徹には世話になって感謝しているが、徹は恋する男である前に軍人なのだ。
いつまでも任務を放棄していては上から何を言われるか。
「徹、私のことなら気にしなくていいのよ」
「俺が気になるんだよ。俺は自分に誓ったんだ、もう君を1人にはしない。
まして、あの下種どもが全員帰国した以上、片時も離れてたまるか」
良恵は悲しそうに俯いた。
「……あんなことは二度と起きないわ。だから心配しなくていいのよ。
あいつらだって馬鹿じゃないもの。あれで懲りたはずよ」
「甘い!」
徹は良恵の意見を簡単に突っぱねた。
「水島、戸川、海老原の三馬鹿だけは反省や後悔なんてしているものか。
特に水島の女癖の悪さは薫と同等、いやあの腐れ外道より上かもしれない。
今頃、ベッドの中で女を抱きながら、君にまた害を及ぼすことを画策しているかもしれないんだ」
徹の発言はあくまでも想像の域をでないものであったが、実際に起きていることでもあった。
徹のマイカーに搭載されている軍専用の無線機に突如通信が入った。
『徹、おまえ今どこにいる?』
「隼人だわ」
「相変わらず無粋な男だ。恋人達の一時の時間を何だと思っているんだ」
「恋人達?」
気になる代名詞が含まれていたが、事態はそれどころではなかった。
『油を売っている暇がなくなったぞ徹、緊急事態だ、奴等が現れた』
「何だと!?」
奴等、その代名詞に当てはまる連中はK-11しかいない。
「何だと。馬鹿な!あいつらは他の組織とはつるまない特異な連中なんだ!」
『だが事実だ。今、映像を送るから自分の目で確認しろ』
送信された映像には兵士達を一瞬で葬り去る狂気の戦士が映し出されていた。
「……こいつは」
『覚えているか徹?』
「間違いない、総統陛下の弟君を、忠次殿下を暗殺した奴の1人だ」
『すぐに国防省に来い徹、あいつらの中にK-11と関与している奴がいる。
そいつを特定して、奴等をおびき寄せる餌にする』
鎮魂歌―22―
「加奈や真壁が危ない」
歴戦の勇者といえども肉親の情や恋愛感情がからめば普通の人間に過ぎなかった。
木下の顔からは血の気がひき、握り締められた拳は痙攣したかのように震えている。
「木下さん、早く戻らないと!」
鉄平の意見に木下は反射的に飛びついた。
「そうだな、いくら桐山や川田が優秀でもプロ中のプロと実戦ではきつすぎる」
『桐山や川田』、その言葉に反町は敏感に反応した。
そして、突然すくっと立ち上がるとぱっと木下達から距離を取った。
「木下さん、こいつ、まだ立ち上がれる!」
反町の打たれ強さを木下は見くびっていた。
今、こいつを逃がすわけには行かない。
「鉄平、泰三、こいつを逃がすな!」
鉄平と泰三はすぐに反町を囲んで退路を絶とうとしたが、
反町は背面飛びで2人を飛越すると、そのままバイクに飛び乗った。
そしてバイクはすぐにエンジンをふかし、あっと言う間に小さくなってしまった。
「逃がしたらやばい。可哀想だが死んでもらうぞ」
木下は銃口を反町に向けた。容赦なく頭部を狙うつもりだった。
だが、パンという乾いた音は木下が発砲する前に轟いた。
木下の腕が痺れていた。誰かが遠距離射撃で木下の銃を撃ち落していたのだ。
「桐山と川田、あいつの話では囲いから逃げた連中の中でも最強の人間!
