「では、まずはおまえを倒せばいいのかな?」
桐山は全く怖気づく様子がなく淡々と尋ねた。
その態度は短気な勇二を激昂させるに十分すぎる材料となった。
「……てめえ、中坊チンピラの分際で特選兵士の俺に勝てると思っていやがるのか?」
相手は銃火器装備の怖い兄ちゃん。
三村も七原も空気の気まずさを察し顔色を失った。
月岡に至っては両手で自らの頬をはさみ、ムンクの叫び状態になっている。
「俺が勝てないと思っているのかな?」
勇二の額に青筋が浮かび上がった。
「き、桐山君!お願いだから刺激しないで……!」
美恵は声を潜めて必死に懇願した。
「刺激?」
「そ、そうよ。美恵ちゃんの言う通りよ。勝てるなんて言わないでちょうだい」
月岡も必死になってお願いした。
「何故だ?」
桐山は僅かに首をかしげた。
「彰、俺はできないことは言わない。可能なことだから口にした。
それがなぜ言ってはいけないことなのかな?」
空気に亀裂が入るような感覚が走った。
「……言ってくれたなあガキ~」
勇二の目が赤く血走っている。桐山以外の誰もが最悪の事態を予想して恐怖におののいた。
「お望み通りぶっ殺してやるぜ、覚悟しなっ!!」
鎮魂歌二章―4―
『ゲームの開始は午後6時。ルールは先ほど簡単に説明があったようにたった一つ。
24時間生き残る事。いたってシンプルだ、難しいことではない』
良樹は反射的に腕時計を見た。5時半を少し回っている。
(30分弱……か。短時間でこれからどう動くか計画たてないとな)
『もう、気づいている者もいると思うが、地図上に描かれている赤い印は君たちの現在位置だ。
それを頼りに他の仲間と合流するも君達次第』
「よ、良かった。シンジ達を探せるよヒロキ!」
「ああ、そうだな」
豊は単純に喜んだが、良樹の考えは違った。
そんな単純なゲームではないはずだ。
それに徒党を組んだくらいで何とかなるのなら、『24時間生き残れ』などと言われるはずがない。
『君達には生き残る為に必要な道具も揃えてある。ただし自分達で支給場所まで来てもらおう
青い印はナイフ、火薬類、黄色の印は食料、医療品、寝袋などアウトドア用品。緑は情報だ。
なお印の横に記載されている時間は厳重に守ってもらう。
支給時間前に来ても支給しないし、後に来ても同じ事だ』
地図のマークの意味はだいたいわかった。しかし後一つ気がかりなものがある。
それは黒い×印。良樹は直感的に嫌なものを感じた。
『もっと情報が欲しければ支給場所に行くように。なお、このテープは再生終了3秒後に自動的に爆発する』
良樹の口元がぴくっと引きつった。顔色は急激に失われている。
『諸君らの健闘を祈る。以上』
以上と言った、以上だ。つまり再生はこれで終了、誰もがぎょっとなっている。
「ま、まずい皆、早く逃げるんだ!」
良樹は腕を大きくふり全員退避を促した。
「そんなんじゃ間に合わないわよ!」
貴子は逃げるどころかテープレコーダーに向かって走っていた。
そしてすらりとした貴子最大の自慢である脚を大きく振り上げた。
テープレコーダーが空高く飛んでいる。
「ふせて!」
全員地面に飛びついた。直後にドンと大きな音がして激しい震動が空気を伝わった。
爆発自体はそう大きなものではなかったが、かといって負傷しない程小さいものではない。
「何て連中だ!貴子、怪我はないか?」
杉村は貴子のそばに駆け寄ると身を屈めて心配そうに貴子の脚を見つめた。
「大丈夫よ」
「本当か、痛くないか?」
「大丈夫だからさすらないでよね……全く」
貴子は地図を手にした。
「そんな事よりもこれからの計画をたてる必要があるわ。後20分程度しかないのよ」
「桐山君!」
美恵は反射的に桐山を庇うように前に出た。
恐怖はある。その証拠に思わず瞼を固く閉じてしまった。
同時に銃声が空を切り裂き、美恵は思わず自分の死を予感した。
だが痛みはない。美恵はゆっくりと瞼を開いた。
「鈴原、大丈夫か?」
桐山が顔を覗き込んでいる。
ほんのわずかだが瞳に動揺の色が見えたのは気のせいだろうか?
