「……バカ?」
「命のやりとりなんて、そんな簡単にするものじゃないわ!」
「……何でだ?俺達は元々その為に作られたんだろう?」
「怜央!」
道徳や良識から意図的に遠ざけられて育って怜央に、短時間の会話で命の価値を理解できるわけがない。
良恵は、あの赤毛の男が消えてくれるよう祈った。
しかし切なる祈りは神へは届かなかった。赤毛の男はこちらに向かってくる。
(どうしよう。このままでは怜央が人殺しになってしまうわ)
男は、顔がはっきり見える位置まで来た。
(……え?)
良恵は男の姿を確認して驚愕した。
てっきり髪の毛を染めた一般人かと思ったが、そうではない。
「……そんな、どうして」
怜央はすでに構えている。
「……逃げて怜央」
怜央は男の急所目掛けて飛びかかった。
「逃げて怜央、その男はあなたが勝てる相手じゃない!!」
鎮魂歌二章―18―
「……行ったようだな」
織田は不器用な体勢でゆっくりと岩の上から降りた。
「有象無象もたまには役に立つものだ」
織田は恵達のグループのメンバーだった。
移動している最中は常に背後に位置し、慎重に周囲に気を配っていた。
仲間達が武器のボックスを発見した時は少し距離を置き観察していた。
恵達は武器に飛びついていたが、織田はその時、遠目に赤い光を発見したのだ。
すぐに敵ではないかと思ったが、簡単に逃げるわけには行かない。
そこで仲間達が武器に夢中になっている間に近くの岩場の陰に隠れた。
その数十秒後に奴らは襲ってきた。
織田はもし敵に見つかった時は躊躇せずに仲間を犠牲にして自分だけ生き残ろうと心に決めていたのだ。
思惑通り、隠れていた自分には気づかず奴らは逃げてゆく恵達を追いかけた。
そして数分後には誰もいなくなっていた。
「本当に武器は全部ハズレなのかな?」
念のために、もう一度調べてみた。すると底からチョッキのような物が出てきた。
持ち上げてみると見掛けによらず、かなり重い。説明書を読むと合点がいった。
「防弾チョッキか」
織田は面白くなさそうに唾を吐いた。
「相手は銃なんか使わねえじゃないか。役に立たないだろ」
それどころか体が重くなって逃げる障害になるんじゃないのか?
織田は妙に悪知恵が回る割には、賢いとはいえない頭脳の持ち主でもあった。
防弾チョッキをあっさり捨てると、さっさとその場から離れてしまったのだ。
(このパーティー、このまま無事に終わりそうもねえな。考えていた以上に嫌な予感がぷんぷんするぜ)
冬也は会場に戻り、適当に国家のお偉いさんとやらに話を合わせていた。
招待客の視線が集中している大型モニターにはショートヘアの少女が連れ去られた光景が生々しく映っている。
それが南佳織の最後だった。
短い生涯を非業の死で遂げた彼女に哀悼の意を示す者は、この会場には一人もいない。
(悪趣味すぎるぜ。ホラー映画なんかより、ずっとグロテスクだ)
そんな最悪な映像を鑑賞しながら、酒や御馳走を賞味している連中がほとんどだ。
いや例外も一応はいた。先程一人の少女が倒れそうになって退室している。
科学省長官の宇佐美が心配そうに付き添い共に会場を後にしていた。
(あんなガキにこんなものを見せるのが間違いなんだ。あの女、PTSDになりかねないぜ)
しかし、他の人間は自分も含めほぼ全員が平然としている。
戦場経験のある人間の強味か、それとも精神がいかれているのか。おそらくは両方だろう。
「殿下、私は二人生き残るに賭けています。殿下は?」
「私は義父上と違い、こういう遊びには疎いものですから」
そんな日常的な会話すら聞こえてくる。
「失礼ですが私は少し夜風にあたろうと思いますので」
「はあ……そうですか」
義父上と呼ばれた男は残念そうに離れて行った。
「よろしいのですか?」
側近らしき長髪の男が小声で話しかけていた。
「いいんだ。義父上には申し訳ないが、機嫌をとられたところで私と妻の関係が改善されるわけでもない」
彰人が政略結婚により一緒になった妻と上手くいってないらしいという話は冬也も聞いていた。
先程の会話からして噂は真実らしい。その妻も病床に伏せているという情報もある。
