良恵にとっては寝耳に水だった。
徹の力をもってすれば、短時間で国防省付近まで辿り着けると思っていたのだから。
「どういうことなんだい?俺は最高速度でと命令したはずだよ」
徹は済まなさそうに良恵の顔をいったん見詰めると厳しい口調で梅宮を責め出した。
「よくも良恵の前で俺に恥をかかせてくれたね。俺は約束したんだ、良恵の為に全力を尽くすと。
その言葉を早々と反故にしようだなんて、愛する女性の前で俺を頼りない人間にしたいのか!」
「すみません大尉と、しか言いようがありません」
「謝ってすむほど軍が甘い事じゃないことは知ってるだろう。この役立たず!」
「徹、彼のせいじゃないわ。元々、無理なお願いをした私が悪いんだから」
自分のせいで徹に怒鳴られて気の毒に……良恵は徹の部下達に申し訳なかった。
「お願いだから、もう叱らないで」
「……君がそう言うなら」
徹は大人しく着座し、「なるべく急ぐように」と念を押してくれた。
(……国防省にはいつ到着できるのかしら。もしかしたら間に合わないかもしれない)
良恵は項垂れながら、心の中で瞬が思い止まってくれるよう僅かな可能性に期待するしかなかった。
鎮魂歌二章―24―
「な、何だ。今の音は!?」
音だけではない。振動を伴っていた。直後にけたたましい銃声が廊下の彼方から聞こえてくる。
間違いない、襲撃だ。何者かが、この国防省を襲ってきた。
下級職員といえど、その対応は訓練されている。
国防省に弓を引く者は国家反逆者。即銃殺が慣例化している。
誰かはわからないが自殺志願者も同然だ。さもなくば救いようのない馬鹿か。
どちらにしても、とるべき行動は一つ。全員、武器を持ちだした。
反逆者に死を。死神はすぐに舞い降りた。だが数分後、殺意は悲鳴に変わっていた。
「拳銃じゃあダメだ。AK47を出せ!」
武器用金庫が解放され、職員達は次々に重々しい銃を手にしていった。
灯りが消え職員達は暗闇の中での死闘を強いられた。電気系統の配線を切断されたのだ。
「うわぁ!!」
「ぎゃあ!!」
暗闇など襲撃者には何の障害でもない。的確に職員達は急所を命中され悲鳴を輪唱してゆく。
死神に見入られたのは襲撃者の方ではなかったのだ。
硝煙と鮮血の臭いが酷なる度に死体の数が増えていった。
「くそ、こっちだ!敵はこの先にいるぞ!!」
「何してる。さっさと倒すんだ!!」
相手はたった一人。その、たった一人の人間に勝てない。
電話回線をも破壊され増援の要請もできない。
国防省の一角が完全に壊滅された。たった一人の男の手で。
「お、おまえ……は」
最後の一人は、まだかろうじて息があった。
「何者、な、ん……だ?」
薄れゆく意識の中で、最後に彼が聞いた言葉は、「うるさい馬鹿野郎」だった。
三村は床に微かに残る足跡を辿り走った。聡美が生きているうちに助けなければ。
だが心を占めている思いの半分以上は、おそらく手遅れだろうという諦めでもあった。
それでも生死の確認だけはしなくてはならない。
しかし三村の生存本能が「他人に構っている暇はないぞ」と危険信号を出し続けていた。
走れば走るほど異様な恐怖が、ぴりぴりと肌を刺すような感覚がある。
(危険だ。これ以上は……!)
それは理屈ではない。三村の直感が発している確かな危険信号だ。
もう限界だ、と思った時、三村の目に飛び込んできたのは聡美の靴だった。
「……血」
床に飛び散る鮮血。まだ完全に固まってはいない。
(……野田、は)
三村はゆっくりと血の跡を追った。そして見た。
廊下の角を曲がると、そこには両脚を投げ出し壁に背を預け俯いている聡美の姿があった――。
「の、野田……」
聡美は全く動かなかった。その肌色は青黒い。そして胸からは流血している。
もはや確認の必要などない。聡美は間違いなく死んでいる。
三村にとって重要なのは今や聡美の生死ではなくなった。
聡美を殺した者がいる、その事実が最も優先されるべき重要事項だ。
三村はゆっくりと後ずさりを開始した。
銃を構え全神経を視覚に集中させ極力音を出さないように細心の注意を払い一歩一歩元着たルートを後戻り。
時折、背後に振り返りながら廊下を歩き続けた。
(もう、ここにはいないのか?)
