「でも桐山君、あなたは強いけど美恵ちゃんや光子ちゃんやアタシはか弱い女なのよ!」

危険地帯に女を同行させることに月岡は猛反対した。
桐山にしても、このリスクに美恵を付き合わせる気にはない。


「俺が1人で行こう。おまえ達は鈴原を守ってやってくれ」
「桐山君!」

美恵は、どんな危険地帯でも桐山に着いて行くつもりだった。
そんな美恵の気持ちを察したのかわからないが、桐山は一言だけ美恵に言った。


鈴原が生きている限り俺は必ず戻ってくる」




鎮魂歌二章―5―




「どうしたの雨宮君?」
急に立ち止った良樹に滝口は不安そうに声をかけてきた。
「……ああ、ちょっとな。何でもないんだ」

ゲームの開始を告げる不吉なサイレンの音のせいで緊張しているのか?

自分は思った以上に臆病者だったんだなと良樹は苦笑した。
後、数分で武器が手に入る。武器の支給場所まで後ほんの数十メートル。
地図を再度見直してもここで間違いない。
ただ気になるのは青い印に重なるほどの位置にある黒のX印だ。


(何の印なんだよ)

今は武器を手に入れる事が最優先だ。
余計な事を考えるのはよそうと良樹は頭を左右にふった。


(しっかりしろ、俺の役目は重大だぞ!
武器を手に入れて戻らないと、俺達のグループは全滅なんだ)




雨宮君、あれ!」
滝口が空に向かって指を指した。何事かと見ると空中に小さな光が見えた。
「何だろう、あれ?」
「何って……ヘリだよ!」
うるさいプロペラの音が徐々に大きくなってくる。そして、ぴたっと空中で停止した。
「そうか、あのヘリから武器が支給されるんだ」
武器支給場所にもかかわらず、それらしき設備が全くないのはこういう事だったか。
「早く!早く武器をくれよ!」
豊が両腕を空に向かって必死に伸ばし懇願しだした。
しかしヘリコプターは空中に留まっているだけで、まるで動きがない。
良樹が腕時計を見ると6時10分まで、後まだ3分あった。


(畜生、こっちは一刻も早く武器を手にしたいってのに時間厳守なんて本当に嫌な連中だぜ!)


たった3分、カップラーメンが出来上がる時間がこれほどまでに長く感じるとは。

(後、2分……早く、早く!)


時計の針は無情にも全く同じリズムでしか進行しない。
豊も滝口も待ちきれないとばかりに、「早く、早く!」と空に向かって叫んでいる。
周囲の木々がやけにざわざわと怪しい音を発していたが、良樹も豊も滝口も全く気付かない。
聞こえるのは忌々しいほどのプロペラの回転音だけだった。


「もう少しだ!」


ようやく残り数十秒という時間帯に達した。あと少しの辛抱だ。
良樹は少しだけホッとしたのか、自然と目線をふいに空から下に下げた。
自動的に林の風景が視覚に映る。




――おい。


良樹は我が目を疑った。あまりの衝撃に一瞬硬直もしていた。
今までは武器を受け取る事しか頭になかったが、その武器すらも一瞬忘れるほどだった。
全身に冷たい電流が走り本能が盛大に危険を知らせるサイレンを轟かせる。
にもかかわらず肉体が思うように動かない。
言葉を発しようとしても声も出ない。
滝口と豊が嬉しそうに「武器武器!」とはしゃぐ声が、やけに大きく聞こえる。


――嘘だろ?


教えないと。滝口と豊は、まだ何も知らないのだ。
良樹は必死に口を開いた。だが声が出ない。

見たのだ、良樹は!
ほんの数メートル先の木々の陰から赤い眼光を放つ何かが数匹此方を伺っていることに!




――滝口、豊……気づけ、気づけよ!
――何で、わからない?何で、気づかないんだ!!


