(……私を無人島に閉じ込めるなんて、その間に事を起こすつもりね)

要は詳細を知っているはずだが、決して教えてはくれないだろう。

(徹にあんな事をいうような男だもの。本当にとんでもない人間だわ。
よりにもよって徹に……こんな事なら隼人に連絡すれば良かった)


「おい」
「何よ」
「もしかして俺は余計な事を言ってしまったのか?」
「ええ、そうよ」
「そうか。独断で処理せず瞬に報告すれば良かったな。今からでも――」
「ちょっと待ちなさいよ!」
瞬にとって憎悪の対象である国家側の人間に連絡を取った事が知れたらとんでもない事になる。
「やめて、瞬には言わないでちょうだい」
「だったら良恵」
要は良恵の顎てに手を添えると顔を上に向かせた。


「俺が正しいと認めて二度と逆らわないことだ」
「……本当にいい性格してるわね、あなたって」




鎮魂歌二章―9―




暗闇におぞましい悲鳴が轟いた。何かが、べちゃっと美恵の手の甲にかかった。
「きゃああ!」
ほぼ同時に月岡が絹の裂くような悲鳴を上げる。
美恵ちゃんの手に、血……血がぁ!」
直後にF2の死体が落下。首から大量の血を流し、ぴくぴくと微かに動いている。


「伏せろ鈴原!」

――この声は!


姿を確認しなくてもわかる。


「桐山君……!」


桐山だ、無事に戻ってきてくれたのだ。
「伏せるんだ」
桐山が覆いかぶさるように美恵を地面に伏せさせた。
さらに銃口を空に向け発砲、再び、おぞましい悲鳴が空に響き、もう一体死体が降ってきた。
瞬く間にF2を二匹片づけたというわけだ。
残りのF2は脅威を感じたのか走り去った。
危険は去った。とりあえずは。
しかし美恵は何よりも無事に桐山と再会出来たことが嬉しかった。


「桐山君……良かった」
鈴原は俺が守る。安心してくれていい」
桐山が守ってくれる、それは嬉しい事には違いなかったが、美恵には他に気になる事があった。


鈴原、怪我はなかったか?」
「うん、私は大丈夫よ。それよりも桐山君、貴子が……貴子が危ないの!」














「きゃあ」
小石につまずき転倒しかけた雪子は小さな悲鳴を上げた。
地面に激突しなかったのは、親友・友美子が咄嗟に受け止めてくれたからだ。
「大丈夫、雪子?」
「う、うん。ごめんね、足手まといで……」
雪子は自分が情けなかった。
今は一刻を争う時なのに、自分の足の遅さが皆の足を引っ張っているのは明白だったからだ。
その上、ドジまで踏んでしまった。もう顔も上げられない。


「……杉村君と千草さんもごめんなさい」
「北野のせいじゃない。女の子に、こんな道はきつかったんだ」
杉村は優しい。強面とは似つかわしい内面だと雪子は思った。
「今は急がなきゃいけないわ。雪子、きついけど走れる?」
貴子が質問してきた。
雪子は自信はなかったが意思を表明するために力強くうなずいた。
「そう、良かったわ。さあ急ぐわよ」
貴子は「荷物はあたしが持つから」と雪子の負担を軽くしてくれた。
その気持ちに報いるためにも雪子は再び走った。


入手した情報によって敵の種類や恐ろしさが判明した。
何よりも良樹達に危険が迫っている事を知ってから、まだ時間はたってない。
良樹達に、この事実を教えなければ生死にかかわる。
雪子達が必死になって走っていたのは、その為だった。
勿論、道中で例の化け物と出くわす可能性もあるため、注意に注意を重ねなくてはいけない。




「皆、止まれ!」
杉村が小声で制止を掛けた。全員ほぼ同時に足を止める。
「弘樹、どうしたのよ?」
「前方から何かくる」
雪子はびくっと全身を強張らせた。何かとは2つに1つ。
クラスメイトなら申し分ないが、もう1つの可能性は己の死に直結する。
杉村は「俺が様子見てくるから、ここで待っていてくれ」と言ってきた。
そして、ゆっくりと慎重に歩き出した。