居場所がわかった。早く、大尉に知らせなければ」
反町は無線機を取り出した。
「白州、最初に言っておくが礼は言わんぞ!」
先ほど自分を救った射撃手の正体を反町は知っていた。
無線機の向こうから、『期待して無い』と無機質な声が聞える。
『木下大悟ごときに遅れをとったことは大尉には黙っておいてやる。
それに見合うだけの情報は得られたんだろう?』
「桐山和雄と川田章吾の潜伏先がわかった。
すぐに大尉直属の部隊を直行させるように進言を」
話を聞いた白州は、『遅かったな、水島大尉がすでに部隊を投入した後だ』と冷たく言い放った。
『運が良ければ脱出している。
そうなれば水島より先に我等が大尉が奴等を拘束できるだろう』
「糞、どうして桐山たちの居場所があいつにわかったんだ?」
『何を今さら。あの男はいつもそうだ。
海原のグループを壊滅させた時も同じだったじゃないか。
あの男は独自の情報屋を何人も抱えている。甘くみるな』
「木下さん、すぐに戻ろう。加奈ちゃん達を助けないと」
「……あ、ああ。そうだな」
3人はすぐに帰途についたが、肝心の懐かしの街はすでに軍に包囲されていて一歩も入れない。
ならば脱出ルートを逆に辿って潜入しようと試みたが、その脱出ルートでさえ完全に押さえられていた。
「木下さん、きっと加奈ちゃんは逃げ切ってますよ」
「そうだな。とにかく加奈の安否を確認しよう」
いざというときの為に、木下は加奈と待合せの場所を定めていた。
地味なモーテルに性急に向かった。幸い、すぐに加奈たちと合流できた。
「お兄ちゃん!」
涙ぐみながら胸に飛ぶ込んできた愛しい妹を木下は強く抱きしめた。
「おまえ達だけでも無事でよかった」
「でもお兄ちゃん、沙耶加さんが、沙耶加さんが、水島克巳の手先につかまって……」
「真壁が?!」
水島克巳は木下にとって組織を潰され大勢の仲間を殺された因縁の相手。
そのこともあって、木下は全身に電流が走ったような感覚に襲われた。
仮にも政府と戦うという人間である木下は水島の情報もある程度仕入れていた。
残酷で狡猾で、恐ろしいほど強く美しい魔物のような男。
水島にまとわりつくおぞましい情報は山ほど存在した。
そして、女関係においては、さらにおぞましく、その量も膨大であった。
美しい女は戦利品として水島に献上されるのが国防省では半ば風習化されてもいた。
「……俺は真壁を助けに行く。もう手遅れかもしれないが」
「お兄ちゃん、手遅れ……って?」
加奈は兄の目を覗き込んで無言で訳を尋ねたが、木下は加奈から視線を逸らした。
「……おまえは知らなくていい」
若い娘が、それも加奈のような健全な少女が知るようなことではない。
「せめて真壁の居場所くらいは知りたい。鉄平、泰三、後は頼んだぞ」
「あ、ああ。木下さん、どうか気をつけて」
木下は今度は桐山と川田に、「迷惑かけるな」と軽く頭を下げた。
「鉄平と泰三はまだ思慮が浅い。
おまえ達みたいなしっかり者がついてくれていれば助かる。
加奈たちを頼む。すぐに戻ってくるから、それまでの間でいいんだ」
「俺達でよかったら出来る限りのことはさせてもらう。
おまえさんには世話になったからな」
川田は快く了解した。ところが桐山はコインを投げていた。
「表がでたら承知しよう。裏が出たら――」
落ちてきたコインを桐山がキャッチする前に、川田は素早く奪い取った。
「桐山、こういう義理はコインで選択するんじゃない」
「そうなのか?鈴原、おまえは、どう思っている?」
「桐山君、こんな時だから皆で協力するのがベストよ」
「そうか、鈴原がそう言うのなら、それが正しいのだろう」
美恵の鶴の一声で桐山も惜しみなく助力すること約束した。
「とはいったものも、このモーテルもいつ政府の手入れがあるか。
今のうちに遠くに逃げるのがベストだと思わないか、おまえ達?」
