「おまえは鈴原 を殺すつもりだった」

桐山の冷たい瞳がさらに零度を下げていた。
「……ふん」
だが、徹の目も桐山に劣らないくらい冷たい光をはなっている。

「おまえ達は、俺のもっとも大切なものに手を出した。
国防省に引き渡すつもりももうない、今すぐ全員八つ裂きにしてやる」


2人の殺意は肉眼で見えるのではないかというほど凄まじいものだった。
(いかん、このままでは桐山は無事では済まない。
運が悪ければ死んでしまうかも。何とかしないと……)
川田はちらっと背後(ヘリから美恵 と加奈が顔を出し心配そうに此方を見詰めていた)
川田は小さな手鏡をそっとポケットから取り出すと、月の光を反射させた。
その小さな光は桐山たちからは死角となり見えて無い。


「何だろう。何か合図送っているようだけど……」
「モールス信号だわ」
「あ、そうか。でも、何て言ってるんだろう。
ええと……あれは確か、エ……ああ、駄目だわ、わからない」
「エンジン始動、すぐに離陸準備しろ……よ」
加奈はちょっぴり目を丸くした。
「あなた、モールス信号わかるの?」
「ええ、え……っと、次は……」
美恵 は必死に川田からの合図を目で追った。




鎮魂歌―25―




「佐竹さん、本当にいいんですか?
秋澄さんは、この件には二度と係わるなと念を押しているんですよ」
生真面目で礼節を重んじる乃木はとても困惑していた。
「しょうがないだろ。いい気はしないが、ばれないように事を運ぶしかないんだ。
もし若にばれたら、それなりの覚悟は必要だぜ。やめたいなら、今のうちに手を引け湊」
「そうは行きませんよ。佐竹さんたちがやると言っているのに俺だけ逃げるなんて」


季秋家は東海地区の県立軍隊の指揮権があるが、それとは別に私設軍隊のような組織を持っていた。
軍隊と言うよりは諜報機関のような存在だといったほうが的確かもしれない。
政府に対するテロ行為を仕掛けているのは、この組織でもある。
次期当主の秋澄は単なる次世代の季秋財閥を担う若者たちを教育、指導している組織だと思っている。
(季秋家の子息は勿論、初代の頃から代々季秋家に仕えている家の子供だけで組織されていたからだ)
だが、その実体は政府側から見れば立派なテロリストというわけである。


夏生が個人的に行っていたお尋ね者達に対するボランティア行為に秋澄は大変動揺した。
そして珍しく激怒した挙句、二度と係わるなと厳命した。
だから季秋家に仕える彼らもそのつもりだった。
しかし彼らにとって秋澄よりも上の存在から全く逆の命令が出されたのだ。





「わかりました。どうやら彼らは地下拘束所にいるようですね。
ですが、すぐに別の場所に護送されるようです。夏樹さんの予測通りですよ」
「だろうな、あいつは国防省の体質をよくわかってる。
伊達や酔狂で国防省と何年も戦っていないってことだ」
「すぐに夏樹さんに連絡しますね」
「ああ、頼んだぜ湊」









「そうか、引き続き調査しろ。交換する人質の人選?ああ、それならもう決めてある。
おまえはそんなこと気にするな。俺は人質交換なんて対して興味ないんだぜえ」

季秋家の三男こと季秋夏樹は爽快に電話を切った。

「兄ちゃん、本当に大丈夫なのか?」
「ああ、ばっちりだぜ。おまえは安心してナンパでも何でもしてこい」
「そうか?じゃあ、お言葉に甘えて……」

夏生がにやっと厭らしく目じりを下げると、横から「夏生さん!」と怒声が飛んで来た。
雨宮 、何だよ。何か、文句あるか?」
「ちょっと話がある」
良樹は夏生の腕を引くと強引に外に連れ出した。




