「ただの大馬鹿野郎?」
直人は振り返りざまに良樹の頬に強烈なパンチをお見舞いした。
「……うっ」
良樹は小さくうめき地面に突っ伏した。


「……二度と言うな。次は痛いだけじゃすまないと思え」
「……随分と総統に忠実なんだな」
「それが俺の仕事だ。貴様の思想など知らん」


直人は「さっさと立て」と冷たく言い放った。
大人しく指示に従う気にはならなかったが、見上げると直人の冷たい眼光が良樹に突き刺さった。
反抗は激痛となって自分に返ってくる。そう悟った良樹は渋々立ち上がった。




鎮魂歌二章―3―




「冗談じゃないぜ兄貴!俺は単独でも光子を救いに行くからな!」
夏生は理性がふっとぶ寸前。
光子の命が秒読み段階に入ったのだ、もう一秒の猶予もならない。
「落ち着け夏生。報告では、ワールドでは特選兵士が手ぐすね引いて待ってるって話じゃねえか」
「だから、しばらく様子みろってか?そんな悠長なことしてたら光子が食われちまうだろうが!
お、俺の、俺の貴重なにゃんにゃんちゃんがー!!」
夏生は「俺は行くぜ!」と叫ぶとバルコニーからジャンプした。

「おいおい夏生、ここは五階だぜ……と、言っても、もう遅いか」

直後に凄い悲鳴が聞こえてきたが、その十数秒後再び夏生の勇猛果敢な掛け声が聞こえてきた。
「タフな野郎だぜ」
夏樹は呆れながらもバルコニーに出ると全力疾走で走り去る弟の背中を見つめがらグラスを高々と上げた。


「乾杯だ。夏生にグッドラック」


「おい兄貴、いいのか?」
冬也が白けた表情でソファに深々と座った。
「好きにさせてやれ。夏生は今は恋する男の子なんだぜえ」
「兄貴は弟に甘すぎる。特選兵士につかまったらどうする?」
「そこまで馬鹿じゃないだろ。可愛い弟を信じてやれ」
夏樹は冬也の向かい側のソファに腰を降ろしテーブルにグラスを置いた。
空のグラスに注ぐためにワイン瓶を掴むと、冬也がその手を握ってきた。


「そのくらいにしておけ夏樹」
「そんなに飲んだか?」
「酒を飲むだけならいくらでもかまわねえが、今のおまえは酒に飲まれかねないから今のうちにやめておけ」
「……そうか」
夏樹はワイン瓶から手を離した。


「久々に本気で頭にきたんだろ?」


「ああ、頭に血が昇った。ここまでこけにされたのは本当に久しぶりだ。
あのスコケマシ野郎の事を考えるだけでぞくぞくするくらいだ。
どんな手段で仕返ししてやれば気が済むのか想像するだけで身震いする」
「ふっ、まるで恋を知った少女みたいじゃねえか」
「そうかもしれないな」
冬也は声を抑え、くくっと笑った。


「安心したぜ。兄貴が落ち込んでるかと思った」
「落ち込む?俺がか?」

夏樹も愉快そうに声を上げた笑った。

「少なくても後悔はしたんだろ?」
「後悔、何を?」




「あの時、水島克己を殺さなかった事を――だ」




夏樹はソファの背もたれにもたれた。
かつて夏樹は政府に対する反乱行為の最中、水島と戦ったことがある。
後一歩というところまで追い詰めながらとどめはささなかった。
水島は執念深い男だ。あの時の事を忘れてなどいないだろう。
夏樹の正体が素顔を隠している謎の反逆者Nだと知っていたら当然報復に出ただろう。
そうならなかったのは変装が完璧だったおかげに他ならない。


「俺だったら、あの時、迷わず奴の頭を撃ち抜いていたぜ」
「だろうな。おまえは俺と違って感情的にならねえからなあ。
けどな、生憎と俺は後悔ってものをしたことはない。
後悔するほど自己責任取れないほどつまんねえ男だとは思ってないぜ。
むしろ後悔するとしたら、あの野郎をぶっ殺して女を悲しませる方だ」


