「隠しカメラですって?」
「ああ、そうだ。ここは俺には動きづらい」

箕輪からもたらされた情報は頭にくる事ばかりだった。
自分達を餌にテロリストをおびき出す目的もだが、賭の対象に去れている事は怒りを通して唖然とすらする。


「俺は豚の命令でここに来た。あの下種は相馬だけは助けたいんだ」
「だったら総統陛下の息子の権限利用して……って、無理よね。あの馬鹿には」

宗徳に、そんなご大層な事ができない事は光子自身よくわかっている。
宗徳は肉親から毛嫌いされている。
だからこそ異母兄・彰人を利用して宗徳抹殺計画をたてることができたのだから。


「ねえ色男さん」
月岡が陽気な口調で話かけてきた。しかし口調とは裏腹に目つきは鋭い。
「肝心な事を知りたいのよ。あなたはアタシ達を助けてくれるの?」
月岡は『達』という単語が強調した。


「無理だな。隠しカメラはごまかせても特選兵士を騙すには限界がある」


「まあ、はっきり言うのね」
月岡は相変わらず陽気な態度を崩さなかったが内心はがっかりしている。
光子には、それが手に取るようにわかった。
なぜなら月岡は光子と随分似てる人間だからだ、もちろん内面的な意味で。
「俺一人なら侵入も脱出もできる。だが連れがいると難しい、はっきり言うぞ。ほぼ無理だ」
「本当にあんたってはっきり言うのね。でも自信もないのに希望もたせるような言い方されるよりはいいわ。
けど、あたしを助けに来てくれたんでしょ?」
「俺が望んだことじゃない」
箕輪は冷淡すぎるくらいにきっぱり言い切った。


「ルールに従って生き残れ。そのくらいはできるだろ」
「簡単に言ってくれるじゃない」
「二者択一だ。勝利か死亡、贅沢いえる立場か、間抜け」
「……あんたって本当にいい性格してるわよね。
せっかく上等な顔してるんだから、ちょっとは優しい性格になったらどうなのよ。そんな性格じゃ女にモテないわよ」
箕輪はそっぽを向いて「女は嫌いだ」とあっさり切り替えしてきた。

(悔しいけど箕輪君の言う通りだわ)

「それで生き残れば約束通り命は保証されるんでしょうね?」
「しばらくはな」
曖昧な返事だった。しかし箕輪はさらに続けた。
「少なくてもワールドからは解放される。おまえ達の警備が緩むチャンスがでる」
「……その為に生き残れっていうのね」

このおぞましい餌箱の中には希望はない。
逃げるチャンスを掴む為に忌々しいが今はルールに従うしかなさそうだ。


「幸い、あなたがいるしね」
箕輪の強さは折り紙付きだ。
先程の戦闘から分析してもF4とやらがどれだけ凄まじい怪物かはわからないが、箕輪ならきっとやってくれるだろう。
そんな光子の期待を箕輪はあっさり否定する言葉をはいた。
「俺を頼るなよ。俺の行動範囲は限定されている」
月岡がはっとして「そうか、隠しカメラね」と呟くように言った。


「そうだ。俺は隠しカメラの死角でしか動けない」




鎮魂歌二章―16―




「友美ちゃん、あたしよ、雪子よ!」
もしかしてと一縷の望みにかけていたが、やはり友美子の姿はない。
雪子はがっくりと肩を落とした。
「元気出せよ。すぐに探そうぜ。きっと遠くには行ってねえって」
「うん、ありがとう沼井君」

(沼井って女の子には優しいな。不良だけど悪い奴じゃない)

良樹は内心沼井に関心していた。


「よし急いで日下を探そう」
川田が早々と提案してきた。その口調には焦りのようなものを感じる。
良樹は沼井と雪子には聞こえないように、そっと川田に質問してみた。
「川田、おまえ何を焦ってんだよ」
「時間がないだろ」
「時間って……例のF4って奴の事か?」
「そうだ。奴らは深夜にぞろぞろとおでましになる。
そうなったらお仲間を探すなんて悠長な事は言ってられなくなるぞ。
北野には気の毒だが11時までに日下が見つからなかったら捜索は打ち切りだ」


「川田、何でだよ!」


思わず声を荒げてしまい良樹は、はっとして口を手で押さえた。
沼井と雪子が何事かと訝しげに此方を見つめている。
良樹は「悪い、こっちの話だ」とへらっと笑って見せた。
そして声を低くして再度川田に「何でだよ」と尋ねた。


