良恵と徹は検問所の近くまで来ていた。

「徹、あなた任務をほっぽりだしたままでいいの?」
「かまわないさ。他の連中だって、あんな任務まともに遂行しているものか。
K-11が素人なんかと係わりがあるものか」
「徹、あなたK-11と面識があるの?」
「直接は無いよ。だけど、あいつらは他の組織とは明らかに毛色が違う。
厄介な連中だ。とてもじゃないが、ずぶの素人の手に負える連中じゃないよ」


特撰兵士が総動員されたのは、正体不明の自称中学生達の正体がK-11に関係ある人間だったときの保険だ。
K-11が出ることはないと考えている徹にとって、自分の出番もないという考えだったらしい。

「でも万が一……」

良恵は心配だった。もしもK-11が姿を現した時にいなければ徹は処罰の対象となる。




鎮魂歌―21―




「夏生はまだか?」
秋澄は広い部屋の中を何度も往復していた。
「秋澄さん落ち着いてくださいな。
佐竹君たちから夏生さんの身柄は保護したと報告を受けたではないですか。
後、20分もすれば到着しますわ」
「確かにそうだが。おじい様の耳に入る前に全てを終わらせたい」


秋澄は弟思いの兄だった。困ったところもあるが可愛い弟には違いない。
それ以上に祖父に対しては恐怖に近い畏怖の念がある。
落ち目だった季秋家の勢力を拡大した偉大な祖父は、尊敬する人物であると同時に最大の恐怖でもあった。
祖父の宗政は豪胆で厳格、そして容赦のない人間だった。
それは秋澄が大学に進学したばかりの頃のことだった。
秋澄は宗政と取引先の外資系大会社に訪問に来ていた。
その帰途についたときのことだった。







「震えているのか若造め、おまえはこれから先、何度もこういう思いをするんだぞ」
秋澄は震えていた。
まだ青二才にすぎない大学生が国家経済を左右する会議に臨席させられたのだから無理も無い。

「はい、正直いって怖いです。成人したら、こんな神経をすり減らす思いを何度もするかと思うと」
「怖い……か。おい運転手、降りろ」


宗政は突然運転手を降車させ、自ら運転席に乗り込んだ。
財界・政界の超大物である祖父が自ら運転しようなど、それは初めてみる奇妙な光景でもあった。
驚いている秋澄に宗政は「おまえも後ろでふんぞり返ってないで助手席に来い」と告げた。
わけもわからず秋澄は命令通り従順に助手席に移動した。
「シートベルトしてしっかりつかまってろ」
そう言うと、宗政は急発進した。猛スピード、しかも数十メートル先にはブロック塀が。


「おじい様、前、前に!早くブレーキを!」


慌てふためく秋澄を無視して宗政はなんとアクセルを踏んだ。
当然、車は塀に激突。
完全防弾仕様の超高級車でなければ、そのまま爆発炎上していただろう。
しかも宗政の暴走はそれで終わりではなかった。
いったんバックすると、またギアをトップにいれ走り出したのだ。
今度はガードレールに激突、その次は電信柱に飛び込んだ。
そんな悪夢が続き、やっと車が停車した頃には、秋澄は小さくなって声を出ないほど青ざめていた。




「どうだ秋澄」
どうだと言われても、秋澄は恐怖で思考すらストップしていた。


「これが本当の恐怖だ。
いいか、季秋家の当主になるってことは、この恐怖を飲み込むことだ。
季秋家を背負ってたつことは、常にこの恐怖と背中合わせに生きることになる。
おまえが今まで味わってきた恐怖なんぞ、恐怖のうちにはいらない。
これがおまえが一生付き合う本物の恐怖なんだ。しっかり覚えておけ」


こんな無茶な人間なのだ祖父という人間は。
さらに、気にいった相手にはとことん援助を惜しまないが、気に入らないとスパッと切り捨てる面がある。
たとえ、それが血を分けた孫だろうと例外ではない。
秋澄は大勢いる兄弟の中で、祖父の跡継ぎと目されている。
(遊び人の父は、とっくの昔に跡取りレースから脱落していた)
勿論、その理由は長幼の順が遵守されたからに他ならない。
長子に後継者としての優先権があるのは昔も今も同じだが、実は秋澄は長男と言うわけではない。