「俺は女は泣かせない」


しばらく2人は無言のまま見詰めあった。
静寂を破ったのは冬也だ。




「で、どうする?しばらくは動けないだろう。今動けば水島に季秋攻撃の口実をくれてやるだけだ」
「いっそ暗殺でもするか?」
夏樹はジョークを言ったつもりだったが、つい本心から出た言葉だったのか目は本気だった。

「兄貴が本気で殺したいのなら、俺がやってやってもいいぜ。
おまえが動けばすぐにばれる。やるなら俺の方が動きがとれる。確実に息の根止めてやるぜ」

夏樹はちらっと窓の外に視線をやった。冬也の申し出に多少は心が動かされたらしい。
しかし夏樹は残念そうに頭を左右にふった。


「何故だ?」
「義姉さんは水島としばらく友好な共生関係でいたいらしい」
冬也はため息を付いた。
「兄貴は義姉さんに弱すぎる。俺には今いち理解できないぜ。
初恋の女ってのは、そんなに特別なものなのか?」
「おまえは相手に自分に尽くさせるタイプだからなあ。おまえのそういうところが心配なんだ。
女ってのは強引に引きずるだけじゃ逃げる。たまにくらい優しくするのがツボなんだぜ」
「おっと、お説教はそこまでだ。で、どうする?」

助けにいくか。それとも見殺しにするか。
それを決めるには時間すらも足りない。こうして兄弟同士の会話を続行する時間すら惜しい。


「季秋は動かない。夏生は個人的に勝手な行動をとっている、季秋は関与していない」
冬也は、その回答を予想していたようだ。驚かなかった。
「見捨てるのか?」
「捕獲したK-11を解放してやる」
冬也はすぐに夏樹の意図を理解した。
K-11をけしかけて彼等を救出させようというのだ。


「奴らに特選兵士を倒して連中を助け出せると思うのか?」


冬也は口の端を僅かに上げた。
表情だけで無理だなと思っているのがわかる。

「確かに連中は短期間で名をあげ政府のブラックリストのトップクラスに名を連ねる活躍をした。
だが奴らが片づけてきた相手は特選兵士じゃなかっただろう」
「短期間の実戦で越えられるような柔な連中なら俺達も苦労しないぜ。
しかし、あいつらは命がけで来るだろうぜ」


夏樹は自信満々だったが、その点に関しては冬也は今いち半信半疑だった。
K-11は総統の実弟を殺害している。
総統が、どの組織よりも憎み国家機関に執拗に追わせているのがK-11だ。
そのK-11をおびき寄せる事ができるという理由で、総統は今回の悪趣味なゲームの許可をすんなり出した。
少数組織を潰す為に関係あるかどうかもわからない未成年の虐殺も辞さないという事だ。
それほど総統の怒りは凄まじい。総統の怒りは国家の精鋭を簡単に動かす。


「命欲しさに連中が手を引く可能性は?」
「それはない。奴らは必ず来る」














贅を極めた貴賓室の正面扉が開き、複数のSPに囲まれた総統が姿を現すと先に入室していた者は一斉に立ち上がり最敬礼をした。
総統が最上段の豪華な椅子に深々と腰を降ろすと、1人の軍人がその前に進み跪いた。
身にまとっている立派な白軍服には、普通の軍人では生涯かけても手に取ることが許されない勲章がいくつもぶらさがっている。
一目で高位にある軍人だとわかるが、その身なりとは不釣り合いな若者だった。


「ご健勝で何よりです。偉大なる総統陛下」
「ああ、堅苦しい挨拶はいい。もっと近くに、もっと」
「はい」

手招きされ、若者は段を上がり総統の足元まで移動した。


「しばらく見ないうちに立派になったな。もっと顔を見せておくれ」
総統は若者の頬に手を添えると愛おしそうに微笑んだ。

「公の場ではないのだ。プライベートな呼び方でかまわぬのだぞ祥太郎」
「はい父上」

年齢に合わない地位は総統の息子という最強のコネゆえというわけだ。
皇祥太郎(すめらぎ・しょうたろう)は若干21歳という若さですでに将官。
総統の長男である彼は、総統が引退すれば自動的に大東亜共和国元首になれる立場にある。


