじいちゃんやってくれよ。じいちゃんだって昔は医者だったんだろ?」
鉄平は樋村に泣きついた。
「私は精神科医だったんだよ。それも10年以上前の話だ」
「他に手術してくれそうなお医者さんはいないんですか?」
美恵の問いに、2人とも頭を左右に振った。
「……じゃあ、やっぱり病院か開業医にいくしか」
「バカなこといわないでくれよ!そんなことしたらすぐに警察に通報される。
俺達の居所を政府に教えるようなものだ」
鉄平は叫ぶように言った。
「でも鉄平君、美恵ちゃんの言うとおりよ。
無免許の闇医者の知り合いなんてあたしたちにはないんだもの」
加奈が、『闇医者』という単語を出すと、葛城が「あっ」と声を上げた。
「あんた心当たりあるのか?」
川田の問いに葛城は俯いた。どうやら、あんまり言いたく無いらしい。
「父さん、もしかしてあのひとのこと?」
横から息子の建が心配そうに口を出した。
葛城親子の様子からして、あまり係わりたくない人間のようだ。
「おい、こいつはほかっておいたら死ぬんだぞ。
何でもいい、助けてやれる可能性があるなら教えてくれ」
「……いるんだよ。裏の世界の人間ばかり相手にしている闇医師が」
「だったらすぐにそいつの所に案内してくれ!」
葛城親子の表情はさらに強張っていた。
「……いるんだが、その子は一筋縄ではいかない子でね」
「その子?」
言い方からして、どうやら相手は随分若い人間らしい。
「治療費が高額なんだ。それにその……その子は……」
闇医者の治療費が法外だってことはスラム街で育った川田はある程度想像ついていた。
だが葛城が危惧しているのは治療費では無さそうだった。
「……その子は……見習いの軍医なんだ。衛生兵やりながら軍医の助手しててね。
医大に入らずに医療関係の試験をいくつもパスしている天才だとか。
今はまだ医師資格に年齢が届かないから正式には医師免許を持ってないらしい。
でも腕はすでに一流の医者も同然だとか……」
軍医……その言葉に鉄平は先程よりも激しく拒絶反応した。
「じゃあそいつは俺達の敵側の人間じゃないか!
冗談じゃないぜ、それならばれる危険犯して病院にいった方がマシだぜ!!」
「金田さん、落ち着いて。それは大丈夫だわ」
「何言ってるんだ美恵ちゃん。君も聞いただろ?相手は正式じゃないにしろ軍医、軍の人間なんだぞ」
「だって、そのひと裏の世界の人間を相手にしてるんでしょ?
通報して困るのは、そのひとなんじゃない?
軍に違法で医療行為してることがばれるようなマネはしないんじゃない?」
美恵の言う通りだった。
鉄平は冷静になって考えると、確かにそうだと何度も頷いた。
「……でも俺達は反政府組織の人間だぜ、単純に裏の世界の人間と言っても」
やくざや殺し屋など裏の世界の人間で、国家転覆など全く考えて無い人間なんて山ほどいる。
そういう連中と自分達は根本が違うのだ。
「金田君、心配はいらないよ。君達のように反政府思想の人間も多く患者にいるそうだ。
ただ先ほども言ったとおり彼の治療費は高額で着の身着のまま逃げてきた私達には用意できない。
彼は現金キャッシュ主義でお得意さんでも後払いは滅多に認めてくれないらしいし……」
「いくらだ?」
桐山が財布から万札の束を取り出した。
「足りないなら。これもつけるぞ」
桐山は腕時計を外した。超高級ブランドだった。
「それがどうなってもいいが、美恵が後味悪くなるのは好ましく無い。
まだ足りないか?それなら、すぐに公債を換金して……」
「もういい桐山、とにかく、すぐにそいつの所に行こう」
葛城は躊躇している。どうやら金や肩書き以外にも何かあるようだ。
しかし油汗をかいて苦しんでいる泰三を見てこだわっている場合では無いと意を決した。
「わかった案内しよう」
本当なら
美恵や加奈はこの隠れ家に残ったほうがいいが、状況が状況だけに離れるわけにはいかなかった。
それに人質として連れ帰った良恵を置いていくわけにはいかない。
木下が隠れ家においておいた車がワゴン車で本当に良かったといったところだろう。
それでも8人乗りの車に10人は明らかな定員オーバーだが、とにかく出発することができた。
幸いにも検問にもひっかからず順調に目的地に到着することができた。
泰三の顔色はさらに悪くなっているが、今すぐ棺桶に足突っ込むほどでもない。
すぐに手術を施してもらいさえすれば、すべてが解決する。
「ここがそのお偉い無免許医のお宅ってわけか……見たところ家自体は普通だな」
庭は広いし未成年の1人暮らしにしては車2台に大型バイクは少々分不相応だ。
しかし家屋敷自体はごくごく普通の大きさだった。
一見しただけでは平凡な中流家庭にしか見えない。
門の表札には『結城』とある。
「ここに間違いないのか?」