秋澄の上には、秋彦という兄が1人いた。彼が実の長男というわけだ。
本来ならば、秋彦こそが季秋大財閥の跡取りだが、今は違う。
跡取りどころか、秋彦は季秋の苗字する名乗ることを許されず除籍。
今は母方の姓を名乗り、自堕落な生活を送っていた。
真面目で律儀な秋澄とは反対に、秋彦は短気で豪快、気性の激しい問題児。
やや大人しい秋澄と違い、祖父によく似ていた。


しかし宗政と秋彦には大きな違い1つあった。
宗政はプライベートで羽目を外すことがあっても、公けの場所での立場は常に毅然としていた。
つまり公私の区別はきっちりつけ、世間に恥をさらすことを異常なほど嫌っていたのだ。
理性と恥の有無、それが宗政と秋彦の決定的な違い。
秋彦は公式の場に自分の私情や感情を平然と持ち込む人間だった。
その思慮のなさと幼稚さを宗政は非常に蔑んでいた。
秋彦のほうも謙虚のけの字もない性格から、宗政を口うるさい年寄りと疎んでいた。




ある日、事件が起きた。
宗政の父、つまり秋彦や秋澄にとっては曽祖父にあたる人間が老衰で亡くなった。
年齢を考えれば大往生といえるだろう。葬儀は盛大に行われた。
普段はプレイベートで羽目を外している家族も
そろってきっちり喪服で身を固め神妙な顔つきで式場の最前列に並んでいた。
その席に1人だけ姿を見せない人間がいた。それが秋彦。
季秋家当主の葬式は家族や親戚だけの内輪の行事ではない。
政界や財界、あらゆる分野の著名人が出席する一大行事なのだ。
そんな重要な式に仮にも跡取りが姿を現さないということは宗政にとっては許しがたいことだった。


秋彦が姿を現さない理由は秋澄には見当がついていた。
死んだ曽祖父は宗政以上に世間体や季秋家の体裁に口うるさい保守的な人間。
そのため、自由奔放に身勝手を通して生きている秋彦とは大変不仲だったのだ。
式もいよいよ終盤に入ったときだった。
もう姿を現さないだろうと思われていた秋彦が突如現れた。
それも、大型バイクで会場に乗り込んできたのだ。
これには居合わせた慰問客はもちろん、季秋家の家族も親戚も驚いた。
誰もが呆気にとられている中、秋彦は曽祖父の写真の前に来ると、さらにとんでもないことをしでかした。


「地獄に落ちろ、糞じじい!!」


そう叫ぶと、曽祖父の祭壇を蹴り飛ばしたのだ。
そのシーンを見せ付けられた宗政は瞬間湯沸かし器になった。
真っ赤になって立ち上がると、一目もはばからずに怒鳴りつけた。


「殺せ!この糞ガキを八つ裂きにしてドブ川に死体を捨てて来い!!」


その後はもう葬式どころではなくなった。
周囲の人間が宗政を諌め、その隙に秋彦を無理やり連れ出した。
何とか式は終了したものの、秋彦をほかっておくわけにはいかなし。
普段は日和見主義の父の剛志、それに秋澄も必死に土下座して宗政の怒りを鎮めた。
だからこそ、殺せとまで言い切った宗政も何とか怒りこそ納めてくれた。
だが秋彦を季秋家から完全追放するという決定だけは誰にも覆すことは出来なかった。


こうして秋彦は永久に季秋家から勘当され、自動的に二男の秋澄が次代の当主にと格上げされたのだ。
そんな経過で次期当主に決定したものだから、秋澄は自信が持てず祖父に対して頭が上がらなかった。
祖父は怖いひとだ。もしも夏生のことを聞けば、秋彦同様、永久追放しろと言いだしかねない。

「秋澄さん、落ち着いてください。
あなたが動揺したまま夏生さんに会ったらどうなります?
あなたが毅然とした態度を取らなければ夏生さんは同じことを繰り返しますよ」


婚約者の葉月の言い分は最もだった。可愛がるだけが愛情ではない。
過ちを犯した弟を厳しくしかりつける事が兄であり次期当主の最大の使命。
秋澄はいったん椅子に座ると呼吸を整えた。