「彰人、おまえもそばにきて父に顔を見せてくれ」
「はい」

総統は同じように彰人の顔をまじまじと見つめて誇らしげに微笑んだ。
彰人は三男ではあるが正妻から生まれた息子。
長男の祥太郎同様もっとも筋目正しい我が子ゆえか、7人の息子の中でも長男同様に総統が目を掛けていた。


「おまえ達は私よりも死んだ母親に似ているな。私よりもあれの方が思慮深かったゆえ、その方がいいだろう」
2人はそろって「恐れ入ります」と頭を垂れた。
国家元首といえども息子の前ではごく平凡な父親でしかない。
その為、総統は同じ母を持つ自慢の息子達が、父の想いとは裏腹に総統の座をめぐるライバルだと気づいてさえなかった。
順番からいえば長男の祥太郎が跡継ぎだが、彰人も大人しく№2で満足するタイプではない。
正確にいえば総統の椅子への野心を理性によって抑えていたのだが、ここ最近優秀な側近を得たことで彼は変わりつつあった。
まして兄は軍人としてはそれなりに優秀だが、私生活においては少々問題のある人物だったのだ。


ともかく次代の総統は、この2人のどちらかがなるというのは不文律。
2人の間に挟まれている次男の尚史など哀れなものだった。
後継者争いに参加するどころか、父の印象も薄く兄弟の中での地位はおそらく5番目。
(なぜなら彼の母は正式な側室ではなく、下働きの女中だったからだ。
その為、総統の息子とはいえ後見不足で、到底次期総統にはなれない立場だった)


「弘輝(ひろてる)宣昭(のぶあき)、おまえ達も元気にしていたか?」
「はい父上、久しぶりにお会いできることを楽しみにしておりました」
「父上こそ、お元気そうで何よりです」

息子達はここぞとばかりに美辞麗句を総統にささげる。
そこには孝心以上の想いがあるのは明らかだった。
幸いなのは肝心の総統が息子の真心を素直に信じ受け入れているということだった。


「アレはやはり来てないのか?まあいい、あいつはまだ中学生だ、早いだろう」


総統は溜息をついた。
7人も息子がいると1人くらい父親に敬意を払わない人間がいても不思議ではない。
それさえも総統は単純に反抗期ゆえの些細な反逆くらいに考えていた。
こうしてたまに顔を見せて父親の愛情をひらかしてさえいれば家庭円満だと思っていたのだ。


「そういえば随分とあれの顔を見てないな」

側近たちは困った顔をして「……殿下は難しい年頃ですので」と曖昧なフォローをした。
実はもう一年も末息子と対面していない。
しかし経済的にも精神的にも心配はいらないはずなので総統はあまり気にしてもいなかった。
おつきの者達からは息子の健やかな様子は定期的に報告がはいる。それで満足していた。


末息子以外にも、この家族集合の場に姿を見せていない者が1人いる。
だが総統は気にするどころか、その事に気付いてすらいない。
側近の方が気を使って横からそっと小声で耳打ちしてきた。

「陛下、実は宗徳殿下は気分がお悪いらしく今回は欠席するとの事です」
「宗徳……あいつか」
総統は途端に顔をしかめた。いい父親ぶりは一瞬で影も残らない程の変貌だ。
「あれの顔を見ると頭が痛くなる。来ないのならそれでいい」
残酷な言葉だった。愛情など欠片もない。
あるのは仮にも血を分けた我が子に対する義務と責任感だけで、感情的には総統は宗徳に嫌悪感すら抱いていた。
醜悪な容姿だけでなく、下劣な人格や無能さから完全に愛想を尽かしていたのだ。


「あんな化け物など来なくて幸いです父上。あいつの顔を見ると食事もまずくなるというもの」
「確かに。あの醜い顔を想像するだけでぞっとするのだ。実際会ったら吐き気がするだろうな」

兄弟たちも揃って酷い言葉を放つ。
父親ですら嫌っているのだ、腹違いの兄弟に愛される道理はなかった。
あからさまに宗徳を見下し悪口を放っても、総統は咎めるどころか同意する始末。
誰が見ても宗徳が総統に愛されていないことは明らかだった。
かといって総統が肉親に情がない人間かといえばそれも違う。

