良恵はカーテンを少し持ち上げ、すっかり暗くなった外を見た。
(……あれは)
人影が見える。ややボサボサなセミロング、あれは確かⅩ3だ。
何をしているのだろう?
気になった良恵は上着を羽織り慌てて外に出た。
彼は何もするのでもなく、ただ暗闇を見つめている。


「響介……!」


彼はちらっと一瞬だけ此方に振り返ったが、すぐに目線を前に戻した。
「響介……だったわよね。そう呼んでも構わないかしら?」
返事はない。人とのコミュニケーションが皆無な生き方をしてきたから無理もない。
辺りを見渡したが瞬の姿はない。要と2人きりで話し合いをしているのだ。


「私の事は良恵でいいわ。いとこなんだから仲良くしましょう」
「うるさい。馬鹿野郎」
「あのね……その台詞はもういいのよ」




鎮魂歌二章―7―




雨宮君、どうしたんだよ!」
「危険なんだ、貴子さんが、杉村が!早く戻らないと……!」

良樹は立ち止ると地図を確認。杉村達が向かった場所への近道のそばに……X印がある!
(まずいな。けど安全ルートまわってたんじゃ時間がかかる)
良樹は決断しなければいけなかった。
自分1人ならいいが豊や滝口を巻き込むわけにはいかない。


「2人とも時間がないから俺の話を聞いて、すぐに決断してくれ!」


「な、何?」
「怖いよ雨宮君」
事情が呑み込めない2人はおどおどしている。
良樹は黒いX印の意味を教えた。2人とも顔面蒼白になっている。
さらに仲間を守るためにいち早く武器を持って助けに行く必要性を説いた。
化け物がいるかもしれない区域を横断する危険性込みで。
2人はさらに青白くなった。滝口など両足がガタガタ震え今にも尻餅をつきそうだった。


「俺はいかなくちゃいけない」
良樹は手に入れた銃を一丁ずつ2人に渡した。
「でも、おまえ達に俺と付き合えなんて言えない。だから、おまえ達自身の意志で決めてくれ。
俺は最短ルートを行く。おまえ達どうする?」
突然、究極の選択を迫られ当然だが2人は狼狽した。

「こんな自殺行為、断って当然だ。だから無理して俺に付き合わなくていい。
おまえ達は最初の待ち合わせ場所で待っててくれていい。
だが、もし俺と一緒に来てくれるのなら――」
「お、俺、行くよ!」
「俺も!どうせ、どこに居たって危険なんだ。だったら皆一緒の方がいい!」

お世辞にも強者といえない2人の意外な勇気に良樹は内心感動した。
だからといって目頭を熱くするほどの余裕もない。

「よし、すぐに行こう!」




「ちょっと待ちな。こういっちゃなんだが、そのお2人さんには荷が重すぎるぜ」




「その声は……」
暗闇から月明かりの下に移動した2つのシルエット。
「か、川田!それに沼井、2人とも無事だったんだな、良かった……!」
良樹の重苦しい表情が一気に軽くなった。頼りになる仲間が増えたのだ、当然だろう。
「俺達も同行させてもらいたいんだが、かまわないか?」
NOだという理由はない。良樹の方から頼みたいくらいだった。


「助かったよ川田。おまえがいてくれたら百人力だ」
「なあに、こっちも丸腰で不安な身の上でな。おまえさん達は武器を手に入れたんだろう?
一緒にいてもらえれば生き残る可能性がぐんとあがる。助かったのはこっちの方だ」
それから川田は時間がないので簡単に自分達のこれまでの足取りと経緯を説明した。
有力な情報をゲットしたことも。
「滝口と瀬戸は連れて行かないほうがいい。杉村達を助けるに一刻を争う時だ。
こんな事を言うのは失礼だが2人は足手まといになる」
確かに2人は体格も小柄で身体能力も標準以下だ。
酷なようだが川田の言うとおり足手まといにはなっても、助力となる可能性は低い。
無理に危険地帯に連れ込めば、杉村達を助けにいくどころか死体を作ってしまうだろう。


「2人はなるべく安全な場所に避難することを勧める。どうだ?」
「……そうだな。武器を置いていくから、2人は待っててくれ。
でも、ここに安全な場所なんかあるのかよ?」
その言葉を予想していたのか川田は地図を広げた。
「地図には載ってないが、この近くには洞窟があるんだ。ここだ」
川田の所持している地図には赤ペンで○印がついていた。
「情報を優先した結果だ。もちろん100%安全じゃあないが、当てもなくうろうろしているよりはいいだろう」
幸いにも距離が近い上に、その周囲にはX印がない。
これなら滝口と豊の2人だけでも何とかなるだろう。

