「死体は文句いわないだろう?」
「……」
良恵は言葉もなかった。
(……晃司や秀明で慣れてるはずの私なのに。いえ、さすがは私の身内というべきなのかしら?)
微妙な面で感じる血のつながりに良恵は気が遠くさえなった。
「良恵、おまえはこっちだ」
瞬が強引に良恵の肩を抱き屋内に引きずり込んだ。
「あいつらとはかかわるな。何度も言わせるなよ」
「……瞬、あなた何を考えてるのよ?」
「言う必要はない」
(……本当に何を考えているのかしら?兄妹なのに瞬の事がわからない)
「今夜中に移動する。しばらくおまえとは離れる」
「私を秀明や晃司の元に戻すというの?」
「誰があいつらに返すものか!二度と奴らの名前はだすな!!」
取りつく島もない。
「おまえにはしばらく他人との接触を完全に絶ってもらうだけだ」
「どういう事?」
「言った通りだ。怜央と2人きりになるが、あいつの世話はしなくていい」
鎮魂歌二章―8―
良樹達は順調に進んでいた。
途中、F1がわらわら姿を現したが火を怖がって遠巻きに見てるだけだ。
ここまでは予定通り。銃を使うこともなく進めた、問題はこれから先だ。
「よし、そろそろ火を消すぞ」
「川田、待てよ。あいつらが襲ってくるじゃないか」
F1の群れは一定の距離を保ちつつ去ってはいない。
今も風に乗ってザワザワと不気味な音が聞こえてくる。あれは間違いなくF1の足音だ。
「火を消したら全速力で駆け抜けるぞ」
「……しょうがないな」
良樹は、「ちょっと待ってくれ」と枯れ枝や落葉を集め出した。
「よし走るぞ」
松明を落葉の山に放り投げ即席の焚火を作り全力疾走。
すぐにF1も動き出したが、焚火を怖がって足止め状態だ。
「今のうちに、さっさと目的地まで突っ走るぞ!」
問題のF3に見つからないうちに、この危険地帯から抜け出さすのだ。
「うおっ!」
ところが、その急がなくてはならない時に沼井が盛大に転倒した。
「沼井、何してんだよ!」
「な、何って……でかい岩につまづいて」
「大丈夫かよ。ほら立てよ」
沼井は頭を打ったらしく痛そうに頭部を抱えている。
「……おい、お2人さん」
川田の語尾が僅かにおかしい。
良樹と沼井は、もう一度岩を見た。よく見ると岩ではない。
岩ではない、人間だ。しかも、その顔は沼井にとって馴染み深いものだった。
「……嘘だろ?」
小柄な風体。容貌は粗暴で品がないが、根はいい奴、それが沼井にとっての人物評だった。
「ひ、博!」
黒長だ。黒長博だった。
沼井は慌てて黒長を抱きかかえた。その顔は恐怖で引きつり、出血が生々しい。
「しっかりしろ!」
「……み、充。こ、怖いよ、俺、死ぬのが怖い……怖い」
「馬鹿なこと言うなよ。おまえが死ぬわけねえだろ!」
沼井は必死に励ましている。しかし良樹は、それは気休めでしかない事に気付いていた。
黒長は首から出血している。大量の血液が静かに地面に染み込んでいたのだ。
素人目から見ても、それは死に至るに十分すぎる量に見えた。
川田が屈み、そっと黒長の首筋に指を添えた。
どうやら脈拍を見ているようだ。黒長の呼吸、目、あらゆるものを観察している。
タオルを切り裂いて止血処置をとったが、残念そうに頭を左右に振った。
その様子から時間の問題だということは容易に想像がついた。
良樹は黒長に同情しつつ、優先しなければいけない事を尋ねる事にした。
「黒長、喋れるか?」
今の黒長にとっては会話だけでも重労働だろう。
沼井が恨みがましい目で良樹を睨んでくる。
「何があった?金井や榊達はどうした、無事なのか?」
「……わ、わかんねえ……で、でも俺が襲われた時はまだ無事だった……と思う」
黒長は途切れ途切れながらも語りだした。
「うわああ!!化け物だあ、助けてくれー!!」
黒長は走った。全力疾走だ。
化け物が出た、化け物だ。幻覚でも作りものでもない、正真正銘なリアルな化け物だ。
誰もが散り散りになって走っていた。