「さっきから何だよ」
「何だよじゃない。あんたの兄さん……夏樹さんっていったよな。
あのひと本当に信用できるのか?」

夏生が起死回生に呼び出した夏樹を良樹は今ひとつ信用できなかった。
夏生が「兄ちゃんが味方になってくれれば、もう安心だ」と太鼓判を押したにもかかわらずだ。
初対面から良樹は夏樹の印象があまり良くなかった。
第一声は、「俺はおまえのお仲間なんかどうでもいい、まずはそれを承知しろ」だ。
しかも、「さっさと千草貴子って女を見せてみろ。俺のお眼鏡にかなったら協力してやる」と来た。
こんな軽薄そうな男と貴子を対面させるなんて、正直良樹 は気乗りしなかったが他に選択肢はなかった。
今はこの男にすがらなければ、夏生は監禁されたまま、貴子と良樹は追い出されてジ・エンドだ。
貴子に会わせると、夏樹は「外見は合格だ」と(無礼にも)貴子の顎に指を添え上を向かせたのだ。
当然貴子はカッとなって、平手打ちの洗礼をお見舞いしようと試みた。
しかし夏樹は簡単に貴子の平手をかわした。
その上、「俺の力かりたいなら大人しくしろ」と上からモノを言ったのだ。
これが貴子の逆鱗に触れた。


「ふざけないでよ。誰があんたなんか……あいつらは弘樹を殺したのよ。
他の誰でもない、あたし自身の手でケリをつけてやるわ!
これだけは誰にも譲れないわよ。弘樹の仇はあたしがとる」
「死ぬぜ?」
「このまま指をくわえていても、あいつらは追いかけて来ていずれは殺すつもりなんでしょ?
だったらどこに逃げても同じ。逃げ回るのはあたしの性に合わないわ。
逃げるより戦うのがあたしのやり方よ。ただし、ただでは死なないわ。
連中の喉に喰らいついてでも、必ず一糸報いてやる」


「合格だ」


「……何ですって?」
貴子はきょとんとした。貴子だけではない、良樹もだ。
「おまえが俺が手を貸すほど価値のない女なら夏生の頼みは蹴るつもりだった。
だが、どうやらおまえは価値のある女のようだ。
いいぜ、協力してやる。雨宮とかいったな、この女に感謝しろ」
とにかく、どこまで本気かわからない男、それが夏樹に向けられた良樹 の第一印象だった。









「兄ちゃんか……まあ、どっちかといえば信じないほうが賢明だろうなあ。
下手に信じちゃ、後で痛い目をみるかもしんねえ」
「夏生さん!」
「けど兄ちゃんは『今は手を貸してやる』ってはっきり言ったんだ。
くだらない嘘は言わない男だぜ。それだけは保証してやる」

確かに夏樹はすぐに手を貸してくれた。
監禁されていた夏生を自由の身にし、良樹と貴子も匿ってくれた。
さらに季秋家の秘密機関に手を回し、国防省要人の娘を拉致させた。
その娘をたてに国防省に生徒達を解放しろと要求もした。
季秋家の秘密機関の人間は秋澄の命令で夏生たちを拘束した連中だった。
だから夏樹の命令に彼らは、かなり途惑っていた。


「夏樹さん、秋澄さんの厳命です。連中とは係わるなと……」
乃木は動揺した。乃木のみならず、佐竹や岩崎もこぞって反対した。
「おまえたちが反対するのも当然だろうなあ、兄貴の命令に従うのがおまえらの役目だ」
「ああ、そうだ。おまえの弟のしでかしたことに秋澄さんは頭にきてるんだ。
元々、あのひとは法に触れる行為には消極的な人間だから余計にな。
俺達も秋澄さんに賛成だ。季秋家の身内ならまだしも、赤の他人なんかのために……」
「おい佐竹、質問は1つだ」




「てめえらは俺と秋澄、どっちの命令に大人しく従う?」




その一言で全てが決まった。
季秋家の実権を握っているのが誰か、それを彼らは重々理解している。
こうして夏樹の指揮の元、国防省脅迫作戦が進行したのである。














「地獄に送ってやる!」
「貴様を殺す!」


徹の拳が空を切り裂き、桐山の蹴りが激しく突き上げられた。
ほぼ同時に、バンバンと、爆音が連発され2人の足元の地面がくり貫かれた。
川田が銃を構えていた。
「あいつ!」
徹は忌々しそうに川田を睨みつけた。
「まだか!」
川田は叫んだ。後方のヘリコプターのプロペラがゆっくりと回り出した。
空気の渦がヘリコプターを中心に発生している。


「鉄平君、まだなの?」
「待ってくれよ加奈ちゃん、これ民間のヘリより複雑で……畜生!」
鉄平は操縦桿を引き上げた。ヘリがゆっくりと浮上し出した。
「やった、やったぞ浮いた!」


「よーし、でかしたぞ。桐山、勝負はお預けだ!今は退散するんだ」
川田は勝負の決着よりも逃走を優先を桐山に説いた。
「早くしろ桐山!さあ、こっちに来るんだ、早く!」