その何かが一匹飛び掛かってくるのが見えた――。




「豊、滝口……逃げろ、逃げるんだー!!」


やっと声が出た。
だが、それを合図にするかのように残りの何かも一斉に襲いかかってきた。














「親衛隊だけだと?」
総統一家がほぼ勢揃いしている席にもかかわらず、随分と手薄な護衛ではないかと隼人は危惧した。
「総統陛下のお命を狙う輩は大勢いる。随分と杜撰な警備体制ではないのか?」
「殿下方も今回の即席イベントに急遽各本拠地から呼ばれたわけですからね。
しょうがないじゃないですか。それに国防省支部ですよ。元々警備はばっちりです。
第一、陛下達があそこにいらっしゃるのを知っているのはほんの一部。
陛下を狙うとなれば前々から計画に計画を練らなきゃダメでしょう?
心配いりませんよ大尉。唐突に襲ってくる馬鹿はいませんよ。
いたとしても門を突破することもなく逮捕か射殺で終了でしょう」
それは正論だったが隼人には一抹の不安があった。


最近、あまりにも嫌な事件が起きすぎた。
総統の命を狙おうなんてテロリストは数少ない。
ここ一年ほどの間に活発な活動を続けているのはK-11くらいだ。
軍や政府の要職にある人間と、トップに立つ総統を狙うのとはわけが違う。
普通に考えれば心配無用のはずだが、隼人は安心できなかった。


「各省の長官は事情が許す限り陛下の機嫌をとろうと来訪してる。
それなのに科学省の長官・宇佐美だけは病気を理由に姿を見せてないというじゃないか」


秀明に電話越しでそれとなく話を聞いた事もあった。
しかし、はっきりとした答えは返って来なかった。
秀明は言うべきことはきちんという性格だ。
それが口を閉ざすという事は守秘義務が関係するような事柄だからだろう。


(宇佐美は何かを恐れている。
だから科学省の奥に閉じこもって外出を控えているとしか思えない)




「こんなつまらないゲームにかかわるよりは陛下の護衛にまわる方がマシだ」
「大尉、それはまずいですよ。お願いですから水島中佐のご機嫌を損ねる行為はNGですよ」
隼人はフェンスに背中を預けると面白くなさそうにチラッと視線だけを背後に向けた。
「大尉、この通りです。水島中佐とは穏便に……」
両手を合わせて懇願する部下を前に隼人は溜息をついた。


(自分の部下を困惑させるなんて、俺もまだまだガキだな)


「……わかった寺田。今回の任務は奴の下で全うしてやるさ」
「た、頼みますよ大尉。戸川少佐が中佐の命令蹴ってるせいで、中佐は海軍に絶対に腹立ててますからね。
これで大尉まで任務を放棄してしまったら国防省の海軍に対する風当たりはきつくなりますから……」
「……ああ、わかっている」

戸川は水島の下に置かれることを嫌い、今回の任務の話が出た早々理由をつけて辞退してしまった。
どういう手段を使ったのか(いや、だいたい見当はつくが)彰人の護衛という任についたからという事でだ。
水島は自分を無視されたと内心頭にきただろう。
だが総統の息子の護衛という任務があると言われれば、「はい、わかりました」と頷くしかない。
実に上手いこと逃れたものだと隼人は感心すらしたものだ。


「誇り高い大尉が、毛嫌いしている中佐に使われるなんて辛いのはわかります。
でも、きっと今回だけですよ。ここは笑って任務を全うしてください」
「……おまえは幸せな人間だな」
管轄が違うとはいえ階級が物を言う世界では、これからも屈辱的な目に合い続けるだろう。
「俺があいつの上になるまで、これが続くんだろうな……だが今はそんな事を言っている場合ではない。
寺田、おまえは国防省にむかえ。国防省の様子がわかる近辺から24時間体制で見張るんだ」
「国防省っていうと総統陛下ですか?」
「そうだ。嫌な予感がする、この機に乗じて陛下を襲撃しようとする奴がいるかもしれない」
「そうですかねえ?」
「すぐに行け。何かあったら俺に知らせろ」


――K-11以外にいるかもしれない。
――過激な事を平然とやろうとしている連中が。














「ほら、いらっしゃい」
良恵は刺激しないようになるべく穏やかな口調で話しかけた。
「何もしないわ。お腹すいているんでしょう?」
腕によりをかけたご馳走を盛った皿を手に手招きするが相手は応じてくれない。
椅子の陰に隠れ、ほんの少しだけ顔を出し怯えた目で此方を睨んでいる。


(……駄目ね)

ここまで嫌われてしまってはどうしようもない。
良恵は皿をお盆に戻し、そっと床に置いた。


「私は消えるから安心して。お願いだからご飯だけは食べてちょうだいね」


返事は全くない。良恵は諦めて立ち上がると退室した。
扉の隙間から覗いてみると、まだ椅子の陰に隠れている。
相手は初対面の自分を噛みついてくれた少年・速水怜央(はやみ・れお)


(……何だか野生動物を餌付してるみたい)