階段の下まで辿り着くと三村は大きく息を吐いた。聡美には悪いが一瞬ほっとしたのだ。
(もう、こんな場所に用はない。松井を連れて早く逃げ――)
三村の全神経が凍り付いた。踊り場の階段の陰に異形のモノがいる。
張りつめた空気の中、そいつは二本足で立ち上がった。
でかい。無意識に三村の腕が上がっていた。
撃つんだと、自身に指令を発したのは、その直後。
照準など合わせる余裕などなどない。三村は引き金を引いていた――。
「地図に乗ってない安全な場所がある?」
「それ本当なの、箕輪君?」
箕輪が提案したゲームの必勝法に月岡と光子は身を乗り出して飛びついた。
「ああ、このワールドは科学省の重要なキマイラ製造研究所だ。
上のお偉いさんが、よく来るから、そいつら専門の接待所が設けられているんだ」
箕輪の話によると、そこは他の建物の数倍頑丈で、あらゆるセキュリティーシステムによって堅固に守られている。
おまけに内装は大金をかけており、優雅に過ごせるようになっているとか。
「そこに行けばゲーム終了まで快適に過ごせるってわけね。だったら完全勝利も同然だわ」
もちろん、それは無事に辿り着ければの問題だ。
それに美恵や三村、そして桐山も一緒でなければ意味がない。
「俺の他にも侵入者がいる」
「誰よ、それ?」
「相馬、おまえの名前を連呼していたぞ」
光子はすぐに頭に一人の男の間抜け面を思い浮かべた。
「遅いのよ、あの馬鹿!」
「悪口は後でいくらでも言えばいい。行くぞ」
「待ってよ、箕輪君。美恵は?」
「俺が探して連れていってやる。それで文句はないだろう」
箕輪は何度も辺りに視線を配りながら言った。
今、こうしている間にも、あの恐ろしい連中が近づいているかもしれない。
「わかっていると思うが、監視カメラがある限り、俺は全面的におまえ達を守ってやれない」
箕輪の険しい表情が脅しではないことを雄弁に語っている。
「おまえ達自身で自分の身を守るんだ」
「……わかっているわよ」
光子達は移動を開始した。少し離れた場所から箕輪がついてくる。
心強いが、箕輪は「俺を頼るな。場所によっては、全く手助けしてやれない」と、はっきり宣言している。
自分の身は自分で守るしかない。それが、このおぞましい世界でのルール。
「光子ちゃん、アタシとあなたでやるしかないわよ」
「わかってるわよ」
光子はちらっと七原達を見つめた。
「いざとなったら囮にするって手もあるわね」
「アタシも同じ事考えてたのよ」
「……え?」
――七原は心底恐怖した。そして思った。
――こいつらは、やると言ったら本当にやる凄みがある、と。
「よし通っていいぞ」
瞬と要は二つ目の門をくぐっていた。
しかし、IDカードが通用するにはここまでだ。これ以上先に行くには士官クラス以上のIDか許可証がいる。
もちろん瞬や要はそんなもの所持していない。
瞬は腕時計を視線の先に持ってきた。そろそろ斗真が作戦第二弾にとりかかっているはず。
斗真に防衛システムをリセットさせ、予備システムが作動する前に侵入する。それが一番スムーズかつ安全な方法だ。
全面戦争するには、こちらは多勢に無勢。
暴れている間に総統一族は緊急避難してしまう。
確実にしとめられる範囲に辿り着くまでは決して此方の存在を気取られてはならない。
全ては斗真にかかっていた。その斗真を瞬は今一信用できないでいる。
「腕がいいのは認めるが、おまえ達は経験値が低い上に世間知らず過ぎるんだ」
「おまえは知ってるのか?」
「完璧だ」
銃弾が閃光と銃声を伴いながら空を切り裂いた。
光と影が交差する中、異形のモノは飛んでいた。三村は一瞬動けなかった。
それほどまでに、そいつは恐ろしい姿をしている。
三村は学校の成績からは考えられないほど博識だった。
それは尊敬していた叔父が知識を得る手段を伝授してくれたからだ。
準鎖国制度などという前時代的なシステムによって、この国の若者は世界を知らずに育つ。
しかし三村は違法な手段によって海外のサイトにアクセスし、あらゆる情報を手にしていた。
動物園や水族館などでは、お目にかかれない珍しい動物だって数多く知っている。
だが、今目にしている生物は三村の知識の範囲を完全に越えていた。
未知という恐怖は、どんなものよりも冷たく深い。
三村は恐怖していた。サードマンが、文字通り恐怖のあまり一瞬立ちすくんだのだ。
(叔父さん)
三村は呪文のように心の中で叔父を連呼した。
いつでも三村の憧れだった叔父、その叔父の幻影が三村に勇気を与えてくれた。
間一髪、三村は謎の生物からの攻撃をかわしていた。
だが、同時にそれは謎の生物が見かけ倒しではないことを思い知らされた瞬間でもあった。
三村に避けられた為、壁に激突したにもかかわらず、そいつは傷一つ負っていない。
それどころか壁の方が粉々に崩壊したのだ。
化け物だ、こんな奴の攻撃を一度でもくらったら、その瞬間に三村の命の炎は消える。
「くそぉ!」
三村は銃口を向けた。どんな化け物だって銃には勝てないはず。
絶命しないまでも重傷は免れない。その間に逃げきればいい。
この距離だ、今度ははずれない。いや、はずしてはならない、絶対に。
三村は決意を込め引き金を二度連続して引いた。銃声が鳴りやまぬうちに、あの化け物が姿を消えた。
「ど、どこだ!?」
体の大きさとは不似合いすぎるスピードだ。それも、また三村の恐怖を煽る材料となった。
「どこにいるんだ!!」
右か、左か、それとも背後か?