(なるほど。自分と総統一族との縁が切れる前に必死に義理の息子の歓心を買おうという心づもりか)
冬也自身にそのつもりが無くても、他人のプライベートな事情が自然と耳に入ってしまう。
こういう場所は見掛けの華やかさとは裏腹に、油断できない舞台でもあった。
(逆もしかりだ。うちのスキャンダルは、さぞかし上流階級の噂の種になっているだろうぜ)
世間など気にしない冬也だったが、かといって面白いともいえない。
自分では最低限の節操を守っているつもりだが噂というのは通常事実より数倍でかくなるもの。
自分がした事を非難されるのはかまわないが、事実無根の陰口の餌食になる気はさらさらない。
「お舅様は、殿下と奥方様の仲が心配で仕方ないのでしょう。
殿下との仲が破綻すれば、お舅様一族の栄達は叶いませんから」
「深水、ひとの心配より自分はどうなんだ?おまえ、決まった相手はいないのか?」
「いることはいるんですが……しばらく放置してたら逃げられてしまいました」
「おまえでも、そんなドジを踏むのか?」
「かまってやらなかったので拗ねてるんでしょう。幸いにも居場所の見当はついています」
「だったら迎えに行ってやれ」
「私は仕事があります。代わりに友人に迎えに行かせてますが大人しく戻ってきてくれるかどうか」
「おまえ、仕事はできるが、そっち方面はそうでもないようだな。
連れ戻したら二度と逃げられないように大事にしてやれ」
「はい、そのつもりです」
また他人の会話が耳に入ってきた。
別に盗み聞きしているわけではないのだが聞こえてしまう。
(……迎えに行く、か)
普通ならどうでもいい他人のプライベートの事情。それが冬也には重かった。
後悔してもしきれない過去と重なってしまう部分があったからだ。
封印した別館に足を踏み入れた美恵に大人げない態度をとってしまったのも、それが理由。
彼女に悪気がなかった事はわかっている。
それでも冬也は思い出の詰まったあの小さな館を他人に触れられるのは我慢ならなかった。
兄弟にすら侵入を許さない神聖な場所なのだから。
(……未練だな)
冬也はグラスを口に運ぶとぐいっと一気に飲み干した。
モニターの映像が切り替わり、四人の男女のパーティーが歩いている様子が映し出されていた。
怜央が地面に叩きつけられた。
凄い衝撃だったらしく、その一撃で立ち上がる事すら困難になっている。
「怜央!」
このままでは怜央が殺されてしまう。
良恵は何とか外に出ようドアに体当たりしたが、その程度ではドアはびくともしない。
窓から外の様子を伺うと、怜央は口から流血していた。
(まさか内蔵をやられたんじゃ?!)
嫌な可能性に良恵はぞっとした。もはや一刻の猶予もならない。
籠の中の鳥に甘んじている余裕はなくなった。
(窓ガラスを割ったところで、このサイズでは外にでられないわ)
良恵は鏡台を持ち上げるとドアにぶつけた。鍵の部分に狙いを集中させ何度も何度も。
その間にも外からは怜央の悲鳴が聞こえてくる。
ようやく施錠部分の破壊に成功。良恵はドアに体当たりするように飛び出した。
怜央が地面にうずくまっている。赤毛の男はとどめとばかりに懐から銃を取り出していた。
「怜央!」
怜央のそばに駆け寄ると良恵は両手を広げて赤毛の男の前にでた。
「……F5のレッド。やはり生きていたのね」
かつて瞬と手を組み科学省に、ひいては政府に牙をむいた男。
F5事件以後、ようとして行方がしれなかったが、死んだとは良恵を含め誰も思っていなかった。
「どうしてここに……まさか瞬とまた手を組んだの?」
赤毛の男は通称レッド。真紅のような赤毛、その外見だけでなく烈火のような気性から、そう呼ばれていた。
本名は紅夜(こうや)、Ⅹシリーズに匹敵する能力を持つと言われるF5の№2。
特選兵士の中でも、まともに戦える者は少ない程の戦闘能力の持ち主。
まして経験値の乏しい怜央が歯が立つ相手ではない。
その上、科学省が意図的に施した遺伝子操作により、F5とⅩシリーズは本来天敵同士(同性限定ではあるが)
おそらく紅夜は本能的に怜央を攻撃したのだろう。
「目的は何?」
女である自分の方がまともに話はできるはず。良恵はそれに賭けた。
「蒼琉に聞け」