ただ恐怖から逃れることに頭がいっぱいで、誰がどの方向に逃げたなど把握できない。
しかし黒長は泉と同じ方向に逃げていた。
リレーの選手に選ばれた事もあって泉はなかなかの俊足だった。
それでも化け物は追ってくる。
人間よりはるかに小さいのに、そのスピードは人間以上だ。
持久力も凄い。黒長は呼吸が苦しくなってきているというのに、化け物は全くスピードが衰えない。
そして、ついに黒長は襲われた。背中に飛びつかれた感覚があったのだ。
その勢いで黒長は前のめりになって地面に倒れた。
「た、助け……!助けてくれえー!!」
それは渾身の力を込めた絶叫だった。
その悲痛な叫びに仲間達が一瞬こちらを振り向いた。
黒長は自分の救助を期待したが、それは幻想に過ぎないことをすぐにしった。
まず最初に旗上が動いた。野球部で鍛えた脚であっという間に走り去った。
「い、行かないでくれよ!」
悲しい叫びも旗上には届かない。旗上の背中はすぐに見えなくなった。
「た、頼む。助けてくれ、こいつをとってくれ!!」
黒長は泉と祐子に助けを求めた。2人は恐怖で躊躇している。
だが祐子目掛けて化け物がジャンプした瞬間、躊躇は一瞬で逃走の決意に変化した。
「た、助けて!」
祐子は恐怖で頭がパニックになったらしく、黒長以上の絶叫を披露しながら暗闇に消えた。
「く、黒長君……!」
泉は勇気を振り絞り拳大の石を拾い上げ化け物目掛けて投げた。
化け物が放つ赤い眼光が真っ直ぐ泉に向けられた。
「……ひっ」
泉が小さい悲鳴を上げた。化け物が泉に向かってジャンプしたのだ。
「きゃああ!!」
泉は慌てて走った。化け物が蜘蛛のような脚を素早く動かして、その後を追っていく。
「か、金井!」
自分のせいで泉が殺されてしまう。
黒長はすぐに追いかけようとしたが、木の上から別の個体が飛び掛かってきた。
今度は首筋に飛びつかれた。その瞬間、ぶすっと何かが首に食い込んだ。
痛みはなかった。ただ体が動かなくなり、その場にうずくまるように倒れ込んだのだ。
薄れゆく意識の中、遠くに泉の悲鳴が聞こえた。
そこで黒長は完全に精神の糸をが切れた――。
「じゃあ金井もやられたのかよ!?」
「……わ、わかんねえ……お、俺……」
沼井はさらに詳細を聞こうとしたが、川田がそれを制した。
「これ以上は無理だ」
黒長の顔色はどんどんどす黒くなり、もはや口もきけなかった。
ただ震える手を持ち上げ必死に指をさしている。
「あっちに逃げたんだな……わかったよ博」
黒長の手がぽとんと地面に落ちた。ひゅーひゅーと呼吸が口から洩れている。
やがて黒長は完全に動かなくなった。
川田は黒長の手首を手に取り、「残念だ」と一言だけ言った。
沼井は声を殺して泣いた。
不良の劣等生としてお世辞にも好かれていない黒長だったが、沼井にとっては友達だったのだ。
「沼井、気持ちはわかるけど今は生きている奴優先だ」
良樹は先を急ぐことを要求した。
「そ、そうだな……金井を助けてやらねえと死体が増えるだけだ」
「不幸中の幸いだ。金井が逃げた方角は俺達の行先と同じルート」
「よし急ごう。近くに死体がないんだ、きっとまだ金井は生きている」
「そうと決まれば急ぐぞお2人さん。この先がどんな場所か知っているだろう?」
良樹と沼井は重要な事を思いだした。
これから先はF3と呼ばれる今まで見てきた化け物より格上の棲息地。
武器も持たないか弱い女の子の泉などひとたまりもない。
「す、すぐに出発しよう!」
沼井は慌てて走り出した。良樹と川田も、その後に続いた。
美恵達はじっと洞窟の奥で息をひそめていた。
今のところ異常はない。ひたすら桐山の無事を祈り待っていた。
(……7時。桐山君、早く戻ってきて)
怪物が解き放たれて、すでに1時間以上たっている。
(例の怪物はもうそこら中にいるわ。X印を避けたって危険は避けられないわよね)
バリゲートをしいた入り口を見つめているが、桐山が戻ってくる気配は微塵もない。
(……あら?)