木下が姿を消して五分もしないうちに川田は早速会議を始めた。
川田の意見はもっともだったが、それには2つ大きな問題があった。
全ての公道や交通機関は勿論のこと、
山や港まですでに検問がしかれており逃げ切るのは困難な事。
もう1つは、すでに囚われの身になっている大勢の仲間達のことだ。
彼らを見捨てて自分達だけ逃げることはできない。
クラスメイトなどどうでもいい桐山や、現実主義の川田はまだしも、
仲間思いの美恵には無理な相談であった。
「皆は無事かしら……」
「確かに心配ではあるな。こんな時だっていうのに、宗方とも全く連絡がつかなくなった。
作戦を練るにしても、やはりこんなところでは無理だ。なんとか脱出しないと」
「また地下水路を利用するの?」
「いや、そんなものとっくに出入り口を塞がれているだろう。
陸路も海路も絶たれている今、宗方のようなコネのある人間に頼るしか方法はないんだが……」
「空路」
桐山が威厳のある冷静な口調で言った。
「おい桐山現実を見て言ってくれ。確かに空路が今1番安全な脱出ルートだろう。
しかし空は歩いたり泳いだりするわけにはいかん。
ヘリコプターか飛行機が必要だ。それこそ宗方の助けがなければ不可能な話だろ」
「不可能ならば、可能にする方法を考えればいい」
確かに桐山の言葉にも一理ある。全員いっせいに知恵を搾り出した。
「民間の空路輸送会社は使えないのか?」
まず川田が提案した。
「無理に決まってるだろ。
ヘリ1台レンタルするだけで、いくらかかると思ってんだよ?
俺らみたいな貧乏レジスタンスにそんな無駄な金は一銭もねえよ」
すぐに鉄平の物言いがはいった。
「誰が律儀に金を払うといった?
こんな非常事態だ、少々強引なことをさせてもらうだけだ」
「でも川田君、もしかしたら、すでに軍が手を回しているかもしれないわ」
美恵の意見はもっともだった。
そして、その予想はすでに現実のものとなっていたのである。
「軍の主要人物を捕獲するはどうだ?いざというときには人質にもなるぞ」
桐山の乱暴な意見に全員がぞっとした。
「……とにかく、今は様子を見るしかない。
桐山、益子、金田、交替で外の見張りをするんだ」
夕日が沈もうとしていた。夜になれば動きが変わるだろうか?
「俺と泰三は食料や武器を仕入れてくるよ。加奈ちゃんを頼んだぞ」
鉄平と泰三は変装をして、夜の顔を見せ始めた街に繰り出した。
「金田さんたち大丈夫かしら?」
美恵は心配そうにカーテン越しから外をうかがった。嫌な予感がしたのだ。
「徹、私なら心配いらないわ。早く行って、でないと処分の対象になるんじゃないの?」
「……だけど良恵」
「あなたがそんなに気になるのなら、私、しばらく帰宅するわ」
瞬の情報を得ることは良恵にとっては重要だが、徹を軍法会議にかけるわけにはいかなかった。
「ね、徹。それなら心配いらないでしょう?」
「君がそこまで言うのなら、ただし条件がある。
絶対に俺が戻るまで外出はしないでくれ」
「わかったわ。あなたは自分のことだけ考えればいいのよ。
私だって、あの頃の世間知らずなただの無力な女じゃないのよ。
だから心配はいらないわ。いざとなったら自分の身くらい守れるわよ」
その言葉は相手がただの男であれば心強いものであった。
しかし相手はただの男ではない、国家が誇る最強の称号を与えられた人間なのだ。
「マンションまで軍用ヘリで送らせるよ。護衛も海軍の精鋭をつける。
もちろん全員腕利きの女だ。俺が戻るまで彼女達が君を守る」
「ありがとう。でも、どうして全員女性なの?」
徹は良恵の腰に手を回し引き寄せると不安そうな瞳で見詰めた。
「君は危険すぎる。男なら誰でも一目見たら欲しくてたまらなくなるからさ」
忌々しいことが徹は水島の気持ちがわからなくもなかった。