「ブルーに……!?」
良恵は愕然となった。ブルーと呼ばれる蒼琉は、F5のリーダー格。
F5の中で最も美しく最も強く、そして最も恐ろしい男。
一目でも見れば魂を吸い込まれそうな錯覚に陥る程の美貌の持ち主でもある。
しかし良恵は蒼琉の本性を知っているだけに、その壮絶すぎる美貌すら怖かった。
「瞬はこの事を知っているの?」
――いえ、瞬が今更F5と手を組むとは思えないわ。
生来気の合わない相手だし、何より以前失敗したからこそ今度は肉親を仲間に引き入れたのだろうから。
まして、もし瞬が蒼琉と再び手を組んだのであれば怜に危害を加えるのは本能的な部分を抜きにしても矛盾が生ずる。
良恵の考えを立証するかのように紅夜は「違う」と言った。
「F5とⅩシリーズが上手くいくものか。しかもⅩ6はおまえとF5の接触を極端に嫌っている。
蒼琉におまえの居所を吐くわけがないだろう」
「だったらどうしてここに?」
「俺は知らん、蒼琉に聞け」
紅夜が良恵に腕を伸ばした。その瞬間、良恵は蒼琉が自分を連れ戻しに来た事を悟った。
かつて瞬とF5が組んで起こした反逆事件。
その最中、良恵はF5と遭遇した。彼らは7人、内2人は女性。
女2人には嫌われたが、どういうわけか男には気に入られてしまった。
特にリーダーの蒼琉は面白い玩具を手に入れたとご機嫌だった。
それが瞬の癇に障ったのも、瞬とF5の反逆が失敗に終わった一因だ。
蒼琉が自分にちょっかいを出したのは残忍な男のほんの気まぐれ程度だと良恵は考えていた。
だが、それが現在進行だったとは驚愕以外の何物でもない。
「私が目当てなら、この子に乱暴な事はしないで!」
怜央はダメージを負ってはいるが命に別状はないようだ。
大した怪我もしていないようなので良恵はホッとした。
「ついてくるのか?」
「怜央に、これ以上危害を加えないと約束するなら」
「駄目!」
怜央は気を失っていると思っていた良恵は驚きながら振り返った。
「駄目だ、駄目駄目!」
怜央はおびえた目で紅夜を見つめながらも、良恵の提案に激しい拒否を示した。
「Ⅹ6がそんな事許さない。要も怒る。だから駄目だ」
良恵をむざむざとよりにもよってF5に渡したらどうなるか。
怜央は今半殺しにされるよりも、瞬や要の折檻の方が恐ろしいようだ。
「おまえ死にたいのか?」
紅夜が不吉な台詞を吐いた。良恵は反射的に怜央を守るように抱きしめた。
「この子に指一本でも触れたら承知しないわよ!」
「どう承知しないんだ」
紅夜は平然としている。当然だ、自分と紅夜との力の差は歴然としているのだから。
しかし自分の腕の中で震えている怜央を見殺しにするわけにはいかない。
「……私は大丈夫だから、私を信じて言う通りにして」
良恵は小声で囁いた。
「え?」
怜央はきょとんとしている。良恵は「大丈夫よ」と優しく微笑み、そっと怜央の頭を撫でた。
怜央は不思議そうな顔をしている。良恵は立ち上がると紅夜を睨みつけた。
「ブルーの命令は私を生け捕りにする、そうなんでしょう?」
「わかってるなら質問するな」
「そう、よかったわ」
良恵は猛然と紅夜に攻撃を仕掛けた。
「良恵!?」
「怜央、今の内に逃げなさい!」
この男を倒すなんて私には不可能だわ。
でも怜央が逃げる時間を稼ぐ事ならできるかもしれない。
それがたとえ数十秒でもいい。
その為に良恵は無謀ともいえる戦いを選択したのだ。
良恵の蹴りは洗練された動きだったが、紅夜は余裕で避けた。
良恵にとっては渾身の力を込めたものでも、紅夜にはおそらく蠅が止まるレベルのスピードだろう。
良恵は今度は紅夜の顔面目掛けて拳を突き出した。
「何をしているの怜央、早く!」
「で、でも……でも俺、おまえを見殺しにしたらⅩ6に……」
「私は殺されないわ。でも、あなたは違う。だから逃げるのよ!!」
「何だよ、これ」
三村は散乱した偽の武器を発見した。
「……これが例のハズレ武器ってやつかよ」
誰かはわからないが、さぞかし失望したに違いない。三村は心の底から同情した。
「ハズレだったから早々に立ち去った……ってわけじゃあなさそうだな」
地面には人間のものとは明らかに異なる足跡が無数に残っている。