「弘樹、あたしも行くわよ。あんたを1人にはさせないわ」
「貴子、駄目だ」
「もう決めたのよ。さあ行きましょう」


雪子は恐怖で凍りつきながらも、2人のやり取りに感心させられた。
自分から圧倒的な危険に近づこうなんて普通の人間にはとてもできない。
その勇気をもった杉村にも、危険よりも杉村を選択した貴子にも。
自分だったら、きっと女の子だからと言い訳してしまうかもしれない。
きっと2人の間には危険や恐怖など、はるかに超えた強い絆があるのだろう。
家族でもない人間に、そこまで深い信頼や愛情を寄せられるなんて素敵だと雪子は素直に思った。
自分には、そこまで強い想いを持てる男の子なんていないな、とも思った。
七原秋也の事は同じクラスになって以来、ずっと好きだったけどやっぱり何か違う。
でも女の子だったら、そういう存在はいると友美子を見上げた。


「ねえ友美ちゃん。あたし、友美ちゃんの友達で本当に良かった」
「雪子、何言ってるの?」


友美子は不思議そうに見つめてくる。

(本当に本当だよ友美ちゃん。友美ちゃんは一生の友達だよ)

できるなら、この先ずっと年を取っても友達でいたい。
こんな場所で死にたくない。


(神様、お願い。どうか、あの恐ろしい怪物ではありませんように)


雪子は両手を組んで必死に神に祈った。
両親が信じている光輪教の神に。いや、全ての神に。

(無事に帰宅できたら、あたし、もう信仰をさぼったりしません。
だから、あたし達を守ってください。お願いします……お願い!)




「北野、日下、逃げろ!」

杉村が叫んでいた。逃げろと言っている。
それが何を意味しているか察し、雪子は恐怖で引きつった。
「……あ、あぁ」
雪子は固まっていた。逃げようとしても体が動かない。

(ど、どうしよう……動けない、動けない)

「雪子、何してるの。ほら、こっちよ!」
そんな雪子の腕をひっぱり走り出したのは友美子だった。


「早く!」
「ゆ、友美ちゃん……!」


友美子はソフトボール部のエース。
貴子には及ばないまでも素晴らしい脚力を持っていた。
雪子の手を取り全力疾走だ。
頭の中が真っ白だった雪子は、半ば引きずられるようにして友美子と共に必死に走った。
大きな岩を発見すると2人は、その陰に滑り込むように身を潜めた。




「……ゆ、友美ちゃん。杉村君と千草さん、大丈夫かな?」
「わからない」
「そ、そんな……」

どうしよう。2人にもしもの事があったら、見捨てた事になってしまう。
雪子は後悔の念にかられ涙を浮かべた。

「雪子、仕方なかったのよ。それに逃げろと言ったのは杉村君じゃない」
「それは、そうだけど……」

理屈ではわかるが雪子の罪悪感はぬぐえなかった。


「雪子は優しいね。でも大丈夫よ、あの2人は簡単にはやられないわ。
それに、あたし達が逃げ切れたのよ。あの2人が逃げられないわけがないわ」
「……そ、そうだよね。千草さんは陸上部のエースだし、杉村君は凄く強いし」
「そうよ。2人は大丈夫よ」
雪子は心の重荷が少し軽くなった。


「でも友美ちゃん、あたし達、これからどうしたらいいのかな?」


少し安心したせいか、今度は自分達の身の安全が気になった。
それに良樹達の事もある。早く合流して重要な情報を教えないと。
「うん……あたしも、それを考えたんだけど」
常にしっかり者のお姉さん的役割をこなしてくれた友美子。
だが、さすがにこんな状況では簡単に答えは出ないようだ。

「少し様子を見よう。もしかして杉村君や貴子がこっちに来るかもしれないし」
「……うん、そうだね」




2人は、その場に座り込み肩を寄せ合った。
新たな開物が現れるかもしれないという恐怖から会話もできない。
ざわざわと風が木の葉を揺らす不気味な音が暗闇に響いている。
その音が、自分を友美子を死の世界に誘う死神の声にすら聞こえた。


(……あたし達、このまま死んじゃうのかな?)