「夏生様が到着いたしました!」
秋澄は立ち上がった。程なくして、佐竹たちに連れ添われた夏生が入室してきた。
「夏生、無事だったか」
顔を見たら、まず最初に厳しく叱りつけてやろうと考えていた秋澄は、思わず夏生を抱きしめていた。
葉月はその様子を溜息交じりで見詰めていた。
(甘いわね。それが秋澄さんの長所だろうけど、今回はマイナスだわ)


「怪我はしてないか?」
「……ちい兄ちゃん」
「何だ?」
「助けてやってくれ。彼女を――」
「夏生!」


途端に弟を心配する優しい兄の顔は修羅になった。

「おまえはまだそんなことを言っているのか?
女で身を滅ぼすつもりか、どこの誰かは知らないが、その女のせいで酷い目にあったんだろ!
昨日今日会ったばかりの女のために命捨てる理由なんかあるのか!?」


夏生ははあっと溜息をついて俯いた。

「秋澄さんの言う通りだぜ宗方。いい加減、大人になれよ」
「む、佐竹」
「そうだぜ。おまえどうせにゃんにゃんだけが目的なんだろ。ダサダサなんだよ」
「岩崎、おまえまで~。おまえらいい加減にしろ、主筋の俺を馬鹿にしやがって。
自分達の立場考えろよ。おまえらは先祖代々季秋家に仕える家の息子だろうが」
「いい加減にするのはおまえだ夏生!」
「に、兄ちゃん……」


(おいおい、やべえマジで怒ってるよ。普段は優しい兄ちゃんが)


「佐竹、夏生と一緒にいた2人は手当てが済んだらすぐに出ていってもらってくれ。
当座の金くらいは用立ててやるし、通報することも勘弁してやる。それで終わりにするんだ」
「おい、ちょっと待てよ兄ちゃん、雨宮はともかく貴子は……。
あ、いや雨宮 も兄ちゃんさえよければ助けてやってくれてもいいが。
それに光子や美恵も助けてやらないと。他のやつも、まあ一応」
秋澄は頭痛を感じ、額を押さえながら椅子に座り込んだ。
「……佐竹、岩崎、夏生を部屋に連れて行け」




秋澄は、「最後の別れを済ませたら、すぐに彼らと引き離すんだぞ」と念を押した。
「ご命令だ。観念しろよ、宗方」
佐竹たちが夏生の腕をつかもうとすると夏生は佐竹たちを投げ飛ばした。
「夏生、おまえ何をする!」
秋澄は立ち上がった。その勢いで椅子が倒れる。

「悪いな兄ちゃん、俺は囚われの身になるつもりないんだ」

夏生はぱっと秋澄を飛び越えると、窓から逃げようと窓枠に脚をかけた。
だが、そこで夏生の動きは止まった。
ブス……っと、鈍い音が夏生の首の後ろから発生した。


「……し、しぶれっる……ぅ……」
「な、夏生!」


床に倒れこむ夏生。秋澄が慌てて駆け寄り見てみると、夏生の後ろ首に針が刺さっていた。

「何だこれは。おい夏生、しっかりしろ!」
「に、兄ちゃん……う、動けない……」
「夏生!」
「秋澄さん、静かにしてくださいな。季秋家の次期当主らしい振る舞いとはいえませんよ」
「しかし葉月、夏生が」
「痺れ薬です。夏生さんが大人しくこちらの指示に従うとは思えなかったので」

葉月の手には麻酔銃が握られていた。

「さあ、おまえ達、夏生さんにはさっさと部屋で反省して頂きなさい」
こうして体の自由を奪われた夏生は佐竹たちに引きずられ、鉄格子付きの豪華な部屋に閉じ込められた。




「夏生さん、しっかりしてくれよ」
良樹が駆け寄ってきた。
「10分だけだぞ。1秒でも過ぎたら、すぐに引き離せっていうお達しだからな」
佐竹が非情な通告をした。
「……悪かったな俺たちのせいで。元々あんたは何の関係もないのに巻き込んじまって」
良樹は心底申し訳なさそうな表情をしていた。
「そうだぜ、こんな厄介な事にかりだされた俺達はいい迷惑だっつーの」
岩崎などあっかんべーをしているではないか。
「言いすぎですよ岩崎さん。
夏生さんは、根が優しいから捨てられた子犬見捨てられないだけなんです」
佐竹や岩崎よりも年下らしい少年が哀れみをこめた目で良樹を見詰めた。