桐山は憎憎しげに徹を見詰めた。
「その男との勝負はいつでもつけられる。今はお嬢さんを安全な場所に移すことを考えろ!」
美恵のことを持ち出された途端、桐山は優先しなければならないことを思い出した。
皮肉にも徹も良恵を救い出すという己に課した使命を思い出した。

「させるか!」

徹は走った。ヘリが離陸する前に、彼女を助けなければならない。
「悪いが、おまえさんはお呼びじゃないぜ!」
川田は発砲した。全弾撃ちつくす勢いでトリガーを引いた。
その凄まじい銃弾を徹は紙一重で避けている。
桐山がそばにいる為、川田が照準を正確に合わせられないことも大きな理由だろう。
だが1番の理由は川田の目線や腕の筋肉の動きで弾道を読んでいるからだ。


「聞いただろう」
「何?」


猛スピードで疾走する徹はすぐ背後の声にハッとして振り向いた。
桐山が自分のスピードにぴったりとついて走っていた。


「おまえはお呼びじゃないということだ。理解したか?」
「出来るか!」


徹は振り向き様、回し蹴りを炸裂させた。
桐山はスッと飛んだ。そして回転しながら徹の前方に着地。
「もう一度言う。おまえはお呼びじゃない」
桐山の鉄拳が徹の頬にくい込んだ。徹が激しく後方に飛ばされた。
「……貴様」
徹の声が震えていた。これほどの屈辱はそう何度もあるものではない。
徹はゆっくりと立ち上がった。


「顔を殴られたのは……生まれて初めてだ!!」




「よし!行くぞ、加奈ちゃん!」
ヘリコプターが上昇し出した。
「桐山君、川田君、早く乗って!」
美恵が焦りから叫んだ。
「聞いたとおりだ桐山、そんな奴ほかって早く乗るんだ、行くぞ!」
川田が走り、ジャンプした。何とかヘリコプターに飛びつくことに成功。
「桐山はまだか!?」
駄目だ、徹を阻止するのが精一杯のようだ。
「つり梯子を下ろせ。早く!」
川田の指示に美恵と加奈は慌ててつり梯子を降ろした。
「3時の方向に飛べ!」
今度は鉄平が慌てて操縦桿を右に傾けた。
ヘリの操縦には慣れて無いらしく、ヘリは微妙に左右に傾く。
そんな不安定な飛び方をしながらも、3時の方向に向かって動き出した。




桐山の蹴りが徹の左の胸を狙った。
心臓の真上に打撃を与えれば特撰兵士といえどもダメージは避けられない。
が、徹は高々と真上にジャンプして桐山の蹴りをかわした。
さらに空中でお返しとばかりに回転蹴り、そのつま先は見事に桐山の頬にヒットした。
咄嗟に一歩背後に飛んだのでかすった程度で済んだ。
しかし徹の蹴りの威力が凄まじかったのか、それだけで血が滲んでいる。

「お返しだよ」

桐山は頬の出血を手の甲で拭った。
パンパンと銃声がして、同時に2人の足元の地面の土が飛び散った。

「桐山、そこまでだ!つり梯子に飛びつけ!!」

桐山は徹との決着をつけたがりそうだ。
桐山の気持ちを察した川田は、「今は脱出優先だ、お嬢さんのことを考えろ!」と叫んだ。
美恵の名前を出されると桐山は即座に素直になる。




「おまえとはいずれ決着をつけてやる。
その時は死んでもらう、かまわないかな?」
桐山は飛んだ。つり梯子にずっしりと重みが加わる。

「逃がすか!」

あのヘリの中には良恵がいる。このまま見逃すわけにはいかない。
徹も飛んでいた。その結果、つり梯子にさらなる重みが加わった。

「落ちろ!」

徹はつり梯子に捉りながら、桐山にパンチを繰り出した。
この体勢では避けきれない。
しかし徹自身桐山が繰り出したパンチの洗礼を受けた。
お互い、つり梯子に捉っているから片腕しか自由がきかない。
おまけに空中で、つり梯子はあまりにも不安定すぎる舞台だった。
2人の動きに連動して、つり梯子は激しく左右に揺れ出した。
その揺れは、下手な操縦士のおかげで不安定な飛び方をしているヘリにまで影響を及ぼそうとしている。