「忠次は私のたった1人の実弟だった……忠次を殺したK-11は根絶やしにしてくれる!」














「貴様らには、この覆面マスクを着けてもらう」

配られたのは目の部分を覆うだけのものだった。
銀行強盗ではあるまいし、なぜ、こんなものを着けなければならないのか生徒達は戸惑った。
だが質問する者はいない。理由は生徒達に都合のいいものではないし、訊ねたところで決定は変わらない。
不思議に思いながらも彼らはマスクをつけた。


「おまえ達は24時間このフェンスの中で過ごしてもらう」


先ほど謎の生物に襲われ、あまつさえすでに2人のクラスメイトを失った生徒達はぎょっとなった。
「冗談じゃない!」
元渕が立ち上がっていた。顔面蒼白の上、全身小刻みに震えている。
「あ、あんな化け物……ここは猛獣がいるんだろう?」
元渕はおそらく虎やライオン、グリズリーといった凶暴な猛獣を想像しているだろう。
他の生徒達もおそらくそうだ。しかし良樹は違った。
はっきり見たわけではないが、あれは動物園に入園すれば見られるような一般的な動物ではない。
もっと獰猛でもっと強大、そして比較にならない程の残酷性を持つ何か。


(……あれは一体何だったんだ?)

茂みに引きずりこまれる有香の姿が脳裏に浮かんだ。
あの時の恐怖を思い出し思わず身震いする。だが、今はそれ以上に気になる事がある。

(何で顔を隠す必要がある?)

それから先ほどのグループ分けが気にかかる。
収監分けということだが、それは明らかに嘘だろう。

(嫌な予感がするぜ)




「こんな所にいたら殺される!こんな場所に置き去りにされるくらいなら牢獄にいた方がずっとましだ!」
その声は恐怖と悲哀に満ちていた。有香と山本は死の恐怖という置き土産を残した。
生々しい現実として、その死は彼等に迫っているのだ。
「うるさい奴だ。今すぐ、その口を閉じろ」
直人は黒光する銃口を元渕にまっすぐ向けた。

「それとも今すぐ鉛玉をぶち込んで欲しいか?」

元渕はふるふると頭を左右に振ると崩れ落ちるように、その場に座り込んだ。
「貴様らは先ほど分けたグループごとに各地点にヘリで移送する。
その後の指示はヘリの中で各自説明を受けろ。以上だ」
直人は今だに恐怖で青ざめている生徒達を威嚇するかのように講壇を叩いた。

「さっさとマスクを着けろ!ぶっ殺されたいのか!!」














「きゃ~、見て見て三村君」
月岡は窓から地上を見下ろし騒いでいた。
「うるさいぞ。静かにしろ!」
操縦士に怒鳴られると、「やーね。女の子に対して」と頬を膨らませた。
ほんの十数分前の元渕と比較すると明るすぎるくらいだ。
「……おまえの度胸には正直頭が下がるぜ」
三村はある意味月岡に感心すらした。
月岡はただのオカマではない。恐るべきオカマである。
うざいオカマなどと馬鹿にしていると痛い目に遭うかもしれない。今後は一目置こう。


「ついたぞ。着陸する」
ヘリは開けた野原に砂塵を巻き起こしながら着陸した。
プロペラがゆっくりと止まると操縦士が「降りろ」と言った。

「菊地直人という男は」

桐山が口を開いた。途端に操縦士は目を吊り上げた。

「少尉が何だと?生意気な、貴様らごときガキが呼び捨てにしていい方ではない!」
「その少尉は言っていた。ヘリの中で次の指示を出すと」

先ほどの月岡の様子といい、この桐山の落ち着き払った態度といい、操縦士は内心面白くなかった。
年端もゆかない子供が、こんな恐ろしい悪夢に放り込まれたのだ。
それなのに恐怖に震えてない。まるで実戦経験のある軍人のようだ。


「他のグループのガキどもは口もきけないほど怯えているということなのに」
操縦士はぶつぶつ文句を言いながらアタッシュケースを取り出した。
「ルールは簡単だ。24時間生き抜け、生き残ったら救助される。
このアタッシュケースの中に詳しい指示が入っている」