「例の化け物に見つかって逃げたんだな」
人の気配は全くない、そして死体もない。逃げ延びたのだと三村は信じたかった。
ハズレ武器の中に何か使えるものは無いかと確認してみたが何もない。
立ち去ろうとすると少し離れた場所に無造作に放り出された防弾チョッキを発見した。
「奴らの牙や爪からボディを守れるじゃないか」
三村は早速装着してみた。少し重いが、これで安全度が上がるなら安いものだ。
「……少し探してみるか」
武器支給開始時間から計算しても、襲われた連中が近くにいるとは思えない。
だが万が一という事もある。三村は足跡を注意深く辿りながら捜索を開始した。
怜央は混乱していた。瞬からは良恵を見張ると同時に有事の際には死守しろと厳命されている。
その良恵が自分を守るために恐ろしい敵と戦っているのだ。
生まれてこのかた誰か守られた経験のない怜央にとって、良恵の行動は戸惑いしか感じなかった。
(ど、どうして?怖い、あの赤毛怖いよ。すごく強いよ。絶対に勝てるわけないんだ。
もし本気で怒らせたら酷い目に合う。それなのに俺のために逆らうなんて。どうして?全然わからないよ)
「怜央、早く逃げて!」
「か、勝てない……勝てないよ、絶対に」
「誰も勝とうなんて思ってないわ。あなたが逃げる時間くらいは作るから早く……あっ!」
良恵は後ろ手に手首を捕まれ動きを封じられた。
「俺を舐めてるのか。おまえなんか相手になるか」
良恵の表情が苦痛に歪んだ。手首に強い痛みを与えられているのだろう。
怜央はどうしていいかわからず、おろおろするしかないい。
「おまえは捕獲、こいつは殺す」
紅夜の非情すぎる言葉に怜央はびくっと硬直した。
「そんな事はさせないわ」
「おまえの許可なんかいるか」
「瞬が黙っていると思ってるの!?今の瞬は単独ではないわ。
瞬を本気で怒らせたらF5でもただじゃ済まないわよ!」
「蒼琉は面白がって挑発するだろう」
(この男には脅しなんて効かないわ。確かにブルーの性格上、敵を作ることなんて何とも思わない。
それどころか楽しんでやりそうな人間よ、あいつは)
紅夜が腰に差しておいた銃を取り出した。それが何を意味するか考えなくてもわかる。
良恵は渾身の力を込めて紅夜を突き放すと怜央の手を取って走り出した。
「え、あの……」
「早く!」
森の中に入れば木々が盾となってくれる。
「俺から逃げられると思っているのか」
紅夜は銃をしまうと2人の後を追いかけた。
「そろそろですな」
「いやあ、あれはまさに完璧な生物兵器。後は上手く調教さえできれば言うことはない」
モニターを見つめる面々の興奮度が一際高くなってきていた。
(ついに奴のお出ましか。この茶番も一気に終了するかもしれないな)
冬也はつまらなそうにグラスをテーブルに置いた。
時計の針は深夜零時に刻一刻と近づいている。
科学省が作り出した究極キマイラ・F4が登場すれば、あんな子供達など命がいくつあっても足りはしない。
そう思っているのは冬也だけではない。
深夜零時を一時間回った時点で全滅が最もオッズが高いのがその証拠だ。
(せめて見つからずに隠れ通す事ができれば)
F4は夜行性だ。朝がくれば活動範囲が狭くなる。
(夏生の馬鹿は大丈夫だろうか?あいつは女が絡むとてめの命ですら危険にさらす。
女なんかほかってさっさと脱出すればいいが……)
冬也は弟の身の安全だけが唯一気懸かりだった。
「静かに」
良恵は怜央を岩陰に隠すと「絶対に出てきては駄目よ」と念を押した。
「ど、どうするんだ?」
「私が囮になるわ。その間にあなたはあいつが乗ってきた船で逃げて」
「え、でも……」
「私は殺されないから大丈夫だって言ったでしょう?だから安心して」
「……Ⅹ6達は」
「それも大丈夫よ。船さえなければ、あいつもここから出られないわ。
瞬や要はすぐに戻ってくるはずだから、この事を知らせて」
怜央はまだ不安そうだった。
「私を信じて。ね?」
良恵は微笑み、怜央の頭を優しく撫でた。
「……う、うん。でも……」
怜央には、まだ不安があるのが、おどおどしている。
「どうしたの?」
「……どうしてなんだ?どうして俺を守ってくれるの?