「簡単だ。奴らとの戦闘に備えなきゃならんだろう。最低でも一時間はみておきたい。
だから、それまでに日下が見つからなかったら諦めるしかないだろう」
川田は煙草を取り出すと口に運ぼうとした。
しかし、「F3に火をみられたらやばいな……」と呟くと煙草を捨てた。
「非情なようだが生き残るってのはそういう事だ。わかるな雨宮?」
「俺は……」
良樹は貴子や杉村、それに七原や三村の顔を思い浮かべた。


「俺はよくわからない。わかりたくもないって言った方がいいかな……俺は」
「そうだな。できれば俺もわかりたくない」


川田は平静を装ってはいるが、良樹と目を合わせようとしない。
だから良樹にはわかった。本当はこんな決断を下した川田が一番辛いのだろうと。

「俺は現実主義でね。どうしても、より確実なルートを辿りたいんだ」
「川田……」

仕方なの無いことだ。川田の判断は正しい。
正しいと頭ではわかっているのに心の中はもやもやだ。とても苦しい。


「日下を、いや他のクラスメイトも見つかることを祈るしかない」
「ああ、そうだな」
良樹は強い決意を持って拳を握りしめた。後、数時間しかない。
それまでに友美子を、貴子を、他の皆を探し出すのだ。




川田はシャツを脱ぐと切り裂きだした。
「暗闇では白は一番目立つ。ないよりはマシだ」
「川田、これは?」
「俺の考えを言うぞ。沼井、おまえさんは、そのお嬢さんとここに残れ」
「は?」
「動き回るだけじゃすれ違うだけて終わってしまうかもしれん。
ましてこんな暗闇の中だ、その可能性は高いだろう」
確かに川田の言うとおりだ。もし友美子が無事ならば、ここに戻ってくるかもしれない。


「その為に残る人間が必要だ。それは北野に決まっている。
もちろん一人にさせるわけにはいかん。だから沼井、おまえが守ってやるんだ。俺と雨宮は日下を捜す」
沼井は「あ、ああ、わかった」と言った。
雨宮、おまえもそれでいいな?」
「もちろんだ。でも、その布は?」
「木の目立つ枝に縛り付けるんだ。俺たちがこの付近にいることを書き込んでな。
運がよければ日下がこれを見つけて、ここに戻ってくる」
「そうか!もしかしたら日下だけじゃなく他の仲間とも合流できるかもしれないな!」
「そうだ。俺達は移動しながら、所々にこれをくくりつけるんだ」
良樹は心の底から川田に感心した。こんな時だというのに冷静な判断をしてくれる。

「よし、そうと決まったらすぐに取りかかろう。沼井、北野を頼むぞ」
「ああ、まかしておけ。北野一人くらい何が何でも守ってやるぜ」














「おっと!」
夏生は急ストップ。ちらっと斜め上に視線を移動させた。
枝に隠しカメラ。そのレンズが不気味な光を放ちながら此方を見ている。

(やばいやばい。もう少しで映るところだったぜ)

夏生は慎重に数歩下がるとジャンプして枝から枝を跳び移りカメラを越えた。
そしてサイレンサー付き銃を発砲。カメラは一瞬で鉄屑と化した。


「……いちいちこれじゃ歩くこともままならない。あー!光子、光子ー!!」


暗闇に夏生の絶叫がむなしくこだまする。
「俺の大事なにゃんにゃん……ん?」
夏生は思わず息を飲んだ。同時に焦りと下心に満ちていた目が鋭く変化している。
「おいおい大勢さん、おでましかよ」
木々の向こうから赤く光る目が大量に見える。


「ひとの性欲、もとい恋路を邪魔する奴は全滅させてやる」


夏生が放った殺気に刺激されたのか、奴らは一斉に襲ってきた。F2の群だった。
夏生がただのスケベ男なら哀れな死体ができあがっていただろう。しかし死体になったのはF2達。


「俺の恋路を邪魔するなんて100年早い!」

夏生は勝ち誇ったように言った。

「おまえ達のせいで時間食っちまったじゃないか。
畜生、光子にもしもの事があったらどうしてくれんだよ!……ん?」

夏生はある事に気づいた。F2の口や爪にぬるっとした液体がついている。
奴らの唾液ではなさそうだ。かがんで指ですくってみた。
つんと鼻をついたのは決して好ましい臭いではない。

「……血だ。こいつら狩りをした後なんだ」














良樹と川田は足音を出さないように、かつ素早く慎重に動いた。
木々や茂みの間をすり抜け、しばらく走っては立ち止まり辺りの様子を伺った。
そして木の枝に布を縛ってゆく。その繰り返し。
幸いにも化け物と出会う事はなかったが、その代わり仲間を見つける事もできなかった。
いたずらに時間だけが過ぎてゆく。ふと空を見上げると月が目に入った。


(月の位置が少し変わってる。出発してどのくらい時間が経過してるんだよ。
やばいじゃないか……今何時なんだ?)