可能性は低くない。雪子はぎゅっとスカートを握りしめた。

「……友美ちゃん」
「なあに雪子?」
「……あたしね。こんな時に友美ちゃんと一緒で良かった。
怖いけど、辛いけど……でも友美ちゃんがいてくれたから耐えられたの」


こんな時に言うべき言葉じゃないかもしれないけど、雪子は言わずには言えなかった。
もし今、あの怪物に襲われたら永遠に言えなくなる。だから今言っておきたかった。


「あたしも雪子が一緒で良かったと思ってるよ」
「本当?」
「あたし達、小さい時からずっと一緒だったよね」

小学生の頃からいつも隣にはお互いがいた。
性格は全然違うのに、不思議と同じものばかり好きになった。


「……あのね雪子」
友美子が気まずそうに俯いている。
何か言いたくない事があるのだろうと雪子は察した。
「何?言ってみてよ。あたし達、友達じゃない」
「……でも、ね」
「何、言っても驚かないから」
「……じゃあ言うけど」
友美子は本当に言いにくそうだった。そして両手を顔の前で合わせて頭を下げた。


「ごめん雪子。あたしも七原君の事、好きなんだ」


それは雪子にとって驚きの事実だった。
七原に好意を持っている事は、ずっと前から友美子に打ち明けていた。
しかし友美子はそんな事一度も言わなかったからだ。
だが思い返してみれば、七原の話題で盛り上がっている時、何だか友美子は少し不自然な笑みを浮かべていた。
先に七原への想いを告白してしまった自分に気を使って言えなかったのだろう。


「本当にごめん。応援してあげるね、なんて言っておきながら」
「ううん。あたしこそ、気づいてあげられなくてごめんね。
でも友美ちゃんとあたしって、やっぱり気が合うんだね。
だって好きな人まで同じなんだもん」
「そうだね」
友美子はホッとしたように笑っていた。


「あー、すっきりした。たった1人の親友に隠し事なんて、ずっと嫌だったの。
でも、やっと言えた……打ち明けられて本当に良かった」

友美子は今度は少し悲しそうな微笑を浮かべていた。
最後の台詞は、まるで「もう思い残すことはない」と言っているみたいだ。


「……友美ちゃん、あたし達、生きて戻れるよね?」
「あ、当たり前じゃない……!」

友美子はきっぱり断言したが。その語尾には覇気がなかった。














「弘樹、誰か来るわよ!」
「ああ、わかってる。俺の後ろにいろ貴子!」

何かが来る。誰かが走ってくる。
問題は、その後をつける妙な足音が多数聞こえてくることだ。
「誰かが追われているのよ」
「ああ、そうだな」
杉村は、「おまえは逃げろ!」と指示を出した。
しかし貴子は大人しく従うような女ではない。
戦闘態勢に入り、杉村と共に戦う事を選択していた。




「……おまえは馬鹿な女だよ」
「あんたを見捨てるくらいなら馬鹿で結構よ」




杉村はこんな時なのに胸の奥に熱いものがこみ上げてくるのを感じた。
自分の為にここまでしてくれる女は貴子しかいない。
貴子と幼馴染であることは杉村の誇りであり宝だ。


「守るから」

貴子は、貴子だけは守る。俺の手で……!


杉村は例え命と引き換えにしてでもと決意を固めた。
やがて足音は徐々に大きくなっていった。それと共に悲鳴が聞こえた。




「た、助けて……!」


「弘樹、あの声!」
「ああ、あの声は……金井だ!」

金井泉が追われているのだ。危険な状況だが今はまだ生きている。
助けなければ。杉村は猛然と走り出した、貴子も後に続く。


「た、助け……誰か助けて……!」


泉の声がかすれている。
どれだけの距離を走ったのかはわからないが、かなり疲労しているようだ。
早く助けてやらなければクラスメイトの死体と再会する羽目になる。
杉村は走るスピードを上げた。


「いた、金井だ!」
月明かりで泉の姿を確認できた。やはり限界らしく、ふらっと地面に倒れ込んでいる。
その背後から怪物が姿を現した。入手した情報で知ったF1という奴だ。
大きさは小型犬ほどだが、もちろん中身は猛獣よりも凶悪に違いない。
「この野郎!」
杉村は泉に飛び掛かろうとしたF1に飛び蹴りをお見舞いした。
これは体格差がものをいった。F1は何メートルも飛ばされ地面に落下。
しかしダメージは無いらしく、すぐに此方に向かってくる。