「……私、生きてる」
ほっとしたのも事実だが、それ以上に疑問が残った。
なぜ自分は死亡どころか負傷もしなかったのだろう?
「任務をはき違えるな勇二。おまえの行為は完全に軍律違反だぞ」
はっとして声の方向に視線を向けた。
「晶、てめえ……!」
陸軍特選兵士・周藤晶が銃を構えて立っている。その銃口からは煙がうっすらと出ていた。
「こいつらはゲームの駒だ。おまえのつまらん感情で駒を減らしてみろ。
総統陛下のお楽しみを邪魔したとして、最悪の場合、特選兵士の称号を剥奪だぞ」
勇二は納得できないようだったが、剥奪という言葉は無視できなかった。
憮然と舌打ちすると、「命拾いしたな!」と悪態をつき去って行った。
「さっさとテープレコーダーを聴くことだな」
晶は今度は美恵達に警告した。
「桐山、貴様はせいぜい長生きしろよ。総統陛下は貴様に大金を賭けている」
それだけ言うと晶は憐みとも嘲りともわからない笑みを浮かべた。
そして気絶している操縦士をバイクのサイドカーに放り投げ入れると、自らもバイクに飛び乗りハンドルを握った。
バイクは盛大に回り砂埃を上げ走り去っていった。
ゲームからは逃げられない。美恵は小さくなってゆくバイクを眺めながら悲壮な決意を固めた。
(……逃げられないなら戦うしかない)
大丈夫、皆と力を合わせれば、きっと何とかなる。
親友の光子も月岡もいる。貴子は今は離れているが探せばいい。
何よりも桐山がいる。桐山は強いし頭もきれる、これ以上頼りになる男はいない。
「テープレコーダーを聴きましょう」
美恵の口調には今までにない強さがあった。
「そうね。でないと何も始まらないわ」
光子も賛成しテープレコーダーを手に取った。
「いい?」
再生ボタンが押され、冷たい声がゲームの説明を語りだした。
「今のうちに移動して武器を確保しようぜ!」
旗上はやや裏返ったような声で叫んだ。
「何言ってやがるんだ。ボスと合流する方が先だろ!!」
桐山に忠実な沼井は、まずはボスへの忠誠を示した。
「そ、そうだな。まずはボスを見つけねえと。ボスと一緒なら安全だしよ」
常に桐山に従っていた黒長も早々に沼井の意見に賛成した。
「で、でもよぉ。桐山さんがどこにいるのかわかんねえじゃないか。
赤い印は俺ら以外にも5つもあるんだぜ」
これには沼井も黒長も反論できなかった。
確かに桐山の居場所がわからなければ合流など不可能だ。
「……大体の場所はわかるぞ」
川田の言葉に沼井と黒長は敏感に反応した。
「ほ、本当か川田!」
「ああ、桐山は頭が切れる奴だ。多分、俺と同じものを求めて移動するだろう。
北方で緑の印がついている場所はここしかない」
北と南に1か所ずつ、たった2か所しか情報を得る場所はない。
「緑の印って情報だろ?ボスがここに移動するっていうのか?」
「多分な」
沼井はわけが分からなかった。ここは危険地帯だ、猛獣がいる。
一番大事なのは武器だろう。サバイバル用品や食料も魅力的だ。
情報なんて二の次というのが沼井の考えだった。
「いや、それは大きな間違いだ。よく考えてみろ、テープレコーダーは何て言った?」
「何って……」
「この地図を見ろ。テープレコーダーの説明にはなかったものがあるだろう」
確かに黒のX印には何の説明もなかった。
それが川田にはひっかかっていた。何の情報もなしに迂闊に動くのは危険だと判断したのだ。
まして武器を示す青印のそばに黒い×印がついているのだ。
ゲームが始まるのは6時。すでに時間は45分を過ぎている、相談している時間も惜しい。
「桐山も情報を得る為に移動するだろう。俺達も動いた方がいい」
「で、でも川田さん!せっかく武器支給場所が近くにあるんだ、絶対にこっちの方がいいよ。