あれから良恵は怜央と打ち解けようと努力をしてみた。
しかし瞬から受けた暴行が余程彼にとって強烈だったのか、その原因となった良恵まで恐れる始末。
瞬の話では怜央はⅩ8、Ⅹシリーズの最年少。
そして良恵が弟のように可愛がっている志郎とは遺伝上実の兄弟にあたる。
志郎のように姉弟のような関係になれたらと期待したのだが、懐かれるどころか恐怖の対象というわけだ。


「……仕方ないわね。志郎とは生れは同じでも育ちが全然違うんだから」

良恵と志郎は一緒に育った間柄。
幼い頃は同じ布団で何度も添い寝してやってこともある。
志郎にとっては良恵は姉、いや母のような存在だった。
出会ったばかりの怜央が志郎のように打ち解けてくれるはずは無いと思いながらも良恵は少し寂しかった。
そんな良恵の気持ちを知ってか知らずか、瞬は「あいつらには関わるな」と冷たく一蹴するばかり。
あいつら、そう、あいつら「ら」だ。
どういうわけか、自分に危害を加えた怜央以外の3人にも近づくなと瞬は口うるさい。


(彼等の素性を知った時は驚いたわ……まさか、生きていたなんて)


自分を従妹と呼んだ長髪の男。名は葉勢森要(はせもり・かなめ)と言った。
さらに彼は自分の事をこうも言った。


『科学者達は俺をⅩ1と呼んでいたよ』――と。


その時の衝撃を何と言ったらいいだろう。
Ⅹ1、Ⅹシリーズの最年長。生まれてすぐに死亡したとしか良恵は聞かされてなかった。









「Ⅹ1……そんな馬鹿な。だって……!」

信じられないが、嘘とも思えなかった。
それは瞬が彼等を仲間としている事実が、これ以上ない状況証拠だったからだ。
いや、何よりも良恵は直感で、それが真実だと悟っていた。
血は水より濃いというが、彼は間違いなく自分の肉親だと感じる何かがある。
何よりも彼をまとっている独自のオーラは、晃司にとてもよく似ていた。
良恵はハッとして他の2人の顔をみた。
見るからに感情が希薄な表情、それはⅩシリーズに共通した特徴だ。


「……ま、まさか……あなた達も?」
「そうだよ。Ⅹ2こと如月斗真(きさらぎ・とうま)、同じくⅩ3・如月響介(きさらぎ・きょうすけ)だ」
「……Ⅹ2、Ⅹ3」

良恵にとっては斗真ははとこ、響介は従兄にあたるはず。


「じゃあ、あの子は、まさか……!」
「Ⅹ8だ」
「……志郎の実弟……私の従弟」


4人とも科学省の記録では死産となっている。
しかし、それは瞬も同じだ。彼等は瞬同様に表向きは死亡した事になっていたのだ。
それがどういう事か、良恵は瞬時に悟った。
自分ですら長年施設の奥に監禁され自由を制限されていた。
死んだ事になっている彼等がどんな扱いをされていたかと思うと胸が痛くなってくる。
同時に嫌な予感がした。
瞬はかつて目的を遂げる為に、天敵であるF5と手を組んだ。
その目的とは科学省への復讐だ。そして要達は間違いなく科学省を憎んでいるだろう。


「瞬、あなた……」

瞬に視線を移すと、瞬は意識的にそっぽを向いた。


「また科学省を襲うつもりなのね?晃司や秀明と戦うつもりなの!?」


瞬達の気持ちはわかる。自分だって科学省を恨んでいるから。
しかし科学省への復讐は、Ⅹシリーズ同士の骨肉の争いを避けられない。
いや、Ⅹシリーズだけではなく良恵の友人である他の特選兵士だって巻き込まれるだろう。
「瞬!」
良恵は瞬の胸に縋り付いた。瞬は此方を見ようとしない。


「復讐なんてやめて!そんな事をしても宇佐美や科学省の幹部は痛くもかゆくもないのよ!
傷つくのはあなたや晃司達じゃない!肉親同士の殺し合いなんて二度と見たくないわ!」


瞬は良恵から目を離したままだ。

「……瞬、お願いよ」


必死に懇願する良恵の手を瞬は振りほどいた。
復讐の鬼と化している瞬には、言葉では説得できない。
それを良恵は痛いほど思い知らされたのだった。









(……Ⅹ1達はどうなのかしら?)