(いや、あんなクズの邪な欲望と俺の崇高な愛情は全く異質なものだ)
だが、すぐに徹は思いなおした。水島の気持ちなどわかってたまるか。
街外れの空き地まで来ると、すでに徹の命令を受けた女性海兵隊員が待機していた。
「すぐに軍用ヘリが到着する」
「ありがとう。徹、早く、国防省に行って。でないと大変なことになるわ」
「君が無事にヘリに乗り込むまでここにいるよ」
徹の決意は固かったが、1人の女性海兵隊員がそっと近付いてきて徹に忠告した。
「大尉、お言葉ですが戸川大尉があなたが命令違反をしたと上に報告してますよ」
「何だって!?」
「早く任務に復帰しないと上は戸川大尉の言い分を認めるでしょう」
徹は悔しそうに拳を握り締めた。
「徹、彼女の言うとおりよ。急いだほうがいいわ、でないとあいつの思うつぼよ」
良恵の言うとおりだった。
「……わかった。おまえ達、いいか彼女を命懸けで守るんだぞ。
もしも彼女にもしものことがあったらわかっているだろうな?」
徹の目が代弁していた。『殺すよ』と。
「じゃあ良恵、くれぐれも注意して。何かあったら、すぐに俺に連絡するんだよ」
徹は後ろ髪引かれる思いで、車に乗り込み、その場を後にして走り出した。
その数分後に上空に軍事ヘリが姿を現した。
「……弘樹」
貴子は目を覚ました。杉村が死んだ悪夢から目覚めたと思いたい。
しかし自分を心配そうに見詰めている夏生と良樹の表情が、
あれが悪夢などではなく紛れも無い現実だと訴えていた。
「貴子ちゃん」
夏生は貴子の手をとった。
「そんな顔するなよ。死んだ杉村だって、あんたの涙は望んじゃいないぜ」
貴子はうつろな目のまま、夏生から視線を逸らした。
「今すぐ、あいつを失った悲しみを忘れろなんて野暮なことは言いやしないさ。
けど、これだけは覚えておいてくれ。あんたの悲しみが癒えるまで俺がそばにいる。
俺を杉村の代わりだと思ってくれていいぜ。あいつの分まであんたを守るよ」
夏生なりに誠意を込めた言葉だったが貴子の心には届かなかった。
「……1人にしてよ」
「……貴子」
「……大丈夫よ。それほど弱い女じゃないわ。
弘樹の仇うつために落ち込んでなんていられないもの。
ただ時間をちょうだい……お願いだから1人にしてよ」
「そうかわかったよ。さっきも言ったとおり俺は何があってもそばにいる。
それだけは覚えておいてくれな」
夏生と良樹は貴子を残して別室にさがった。
1人になった貴子は声を殺して泣いていた――。
「……あーあ、これで有り金なくなったな」
「……ああ、モーテルの宿泊費まで手をつけるわけにはいかないもんな」
鉄平と泰三は買い物袋を抱え用心しながら街の裏道を歩いていた。
「おい泰三、あれ」
鉄平の指さした先に軍事ヘリが飛んでいた。
「……ヘリか。あれがあれば一気に脱出できるのにな。
あーあ、あれさえあればなあ。でも、手に入れるのなんて無理なんだよな。
あーあ、あれさえあればなあ。ほんっと惜しいなあ……」
「おい泰三、ちょっと見に行かないか?もしも警備が手薄なら奪えるかもしれないだろ?」
「……見付かったらつかまる。加奈ちゃんや美恵ちゃんも捕獲だろうな。
加奈ちゃんはともかく美恵ちゃんは水島が気に入りそうな顔してるよなあ……。
あーあ、水島に目をつけられたら真壁さんの二の舞だよ……。
木下さんもきっとわかってるんだ手遅れだってさ。
加奈ちゃんの手前何も言わなかったけどさ」
泰三の妄想はさらに続いた。
「あーあ、可哀想な美恵ちゃん……。
水島にベッドという底無し沼に引きずり込まれて
悪魔の儀式を強要されるんだろうなあ……。
あーあ、本当に可哀想。俺、もう涙で前が見えないよ」
「おまえうざすぎるぞ!何、最悪の想像して勝手に同情してんだよ!。
ほら、さっさと行くぞ。もしかしたら俺達の逃亡用の足になるかもしれないんだ」
2人はヘリコプターの着陸地点に急いだ。そして歓喜した。