「桐山、そんな奴ほかって早く上がってこい!」
川田は必死になって叫ぶも、この状態では桐山だけつり梯子をよじ登るのは不可能だ。
「クソ、あいつを……」
川田は銃口の照準を下方でブランコ状態になっている徹に合わせた。
駄目だ!標的があまりにも桐山と密着しすぎている。
おまけに、つり梯子が不安定な動き方をしている。
徹だけを狙い撃ちするのは残念ながら不可能だ。
「……世話のやける若様だ」
川田は鉄平に「いいか、5分でいいから持ちこたえろよ」と指示をだした。

「後5分?」
「この状態を維持しろということだ。落ちるなよ!」

川田はつり梯子を急いで降りだした。














「……ねえシンジ、一体外では何が起きてるんだろう?」

豊は不安そうに三村に答えを求めた。
三村なら、豊が安心できるような満足のいく答えを与えてくれると期待したのだ。
しかし三村は、「俺にもさっぱりだ」と返答をしてきた。
豊はがっくりと肩を落す。
そんな豊に追い討ちをかけるように、鉄扉が開かれると共に「瀬戸豊、出ろ」とスーツ姿の男が怒鳴った。

「お、俺?」
「そうだ、さっさとしろ!」

突然の名指しに、豊の表情は悲痛なほど強張った。
「おい待てよ、俺も一緒に……」
親友を一人ぼっちにはできないとばかりに三村は立ち上がった。
しかし男は、「おまえは後で他の人間が迎えにくる」とだけ告げた。
「さあ瀬戸豊、さっさとしろ!」
男の口調はボリュームが大きくなっている、このまま命令を無視したら後が怖そうだ。
「シ、シンジ……俺」
「大丈夫だ豊」
全く根拠の無い言葉であったが、豊は少しだけ安心した。
「じゃあ行くね」
豊は何度も振り向きながら廊下の角に消えた。




それからしばらくして、先ほどの男とは違うスーツの男がやってきた。
今度は三村たち、残りの生徒を連れにきたのだ。
「さあ、とっとと歩け」
三村は妙な胸騒ぎを覚えた。
豊は1人だけ連れて行かれ、他の生徒は全員まとめて……おかしすぎる。
やがて三村たちは剥きだしのコンクリートに囲まれた広い部屋に入れられた。
見知った顔の大半がそこにはあった。
だが肝心の豊の姿がどこにもない。三村は忙しそうに顔を左右に動かした。
冗談好きの豊のことだ、きっと誰かの陰に隠れているんだ。

豊、ジョークは時と場所を選べよ。さあ、さっさと姿見せてくれ。


何度も心の中で、呪文のように同じ言葉を繰り返した。
しかし豊は姿を現さない。声すらも聞えない。
それどころか、生徒の幾人かが三村と同じようなことを考えていた。


「雪子、どこにいるの?」
しっかり者の友美子が泣きそうな表情で無二の親友の姿を探していた。
「和君がいない」
さくらはすでに泣き出す寸前だ。
「幸枝、泉と知里が……あの子達もいるはずなのに」
「どういうことなの?」
バレー部コンビのはるかと幸枝も、この微妙な違和感に気付いた。
「おお、アフダ・マズダ様。カオリが消滅しました」
『あー、それはですね。彼女は所詮平民だったということです』
瑞穂は、すでに大いなる宇宙の意思により間違った情報を得ていた。

他にも飯島が、加代子が、好美が、それに真弓も文世も姿が見えない。
生徒達の間にはざわめきが発生していた。
だが、それも、束の間だった。


「静かにしてもらうよ。でなければ、力づくで大人しくしてもらう」


美しく恐ろしい声だった。
その声に劣らぬ美しい外見の少年が生徒達の背後にいつの間にか立っていた。
蜂蜜色の巻き毛をした恐ろしいほど美しい少年。
その美しさと反比例した冷たいオーラに生徒達は思わず数歩後ずさりした。


(ア、アタシと張り合うくらい綺麗な子……負けるものですか!)
ただ1人、月岡だけは全く違うことに脅威を感じていたりもした。


「傷つくなあ、怖がること無いだろ?僕は優しいんだ、何もしないよ」
自分達を拉致し監禁した人間を信用できるわけがない。
それは3Bの生徒達にも当てはまることだった。


「改めて自己紹介しよう。僕の名前は立花薫、悪い人間じゃあないよ。
君達のお仲間は無事だ、だから心配しなくてもいい。
彼らは解放されるんだ。むしろ、君達よりずっと幸せかもしれないな」