「救助とは再逮捕ということかな?それとも無罪放免なのかな?」


桐山の質問に操縦士は呆気にとられた。
普通なら生き残るという単語に気を取られて、それ以外の事などまず考えない。
だが桐山はゲームが終わった直後の肝心な事柄を気にしている。


「答えてくれないか。俺達は解放されるのかな?」


美恵も三村も光子も月岡も、そして七原も桐山の質問に期待を込めて操縦士を見つめた。
だが操縦士の回答は実に陳腐なものだった。


「そ、そんな事は生き残ってから質問しろ。
俺が命じられているのは貴様らの移送と指示の伝達だけだ」
桐山は平然としていたが、さすがに美恵達の顔には落胆の色が見えた。

「では質問を変えよう。菊地直人は脱出できるのならそれはかまわないと言っていた。
俺達に対する監視範囲はフェンスの内側のみと思っていいのかな?」

操縦士は一瞬言葉をつまらせた後に、「そ、それは脱出できてから言え!」と半ば感情的になって叫んだ。
桐山は数秒の無言のうちに呟くように言った。

「そうか理解した。つまりおまえは末端すぎて何一つ重要な事は知らないという事でいいのだな?」

月岡は頬を両手で挟んでムンクの叫びポーズをとった。

(いや~、桐山君、何で相手を怒らせるような事言っちゃうのよ~!)




「……おまえは自分の立場がまるでわかっていないようだな」
「いや十分理解しているつもりだ。
だからこそ完全に把握するための質問だったのだが何か気に障ったのかな?」
月岡はますます口を大きく広げた。


(きゃ~、桐山君、あなたって子は何ていけない子なの~。アタシ困っちゃうわ~)


「ここから脱出など夢のまた夢ではないか!」
操縦士は完全に頭に血が昇っている。
「いや、そうでもない。証明してみせよう」
ガン!と鈍い音がして操縦士の顔面に桐山の拳がのめり込んだ。
当然の事ながら美恵達はアッと息を飲んだ。
操縦士はゆっくりと背後に向かって倒れた。


「ヘリコプターはいただく。フェンスの外までひとっ飛びだ、理解してくれたかな?」


「き、桐山君!」
「どうした鈴原?」
「ヘリの操縦……は?」
「ヘリとセスナなら操縦できる」
桐山の返答に一同は再び呆気にとられた。


「……き」
月岡が両腕を空に突き刺すように上げた。

「きゃー!!桐山君、あなたってなんて素敵な子なのー!!
アタシ超感激してる。桐山君、あなた最高よー!!」


月岡は桐山に抱きついた。
熱い抱擁の後は頬にキスをサービスしようとしたが、桐山が顔を押し返したのでそれは叶わなかった。


「そういう事は三村にしてやってくれないか?」
「もう照れ屋さんなんだから。いいわ、あなたの代わりに三村君にサービスしちゃうvv」














「さっさと降りろ!」
いかつい操縦士がガムをくちゃくちゃ噛みながら言った。
良樹達は内心ムカつきながらも大人しく地上に降りた。
すると操縦士はアタッシュケースを乱暴に投げつけてきたのだ。
咄嗟に避けたのでケースは鈍い音をだし地面に激突した。
「そのケースを開けてみな。少しは長生きできるかもしれねえぜ、へへ」
操縦士はいやらしい笑みを浮かべるとガムを吐き捨てた。
そしてヘリは再び空高く舞い上がり無情にも飛び去ってしまったのだ。




「……ど、どうしよう」
雪子がへなへなとその場に座り込んだ。
あまりにも多くの事がありすぎた。そして今は命の危険とさえ隣り合わせだ。
どうしていいのかわからず、雪子はぽろぽろと大粒の涙を流した。