三村は角度を少しずつ変えながら360度、全ての方向に銃を向けた。
だが奴はどこにもいない。銃に驚いて逃げてくれたのか?
(いや、あいつはそんなたまじゃねえ)
理由はないが三村はそう思った。
直感だ、そして三村は今はその直感に従う事が唯一正しい行為だと信じる事にした。
(間違いなく奴はまだここにいる)
三村は警戒心を解かずに階段を後ろ向きで上がりだした。
(奴は被弾したはずだ。いくらなんでも、あの距離で避けられるはずがない)
足下でじゅっと妙な音がした。
「何だ?」
視線を下げるとつま先のほんの数センチ先の床に小さな穴が空いている。
よく見ると、その穴は僅かだが広がっている。
「……溶けている?」
再び、じゅっと嫌な音がした。今度は床などではない、右肩だ。
「うっ」
熱い、袖に穴が空いている。一センチ程の小さな穴だが、肌に峻烈な痛みを感じた。
三村は慌てて袖を引きちぎった。
「硫酸かっ?」
いや、問題はなぜ、こんな液体が落ちてきたかということだ。
三村は顔を上げた。奴だ!天井に張り付いて三村を見ている。
三村が撃ち込んだ弾は奴の右肩に命中していた。血液らしいものがぽとっと落ち床を溶かした。
三村は瞬時に奴の体液は強い酸性だと悟った。こんな化け物と接近戦など勝ち目はない。
「うわぁ!!」
三村は天井に銃を向けさらに発砲すると全速力で階段をかけ上がった。
(何て奴だ、何て奴だ!こんな化け物、聞いたこともない!
でかくてパワーもスピードもある上に血は硫酸並の威力だと?)
「冗談じゃない、こんな奴に勝てるわけがない!!」
後ろから奴が追いかけてくるのがわかる。三村は左腕を背後に向け発砲した。
当たらずとも奴も警戒して追走をやめるかもしれない。
だが三村の期待は簡単に裏切られた。
少し足音のリズムが遅くなっただけだ。この猛追からは逃げきれない。
三村は最後の階段を駆け上がると廊下と階段の間にある非常扉を閉めた。
倒すことはできないが、これで動きは封じた。
ほっと溜息をもらすと、三村はずるずると泥のように座り込んだ。
「……危なかった」
いや、まだ完全に安全が保障されたわけではない。
「他にもいるかもしれない」
もし、そうならば一番危ないのは銃器も持たずに三村の帰りを待っている知里だ。
「すぐに松井の処に戻らないとやばいな」
三村は立ち上がり歩きだした。その気配を察したかのように、どんどんと非常扉が不気味な音を出し始めた。
「まさか……!」
非常扉は鉄製だ。それが瞬く間に変形してゆく。
このままでは、扉がぶち破られるのは火を見るより明らかだ。
時間がない、三村は再び全力疾走した。
廊下を曲がり、途中非常用シャッターを降ろし、三村は走った。
「あ、三村君!」
三村の姿を見てほっとしたのか、知里は明るい声を出して手を振ってきた。
しかし三村が近づくに連れ、その尋常でない形相から何かを悟ったのだろう。
知里の顔からは笑みが消え、代わりに愕然とした表情が浮かび上がった。
「み、三村君、どうしたの?」
「話は後だ、来い松井!」
知里はおろおろしながらも三村に従い走り出した。
「三村君、あの音、何!?」
非常用シャッターが破壊された音らしい。
(一度の体当たりで……何て破壊力だ)
非常用扉もシャッターも奴を止められなかった。
(どうする、どうしたらいい?!)