「そろそろ戻るか?」
良樹の焦りが伝わったのか無口になっていた川田がそう提案してきた。
「でも、まだ……」
「定期的に戻る必要はあるだろう。もしかしたら日下も、戻っているかもしれんだろう?」
「そうだな。じゃあ、すぐに――」




足をとめた瞬間、良樹は全身に電流が走るような衝撃を感じた。
何かが自分達を見つめている。
いや、そんな生易しいものじゃない。棘のような視線で睨みつけている!
この刺されるような感覚は殺気だろうか?
こんなおぞましい気配は鳴海雅信以来だ。しかし、あの時とは決定的に違う事がある。
鳴海のターゲットは美恵だった。だが、今度の標的は良樹と川田だ。
何よりも雅信の目的は美恵の殺害ではなかったが、奴らは何の迷いもなく簡単に自分達の命を踏み潰すだろう。
良樹は直感的にそう感じた。背筋に冷たいものが走る。
言葉を失い川田を見ると、川田も不気味な存在に気づいたのか顔色を失っている。
良樹はごくっと固唾を飲んだ。額から汗が滴りおちている。


(落ち着け……落ち着くんだ!)


良樹は拳を握りしめた。自分達をどこからか見ている奴は敵だ。
言葉も情けも通用しない恐ろしい捕食者なのだ。
今は震えている時ではない。
決意を持って川田を見ると、川田も覚悟を決めていたようで笑みを見せてきた。


「……手強い相手だぞ。だが勝ち目がないわけじゃない。わかるな雨宮?」
「ああ」
「いい返事だ。おまえさんが思ったより度胸があってありがたい」


二人は同時に銃を構えた。冷たい風が頬をかすめる。
準備は整った。良樹は大きく深呼吸をする。


「さあ、どっからでも来いよ!!」


その言葉を合図にしたかのように、森の中から黒い物体が飛び出してきた。

「川田!」
「目を逸らすなよ若造。確実に狙いを定めて打つんだ!!」


凄まじいスピードだ。瞬く間にそれは目前に迫ってくる。

「撃て!」

川田が叫んでいた。反射的にトリガーを引くと飛散した血液が良樹の頬を染める。
気持ち悪い、吐き気すらする。だが感情なんかに浸っている余裕などない。
奴はまだ生きている!

「畜生!」

良樹は銃を構えたまま真横に跳んだ。
地面の上を一回転して体勢を整えると即座にトリガーを引いたが今度は手応えがない。
敵の姿はどこにもない、見失かったのだ。


(しまった!)


まずいと思った直後、背後から強烈なタックルがきた。
良樹は地面にダイブ、その勢いで銃が手から離れ数メートル先まで転がってゆくのが見える。
最悪だと思った瞬間、獲物を捕らえる狂喜の唸り声が聞こえた。

(ダメだ。銃なんか拾っている暇はない!)

良樹は半回転し仰向けの体勢となった。
その瞬間、目に飛び込んできたのは醜い化け物が飛びかかってくる姿。


雨宮ー!!」

川田の絶叫が森の中にこだまする。




「はっはっ……!」
化け物の体重を直に感じ良樹は荒い呼吸を繰り返した。
両手にぬめっとした感触がある。ぽとぽとと生温かいものが落ちてくる感覚もある。
ぎぎっと苦痛に歪む化け物の顔も間近でみた。
想像以上に恐ろしい顔をしている。
良樹は咄嗟にナイフを握りしめ構えたのだ。思惑通り化け物のボディに刃が深々と刺さった。
だが絶命はしていない。こんな密着した状態ではやられる!


雨宮!!」
川田が叫んびながら化け物を蹴り上げてた。
化け物の体が良樹から離れると同時に、ぱんっと乾いた音がする。
川田が構えている銃から硝煙が立ち上っていた。
化け物は……まだ動いている、何て生命力だ!
川田は頭部目掛けて再度トリガーを引いた。再び乾いた音がして、ようやく化け物は動かなくなった。


「大丈夫か雨宮?」
「あ、ああ……助かったよ川田」
川田が手を差し伸べてきた。
良樹はそれに応えようと手を伸ばしたが、化け物の手で真っ赤に染まっている自分の手を見て愕然となった。
「……気持ち悪い」
助かったが恐怖や生理的悪寒は消えない。自分は今確かに死にかけたのだ。


「しっかりしろ雨宮!」


川田が両肩に手を置き強く揺さぶった。

「覚悟してたはずだ」
「わかってる……ああ、わかってるさ!」

良樹は力強く立ち上がった。


「よし、それでいい。先を急ぐぞ、今の戦闘を嗅ぎつけて他の化け物が来るかもしれんからな」
「ああ」

二人は即座にその場を離れた。川田は振り向きもせず前方だけを見ている。
良樹は一度だけ肩越しに背後を見た。


(恐ろしい怪物だった。これから何匹、あんなのと戦わないといけないんだ?)