気のせいだろうか。外から何か物音が聞こえた。
聴覚に神経を集中させるとまた聞こえた。今度は気のせいではない。
もしかして桐山だろうか?
美恵は立ち上がると物音を出さず、ゆっくりと入り口に近づいた。
「美恵ちゃん、どうしたのよ?」
月岡が声を掛けてきたので、美恵は慌てて人差し指を唇に当て静かにするよう促した。
すると月岡はそっと近づいてきて、今度は小声で訊ねてきた。
「外から物音がするのよ。足音みたいなんだけど」
「まあ、桐山君かしら?」
それならベストだが、もう一つの可能性も捨て去ることはできない。
「例の化け物だったらまずいわ。三村くーん、武器スタンバイスタンバイ」
月岡が手振りで指示を出すと三村はすぐに松明を手にした。
「じゃあ美恵ちゃん、あなたは下がって。アタシが外の様子を確認するから」
月岡がバリゲートの隙間から外を伺おうとしたその時だ。
突然、バリゲートを突き破って腕が伸びてきた。
「きゃああ!!」
月岡の絹を裂くような悲鳴。その腕は明らかに人間の物ではない。
「つ、月岡君!」
「さ、下がって。下がるのよ美恵ちゃん!」
バリゲードが破壊された。そして化け物が姿を現した。
恐竜のような巨大な爬虫類。F2と呼ばれる危険生物だ、間違いない。
「み、三村君……三村君、火を……!」
「もう用意してるぞ!」
松明が赤々と炎をともしている。F2は動物の本能からか火を恐れて近づこうとしない。
かといって立ち去るつもりもないらしい。
眼爛々とじっと此方を見据え、その大きな口の端から涎が流れている。
言葉など通用しなくてもわかる。奴にとって自分達は『餌』でしかないということに。
「畜生、ここから消えろ。あっち行けよ!!」
七原が松明を手に俄然と立ち向かっていった。
「馬鹿野郎、七原!迂闊な行動をとるな!!」
三村の警告も遅かった。
七原の行動に刺激されたF2が、おぞましい唸り声と共に大きく飛び上がっていた。
「……うっ」
七原は動けなかった。蛇に睨まれた蛙のように立ちすくんだのだ。
F2の巨大なカギ爪が七原を襲う。
「危ない七原!」
三村が七原にタックル。F2の攻撃をギリギリかわした。
「わるい三村」
「謝罪は後だ。逃げるんだ七原、おまえ達も早くこっちに来い!」
美恵達も一斉に洞窟から飛び出した。
「よし走るぞ、全力疾走だ!」
「待って三村君、まだ滝口君が……!」
「何だと!?」
滝口が洞窟の中で倒れている。突然のF2の登場に怖気づき足を躓いたのだ。
逃げ遅れた者は獲物となる。F2はゆっくりと滝口の元に歩み寄った。
「滝口君、立って!」
駄目だ、滝口は完全に恐怖で凍りついている。
「あ、あのバカ……鈴原、おまえ達は先に逃げろ!」
三村は猛ダッシュしながら小石をF2の後頭部にぶつけた。
「こっちだ、さあ来い!」
F2の視線が滝口から三村に移行。F2が三村を追走しだした。
三村はB組きっての俊足だが相手は野生動物、さすがに早い。
しかも大ジャンプを決め、一瞬に三村を飛越し行く手を塞いだ。
「畜生!」
三村は素早くそばにあった木に登った。
いくら凶暴な猛獣でも枝が邪魔してジャンプしても獲物には到達しないはず。
そして体の構造上、F2は木登りはできないだろうと三村は考えたのだ。
しかし、これでは逃げることも出来ない。
「きゃああ三村君、アタシの為に身を犠牲にするなんてー!!