「ああ、彼の名前は結城司と言ってね。腕は確かだよ、ただ……」
葛城はまだ迷っているようだ。よほど金に汚い相手らしいなと川田は考えた。
「とにかくここまで来たんだ。力づくでも治療させてやるさ」
呼び鈴を鳴らすと、表札の下のスピーカーから声が聞えた。
『どちら様でしょうか?』
「緊急手術が必要な患者がいる。すぐに治療してくれ」
『病院と間違えているんじゃないのか?ここは――』
「無免許の名医さんのお宅だろ?安心しろ、俺は警察でも何でもない。
通報して困るのはこっちのほうだ。すぐに門を開けてくれ」
『…………』
数十秒の沈黙の後、玄関が自動で開いた。
『いいだろう。すぐに入れ、誰にも見られるなよ』
川田はゆっくりと車ごと敷地内に進入した。
(なるほど、こっそり違法なことするのも一苦労ってわけか。
だが、これならこっちも安心だ。軍や警察にちくられる心配はない)
玄関が開き若い男が姿を現した。この家の主人・結城司だ。
彼はゆっくりと桐山達を見渡した。葛城親子を見ると途端に不機嫌な表情を露骨に表す。
鉄平と川田が両脇を支えやっと立たしている泰三を一目みるなり、「内蔵をやられたらしいな」と言った。
「ああ、そうだ。おまえさんなら簡単に治せると聞いた。
すぐに手術してやってくれ。治療費は少々高くてもかまわない」
「金なんかどうでもいい」
結城はスッと右手を上げた。その人差し指は葛城にまっすぐに向けられている。
「治療費代わりにその男の命をもらおうか」
「輸送機の行方がわからない?どういう事だ親父!」
直人はいったん作戦本部に戻った。そこで凶報を知る羽目になった。
『追跡装置が外されいた』
「バカな、離陸まで何の異常もなかったんだろう?飛行中も問題なかったはずだ。
途中で取り外せば管制塔がすぐに気付く」
『ああ、おまえの言う通りだ。輸送機はまっすぐルートを飛んでいた。
だから気付かなかったんだ……。
まさか、離陸前に装置が外され、同じルートを飛行する他の機体に取り付けられていたなんてな』
「何だって?」
またしてもNにしてやられた。何から何までこちらの行動を読まれ先手を打たれたのだ。
かつてない屈辱に直人は噴火寸前だった。
追跡装置にしたところで、設置されている位置も、外し方も国防省では機密扱い。
いつ、どこでかはわからないが、その機密をNはとっくに調査済みだったということになる。
『早紀子さんが無事だっただけでも良かったが大変なことになった。
このままでは連中に逃げられる、直人、すぐに本部に来い。対策を練るぞ』
「了解した。すぐにそちらに向かう」
もう手遅れかもしれない。そんな思いが直人の胸に去来した。
(いや……万策がつきたわけではない。飛行機は車なんかとは違うんだ。
国防省の総力を結集して情報収集に当たれば、すぐに発見できるだろう。
今は、それに期待するしかない。それしか手は――)
外の様子がおかしい、直人は、なんだ?と首をかしげた。
乱暴な足音が近付いてくる。
その音が大きくなるにつれて、職員達の焦った声も次第に聞こえだしてきた。
「困ります。直人さんは、今、重要な任務中でして……」
「こっちも重要な用事で来てるんだ!」
乱暴にドアが開け放たれた。
「徹?」
普段は物静かで貴公子然としていた佐伯徹だった。
その形相は鬼のようで、貴公子の面影は残っていない。
一目で尋常ではない何かが起きたと察する事ができたが、今の直人は徹に付き合っている暇もなかった。
「用事があるなら後にしろ。俺は任務中――」
「連中はどうした?」
「連中?」
「とぼけるな!例の正体不明の連中はどこにいる!?」
ぎりぎりで理性を保っている状態の徹を無視するわけにはいかない。
仕方なく直人は、「3分だけ話をしてやる」と譲歩した。
「まず理由を話せ。なぜ連中の居所を知りたがる?」
「良恵が連中の仲間に拉致された」
「な、んだと?」
直人にとっても、それは予想外の出来事だ。かなり驚いている。
「さあ言え、連中を俺に今すぐ引き渡してもらう!」
「良恵の居場所を尋問させるのか?」
「尋問?俺がそんなお人好しだと思っているのか?
もう俺は敵に対して一切厚情はやらないことに決めたんだ」
「すぐに裏世界に情報を流してやる。即座に彼女を返せと。
取引に応じなければ、奴らの仲間を一時間に1人ずつ殺す!」
「……なっ!」
ちょっとやそっとでは動じない直人もこれには驚愕した。
これは取引じゃない。完全に脅迫だ、それも最悪の。
「徹、こんな時に冗談はよせ」
「冗談だと思うのかい?」
「…………」
「どうせ連中は国家反逆罪で処刑は免れない」
「だったら俺が有効に使って何が悪い?」
【B組:残り45人】
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