「金井、大丈夫か?!」

泉を抱き起こした。やはり随分と体力を消耗している。
F1どもがいっせいに飛び掛かってきた。絶体絶命のピンチだ。
「舐めるんじゃないわよ!」
貴子が叫んでいた。同時に炎がF1達に襲いかかる。
F1は火を恐れる。私物のスプレーを利用して、貴子は即席の火炎放射器で対抗したのだ。
突然の業火に恐れをなしたのかF1達は逃げて行った。
「……助かった」
それが杉村の率直な意見。戦う覚悟はあったが、倒す自信まではなかったのだ。


「……貴子、おまえのおかげで助かったよ」
「そんな事より、泉は大丈夫なの?」
「ああ、疲れているだけで怪我もないみたいだ」
杉村は「歩けるか?」と尋ねてみたが、泉はよほど怖かったのか震えており言葉も上手く出せない。
助かったことにホッとしたのか、へなへなとその場に座り込んでしまった。


「可哀想に……ほら金井、俺につかまれよ」
杉村は泉に背中を向け屈んだ。おぶってやろうというのだ。
すると、ようやく泉が口をきいた。
「でも杉村君に迷惑が……」
「いいから、ほら。俺はでかいし力もあるから金井を背負うくらいなんともないんだぜ」
「ありがとう杉村君」
泉は素直に杉村の申し出を受けた。
「日下と北野はどこに行ったのかな?」
今頃遠くに逃げているだろう2人をまず見つけないといけない。
杉村は歩きながら泉に質問した。


「金井は川田のチームだったよな?川田達はどうした?」
川田は桐山を除けば、このクラスで最も頼りになる男。
いくら未知の生物が相手とはいえ、簡単にやられるとは思えなかった。
「わからない……川田君とは別行動とってたの。
川田君は情報が大事だって主張したんだけど、旗上君は武器を最初に手に入れたいって言って……。
それで二手に分かれて後で合流する事になってたわ。
でも……でも、あいつらが襲ってきて武器を手にするどころか……ううっ」

泉はそれ以上は言葉が出なかった。ただ嗚咽し泣いている。
無理もない。女の子がこんな恐ろしい目にあったのだから。














桐山は切株に腰を降ろし静かに美恵の話に耳を傾けていた。
「では鈴原は千草を助けに行きたいのかな?」
美恵は無言のまま頷いた。
ようやく貴子の居場所を大まかではあるが限定できたのだ。
おぞましい怪物達に殺される前に貴子を助けてやりたい。
桐山は少し考えていた。そして言った。


「千草が死んだら鈴原は嫌なのかな?」
「嫌なんて……そんな言葉じゃ言い表せないわ。私の大事な親友だもの」
「そうか、わかった」
桐山は立ち上がった。
「すぐに行こう。時間がたてば千草はそれだけ移動してしまう」
良かった。桐山は貴子を助けてくれる。


「ありがとう桐山君」
「いいんだ。千草が死ねば鈴原が悲しむ。俺はそれが嫌なんだ」


桐山は手にしていた袋から武器を取り出した。念願の銃火器だ。
それを1つ1つ、仲間達に投げ与えた。
三村はベレッタ、七原はグロック、月岡は9mm拳銃……その金属的な重さは安心感をもたらしてくれる。


「2分で説明書を読んで使い方をマスターしてくれ」
さらに桐山は防弾チョッキを取り出した。
鈴原、これを着ろ。軽量タイプだから大丈夫だ」
見たところ1つしかない。
「それは桐山君が……」
「俺はいい。鈴原が着ろ」
それから桐山はピアノ線を取り出し辺りの木々に引っ掛けだした。
その先端には手榴弾。どうやらピアノ線が引かれるとレバーが外れ爆発する仕組みらしい。
「さっき逃げたF2が仲間を連れて戻ってくるかもしれない」