彼等にも瞬同様に根強い復讐意志があるとしてもおかしくない。
ずっと監禁されて育った彼等の方が、より強い憎悪を心に宿していてもおかしくはない。
仮に瞬が考えを変えてくれたとしても、彼等が復讐を実行すれば結果は同じだ。
良恵は要達自身の考えや想いを聞きたかった。
しかし瞬が会話どころか、そばに近づくことすら許可してくれない。
初めて対面を果たした日、瞬は要にこう言った。


「これでいいだろう。もう近づくな」――と。


要達は何も言わなかった。その後は目立たないワゴン(どうやら盗難車らしい)に乗車し移動。
田舎の避暑地にやってきた。貸別荘が数十軒建っている。
季節外れのせいか人の姿はほとんどなかった。
こんな辺鄙な場所にⅩシリーズが隠れているなど誰も知らない。
良恵にとって居心地がいいとは言えない環境だったが、離れるつもりは良恵にはなかった。
逃げ出せないのではなく、逃げなかったのだ。
(皆、きっと私の事を心配しているわ。無事だと連絡したいけれど……)
それはできない事だ。良恵は視線を落とした。




三人分の食事を用意したお盆を手に廊下を歩いた。
エンジンの音が聞こえたので、そっとカーテンの隙間から外を伺ってみると白い軽自動車が走行している。
(瞬じゃないわ)
良恵は一階のリビングのドアをコンコンと二回ノックした。
返事がない。もう一度ノックしてみた。


「お腹すいてるでしょう?食事を作ったのよ」
「うるさい。馬鹿野郎」


(……何なの?)


良恵はちょっとだけ頭にきた。断るにしても言い方というものがあるだろう。
相手の態度が態度なだけに、やや乱暴にドアを開けた。
要達はテーブルを囲むようにソファや椅子に腰かけており別段驚いた様子もみせなかった。
ちらっと此方を一瞥しただけで、すぐに視線を外してしまった。


(私の身内だけあるわね……晃司や秀明によく似てるわ)


その微妙な空気は普通の人間なら息苦しいほどのものだろう。
しかし幸か不幸か、良恵には慣れ親しんだ雰囲気だった。
三人に近づくとテーブルの上に奇妙な紙切れが一枚。
それを見た良恵はぎょっとしてお盆をテーブルに置くと、それを手にした。
『断りの例』とタイトルと共に、いくつもの台詞が走り書きされている。




「何よ、これ」
位置から考えるに先ほどの暴言を吐いたのは響介だろう。
「これは何?」
紙切れを掴み要に突き出すと、彼は微笑を浮かべながら簡単明瞭に説明した。
「おまえには近づくな、おまえから近づいたら、その例文からランダムに返答を選べとさ」
「瞬が?」
改めて紙面を凝視してみた。
『おまえなんか嫌いだ、近づくな』『俺にかまうな、殺されたいのか』などという悪質なものまである。
良恵は頭が痛くなった。


「それが世間一般で使われる拒絶の文句らしい」
「……そんなわけないでしょう。お願いだから瞬の言う事を真に受けないで。
彼にも一般常識ってものが欠落してるんだから」
「あ、そう」


要は抑圧の無い口調で返事をした。
本当にわかっているのか怪しいものだった。
彼等は体格は立派だが社会の中では赤ん坊も同然。
肉親だからこそ良恵は、彼等をほかっておくことができなかった。


「これからは私が教えるから。何か知りたいことがあったら私に聞いて」
「あ、そう」
要はやはり抑圧の無い声で淡々と言った。
「だったら、ここにおいで」
要はにっこりとほほ笑み自分の横の座席をぽんぽんと叩いた。
座れという事なのだろう。良恵はご希望通りに、要の隣に腰を降ろした。
その途端に肩に腕を回され、ぐいっと引き寄せられた。


「何をするの!?」
要の腕の中にすっぽり収まる形になり良恵は焦った。
今度は頭に手を置かれた。指先に髪の毛を絡ませている。
「ふーん」
さらに今度はぺたぺたと体を触られた。
これでは、ほとんどセクハラだ。良恵は思わず要の手を叩き落とした。


「何をするんだい?」
「それはこっちの台詞よ。一体、何なの?」
「何って観察に決まってるじゃないか。俺達と年齢は近いのに、体は随分違うんだな」
「当たり前じゃない。あなた達は男、私は女なのよ」
「同年代の女なんてはじめて見たんだ」