武器を手にしてから情報を掴めばいいじゃねえか」
旗上は猛獣の恐怖が余程堪えたのか、武器の確保に執念を燃やした。
その気持ちは川田もわからないではない。だが情報を後回しには出来なかった。
「情報は6時から6時15分までの間だけ、武器を取りに行ってたんじゃ間に合わない」
逆に武器の支給は3回。1回目は6時10分から7時半までたっぷり余裕がある。
川田は短い時間で簡単に説明した。
しかし旗上は理屈では理解できても感情的に納得できないらしい。
「で、でもよ川田さん、武器もなしに移動なんてありえねえよ!」
「そうかわかったよ旗上」
旗上は心底ほっとして胸を撫で下ろした。
「俺は情報を得る為に北に向かう。旗上、おまえさんは武器を取りに行ってくれ」
「……へ?」
旗上の表情は見る見るうちに強張っていく。
「おまえさんの言い分にも一理ある。この際、二手に分かれよう」
「情報を?」
「ああ、そうだ」
危険な猛獣がいるのだ。桐山は最初に武器を選ぶと思っていた美恵は少し驚いた。
だが改めて地図を見ると黒のX印がやけに不気味に見える。
これはもしかしたら自分達の生死を左右する不吉なものかもしれない。
それを知るためには確かに情報は必要だ。
「でも桐山、武器は絶対に必要だぞ。それも一番最初に手にするべきだ」
七原は武器を最優先にすることを進言した。
しかし桐山の決意は固く、「だったら七原は武器を取りに行けばいい。俺は情報を入手する」とあっさり宣言する始末。
「それは駄目よ。皆一緒でないと」
「何故だ鈴原?」
「何故って……大事な仲間なのよ。今、離れ離れになって何かあったら後悔しても遅いわ」
「そうか。鈴原が、そう言うのなら、それが正しいのだろう」
桐山は美恵の言う事は素直に聞く。しかし「情報が先だ」と、それだけは譲らない。
「で、でもさ桐山……!」
尚も食い下がろうとする七原の肩を三村が掴み制止をかけた。
「俺も桐山の意見に賛成だ。ここは嫌な空気がぷんぷんしてる、普通じゃない。
未知の領域で一番必要なのは情報だ。無知ってのが一番怖いからな」
親友である三村の言葉は効果覿面だった。
「わかったよ、おまえが言うなら。でもさ、情報よりも先にやることあるだろ?」
七原の言いたい事を美恵は察した。
「七原君、国信君を探したいんでしょ?」
美恵自身、貴子を探したいと思っていた。
だからこそ親友の身を案じる七原の気持ちが痛いほどわかったのだ。
それは美恵だけでなく三村も同じだった。
「俺だって居場所さえわかれば今すぐにでも豊の元に飛んでいきたいぜ」
だが、それは不可能。赤い印で仲間がいる位置こそわかるが、どのグループがどこにいるかまではわからない。
それに、どのグループも武器や食料を求め移動するに違いない。
「すぐに移動する。情報の次は武器だ、銃が欲しい」
桐山は上着を脱ぐと引き裂いた。
「桐山君、何をするの?」
夜ともなれば冷えるだろう。
野外では上着は大切なものなのに、桐山の行為は美恵には意味不明だった。
だが説明を聞く必要もなく、その理由は判明した。
表布と裏布の間から小型ではあるが切っ先の鋭いナイフが数本落下したのだ。
「どんな武器でもないよりはマシだ。違うかな?」
「桐山君、あなたってひとは」
月岡は妙な感動すら覚えていた。
「いつどこで何があるかわからないから最低限の武器は隠し持っていろ。片桐が忠告してきんだ」
「あの人、冷たそうだけど随分と桐山君の事かってたのね」
さらに桐山はちらっと斜め上を見上げた。
適当な樹の枝を見つけるとジャンプ。空中でくるっと一回転して、遠心力の加わった踵落としを披露。
枝はぼきっと鈍い音を出し根元から折れた。桐山はそれを手にするとナイフで先端を鋭利に削った。
「鈴原、これを持っていろ」