兵士の人数は十数名。
しかし、なぜか全員女性、そう女性なのである。
軍人である以上戦闘訓練を受けていることは間違いないだろうが、
偏見であろうが男の兵士よりましだ。
「ラッキーだな泰三!何とか人質とって隙つけばあのヘリ頂けるぞ」
「……そうだな」
「あいつらの中で1番地位の高い女を人質にするんだよ」
「……そうだな。それってさあ……あの彼女じゃない?」
泰三が指さした女性。大変な美少女だった。
「随分若いな。俺達と同じか、年下じゃねえか。
あんな女の子に危害加えるのは気が引けるな」
「……やめるのか?あれほど力説しておいて……ふーん、やめるんだ」
「誰もやめるなんて言ってないだろ……ん?」
鉄平は首をひねった。
「……あの彼女、どこかで見たこと無いか?」
「……ああ、あるな……えーと……」
泰三は鞄の中から何やらゴシップ雑誌らしきものを取り出した。
「……おまえ、こんないかがわしい雑誌持ちあるいているのかよ」
鉄平は呆れながらも、しおりが挟んでいるページをめくった。
その雑誌は軍の中で出回っているものだった。
木下が、たとえスキャンダルでも政府を潰せる種が見付かるかもしれないと秘かに入手していたものだった。
「何々……『特撰兵士の佐伯徹に熱愛発覚。お相手はⅩシリーズの……云々』」
鉄平は我が目を疑った。
「と、特撰兵士の佐伯徹の女?!それもⅩシリーズの1人?
マジかよ、あの女に手を出したら佐伯と……Ⅹ、Ⅹシリーズを……怒らせちまう」
「……それだけじゃない。木下さんの調査だと、彼女、五期生の特撰兵士と仲いいって」
「特撰兵士とだと?」
人質どころか地雷原だ。
とてもじゃないがちょっかい出すわけにはいかない。
「……やばすぎるな。あの女に手を出してみろよ。
逃げ切るどころか逆に五期生おびき寄せて殺されちまうぞ」
「……怖いのか?」
「怖いとかそういう問題じゃねえんだよ」
「誰、そこの茂みにいるのは?」
最悪の展開になった。相手の女のほうが2人に気付いてしまったのだ。
「良恵様、さがってください!」
すぐに女性兵士たちが行動にでた。
数人がこちらに走ってくる、ライフルを抱えて。
「糞、こうなったら仕方ない。行くぞ、泰三!」
2人は茂みから飛び出した。
もはや、他に選択の余地は無くなっていた。
「夏生さん、これからどうするんだよ。あんた、もう自由に動けないんだろ?」
夏生は腕を組んで真剣に考え込んでいた。
「…………」
「なあ、なんとか言ってくれよ。もし、いいアイデアがないんだったら……」
「1つだけある」
「あるのか?」
良樹の表情がパッと明るくなった。
しかし、すぐに妙な表情になった。なぜなら夏生が浮かない顔をしているからだ。
いい考えがあるという人間の表情には到底見えない。
「……正直、これだけはしたくなかった。でも他に方法が無い」
夏生は溜息をつくと床に仰向けになって駄々をこね出した。
「畜生!畜生!なんでなんだ!くそったれー!!」
「な、夏生さん?」
「これだけは、これだけはやりたくなかった!
むかつくなんてもんじゃないぜ!!」
「落ち着けよ夏生さん、なんだよ、その方法って?」
「……俺の家、季秋家は常に中央政府の顔色伺いながら存続していた。
中央は口実作って季秋家から何とか自治権奪おうとしているからな。
季秋家に都合の悪い法律作ったり、
治安維持と称して監視送り込んだり嫌がらせばかりするんだ。
表立って文句言えない季秋家が報復に何をしてきたか、おまえわかるか?」
答えは1つしかなかった。
「……影で反政府組織を支援して季秋家に仇なす連中を始末させる」
「それならまだいいさ。だが事実はもっと非情で凶悪なものなんだぜ」
夏生はゆっくりと上半身を起こした。
「季秋家のために最もあくどいテロ行為をしている反逆者は誰だと思う?