「雪子しっかりして。泣いたってどうにもならないのよ」
「……友美ちゃん」
「大丈夫よ。最後まで頑張りましょう、あたしがついてるわ。ね?」
「う、うん」

雪子は何とか落ち着きを取り戻した。
友美子は何があってお最後まで雪子を守るつもりだ。
だが実際に守り抜くには自分だけの力では不可能だという事も理解していた。


「ねえ雨宮君、これからどうする?」
友美子はとりあえずグループリーダーの良樹に意見を促した。
「そうだな……とにかく、このケースを開けてみよう。でないと対策も練れやしない」
良樹がケースを開けようとすると貴子が制止をかけた。
「待ちなさいよ。もっと見晴らしのいい場所に移動した方がいいわ。
ここは危険地帯よ。何か出た時にすぐに発見できるように……そうね、あそこなんてどう?」
貴子が指差した方角には岩場があった。確かにあそこなら周囲を見渡すことができる。
誰ともなく貴子の意見に頷き全員そろって移動を開始した。
岩場に到着すると杉村が見張りにたち、良樹は用心深くケースを開けた。


「何だ、これ?」
入っていたのは地図とカセットテープだった。
地図を広げると黄色や青などの印がついている。赤い印には『現在位置』と説明文までついている。
「ここが現在位置ね……でも同じように赤い印がいくつもあるわ。何よこれ?」
赤い丸印は全部で6つ。良樹は「あっ」と声を上げた。


「他の連中が降ろされた地点なんじゃないのか?!」


良樹の考えには証拠こそないが、誰もがなるほどと思った。
「でも他の印は何かしら?」
問題はそれだ。その謎を解く鍵は、おそらくテープレコーダーだろう。
「よし再生するぞ」
良樹は再生ボタンを押した。














「さあ脱出よ~!」
「桐山君と同じチームになって正解だったわ」
月岡と光子はルンルン気分でハイタッチした。
しかし美恵は、2人のように素直に喜ぶ事ができない。


「どうした鈴原?」
「……何でもないの。ちょっと気になっただけ、こんなに簡単に逃げられるのかなって」

今までの事を思うとあまりにも単純すぎる。

「気にするなよ美恵さん。あいつら桐山をただの中学生だと思って油断しすぎたんだよ」
七原ももはや助かった気でいる。

(本当にそうなのかしら?)

七原の言うとり、単純に桐山を甘く見過ぎた連中の落ち度なら、それに越したことはない。


「他の皆も助けてすぐに逃げましょう」
貴子達を置いていくわけにはいかない。貴子は美恵の親友なのだ。
同じ理由で三村は豊を、七原は国信を念頭から外したことはない。
「そうね。こいつが目を覚ましたら絶対にちくるわ」
光子と月岡は気絶している操縦士をタオルなどで拘束した。


「さ、こんな所に長居は無用よ。すぐにヘリに乗って――」


その時だった!桐山の絶対音感ははるか彼方から空を切り裂く危険な音を察知した。
咄嗟に桐山は美恵を抱きかかえ走った。


「き、桐山君!?」

突然の桐山の行動に美恵は何が起きたか理解できない。それは他の仲間も同じだった。
ただ本能的に思わず桐山の後を追った。
そして桐山がダイビングするように地面に突っ伏すと、同じように全員地面にしがみついた。
その直後だった。背後のヘリコプターがドン!と凄まじい音を発したのは。
反射的に誰もが頭だけ振り向いた。視界に入ったのは爆発炎上するヘリコプターの痛ましい姿だった。

「ど、どういう事だよ!」

七原が怒鳴るように叫んだ。それは、まさに悲鳴だった。
脱出という希望が一瞬に絶望に変わったのだ。




「どうもこうもねえだろ。勝手にとんずらされてたまるかってんだ」




誰もが今度は前方に視線を移動させた。
携帯ロケットランチャーを手にした男が腰に手を当て仁王立ちしている。


「なめんじゃねえよ。てめえが操縦士からヘリ奪って逃走するかもしれねえなんて、こっちは予測済みなんだ」

桐山は美恵を抱き支えながら、ゆっくりと立ち上がった。


「……そうか。では、どうしても、おまえ達のルールに従うしかないようだな」
「ああ、そうだ。断っておくが陸軍最強の、この和田勇二様を倒せるなんて夢みたいな事は考えるなよ。
ちょっとでもムカつく行動起こしたら、このロケットランチャーが女もろともてめえらを炭クズに変えるだけだ」




【B組:残り43人】




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