「よし決まりだ。いいか2人とも、後で必ず迎えに行くから大人しく待っててくれよ」
「うん、わかった」
「3人とも気を付けてね!」




豊と滝口が走り去る姿を確認し、3人は即座に行動を起こした。
良樹を先頭に3人は走り出した。
ただ走るだけではなく苦労して物音をださないようにしながらだ。
「川田、この危険地帯を一番確実に素早く通り抜ける知恵はないか?」
良樹は期待を込めた目で川田に訊ねた。
「そうだな。俺が得た情報が正しいならば、方法がないわけじゃない」
川田はいったん立ち止まり、手ごろな枝を根元から折った。
それに切り裂いた布を巻き付け私物のライターで火をつけ即席の松明を作った。


「奴らは火を恐れるらしい。これを持って駆け抜けよう」
「そうか。良かった」
「話は最後まで聞け」
川田は難しい表情を見せた。
「情報通りなら、しばらくはF1という化け物の庭だ。あいつらには火が効く。
だが、500メートルほど先には……F3という化け物の出入り口がある。
そいつには火は通用しない。だから火のご加護はそこで終わりと思ってくれ」














(神様、どうか桐山君を守ってください)
美恵は必死になって祈った。
美恵ちゃん、大丈夫よ。アタシ達のボスは殺しても死なないような男なんだから」
月岡は自信満々に言った。おかげで美恵も救われた。
「ありがとう月岡君。あのね、桐山君が戻った後の事なんだけど」
美恵は地図を広げ懐中電灯で照らした。
桐山と合流した後の事を今から計画をたてておく必要がある。
それは三村も考えていた事だった。


「俺の考えを言ってもいいか?」
三村が地図の黄色の印を指差した。
「情報、武器となったら次は食料やサバイバル用品だ。
俺はここに行こうと思うんだが、どうだ?」
「待ってちょうだい三村君。それなら、こっちの方が近いじゃない」
月岡が指差した印、確かに三村が提案した場所よりもずっと近い。
「ああ、わかってる。でも、そのそばを見ろよ」
黒い×印がある。三村は危険はなるべく避けたかったのだ。


「でも三村君、桐山君が武器を手に入れれば、私達だって戦えるのよ」
「そうかもしれない。このゲームのルールが敵を殲滅するって事なら、俺も戦うことを選択するぜ。
けど、よく考えてみてくれ。俺達は24時間生き残る事が勝利の条件なんだ。
だったら奴らとの戦闘はなるべく避けた方がいい」
三村の意見はもっともだ。しかし美恵には一つ気になる事があった。
「でも三村君、敵は1か所にとどまるわけじゃないんでしょう?
あいつらの活動範囲がどのくらいかわからないけど、X印の周囲だけにとどまるとは思えない。
きっと動き回っていると思うわ。時間がたてばたつほどね。
そうなるとX印はあまり意味を持たなくなると思う。
この場所のどこだろうと奴らがいると考えた方がいいと思うの。
もちろん、桐山君が早く戻れば三村君の案が一番だと思うけど」
美恵の意見はもっともだった。
か弱い女の子だと思っていたが、なかなかどうしてしっかりしていると三村は思った。
「惚れ直したぜ」と言ってやりたいくらいだ。こんな時で無ければ。




鈴原の言うとおりだ。桐山が戻ってくる時間も計算してプランをいくつも練っておこう。
桐山は疲れているだろうから休憩時間も計算にいれないとな。まずは――」
三村が突然台詞を中断した。

「三村君、どうしたの?」
「喋るな。外に何かいる!」

全員が緊張した。一瞬で空気が凍りつく。
「いいか、声はなるべくだすな。小声で話せよ」
三村は用意しておいた松明を手にすると、それを全員に配った。

「俺が外の様子を見てくる。いいか、動くなよ」

三村は一歩ずつゆっくりと入り口に向かって進んだ。
そしてカモフラージュとして積み重ねた枝の隙間から外の様子を伺った。


「おい三村……」
七原が心配そうな目つきで近づこうとすると、三村は手振りで「来るな!」と厳命する。
ついに決戦かと誰もが最悪の事態を想像した。
だが険しい表情をしていた三村の様子が徐々に軟化してゆく。
硬直した筋肉がほぐれ強張った肩をおろしホッとしているではないか。
三村は外に向かって「こっちだ」と小声で話しかけている。
やがて外の方から「シンジ、シンジなの?」と声が聞こえてきた。
それは美恵にとっても馴染み深い声だった。豊だ。
「嘘?本当に三村君なの?」
今度は滝口の声が聞こえてきた。豊と滝口だ。
2人は貴子と同じグループ。美恵は期待を込めて入り口に近づいた。