季秋家に援助してもらっているテロリストなんかじゃない。
俺達、季秋家の人間本人だ。俺達自身が反逆の実行犯なんだ」
「まさか」
良樹は信じられなかった。
そんな危険な行為を季秋家の人間が直接とっているなんて。
しかし深く考えてみると納得できる部分もある。
利害関係のみで結ばれているだけの赤の他人なんかに
季秋家の存亡に関する重要な反逆行為までまかせられるわけがない。
「おまえが、さっき見た佐竹も岩崎も乃木も同じだよ。
初代の東海自治省長官努めた俺の先祖の部下の子孫で、代々季秋家に仕えている。
何百年も付き合いがあるから、もう季秋家の身内も同然の連中なんだ。
その上、実際、あいつらの中にも季秋の血は流れてるんだ。
佐竹は祖母さんがうちのじじいの妹だし、岩崎の母親も季秋の分家出身だ」
「ああ、それか。道理で……」
家来筋の家の息子と言う割には、夏生に対して対等な口をきくと思ったら遠縁だったのか。
夏生はさらに続けた。
「そして、あいつらの頂点に立つ人間。
つまりうちの反政府組織の頭やってるのは俺の1つ上の兄ちゃん達なんだよ。
俺の1つ上にはやたら優秀で好戦的な兄貴が3人いてさ。
政府のブラックリストに載ってる正体不明のテロリストなんだぜ。
ちい兄ちゃんがそのこと知ったらショックで寝込むよ。
じじいが反政府組織に援助していることは知ってるけど、
自分の弟が直接テロ行為してるなんて知らされてないからな。
じじいが『秋澄みたいな男には教えないほうがいい。精神的打撃が強すぎる』ってさ。
身内にさえ内緒にしてるんだぜ。
知ってるのは季秋家や、それに属する家の中でもほんの一握りの連中なんだ」
次期当主でさえ知らない季秋家の裏事情を明かされ良樹は最初は途惑った。
しかしすぐに夏生のいういいアイデアというものがわかった。
「そうか、そのお兄さん達に頼むんだな。
そのひとたちなら不法なことも含めて助けてくれるってことだろ?」
「……ま、そういうことだ」
確かに、穏便に全てを収めようとする秋澄と違い、そちらのほうが頼りになりそうだ。
それにしては、なぜ夏生はこんなにも嫌そうな顔をしているのだろう?
ちょっと話を聞いただけでも、随分と頼りに成りそうなお兄様たちではないか。
いや、そもそも、なぜ最初から彼らに事情を説明して助けを請わなかったのだろう?
夏生は勘当されていたから、それが理由だろうか?
しかし、夏生の落ち込む様を見ていると、それだが理由では無さそうだ。
「そのお兄さん達は強いんだろ?すごく頼りになるんだろ?」
「……まあな。名前は夏樹(なつき)、秋利(あきとし)、冬也(とうや)。
俺の地元じゃ、軍神、天才、帝王と言いたい放題ちやほやされてるカリスマだよ。
戦闘能力も半端じゃない。特撰兵士並だと思ってくれて間違いないぜ。
ただな……性格も半端じゃなく悪い。めっちゃくちゃ悪いぜ。
間違っても優しくて物静かで礼儀正しく
知性と品性溢れるモラルの塊みたいな俺を基本に考えるなよ。
あの兄ちゃん達は、俺と血の繋がりあるのか疑わしいくらいの鬼畜なんだ。
それに第一、あの兄ちゃんたちは……その、あの……だな」
夏生は言葉を濁し始めた。
「なんだよ?」
「メチャクチャ女癖が悪いんだよ!」
「……ああ、そういうことか」
助けを求めるということは、いやがうえでも美恵や貴子や光子の存在を明かさなければならない。
夏生としてはせっかくゲット仕掛けた貴重なお姫様たちをわざわざピラニアに紹介するようなもの。
だからこそ、今までどれほど窮地に追い込まれても頑として兄達に助けを求めなかったのだろう。
だが、こうなった以上、もうつべこべ言っている余裕などない。
夏生は観念して携帯電話を取り出しボタンを押した。
「俺は今勘当中だからな。素直に助けてくれるか心配だが……」
数回の呼び出し音の後、『何の用だ』と気位の高そうな声が聞えた。
「よ、冬兄、俺だよ俺」
夏生は明るい声で呼びかけた。
『耳障りな声聞かせて、それほど俺様の機嫌を損ねたいのか?