俺……おまえに悪い事しかしていない。それなのに……」
「あなたが大事だからよ。私も誰かに愛されるって事に慣れずに育った人間だったの。
だから肉親には弱いのよ。できれば怜央とは仲良くしたいの」
長話をする時間はない。
良恵は「いいわね。私があいつを引きつけるから、それまで見つからないようにするのよ」と念を押した。
立ち上がり岩陰から出ようとすると怜央が服の裾を掴んで離さない。
「怜央?」
「……お、俺わからない。でも駄目、行っては駄目……だと思う」
今までどんなに努力しても自分を寄せ付けなかった怜央が初めて良恵に触れた瞬間でもあった。
「怜央、さっきも言ったとおり瞬や要の事なら心配しなくてもいいのよ」
「違う……要達じゃないんだ。俺、わからないけど……でも、おまえを行かせちゃいけない気がする。俺……」
「おまえに行って欲しくない。一緒にいたい」
「……怜央」
こんな時だというのに良恵は嬉しくなった。
「ありがとう怜央」
「お、俺……船の場所知ってる」
「え?」
「Ⅹ6が言ってたんだ。必ず二日以内に迎えに来るって。
でも万が一失敗して、自分が死んで来れなくなったら……その」
『良恵にこの薬を飲ませろ』
『……何、これ?』
『すぐに静かに眠れる薬だ。良恵はベッドに寝かせて、おまえは島の裏側に用意してあるボートで島をでろ。
島から離れたら、ボートの中にある装置のスイッチを押せ。後はおまえの好きに生きろ』
「……もしもの時の為に島から出れるボートがあるんだ」
良恵は胸が熱くなった。怜央は間違いなく自分には伏せておくように瞬から厳命されているはず。
それなのに打ち明けてくれたという事は、それだけ自分に心を開いていてくれているのだ。
「ありがとう怜央」
良恵は思わず怜央を抱きしめた。
怜央は嫌がる素振りも見せずに良恵の腕の中で幼子のように目を閉じている。
「そうと決まったら、すぐに逃げましょう。あいつに見つかる前に」
「うん」
2人はボートに向かって走り出した。
(でも、あいつから上手く逃げられるなんてびっくりだわ。すぐに追いつかれると思ったのに)
紅夜はスピードだけならF5リーダーの蒼琉以上だと言われている。
隠れる暇すらなく捕まると思ったのに意外にも未だに紅夜は姿を現さない。
(運が良かったのかしら?)
疑問は残るが良恵は今は島から出る事に専念する事にした。
その頭上の木の枝から紅夜が見下ろしているなど全く気づかなかった――。
「これなら私にも簡単に操縦できるわ」
即座にエンジン始動。ボートはゆっくりと岸から離れ、やがて爽快に海上を滑り出した。
時間は日付が変わる数分前。
(間に合うかもしれない。瞬達を止められるかも、いえ必ず止めるのよ)
良恵は強い意志をもって暗い海を突き進んだ。
怜央はボートの片隅にある小型装置を手にしている。
「これ、何だったんだろう?」
瞬は「おまえが知る必要はない」としか言わなかった。
スイッチを押すと、暗闇の中に炎が燃え上がるのが見えた。あの小屋の辺りだ。
「……何なんだろう?」
遠隔操作の発火装置だということだけはわかった。
しかし怜央は、なぜ瞬がこんなものを用意してたのか、わからなかった。
【B組:残り40人】
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