「貴子!貴子、私よ、美恵よ!」


会いたい会いたいと思っていた親友。
しかし、それに反し豊が申し訳なさそうな口調で返事をしてきた。

「ごめん美恵さん。俺達、千草さんとは別行動とってるんだ」
「……え、そんな」

期待した分、美恵の落胆は大きかった。だが今は2人を中に入れることが優先だ。
周囲に気を配りながら2人を保護すると、美恵は詳しい話を求めた。




「……そうだったの」
全てを聞き終えた美恵は落胆しながらも、貴子達には希望がある事を知りほっとした。
良樹や川田がきっと武器を手に貴子達の元に駆けつけてくれる。
きっと貴子は大丈夫だ。そして、それを前提に新たなプランを練った。
三村は2人から貴子達の現在位置などを把握した。

「ここか……桐山が戻ってから、すぐに駆けつけても」
「三村君、貴子達とは何が何でも合流したいわ」
「わかってる。わかってるよ」

三村はずっと地図と睨めっこをしていた。メモ用紙に時間や距離を何度も書き込み計算した。
だが、そんなものは机上のものに過ぎない。
全ては桐山がいつ戻ってくるかにかかっていた。














「……良恵と呼べばいいんだな?」
「ええ」
良かった、ようやく会話らしい話ができると良恵は内心喜んだ。
「いとこなんだから仲良くしましょう」
「なぜだ?」
しかし一瞬で期待は折れそうになった。やはり一筋縄ではいかない。
「……なぜって肉親だもの。私達は数少ない家族じゃない」
「瞬はⅩ4やⅩ5は敵だ、殺せと言っていたぞ。あいつらも肉親だ、その違いがわからない」
「……瞬は」


良恵は説明しようとしたが上手く言葉がでない。
瞬も晃司も秀明も良恵にとってはかけがえのない大切な存在だ。家族だ。
その家族同士が殺し合いをしようとしている、自分にとってはどちらも家族、でも瞬にとっては敵。
この複雑な人間関係を、出会ったばかりの響介に何と言ったらいい?


「どうして黙っている?」
上手く説明できない。

だから良恵は、それが感情論に過ぎない事でも正直に己の気持ちをいう事にした。


「私が仲良くしたいの」
「なぜだ?」


「あなた達の事が好きだからよ。家族だもの……私にとっては数少ない大切な」


響介はまだ納得できないようだったが、それ以上は質問もしてこなかった。
「瞬はおまえに近づくなと言っている」
「私は瞬の所有物じゃないわ。そんな事は気にしなくていいのよ」
「そうか。何をしてもかまわないのか」
それは実に奇妙な会話だった。一般人が見たら、「何て会話だ」と思うだろう。
「寒いから中に入りましょう」
そう促すと響介は玄関に向かって歩き出した。


(素直ないい子じゃない。あ……彼の方が年上なんだから、子供扱いは失礼よね)


最初はどうなる事かと思ったけど、少しずつコミュニケーションを取れば良好な関係になれると良恵は思った。
瞬は強情な性格だ。いくら説得したところで復讐をやめるとは思えない。
だが彼等が復讐に参加しなければ瞬は諦めざるを得なくなるかもしれない。
例え可能性が低いとしても、良恵は、そう願わずにはおれなかった。




響介が立ち止った。見ると玄関のドアに背もたれして斗真が腕を組んで立っている。
気配は全く感じなかった。いつからいたのだろう?
「……何だ?」
響介が言葉を掛けると、斗真はリビングルームの方を指差した。
「何が言いたい?」
響介が質問を重ねると、斗真はいきなり無言のまま、良恵に人差し指を突き付けた。
その冷たい視線には何の感情も込められていない。
「関わるなってことか?」
斗真は玄関の扉を1回叩いた。
「そうか」


(え、どういう事?)