この世で息をしたかったら3秒以内に切れ。1、2……』
夏生は速攻で通話ボタンを切っていた。
「……夏生さん、お兄さんに断られたんだな?」
良樹が心配そうに問いかけてきた。
「……なあに、あの兄ちゃんは元々自己中な野郎だから期待してなかったんだ」
自分に言い聞かせるように、夏生は再度携帯電話のボタンを押した。
「よ、秋兄、俺だよ俺」
夏生は明るく呼びかけた。
『久しぶりだなあ夏生』
携帯電話の向こうから穏やかな口調で話しかけてくれている。
夏生は今度はいけると思った。
『でも、おまえ、まだ勘当期間は終わってなかったなあ。
それなのに俺に電話するなんてどういう了見?
なあ夏生、おまえ、そんなに死にたい?』
夏生は速攻で通話ボタンを切った。
「……夏生さん、また駄目だったんだな」
良樹の表情にはあきらめが色濃く浮んでいた。
「……なあに、あいつら所詮腹違いだからいざとなったら冷たいものさ。
その点、夏樹兄ちゃんは同じ母親から生まれた正真正銘実の実兄だ。
きっと助けてくれるさ。まあ泥舟にのったつもりでいろよ」
『俺だ』
「よお夏樹兄ちゃん、俺だよ、俺」
ツーツー……。
そんな無情な機械音が夏生の耳から全身に駆け巡った。
「…………」
「夏生さん?」
あ、あの野郎……速攻で切りやがった……。
あまりの気まずさに夏生は溜息つきながら前髪をかき上げた。
「……どうやら番号間違えたみたいだ、ちょっと待ってろよ」
気を取り直して再び番号を押した。
「おい兄ちゃん!酷いじゃないか、せめて少しくらい話を聞いて――」
『現在、この電話番号は使われておりません。番号をご確認して――』
「……け、携帯電話の契約を解除してやがる」
これには夏生も頭にきた。ここまで嫌うことないではないか。
「……夏生さん」
失望を色濃く表情に表している良樹が夏生を見詰めていた。
「……心配するな」
そう言われても、これでもう全ての望みが断ち切られたのではないのか?
「俺はおまえより1年長く生きている。
だから教えてやれるけど1番手強いのは自分の運命だ。
見てろよ、俺は今から自分の運命ってやつを越えてやる」
夏生は携帯電話を放り投げると
部屋の隅にあった有線電話に近付き、さらに電話帳をぱらぱらとめくった。
「兄ちゃんのマンション直通電話は……あった」
そしてプッシュボタンを押し、大きく深呼吸をした。
軽快な呼び出し音が数度。そして、受話器が外れる音がした。
『俺だ』
「鈴原美恵、愛らしい瞳と優しい笑顔が絶品の癒し系美少女!
相馬光子、アイドルのような容姿とは裏腹な妖艶なコアクマ系美少女!
千草貴子、脚線美がたまらない気の強い美少女だ!」
ワンプレスで言い切った。
電話は……切られて無い、ただ沈黙が続いた。
その沈黙が怖かった。
「詳しく話せ」
静寂を破ったのは、夏樹のそのたった一言だった。
夏生はグッと右拳を握り締めた。
――やった。運命に勝った。
【B組:残り45人】
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