アタシ、忘れない。アタシの為に身を投げ出したあなたの勇気と愛を!」
月岡は感激しながらも実利を優先する事を忘れてない。
美恵の手を握ると「さあ美恵ちゃん、今のうちよ」と走り出した。
「でも月岡君、三村君が!」
「しょうがないわよ。三村君も大事だけど自分の身はもっと大事なんだものぉー!」
「異議なし!」
光子も歩調をそろえ並走していた。
「お、おい待てよ、三村を……!」
七原の叫びも今や月岡や光子の耳には届かない。
だが仲間を見捨てての逃亡がうまくいくほど世の中は甘くない。
美恵達の前にF2がもう一匹出現したのだ。
「鈴原……しまった!」
三村は美恵を守るべく、すぐに駆けつけようとしたが下からF2が睨んでくる。
「駄目だ間に合わない。七原、月岡、おまえら男なら体張って鈴原を守れ!」
「言われるまでもないぜ!」
七原は美恵の盾になるべく、その前に飛び出し両腕を広げた。
「美恵さん、俺が戦っているうちに逃げるんだ、早く!」
「きゃあ七原君、よく言ったわ。ヅキ感激ぃ!」
「あなたちょっとだけ素敵だったわ。あたし、あなたの事忘れないわよ!」
月岡と光子は美恵の手を引いて方向転換。そのままスピードを上げた。
「光子、月岡君、七原君が……!」
「「いいのよ。本望なんだから!!」」
「そ、それに滝口君と瀬戸君がまだ」
「「いいのよ。どうせ逃げ切れないんだから!!」」
月岡と光子に罪悪感はない。
なぜなら男が女を守るのは古代からの使命なのだ。
それに殉じさせてやっているのだから、むしろ感謝してしかるべきだとすら思っていた。
こうして三村、七原、豊、滝口を犠牲にして逃亡成功!
「ま、待ってよ2人とも、今すぐ止まって!」
「「駄目よ、彼らの命を無駄にしない為にも逃げ切らなきゃ!」」
「止まってよ!!」
普段は大人しく温厚な美恵の剣幕に、さすがの2人も急ストップ。
「「ど、どうしたのよ?」」
「ま、前……前を見て!」
「「前?」」
暗闇の中、かすかに岩の輪郭が見える。
ところが、よく目を凝らして見ると、その岩が動いたのだ。
「「あら?」」
「岩じゃないわ。あの化け物よ!」
岩が大ジャンプ。月光を背にしたシルエットは、まさしくあのF2だった。
冗談じゃないとばかりに3人は逆方向に走る。
「鈴原、何で戻ってきたんだ!」
「三村君、私達、囲まれているわ。逃げられない!」
「な、何だと!?」
絶望的な状況だった。前、左右ともにF2が立ちはだかり背後は岩壁だ。
絶体絶命とはまさにこの事。後は時間の問題だ。
じりじりと距離を縮めるF2。そしてついに3匹が一斉に美恵に襲いかかった。
「鈴原ー!!」
誰もが最悪の状況を連想して目の前が真っ暗になった。
その時、銃声が空気を切り裂いた――。
『大尉、本当に水島中佐の命令を無視なさるおつもりですか?』
「くどい!俺は多忙なんだ、水島なんかの命令なんか知った事じゃないね」
ただでさえ良恵の行方がわからずいらついている時に水島に従うなど徹にとっては愚行に過ぎない。
部下の忠告も騒音にしか聞こえないほどだ。
「これ以上、俺を怒らせてみなよ。どうなるかたっぷり教えてやるかい?」
『い、いえ……!僭越でした、二度といたしません!!』
「わかればいいんだよ」
徹は一方的に携帯電話の通話ボタンを切った。
ところが、その直後に着信音だ。むかつきながらも画面を見ると『非通知』の文字。
「どこの誰だい!海軍の人間なら言っておく、俺はあんな下種の命令なんか絶対に――」
『徹、私よ』
不機嫌極まりなかった徹の表情が一瞬で変化した。
最初は凍りついたように硬直していたが、すぐに柔らかくなっていった。
「良恵!」
その口調は今までのような冷酷なものではない。
熱のこもった優しいものだった。
「良恵、無事なんだね?あいつに酷い事はされてないかい?」
『ええ大丈夫よ』
徹は心底ほっとした。
いくら復讐の鬼と化したⅩ6といえど良恵に危害を加えないとは思っていた。
しかし人間という奴は状況によって途端に心理が変化する。