女の美恵でも扱える即席武器だった。桐山は同じものを、さらに2つ作った。
「行こう、時間がない」
「桐山君、少し待って」
美恵はメモ帳を取り出すとシャーペンを走らせた。
「アタシ達の移動場所ね。もし、ここに他のグループが来て置手紙を見れば合流のチャンスが増えるわ」
美恵の意図を察した月岡は首に巻いていた真っ赤なスカーフを差し出した。
「これに包んでちょうだい。目立つわよ」
「ありがとう月岡君」
良樹は武器支給場所に走っていた。その後ろには滝口と豊がついて歩いている。
良樹はすぐに武器を欲した。それに他の連中も、きっと武器を求めてやってくると考えた。
武器を手にし仲間もできる。一石二鳥だ。
しかし貴子の考えは違った。武器を優先していたら情報が手に入らない。
時間制限が武器や食料より短いことが貴子には気になったのだ。
もし生死にかかわる重大な情報なら後々大変なことになると主張した。
だが貴子以外の者は、貴子の意見を尊重しつつもやはり武器が欲しかった。
あんな化け物に襲われかけた後だし無理もない。
そこで良樹は、ある提案をした。それは二手に分かれること。
貴子、杉村、友美子、雪子は情報を入手して、良樹達は武器を確保する。
その後、待ち合わせ場所にて合流することにしたのだ。
別行動することに不安がないわけではなかったが、元々危険なゲーム、リスクを冒してでも可能性に賭けることにした。
(貴子さん、大丈夫かな?)
杉村がそばにいて守っている。杉村なら何があっても貴子を守るだろう。
しかし、それはあくまでも杉村に命があればの話。
死んでしまっては、どんなに守りたくても不可能だ。
(早く武器を手に入れて貴子さん達と合流しないとな)
「雨宮君、もうすぐ支給場所だよ」
滝口が地図を注意深く見ながら言った。
「間違いないのか?」
「うん。ほら、あの岩場、地図にもちゃんとある」
確かに滝口に言うとおりだ。しかし支給場所というが、それらしきものが今だに目に入らない。
何か建物があると思ったのだが、即席の小屋すらない。
おまけに無人だ。見晴らしのいい場所なので見間違えではない、間違いなく誰もいない。
「本当にこの地図あってるのか?」
良樹は腕時計に視線を向けた。6時まで秒読み開始。
「10、9、8……」
青い○印のそばにある黒いX印が、ぞっとするくらい不気味に見えた。
「3、2、1」
――ワールド中にサイレンが鳴り響いた。
「ゲーム開始のようだ」
桐山がぽつりといった。彼らが今いるのは情報を与えるはずの場所。
しかし何もない。あると言えば大きめの池がぽつんとあるだけだ。
「あ、あれを見て!」
美恵がある物を指差した。池の中央に泡ぶくが出ている。
やがて風船状のものが出現した。箱のようなものがついている。
桐山は周囲に警戒しながら畔に近づくと、長い樹の枝で慎重に箱を手繰り寄せた。
中には小型モニター付きの機械が収納されている。
全員で機械を取り囲むようにして、それぞれ岩や倒木に腰かけると桐山は再生ボタンを押した。
『やあ諸君、これから重大な情報を教えよう。
これを聴いているということは武器や食料より情報を優先したという事だ。
君達は実に賢明な判断をしたといえよう。
まず最初に君たちの命に係わる一番優先すべき情報を教えよう。
君達自身も気づいたはずだ。地図にある黒いX印を』
そのX印は武器支給場所の近くに必ず記されていた。
『それは出入り口だ。地下と地上との』
「地下と地上?地下施設でもあるのか?」
七原が迂闊に言葉を発し、月岡が「しっ」と人差し指を唇の前に立てた。
『特別ゲストだよ、諸君。君達の遊び相手だ』
遊び相手……それは言葉とは裏腹に嫌な響きがあった。