「……俺達は捨て犬かよ」
「似たようなものだろ、犬よりずっとタチ悪いぜ。
中央政府に宗方とおまえ達との繋がりがばれたらただじゃ済まないんだぜ。
本当にこれ以上ないくらい最悪な存在だぜ、おまえも、おまえの仲間も」


岩崎は容赦なく良樹の心を土足で踏みにじった。

「もう寄せよ、どうせ宗方のいつもの気まぐれだ。大した理由もなしに女の尻追いかけてただけだ」
「……理由?」
夏生は壁つたいに立ち上がった。


「理由……確かに最初はそんな立派なものなかったさ、けどな……」


痺れ薬の効果は絶大で、夏生は今だ言葉も途切れ途切れだ。

「……貴子とは出会ってまで1ヵ月くらいだ。
それでも、あの女がとんでもなく気の強い女だってのはわかった。
人前では絶対に涙なんか流さないくらい意地とプライドの塊みたいな女だ」


「その貴子が……杉村が死んだ時、人目をはばからず泣いた。泣いたんだ」


「もし……もしも、俺に理由があるとすれば、それで十分だ」


「奴らは俺に女の涙を見せた。それが理由だ」


それだけ言うと、夏生は再び床に倒れこんだ――。














「さあ逃げるんだ慶時!」
このチャンスを逃したら次は無い。七原は、国信の手首をつかんだ、後は全力疾走あるのみ!
「逃げられると思っているのか!」
だが、真上から不気味な声がした。七原は反射的に見上げる、海老原が飛び掛ってくた。
「うわぁ!」
七原は国信ごと、海老原のとび蹴りをまともにくらい、地面に叩きつけられた。
「七原!畜生、この野郎!!」
沼井は銃口を海老原に向けた。躊躇するな、撃て!自分自身にそう命じた。
だが、沼井が撃つ前にパン!と乾いた音がした。
海老原がいつの間にか銃を構えていた、そして沼井の銃を撃ち落していた。
その衝撃で沼井は両手の感覚を失い、その場に崩れ落ちた。
「充、おい充、しっかりしやがれ!」
笹川の怒鳴り声も沼井にはもはや聞えない。




「覚悟しやがれ、てめえら全員処刑、今すぐ銃殺刑にしてやるぜ!」
本気だ、こいつ本当に俺達を殺す気だ。
こんなところで死ぬなんて、俺まだ15年も生きてないんだぜ。
七原は悔しそうに地面を叩いた。


ごめん慶時、おまえを守ってやれなくて。
安野先生や慈恵館の皆、いきなり行方不明になってごめんな。
きっと、今でも心配してるだろう。本当にごめん。
三村、杉村、俺は死ぬけど、おまえ達は他の連中を守ってやってくれよ。


「さあ、誰から殺してやろうか?」
海老原は、七原に銃口を向けた。
「やはり俺に逆らいやがった屑野郎が最優先だな」
七原はぎゅっと拳を握り締めた。そしてパンと乾いた音が辺りに轟いた。

七原ははっとした。どういうことだ、痛みも流血も無い。

不思議に思って、改めて海老原を見ると海老原は銃を落としている。
しかも僅かに利き腕が小刻みに震えていた。




「連中の処分は上が決める事だ。独断で処罰するのは軍律違反だぞ海老原大尉」
静かな声だった。その声と硝煙の臭いがする方向に七原達は視線を移動した。
「連中を大人しく引き渡してもらおう。嫌なら上に報告するまでだ」
男が銃を構えて立っていた。先ほどの銃声は海老原ではなく、この男によるものらしい。