桐山は抜かりがない。2分がたち、桐山を先頭に一団はその場から離れだした。
その数分後、背後から爆発音が聞こえてきた。














瞬の命令で良恵達は乗車した。
今から港に行き、そこから乗船して無人島に向かうつもりなのだろう。
良恵は、もう止めることも逃げ出すこともできない事を悟った。
要がさりげなく自分を見張っているからだ。
悲劇が起きるかもしれないのに何もできない。良恵は悔しさで拳を握りしめた。


「怜央、最初に言っておく。良恵には絶対に近づくな」
瞬は「おまえなら心配はないと思うが」と言った上で、「絶対にだぞ」と念を押した。
しかし怜央には不要だったようだ。座席の陰に隠れ、怯える目で良恵を見るだけ。
「怜央、何もしないから……」
良恵が優しい口調で声を掛けても、怜央は疑心暗鬼に満ちた眼光を崩そうとしない。
それどころか震えだしているではないか。


「この子と良好な関係を築くのは断念した方が賢明なようだね。
その代わりに俺と仲睦まじくなればいい」


要がさりげなく良恵の肩に腕を回そうとすると、瞬が「触るな!良恵、おまえは助手席だ」と声を荒げる。
「怒る事ないだろう。カルシウム不足か?」
「おまえが怒らせているだけだ」
そんなやりとりが少し続き静かになった。
基本的にどちらも無口な性質なのは不幸中の幸いだろう。


(瞬はこの性格だし、要とは合わないみたいだわ。
今は復讐の為に妥協しているけれど、すぐに破綻しそう。
復讐なんて成就して欲しくはないけれど、かといって瞬達が政府に捕まるのは嫌だわ。
そんな事になったら、きっと裁判なしに処刑されてしまう。
宇佐美にとって瞬達は自分の命を狙う危険な存在、どんな手段を使ってでも消そうとするに決まってる)


その手段とは晃司や秀明を刺客として送り込むのが一番可能性が高い。
肉親同士の殺し合い。想像するだけでぞっとする。


(瞬を止めることもできない……どうしたらいいの?)


何度も考えたが、いい考えは浮かばない。
いい結論がでないうちに港み到着した。
高速艇が用意されている。良恵と怜央は乗船させられた。




「俺は作戦を実行する準備をしなければならない」
瞬は非常に不満そうだった。船の操縦を斗真に任せる事が。
良恵達を島に降ろしたら、すぐに待ち合わせ場所に来い」

(瞬が私達を島に連れに行くんじゃないの?
だったら斗真を説得すれば何とかなるかもしれない)

一筋の光明が見えた。


良恵に余計な事をさせない為に、会話は禁止だ。いいな?」


だが瞬にはお見通しだったようだ。
斗真は斗真で操縦桿を軽く一回叩き、「YES」と意思表示している。


「絶対に会話はするな。全て無視だ、いいな?」


斗真は、また一回叩いた。一筋の光明は細くなり消えかけようとしていた。
良恵は苦虫を潰したような表情を隠さず乗船した。
怜央は船に乗り込むなり、船内の隅に移動し小さくなって怯えている。
やがて高速艇はエンジン音を響かせ港から離れだした。
どのくらい時間が立っただろうか。エンジン音が静かになり、船は弧を描きながら停止した。
月明かりでも、この島が小さい事だけはわかった。
斗真は船からさっそうと降りると手招きしてきた。
すぐに怜央はぱっと船から飛び降り斗真の背後に隠れる。
良恵は周囲を見渡してみたが、他に島らしきものはない。
夜という事もあり小船一つ見えない。


(……ぬかりはないって事ね)

ここを通る船は滅多にないだろう。
他人に偶然助けてもらう可能性に賭けるには時間がない。

(自力で逃げるしかないわ。でも……)

船がなければ……いくら身体能力の優れている良恵でも泳いで逃げるわけにはいかない。


「……痛っ」
後頭部に小さな痛みが走り、ハッとして振り向くと斗真が髪の毛を引っ張っていた。

「何をするのよ」
「降りろ」
「……わかったわよ」

良恵は仕方なく斗真の後について歩き出した。
月光に照らされる黒い水平線は不気味な程、美しかった。




【B組:残り42人】




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