『通称Fシリーズ。科学省が作り出した新種の素晴らしい生物達だ。
ゲーム開始と同時に出入り口の扉が開くことになっている。
彼等は夜間での活動は活発になる。ちょうど腹が減る頃なのでね』
美恵は顔面蒼白になって立ち上がった。
「……そ、それって……それじゃあ武器を取りに行った人たちは!」
すぐに知らせに行かないとクラスメイト達が恐ろしい野獣に引き裂かれ肉の塊と化してしまう。
「鈴原、静かにしてくれないか。まだ続いている」
「でも桐山君、すぐに知らせてあげないと皆が殺されてしまうわ」
「冷静になって考えてくれ。銃も持ってない鈴原が駆けつけたところで何ができるのかな?」
冷たい言葉だが事実だ。美恵が行ったところで野獣の獲物が増えるだけ。
一番頼りになる桐山は助けに行く気は全くないようだ。
「美恵、あんたの気持ちもわかるけど今下手に動いたらあたし達まで死ぬのよ」
「……光子」
美恵は感情では納得できなかった。仲間を見殺しにするなんて。
けれども桐山や光子が正しいと心の中で理解してもいた。
今、思慮浅い行動をとれば仲間を助けるどころか、犠牲者を増やすだけの結果になる。
(だったらどうすればいいの?)
ゲーム開始の6時を過ぎたというのに他のグループは一向に姿を現さない。
どうやら武器に魅入られて深く考える者はいなかったという事になる。
こうしている間にもクラスメイトの生存数が減っているかもしれない。
「続きを見よう」
桐山の静かな声がやけに大きく聞こえた。
『Fシリーズの特徴を教えよう。今後戦うのにきっと役立つはずだ』
美恵はハッとした。
(そうだわ。まだ、皆が殺されているとは限らない。
ここで得た情報を確実に生かすことができれば皆を助けることだってできる)
今は信じて自分にできることをするしかない。
美恵は再生音に集中した。
『Fシリーズは4段階のレベルにわかれている。
まずF1は小型で一番脆弱だが、それでも普通の人間より殺傷能力は優れている。
数も一番多いしどこからくるかわからない』
モニターにF1のイラスト画像が表示された。
そのグロテスクな姿に美恵は思わず口を抑えた。
(な、何、これ……こんな動物が本当に存在するの?)
一瞬、Fシリーズなどというものは政府の出鱈目だと思ったほどだ。
『次にF2、危険度はかなりアップするぞ。身長も人間サイズ、尻尾を入れれば体長はゆうに2メートルを超える。
強力な牙と爪をもちスピードも速く、全身を覆う皮も分厚いときている。
ジャンプもするどく獲物に飛びつき、そのまま地面に押さえつけ爪で急所ブスっと一刺しが奴らの戦闘パターンだ。
ただ、F1とF2は一般的に動物に共通すると言われている弱点がある』
弱点!それは何よりも嬉しい情報だった。
「火かな?」
『火だ』
桐山と機械的な声は、ほぼ同時に同じ単語を発した。
『奴らは火を恐れる。盛大な松明ならば距離をとって近寄らないだろう』
美恵は心の底からホッとした。危険生物でも距離さえ保てば生命の危機に陥る事はまずない。
クラスメイト達にもすぐにこの情報を教えてあげよう。
皆して火を起こし絶やさぬようにすればいいだけの話だ。
だが、そこまで考えて美恵は、ある疑問を抱いた。
(あの菊地って人は言ったわ……24時間生き残るのがゲームだって)
火が絶対的な野獣避けになるのなら、このゲームの勝敗はすでに決している。
それなのにわざわざ弱点の情報を提供するなんておかしいではないか。
危険なゲームというのはただの脅しなのかとも思ったが、楽観的な思考に落ち着くには有香と山本の死は重すぎた。
美恵の疑問に答えるかのように、次の情報は恐ろしい事を告げた。
『だがF3は好戦的な奴でな。火を恐れない、それどころか火を目印に襲ってくるだろう』