「……氷室隼人、貴様!」
「あの事件から貴様は何も変わって無いようだな。薄汚いクズめ」
「てめえ殺されたいのか!」
「殺す?」


隼人はつかつかと海老原に近付く、海老原ははっとして落下した銃に手を伸ばした。
パンと再度乾いた音がして、銃が弾け飛ばされ、海老原との間の距離がぐっと開いた。

「あまり俺を怒らせないほうがいいぞ」

隼人は海老原の眉間に銃口を突きつけた。

「俺が素直にあの事件を綺麗に水に流したと思い込んでいるんじゃないだろうな海老原?」


ぐりぐりと額に痕がつくくらいに銃口が押し付けられる。
「簡単なクイズだ。二者択一、いくぞ。俺に大人しく従うか、イエスか、ノーか?」
海老原は悔ししそうに唇を噛み締めた。口の端に血が滲んでいる。
何度も考えたが、この生意気な後輩に従うしかないという苦渋の決断をするしかなかった。
「珍しく賢明な判断をしたな。こいつらはすぐに国防省に引き渡す」
何が何だかわからないが、七原達は九死に一生を得た。
その命の代償に、囚われの身になって連行されてしまったのである。














「ほら、もうすぐよ」
加奈は懐中電灯を照らしながら、その疲れ切った顔に安堵の表情を浮かべた。
加奈の先導の元、美恵や桐山、それに川田は地下水路から脱出していた。
「樋村さんや葛城君たちは大丈夫かしら?」
優しい美恵は、こんな状況でも街での暮らしの中で出会った人々を心配していた。
「大丈夫よ。おじいちゃん達も、この脱出ルートは事前に教えてあるわ。
あたし達より先に脱出しているはずよ」
それを聞いて美恵は心の底からほっとした。
「本当にごめんなさい、私たちのせいで。それに沙耶加さんだって……」
「そんなに気にする事ないわよ。
何度も言った通り、いつかこういう日が来ることはわかってたもの。
あたし達は反政府人間だし、美恵ちゃんたちが来なくても、いずれこうなっていたわ。
沙耶加さんは、反政府組織とは何の関係もない人間だもの。
だからすぐに釈放されるわよ。
いくら、あいつらが理不尽な人間でも、無実の民間人に危害加えることはできないわ。
勝気な沙耶加さんの事だから、今頃、あいつらに文句の1つでも言って自由の身になってるわよ」














いくら超エリートとはいえ、階級は尉官に過ぎない人間の為に用意された部屋にしては豪華すぎた。
その豪華な部屋にお似合いのこれまた豪華な椅子に、水島は偉そうにふんぞり返っている。
平の兵士が連行してきた美女を水島に突き出すと恭しく敬礼をした。
今も昔も1番上等な戦利品は上の人間のものになるのは不文律だった。
「無粋な奴だな。外してやれ」

水島の鶴の一言で、美女――真壁沙耶加――の両腕を縛り付けていた手錠は簡単に外された。

「出て行け。邪魔だよ」
兵士は、敬礼すると、いそいそと部屋を後にした。
頭を下げながら扉を閉めると、「……ちぇ、いいよな」と小声で呟き、そのまま急ぎ足で立ち去った。
残された沙耶加と水島の間には奇妙な静寂が漂っていた。
その静寂を破ったのは水島のとんでもない一言だった。


「脱げ」


「ふん、裸にしたければ、ご自分の手でおやりになったら?」
沙耶加はつんと顔を背けた。明らかに怒っている様子である。
水島は少々困惑したように立ち上がった。
「何、怒っているんだい?全く、しょうがないねえ」
無作法に接近すると、少々強引に沙耶加の肩をつかんだ。


「突然連行されて無骨な連中に乱暴な扱い受けたのよ。これ以上何をしようっていうの?」
「何だと思う?」


水島は予告もなしに沙耶加を抱き上げた。

「待って、降ろして!」

水島は暴れる沙耶加を抱いたまま隣接されている寝室に向かった。
そして乱暴に沙耶加をベッドに放り投げると軍服のボタンを外した。









「おい、どうだった?」
「どうもこうもあるか。廊下から様子伺ってたんだけど、尋問どころかすぐにお楽しみタイム突入だぜ。
あれから寝室から出てこないし、今もいい思いしてんだろうぜ」
「あー、俺も特撰兵士になればよかった。そうすれば、あの女献上せずに俺がやってたのに」
兵士は取調べように撮影した沙耶加の写真を未練がましく見詰めていた。


「何の話かしら?」


兵士達は一斉に振り向いた。真知子が鬼のような形相で立っていた。
鬼女とは、こんな顔をした女だろうという見本のようだった。
兵士が握り締めていた沙耶加の写真を突然奪い取ると感情のままに破り捨てる。