良恵には何がなんだかさっぱりだったが、いい感情を持たれてないらしいとは感じた。
良恵は瞬の私物じゃないそうだ」
斗真は怪訝そうに僅かに眉を歪ませた。
「だから瞬のいうことは気にしなくてもいいだよな?」
響介は良恵に念を押してきた。
「ええ、そうよ」
「そういうことだ。どんな扱いをしようと勝手なんだ、だから要も自由に触っていただろう。
おまえも触りたければ好きにしていい。何しても自由なんだとよ」
「……あの、それはちょっと……いえ、だいぶ解釈間違っているけど」
Ⅹシリーズ慣れしているとはいえ、さすがの良恵も少々頭が痛くなってきた。
斗真は再びリビングルームを指差した。


「おまえは瞬の言い分を優先するのか?」
斗真は再び玄関のドアを1回叩いた。
良恵を触らないのか?」
今度は玄関のドアが2回叩かれた。
「だったら自由にしろ」
そのやりとりを見ていた良恵は、何となく斗真の事がわかった。
つまり斗真は面倒な事が嫌いな性格なのだ。
瞬と良恵とでは、どちらを怒らせるが厄介なのかもわかっている。
指差していたのはリビングルームではなく、その中にいる瞬だった。
瞬が禁止しているに良恵に近づいたことを指摘して余計なことはするなと言いたかったのだろう。
ドアを叩いたのは自分の意志を表現したのだ。
1回叩くのは『YES』、2回叩けば『NO』という意味があったのだろう。
赤ん坊の頃から一緒にいる響介には、そのジェスチャーだけで斗真との意思疎通ができるのだ。


(でも、どうして……もしかして斗真は口がきけないの?)


斗真の声を一度も聞いてない。
「響介、あの……」
「何だ?」
聞いてみていいのだろうか?
肉親とはいえ自分は出会ったばかりの人間、赤の他人も同然だ。
良恵は躊躇した。何よりも斗真は自分とのかかわりを拒否している。




「何だ、あれは?」
「え?」

はるか遠くに光が見える。まるで虫の集団のようにいくつも点々と。
それがバイクのヘッドライトだと気づいたのは騒々しいエンジン音がはっきり聞こえだしたからだ。
こんな閑散とした場所に暴走族なんて、あまりにも不似合だと思うと同時に良恵は嫌な予感がした。
「響介、中に入って。斗真、あなたもよ」
2人を一般人に見られてはならない。それも、あんな目立つ連中に。
「うるさい、馬鹿野郎」
ところが響介は興味があるのか断ってきた。しかも瞬が教えた台詞で。
「いいから私を信じて中に入って」


自分でも意味不明な事を言っていると思う。
しかし彼等が普通の人間ではない以上、例え可能性が低くても肉親の情に縋るしか良恵には策がなかった。
そんなやり取りをしているうちに暴走族が来てしまった。
このまま何事もなく通り過ぎて欲しいと願ったが、それは無駄だった。
彼等はバイクを止め、じろじろと此方を見てきたのだ。
良恵は目を合わせないように顔を背けたが、良恵の美しい容姿は横顔でも十分目立つものだった。


「女だ。ひゅー、すげえ美人」
暴走族ははやし立てる声を次々にあげた。響介の眉が不快そうに歪んだのを良恵は見逃さなかった。
(や、やっぱり……Ⅹシリーズの人間だけあって、ああいううるさいのは嫌なんだわ)
響介には常識もなければ、良心という概念すらない。
何をしでかすかわからない危険がある。
(お願いだから、さっさと立ち去ってちょうだい)
そんな良恵の健気な願いを打ち砕くかのように、暴走族がさらに大声を掛けてきた。


「よー彼女、俺達と遊ばないか?来いよ、クールなバイクに乗せてやるぜ!」
良恵は怒鳴りたい気持ちを抑え、小声で響介に家に入るよう懇願した。
「おい、早くこっちに来いよ!ほらほら、来いって。そんな野郎ほっといてさ!」
暴走族が挑発するかのように小石を響介に投げた。
危うく後頭部に当たるところだったが、そこはⅩシリーズ。
振り向きもせず、さっと避けた。




「……うるさい、馬鹿野郎」




「……響介?」

良恵はぞっとした。心底、怖いと思った。
響介の口調がガラリと変わっていたのだ。
反射的に斗真を見ると、視線を斜め下に向けながら頭を左右にふっている。
嫌な予感がした。おまけに屋内から足音が聞こえてくるではないか。


(瞬だわ。こんなところを見られたら……!)