桐山は、その答えを予測していたようで全く動じてない。
三村、光子、そして月岡は美恵と同じ疑問を抱いていたようだ。そして、やはり同様にショックを隠しきれていない。
「……火をずっと焚くのは危険……ということなのね」
『そしてF4こいつは数は少ないが完璧に近い生物だと思っていい。
パワー、スピード、頑丈さ、凶暴性。全てにおいてずば抜けている。
そして、その血液は強い酸性だ。下手に傷つけると負傷するから注意しろ』
美恵はくらっと意識が遠のく感覚に襲われた。
ただでさえ厄介な危険生物なのに、傷つけることも容易にはできないなんて無敵ではないか。
『しかしF4は夜行性だ。昼間も全く動かないわけではないが、警戒すべきは夜間である。
それからハンデとしてF4は数を限定、また解放も深夜0時としよう』
それは嬉しい情報だったが美恵は衝撃のあまり素直に喜べなかった。
そんな美恵達の感情を置き去りにして忌々しい機械はさらに情報を提供し続けた。
『次に武器の支給について有力な情報を教えよう。
武器支給場所は地図の通り全部で十か所ある。だがハズレ武器もある。
強力な武器が欲しかったら、今から支持する場所に行け』
忌々しい機械は武器の種類、ゲットする方法など事細かに教えてくれた。
次に教えてくれたのは水だ。どこに行けば安全な水が手に入るのかという事。
これは案外重要だった。通常であれば一日喉が渇くのを我慢しても辛いだけで死ぬことはない。
しかし今は状況が違う。恐ろしい悪魔とのサバイバルが始まっているのだ。
常に水分を補給しないと、肉体はやがて悲鳴をあげ自由がきかなくなるだろう。
そうなったらFシリーズどころか、カラスにすら襲われかねない。
再生が終了すると桐山は静かに立ち上がった。
「銃がいる。刃物では勝てそうもない奴がいるからな」
月岡が地図を地面に広げた。
「……桐山君、銃を支給してくれる場所だけど……その」
「何だ、彰?」
「ま、まずいわよ……ここ、すぐそばに三か所もX印があるわ」
強力な武器を確保するには、リスクも負えということだろう。
しかし桐山の冷静さは微塵も揺るがない。
「そうだな。だが銃が必要な事に変わりない、すぐに行く。
時間がたてばたつほど、地下からあいつらが出てくる。早い方がいい」
「ボスー!ボス、いないんすかー!?」
沼井は声を絞り出して叫んだ。しかし返事はない。
「川田、おまえの推測外れたじゃねえか」
少々恨みがましく川田を責めると、川田は咥えていた煙草を地面に捨て残り火を踏み消した。
「いや、そうでもないぜ。ほら、あれを見ろ」
池の畔に足跡がいくつか見える。つまり人がいたという事だ。
「ボスだ、間違いない!」
「どうやら行き違いになったようだな」
沼井はがっくりと肩を落とした。
「ボスはどこに行ったんだよ。なあ川田、おまえ頭が切れるからわかるだろ?」
「まあ待て。まずは情報を手にしてからだ。
桐山達は情報から行動を決めたはず。だから情報を聞けば何かわかるだろう」
やがて川田達も美恵達と同様に情報をゲットした。
しかし美恵達と川田と沼井とは一つだけ大きな違いがある。
「……や、やばいじゃないか」
沼井は顔面蒼白になり、その足は諤諤と震えだしている。
川田も渋い表情で、まだ半分も吸っていない煙草を忌々しそうに池に投げ捨てた。
武器がないと不安だと主張する旗上は、黒長や泉、それに生きる屍となったさくらを連れ武器支給場所に向かったのだ。
「……まずいな」
「す、すぐに助けにいかねえと……殺される。あ、あいつら殺される」
「すぐに引き返そう川田!金井と博が殺されちまう!!」
【B組:残り43人】
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