「か、鹿島さん、落ち着いて」
「落ち着けですって?私の克巳が他の女を抱いているっていうのに!」


真知子は兵士達を殴り飛ばした。怒りの捌け口が必要だったのだ。
タイミングよく真知子の携帯電話の着信音がなった。水島専用の着信音だ。


「克巳!」


途端に真知子の機嫌が回復した。
『やあ真知子、愛してるよ。すぐに国防省に指示を出して、例のスラム街の脱出ルートを全て押さえてくれ』
「あなたはどうするの?」

『少し疲れた』

その言葉にカッとなった真知子は背後にいた兵士に裏拳を炸裂させた。
『頼んだよ。俺が1番信頼しているのは君だ、わかってるだろ?』
「ええ、わかってるわ。でも、あなたは、今、何をしてるの?」
『真知子、意地悪なこと言わないでくれ。また、あとでかける』
「待って克巳……切れた」
真知子はすぐそばで床に這いつくばっていた兵士の腹を踏みつけた。









「やれやれ、焼きもちやいてくれるのは嬉しいけど、こんな些細なことでいちいち目くじらたてられるのは困るねえ」
隣では沙耶加が一糸まとわぬ生まれたままの姿でシーツに身をくるみ眠っていた。
少々乱暴に扱ってしまったせいか、気を失ってしまったのだ。
水島は、沙耶加の髪の毛をなでながら満足そうに微笑んだ。


「桐山和雄……この街に潜伏していたとはねえ。
それに木下大悟、あの時逃げられた借りを返せるってものだ。
他の連中がかぎつける前に、一網打尽にしてやるよ。ああ、笑いが止まらない」


手柄を立てて立てて立てまくって、一年前の事件で生じた遅れを取り戻す。

いや、取り戻すだけじゃない、一気に加速してやる。

そして、あの事件でたてついてくれた可愛い後輩諸君にたっぷりをお礼をするのだ。


「あのお馬鹿さんたちが1番悔しがることっていったら……」
水島は、眠っている沙耶加の横顔をじっと見詰めほくそ笑んだ。

「やっぱりあれしかないよねえ。
俺は1度目をつけた女性に逃げられるなんて無様な過去を清算するよ」

水島がベッドの脇の引き出しに手を伸ばすと、中から1枚の写真が姿を現した。

「ハニー、もうすぐ迎えに行ってあげるからね。今度こそ楽しませてもらうよ」

その写真にキスを落とし、水島は声を抑えて笑い続けた。














金田と益子は襲ってきた少年兵士の部隊を返り討ちにして同士を救うことに成功していた。

「おい、他の戦闘部隊はどこから攻めてくるんだよ。さっさと吐けよ」
「……さっさと拷問する?」


見事な勝利に金田は踊り狂いたいくらいに内心有頂天になっていた。
だが、たった5人の部隊を1つ制圧したくらいで戦争が終わらないことは馬鹿でもわかる。
敵の作戦を事前に知っておく必要があった。

「さあ吐けよ。でないと泣かすぞ!」

金田は隊長らしい少年兵士の襟首をつかみ激しく揺さぶった。
「ああ、もうじれったいぜ。さあ吐けよ、吐けったら!」
金田はますます激しく詰問したが、相手の少年は口を割らない。



「……金田」
益子が金属バットを差し出してきた。
「おい、まさか拷問しろっていうのかよ?」
益子は、「顔はやめといてやろうよ。ボディ、ボディ」と不吉な台詞を吐いた。
「ひ、やめろ、やめてくれ!」
少年兵士たちは途端に騒がしくなった。
「止めて欲しいなら吐けよ、俺だってこんな面倒なことしたくないんだぜ」
彼らが吐くのは時間の問題かと思われた。
だが、彼らは金田たちの背後を見て、ニヤッと笑みを浮かべた。