三村一人なら逃げきれるかもしれない。だが知里は無理だ。
あの突進力の前では知里は足のすくんだ獲物と化すだろう。
(火はどうだ?)
F3は火によってきた。だが、この怪物はどうだ?
三村は倉庫とプレートが掲げられている一室に飛び込んだ。
「何かないか?!」
何でもいい、すぐに発火して派手に燃えるものだ。部屋の隅に灯油缶を発見した。
「どいてろ松井!」
三村は蓋をとると灯油缶を蹴り倒した。
独得の臭いをまき散らしながら灯油が床に広がってゆく。
その廊下の先に、あの異形の姿が見える。三村はライターを点火しながら走った。
「松井、早くしろ!」
知里が走るのを確認して肩越しにライターを投げた。
廊下が火の海になるのが見えた。成功だ。炎の先で化け物がうろうろしている。
やった、やはり炎は苦手のようだ。
三村は最後の非常用シャッターを降ろすと近くの部屋に飛び込んだ。
「窓は!?」
天井近くに窓がある。椅子を持ち上げ投げるとガラスが部屋一面に飛散した。
「あの窓から逃げるんだ!」
「で、でも三村君、あんな高い位置……あ、あたしには無理だよ……」
知里は泣きそうになっている。三村は机を壁につけると、その上に椅子を設置した。
「できないなんて言ってる時間はないぞ。死にたくなかったら早くやるんだ!」
「電流がストップした。行くぞ」
瞬と要は鉄条網のフェンスを乗り越えた。斗真は期待通りの成果をあげてくれたようだ。
しかし、ゆっくりしている暇はない。国防省は何重にも防衛システムに仕掛けを施している。
すぐにバックアップシステムが作動して、再びセキュリティーシステムが回復する。
その前に国防省の本丸に到達しなければならない。
瞬は忍者のように警備兵の背後に忍び寄ると、存在を悟られる琴もなく倒しIDカードを手に入れた。
後は目的地に急ぐだけだが、それは斗真の手腕にかかっている。
「斗真が失敗したら、おまえのせいだぞ」
瞬は何かにつけて要を責めるように言った。
「成功したら俺の手柄だな。おまえはその時何をくれる?」
瞬の嫌味に対し、要は微笑しながら、そう言うのだった。
「おまえにやって喜ばれるものものなんて何もない」
「おまえにとって一番大事なものでかまわない」
「……何だって?」
「何でもいい。そう言ってるんだ」
瞬は要の襟首をつかむと、「俺を挑発しているのか?」と、低い口調で言った。
「言ってる意味がわからない。俺は世間知らずだからな」
「……その頭にしっかり刻み付けて置け。俺には大事なものなんか一つもない」
「そうか。それなら仕方ないな。斗真の成功を祈ろうじゃないか」
「祈る?そんなもの俺達Ⅹシリーズには無縁の言葉だ」
――俺達は自分以外は信じない生き物として作られたんだ。
「ああ、そうだったな。言ってみただけだ」
要は抑制のない声で言った。
「急ごう瞬。斗真が成功しても、俺達が遅れたら意味がない」
「……そうだな」
瞬は思った。こいつは身内だが、Fのように気に入らない――と。
――今は作戦成功だけに集中するんだ。斗真は大丈夫だろうか?