自分達の存在を隠しておきたい瞬の事。
最悪の場合、口封じに彼等を皆殺しにすると言いだしかねない。
早く家の中に響介を入れようと腕を引っ張ったが、響介は良恵を突き飛ばした。


「きゃあ!」
斗真がクッションになったのでかすり傷もなかったが、その代わり凄い勢いで瞬が飛び出してきた。
「……良恵、俺の命令に背いたな!」
最悪の展開。だが良恵は瞬よりも今の響介の方が危険に思えた。
愚かな暴走族達は響介の異様さに気付かず逃げようともしない。
それどころか、先ほどの瞬の暴言に頭に来たらしくエンジンを盛大にふかしだした。




「ふざけるなガキ!ほら、こっち向け。頭下げて謝れよ!
でないと泣かしてやるぞ、こらあ!!」


(やめて、それ以上、彼を刺激しないで!)


止めなければ。瞬は……駄目だ、暴走族の命よりも、斗真と密着している良恵に腹を立てている。
斗真は?響介とはいとこ同士、しかし、つんとそっぽを向いている。関わる気配ゼロだ。


「おやおや。彼をつついたんだな」
「要、お願いだから彼を止めて」


最後の希望を、この得体の知れない従兄に賭けてみた。
要は彼らのリーダー的存在。要の言う事なら響介は素直に聞くかもしれない。


「止めるだって?なぜ、そんな無駄なことを?」
「……!!」


(どうして私の身内はこんなのばかりなのよ!!)


良恵は天を呪いたくなった。こうなったら自分が止めるしかない。
「響介、お願いだから相手にしないで家に入――」
瞬に腕を掴まれ動けない。「おまえだけ家に入ってろ」と言い放ってくる。

「瞬、止めないでよ。彼、何をするかわからないわ。今の彼は普通じゃない!」
「変な事をいうな。俺達に普通な奴は元々いない。普通だと?そんなものを求めるな」




「ぎゃあああ!!」
絶叫という名の悲鳴が上がった。
ハッとしてみると響介が暴走族の群れの真っただ中に飛び込んでいる。
血しぶきが上がる。いきがっていた暴走族達は一瞬で無力な小動物と変化していた。


「な、何て事を……!!」


響介に感じていた恐怖の正体を良恵は知った。
響介は境界性人格障害だったのだ。カッとなったら止められない。
「ひいい、逃げろ!!」
暴走族達はバイクに乗る事も忘れ蜘蛛の子を散らすように走り出した。


「うるさい、馬鹿野郎!おまえらは頭がおかしいのか!!」


響介はバイクを蹴り飛ばした。ドミノのようにバイクが一瞬で崩れる。
その間に人間が挟まり動けないという地獄図絵が完成。
怯えて声も出ない暴走族。響介はバイクを持ち上げた、本気で殺す気だ。




「やめて!」

良恵は瞬を振り切り響介の前に出た。
「……何だ?」
攻撃対象外の良恵が飛び出してきた事で響介は少し首をかしげた。

「そんなもの降ろして」
「うるさい馬鹿――」
「馬鹿はそっちよ。さっさと降ろしなさい!」
「…………」


響介は少し混乱した。このような行動をとったのは初めてではない。
だが自らの危険も顧みず無防備な状態で止めに入った人間は良恵が初めてだったのだ。
いつもは響介が暴れるたびに遠巻きに震える、それが毎度の光景だった。
「いいから降ろして」
響介はバイクを降ろした。暴走族達は、その間に死にもの狂いで走り去っていた。


「……もう少しで殺すところだったわ」
「いいんじゃないのか。俺達は元々人間兵器だ」
「何て事をいうの!約束して、もう無暗に人を傷つけないって」
「なぜだ?」
「なぜって、いけない事なのよ」
「なぜだ?」
「あなただって傷つけられるのは嫌でしょう?相手だってそうなのよ。
まして殺されるなんて、とても辛くて悲しいことなのよ。
自分がされて嫌な事を他人にしないで。わかるでしょう?」
響介は首をかしげている。驚いた、真剣に考え込んでいる。


「おい」


突然、後ろの方から声がした。
瞬でも要でもない、良恵は驚きつつ、ゆっくりと振り向いた。


(……喋れたの?)


斗真だった。彼の声は、やけに抑制の無い冷たいものだった。


「死体がどうして『嫌だ』なんて思えるんだ?」




【B組:残り43人】




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