「何がおかしいんだよ、笑うなよ、むかつくんだよ!」
「……へへ、後ろ見てみろよ」


振り向くと男が1人立っていた。たった1人だ、他には誰もいない。

「誰だよ、まさか特撰兵士じゃないだろうな!?」
「残念ながら違う。でも、おまえ達相手なら負ける気は全然しないぜ」


妙な男の登場で、つい先ほどまで弱気になっていた兵士達は一気に態度がでかくなった。

「おまえら、もう終わりだぜ!」
「反町さんはAクラスの少年兵士なんだ。それも特撰兵士の戸川大尉の側近なんだぞ!」
「ざまーみろ、死ぬぞ!おまえら、ぶっ殺されるからな!」


「うるさい黙れ!」


反町の怒号に兵士達は先ほどまでの騒々しさが嘘のように大人しくなった。
「だせえ、ださすぎるぜ、てめえら」
そして今度は捨てられた子犬のようにしゅんとなっている。


「おまえ達みたいのがいると大尉の恥になる。
大尉は敵よりも役立たずな味方のほうを敵視する方だ」


その一言で兵士達は蒼白くなってしまった。
反町は、「ふん」と兵士達を見下すと、その嫌な目つきを金田たちに向けた。




「おまえ等が相手かよ。仮にもAクラスの俺の相手ができるんだろうな?」
「何だと?ふざけるな、おまえなんか俺が地べたに叩きつけてやる!」

金田は反町の挑発に簡単に乗った。
「歯をばきばきにしてやるぜ、覚悟しな!」

金田の鉄拳が反町の頬に激突し、反町の体勢が後ろにそれた。
が、反れただけだ。倒れない。金田はぎょっとなった。


「この程度か?今度はこっちから行くぜ」
反町の腕が伸びた。金田は防御の体勢をとろうとしたが、反町の動きのほうが早かった。
防ぎきれない!
金田は血しぶきを上げながら殴り飛ばされていた。
そのままだったらコンクリートの地面に叩きつけられていただろう。
だが、金田を抱きとめてくれたひとがいた。


「大丈夫か鉄平?」
「木下さん、すみません、俺……木下さんの役に立てなくて」


金田は泣き出した。木下は「もういい、さがってろ」と金田を自分の背後に下がらせた。
「次はおまえが俺の相手をするのか?」
「そうだ。おまえたちの軍事作戦を知りたい」
反町は、「俺に一発でもいれることが出来たら教えてやるよ」と、言うなり即座に攻撃を仕掛けてきた。
凄まじいスピードだった。拳と蹴りがほぼ同時に連続して繰り出された。

「すげえ、やっぱり反町さんは強いぜ。あの野郎防戦一方じゃねえか」
「避けるのが精一杯だぜ。時間の問題だ!」




「おい、もう終わりかよ!もっと楽しませてくれるかと思ったのに、とんだ期待はずれだぜ!」
「おまえ、思ったよりも強いな」
「何を今さら。俺はがっかりだぜ、歯ごたえのある相手を望んでいたんだ」
「そうか、だったら本気をださせてもらっていいよな?」
「何だと?」


防戦一方のはずだった木下の腕が、反町の攻撃をかいくぐって、彼の顔面に直撃した。
「そ、反町さん!」
アスファルトに叩きつけられる直前にクルッと回転して何とか無事に着地はしたがダメージは小さくない。
口の端からどぼどぼと血が流れている。



「さあ約束だ。教えてもらうぞ」
「……俺達はお尋ね者の居場所の候補はある程度絞り込んでいる」

反町はふらふらと立ち上がった。

「……俺の上官の戸川大尉は確率が高い場所を絞り込んで行動なさっている。
この街のように確率が低い場所には部下を送り込み直接乗り込むことはない。
あの方は、そんな無駄なことはしない。
そして、俺達にこう命じられた。『標的がいようがいまいが、せいぜい派手に行動しろ』と」


木下は最初何のことかわからなかった。反町の話は続いた。
「……おまえたちも俺が派手に動いたから行動に出たんだろ?
必ず動く奴がいる。俺はそいつらを待っていた」
鉄平は、「どういうことだ!」と大きく叫んだ。
「まだわからないのかよ。おまえたちはおそらく連中を匿っていたんじゃないのか?」
ここにきて、やっと木下ははっとした。


「素人は怖くないが、連中を匿っているプロは少々厄介だ。
だから、引き離させてもらった。今頃、鎧を失った標的に総攻撃かけているはずだ」




【B組:残り45人】




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