――こいつらは俺と違って社会をしらなすぎる。そこが気になる
斗真は休む間もなく次のターゲットを襲撃していた。
国防省への特別通行許可を得た人間が再度チェックを受ける場所、国防省の外堀と城内の境界線のような所だ。
受付で書類の処理をしていた男は斗真を見るなり疑わしそうに眼鏡を掛けなおしてマジマジと凝視してきた。
特別許可を得た一般人が深夜に来る事はありえることだが、事前に連絡があるものだ。
まして斗真は国防省に来るにしては、カジュアルすぎる服装。
ジーンズにレザースーツ、おまけにサングラスで顔を隠している。
国家の守護神たる国防省を舐めていると思われも仕方ない。
もっとも瞬曰く「世間知らず」な斗真は、そんな男の気持ちなど気付いてもいない。
「中に入りたい」
「……あのねえ君」
男は再度眼鏡をかけ直すと胡散臭そうな目で斗真を見詰めた。
「ここに来るということは許可を得たんだろうが……」
男はぶつぶつ言いながら書類を取り出した。
「ここに名前と住所かいて。許可証の提示も。それからこっちには連絡がまだないから、それまで待っててもらうよ」
「俺は立花薫の友達だ。それでも駄目なのか?」
途端に男はびくっと反応した。
眼鏡がずり落ち、その表情は斗真を見下すものから恐怖へと変貌している。
「た、立花中尉の!?こ、これは失礼……!!」
男は書類を引っ込め、「許可証の提示だけで結構です」と敬語で対応しだした。
斗真は書類を差し出した。国防省の通行許可に関する書類だ。
向こうで一暴れした際、ついでに手に入れておいた。
もちろん必要な署名と捺印付きだ。だが男は渋い表情を見せた。
「……あの、これは申請書です。緊急用ですので、許可証の代用にはなるのですが―」
「だったら通るぞ」
「し、しかし、上から連絡が無ければ……!」
「駄目なのか、馬鹿野郎?」
「申し訳ありません。規則なので」
斗真は「よく、わかった」といった。男がほっと胸を撫で下ろした。
「強行突破に変更だ。わかったか、馬鹿野郎?」
その後は壮絶だった。そこは表門とは違い、警護の者は少なかったから陥落時間も短かった。
ただし、国防省の城内に当たる場所ゆえ、連絡網がしっかりしている。
定期的に異常は無いか連絡が入るのだ。
それに答えが無ければ、上の人間が駆けつけ、すぐにばれてしまう。
瞬の調査によれば、30分に一度。時計の針は、後数分でその時が来ると伝えていた。
斗真は無線機の前の椅子にどさっと座った。
瞬からは適当に話を合わせて時間稼ぎをしろと指令を受けている。
やがて『変わりはないわね?』と女の声が聞こえてきた。
「ああ、異常は無い。以上だ」
『…………』
斗真は完璧だと思った。しかし相手が返事をしてこない。
「どうした。耳が聞こえないのか?」
『……おまえ』
どうも様子がおかしい。しかし世間知らずの斗真には、具体的にどうおかしいのかわからなかった。
『おまえ、いつから私にそんな生意気な口が利ける様になったの?』
(生意気?俺は何か言ったのか?俺は瞬の指令通りにした、ヘマはしていない)
自信があった斗真は「俺は生意気じゃない」と淡々と言った。
すると無線機の向こうから明らかに口調が低くなった女の声が聞こえてきた。
『……おまえ、新入り?いいえ、誰だろうと口の利き方を知らない馬鹿であることに変わりは無いわね』
「俺は馬鹿じゃない」
『私を誰だと思っているの!?克巳に言いつけて今すぐお払い箱にしてやってもかまわないのよ!!』
(俺が怒らせたのか?)
こういう場合はどうすればいい?瞬は何も言っていなかった。
無言でいると、女が幾分落ち着いた口調で尋ねてきた。
『……おまえ、何なの?』
「…………」
斗真は床に倒れている職員のネームプレートを手に取った。
「三原三郎……です」
生まれて初めて敬語を使った。まさに初体験だ。
だが女は『おまえ……本当に国防省の人間でしょうね?』と言ってきた。
これもまた瞬が口伝えで与えてくれたマニュアルには載っていない事だった。
「そうです」
『……上の者に変わるのよ』
斗真はデスクの上のデジタル時計を見た。これ以上時間を費やす事は出来ない。
「席を外しているので」
『……もう一度聞くわ。おまえ、何なの?』
もう、相手にしている時間は無い。その思いが、とんでもない失態に繋がった。
「三原三郎だと言った。わかったか、馬鹿野郎」
無線機のスイッチを切った。満点とは言わないが、これで全てが終わった。
少なくても斗真はそう思っていた。
「…………」
「鹿島さん、どうなさったんですか?」
「……すぐに人を集めるのよ」
「集めるって……今は総統陛下の警備の為に配置が決まっています。動かせる人数は」
「いいから集めろと言ってるのよ!何かあったわ、敵の襲撃を受けたかもしれない!」
「まさか、天下の国防省を堂々と襲うような輩は――」
口答えする部下に真知子は平手打ちをお見舞いしてやった。
「給料泥棒になりたくなかったら、すぐに行動しろと言っているのよ」
「……は、はい」
「それから、すぐに克巳に報告するのよ。わかったわね」
「……わ、わかりました」
【B組:残り38人】
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