カッとなった瞬が良恵に何もしないとは言い切れない。徹はそれが心配だった。
『私には優しいから……それだけは安心して』
「……何だって、優しい?」
徹の目に殺意がこもったが、電話越しの良恵には知る由もない。
良恵の無事を願っていたはずなのに、妙な怒りが湧いてくる。
恋愛経験が少ない徹にとっては、あまりにも複雑な心理だった。
『それより徹、あなたに聞きたい事があるの。最近、そっちで何か特別な動きはなかった?』
「特別な動き?」
『ええ、何でもいいわ。あったら教えて欲しいの、私があなたに連絡を取ったことは内緒で』
「俺と君だけの秘密だね」
そんな些細な事で徹は何だか満足感を覚えた。
しかし、徹の目的はあくまで良恵の身柄の保護。
「良恵、そんな事から君を救い出した後でいくらでも話すよ。
今どこにいるんだい?すぐに助けに行くから現在位置を教えてくれないか」
『ごめんなさい、それは出来ないわ』
「君の立場はわかるよ。俺とⅩ6の間で争いが起きることを心配しているんだね。
でも安心してくれ。敵とはいえⅩ6は君の大切なひとだ。
大事な君を悲しませるような事は絶対にしないよ。だから教えてくれ」
――良恵を救い出したら影でこっそり始末してやるさ
「俺を信じてほしい。約束するよ」
『ごめんなさい徹……あなたの事は信じてる。でも瞬は違うのよ。
きっと、あなたに危害を加えようとするわ』
――良恵、正解だよ。実際に俺は殺されかけたんだ。
『だから私の保護なんて考えないで。お願いだから教えて欲しい……あっ』
「良恵、どうしたんだい!?」
嫌な予感が徹の脳裏を駆け巡った。
『徹、ごめんなさい』
いつもの良恵の声だ。徹はホッとした。
「いいんだよ良恵、それより君の居場所を――」
『ごめんなさい。他に好きなひとができたの』
――今、何て言った?
『だから、あなたを愛せない。もう私の事は忘れて、さようなら』
「良恵、何を言ってるんだ!」
返事はない。ただ電話の向こうで何か争っているような雑音だけが聞こえた。
「良恵、良恵、どうしたんだい?何か言ってくれ!」
『やめて要――』
そこで通話が途切れた。
「……要?」
数秒後、徹はそばにあった壁に拳大の穴を空けていた。
「要、どういうつもりなの!」
良恵は要に奪われた携帯電話を取り戻そうと必死に腕を伸ばした。
しかし要は携帯電話を手にした腕を高々と上げている。
身長差がある以上、これでは取り戻せない。
「返してよ!」
「返す?」
要は携帯電話を逆に折り返した。
当然のごとくバキッと鈍い音がして小型の精密機械は役に立たなくなった。
「何をするのよ」
「返せって言ったじゃないか」
この男に抗議は馬の耳に念仏だ。
壊された携帯電話の事はもういい。問題は先ほどの会話の方だ。
「ああ、言い忘れていたな。声帯模写は俺の特技の一つなんだ」
「徹に、あんな嘘を吹き込むなんてどういうつもりよ!」
「嘘が嫌なら事実にすればいいじゃないか」
「ふざけないでよ!」
「ふざける?俺達に黙ってこっそり敵と連絡をとるのはふざけた行為じゃないのかい?」
良恵は弱味をつかれ思わず要から視線を逸らした。
「瞬に言ったらどうなるかな?」
「……あなたって本当にいい性格してるわね」
「褒めてくれるのかい?」
「嫌味で言ってるのよ!」
「……あれは」
視線を感じ振り向くと家具の隙間から怜央が此方を見つめていた。
「部屋から出てきたのね。ほら、こっちにいらっしゃい」
声をかけた途端、怜央はダッシュで姿を消した。
「……随分、嫌われたようね」
「だから瞬もあいつとなら2人きりにしてもいいと判断したんだろう」
2人きり……外部との接触禁止……瞬は自分をどうするつもりなんだろう?
「あなた何か聞いてない?」
「ああ知ってるよ」
「教えてちょうだい」
「無人島に置き去りにするのさ」
無人島!
「全て終わったら迎えに行く。それまで大人しくしてもらう、それが瞬の考えだ」
【B組:残り42人】
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