良恵はハッとして要を見上げた。


「年増の女科学者なら何人かある。だが、あいつらとおまえは随分違うんだな。
あの女達はもっと太っていて寸胴か、がりがりだった。胸だって、こんなにでていない」
「胸には触らないで!」
「何故だ?」
「何故って、それは――」




「何をしている!!」




「瞬……っ」

何時の間に帰ってきたのか、激怒した瞬がドアのそばに立っていた。


「こいつらには近づくなと言っただろう!」


瞬は良恵のそばに来るなり腕を掴んで、要から強引に引き離した。

「……何をしていた」
「従妹殿の肉体に触っただけだ。いけなかったかい?」

要の答えは瞬の感情をさらに悪化した。




「……どういうつもりだ要」
「別に」
「言っておいたはずだ。良恵には――」


「『寄るな』」

瞬の台詞を予測していたのか、要はにっこりと微笑みながら言った。

「『さわるな』」
「『近づくな』」


さらに要と談合してたかのようにテンポよく斗真と響介が次々に瞬の神経を逆撫でにする台詞を吐いた。


「――だったな。間違っているか?」


要は相変わらず微笑を浮かべているが、その目は全く笑っていない。
Ⅹシリーズは感情が希薄で表情も乏しい。
その中にいて要は異端な存在ではあるが、良恵は気づいた。


(……彼にとっては微笑が無表情と同じなんだわ)


ただ形が違うだけで、本質は晃司や秀明と変わらない。
そう思うと要が不憫に思えてきた。




「二度と良恵のそばに寄るな。わかったな?」
「それは無理だ」

瞬の表情が険しくなった。明らかに立腹している。

「一緒にいる以上は完全に無視できるわけがない。そうだろう?
どうしてもと言うのなら良恵をどこかに捨ててきてくれ」


それは良恵を解放するという事。それは出来ない相談だった。
良恵を離せば自分達の居所が政府に知られる危険がある。
口封じの為には命を絶つことが最も確実な方法だが、もう瞬にはそれは出来ない。
かつては殺そうと思ったこともあったが出来なかった。
もう瞬には良恵を害する事など出来ない。こうして、そばに置いて監視する事しか出来ない。


「……今はそばに置いておく。後、少し……だけだ」
(後、少し……どういう意味なの?)

嫌な予感がした。瞬は何か恐ろしい事をやろうとしていると良恵は直感で悟った。














「え?」
「何、雨宮君?」
何も知らない豊と滝口はきょとんとするばかりだった。


「馬鹿野郎!逃げろって言ってんだよ!!」


良樹は2人目掛けて体当たりしていた。
突然のタックルに元々体格も小柄な2人はあっさりと地面に倒れ込んだ。
最初は2人とも良樹の謎の行動に、ただただ驚愕するばかりだった。
だが、その直後に説明無しで事情を知った。
赤い光!闇夜でも、それがおぞましい生物だという事はわかった。


「ひいい!何だよ、あれ。何なんだよ!!」
豊はそのまま腰が抜けたのか立ち上がれない。滝口など言葉を失っている。
「さっさと立て、逃げるんだ!!」
当然だ。滝口はへっぴり腰ながら、すかさず逃げる体勢をとった。
豊も良樹に引き起され、慌てて走り出した。
だが、3人の行動を予測していたかのように、おぞましい生き物達が逃走経路を塞ぐ。
前方に回り込まれ良樹は悔しそうに拳を握りしめた。


(まずい、まずいぞ……おい、待てよ)


大事な事を思い出し、良樹は踵を翻した。

「どうして戻るんだよ雨宮君、獣に殺されるよ!」
「丸腰で逃げても殺されるんだよ!」


武器だ。もう時計は10分を過ぎている。
この謎の生物を蹴散らすには武器を手にするしかない。
だが、それは必然的に危険度がレベルアップすることでもあった。
案の定、謎の生物はいっせいに良樹に飛び掛かってきた。




『動きをよく見ろよ。冷静に見れば必ず突破口があるんだ』




夏生が特訓中に何度も口にした教訓が聞こえてくる。

(真下だ!)


飛び掛かってくる生物達の真下を滑り込み攻撃をかわした。
白い袋が地面に落ちているのが見える。あれが武器か!?
良樹は袋に飛びつくと中に腕を突っ込んだ。
「危ない雨宮君!」
背中目掛けて謎の生物が飛んでいた。
良樹は腕を素早く引き抜いた。その手には拳銃が握られている。
転がるように反転すると良樹は狙いを定める余裕もなく引き金を引いた――。




【B組:残り43人】




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