「解放?どういうことだ!」
七原がクラスメイトをかき分け、薫の前に出た。
「落ち着きなよ。七原君、だったよね?大丈夫、君の仲間は無事さ」
「おまえ達の言うことなんか信用できるか!
言えよ、俺のクラスメイトをどこにやった!」
「いっただろう。彼らは心配ないんだよ」
「ふざけるな!」
七原は薫に殴りかかったが、呆気なく避けられた。


「僕に逆らおうってのかい?悪い子にはおしおきするよ」
「やめろ、秋也から手を離せ!」
国信は普段は大人しいが、大切なものが傷つけられると激怒する。
今がその時だった。しかし憤怒すれば相手の能力を超えるかと言えば、それはNOだ。
「君にもお仕置が必要みたいだね」
「ちょっとタンマ、ねえあなた弱い者いじめはそのくらいでおやめなさいな」
この緊張感の中、普段とかわらぬほどリラックスに月岡が口を差し出してきた。


「醜いことをすると、いずれ外見も醜くなるわよ。保証してあげるわ」
「何だって?」


確信犯かそれとも偶然か、月岡は薫の逆鱗に触れたようだ。
薫はそれが例え冗談だろうが醜いなどと言われるのが1番嫌いなのだ。
「ほら、今顔が歪んだわよ。美っていうのはね、心の美しさを伴わないと駄目なのよ」
月岡はうふふと微笑むとお色気ポーズをとった。


「おまえみたいな下種が僕を愚弄するのは許さないよ。
その言葉撤回しなよ。でないと、その不細工な面がさらに酷くなるよ」
「何ですって?さてはアタシの美しさに嫉妬してるのね!」


その言葉にまたしても薫の怒りのボルテージが上がった。
睨みあう2人の間にバチバチと激しい火花が飛び散った。
が、目をそらしたのは薫だった。

「……う」

まともに月岡と睨みあったせいか、かなりの精神的ダメージを負ったらしい。
口元を押さえて吐き気を堪えている。

(勝った!)

月岡は得意げに胸を張った。

(アタシの美しさに恐れをなしたのね!)














「桐山、待ってろ。今助けて……う、何だ!」
ヘリが大きく傾いた。どうやら操縦ミスのようだ。
「何してる。金田、しっかりしろ!」
「そ、そんなこと言われても……畜生!民間のヘリと勝手が違いすぎるんだよ」
だが、世の中、何が幸いするかわからない。
この重大な操縦ミスによってつり梯子は大きく揺れ、桐山たちの体は大木の先端にまで到達しかけた。
桐山はつり梯子から手を離した。

「受け取れ桐山!」

咄嗟に川田が軍用ナイフを投げた。
大木の枝に飛び移り、それを受け取るやいなや桐山は即座に投げ飛ばした。
ナイフは一直線にとんでゆく。つり梯子(下から3メートルほどの位置)をぶつっと切断しながら。

「……なっ!」

徹の体が一瞬空中で静止、直後引力の渦に飲み込まれた。
落下する徹を見届ける間もなく、桐山は枝を踏み台にして大きくジャンプ。
腕を精一杯のばし、ギリギリセーフでつり梯子をつかむことに成功。
真下を見下ろせば、徹が無事に着地をしているのが見えた。
やはりこんなことくらいでは死んでくれなかったらしい。
「き、桐山!早く昇れ!!」
そうだ、グズグズしていられない。桐山は素早くヘリにかけ上がった。


「……良恵」

徹の目に失望の色が強く現れている。

「……良恵、俺の良恵が」

連れ去られる。他の誰でもない、自分の目の前で!!

良恵!!」

徹は銃を上空に向けた。
いや駄目だ!ヘリを落せば良恵まで死ぬ。




「おい、どいてくれないか?」
桐山は鉄平から強引に操縦席を奪った。
「桐山、操縦できるのか?!」
「ああ、習ったことがある」
桐山は操縦桿を握り締め、複雑な配列のボタンを手際よく押してゆく
するとヘリは安定し、一気にスピードを上げた。


良恵!!」


地上では徹が猛スピードで追走している。
だが、いくら特撰兵士が人間離れした能力だろうともヘリに追いつくことは不可能。
徹とヘリの間の距離はどんどん広がっていった。
そして、ついにヘリは山の向こうに消えた。

「……良恵」


誰よりも何よりも愛しく大切な存在。
自分がついていながら、むざむざと攫われた。
徹は生まれて初めて自分を呪った。
「……このまま」
掌に爪が食い込むほど、拳を握り締めた。


「このままで済むと思うなよ。必ず、この借りは返してやる!!」




【B組:残り45人】




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