良樹を襲ったのはF3だった。
だが深夜零時を超えたら、あれよりも恐ろしい奴がでてくるのだ――。





























「そっちはどうだ冬也」
『ああ、パーティーは大盛況だぜ。飲んで騒いでお祭り騒ぎだ。
どいつもこいつも、てめえのオッズが余程気になるらしい』
冬也の言葉には言外に蔑みを感じた。夏樹自身、こういう『お遊び』は大嫌いだ。
まして冬也はプログラム対象クラスに選ばれ自らが賭けの対象になった経験がある。
政府主催の糞ゲームに異常な程嫌悪感を持っているのは当然だろう。


「何人死んだ?」
夏樹は単刀直入に言った。
『四人だ。安心しろ、おまえが賭けた相手はまだ生きてるぜ』
賭けた相手というのは嘘。夏樹が助けたいと思っている人間の事だ。
国防省の中では盗聴されていて当然。会話一つにも注意が必要なのだ。
「そうか」
『広間に戻るからもう切るぜ。また後で連絡する』
そこで通話はきれた。




「兄さんのお気に入りはどうだって?」
秋利がコーヒーカップをテーブルに置きながら尋ねてきた。
「まだ無事だ。悪運だけは強い連中だぜ」
「夏生が一ヶ月間みっちりしごいたんだろ?当然といえば当然じゃないのか」
「確かにな。簡単にくたばってもらっては夏生が可哀想だ」
夏生は光子を助けるためにワールドに向かった。
「今頃はあの中だろうぜ。女の尻を追いかけさせて、あいつの右にでる奴はいやしない」
夏樹はくくっと笑った。弟を褒めているのか貶しているのか、自分でもよくわからない。


「それよりも兄さん、妙な情報が入ったらしいよ」
「妙な情報?」


秋利は一枚のプリント用紙を夏樹に差し出した。
「テロリスト御用達の裏サイトに短時間だけ表示されていたらしい」
テロリスト御用達の裏サイトは、一般人はおろか政府の人間ですら滅多にアクセスできない裏社会の情報交換所。
政府に反感を持っているプロの組織、その中でもごく一部の連中にしか存在を知られていない。
おまけに万が一政府側の人間に存在がばれた時の事を考慮し、表向きは無害な個人の趣味サイトを装っている。
季秋はほとんどのテロ裏サイトを把握していた。
その中でも信憑性の高い情報を記載しているサイトを常に見張っている。
その中の一つに気になる情報が記載されたのだ。
一見すると詩をテーマにした投稿サイト。
そこに、ほんの30分程前に妙な詩が投稿され、そして短時間で削除されたというのだ。


「『鷹の王は地上に舞い降り羽を休めた。ツバメもキジもそれに習った。
さあゲームの始まりだ。ネオ東京の深夜鳥達の盛大な宴が幕を開ける。
彼らはゲームに夢中だ。歌を歌い羽を広げて舞を披露。獣の足音にすら気づかない。
明日の六時まで夢の中。狐よチャンスは今しかない』……か」


それは随分と凡庸な詩だ。詩人が見れば、そう評価されるだけのものに過ぎない。
だが、その真の意味をしったなら震え上がるようなものだった。




「鷹は皇の紋章。鷹の王は総統の事だな。単純すぎるぜ」

ツバメは総統の嫡男・翔太郎、キジは三男・彰人の親衛隊のシンボル。
つまり総統一族が一カ所に集まっている事を指し示している。
そして狐だ。狐とは裏社会で政府に対して過激なまでの活動をする輩を指し示す単語として用いられている。
つまり政府のブラックリストのトップに名を連ねる者達への呼びかけなのだ。


『総統一族はネオ東京に集まり明日六時まで馬鹿騒ぎをしている。
お忍びだからと油断してる今がチャンスだ、叩きつぶせ』


それが投稿者の真の意図だ。

「まさか兄さんの知り合いじゃないよな?」
秋利は穏やかな口調で言った。
「まさかだろ。今、あそこには冬也がいるんだ」
総統一族を根絶やしするまたとないチャンス。
だが、その為に大事な弟を犠牲にするつもりは夏樹には全くない。
それどころか頭にきた。
こんな挑発に乗って大物のテロリストが本当に総統暗殺に動き出したら冬也が危険ではないか。


「……ふざけた事しやがって」
「今はまだ何も動きはない。けど用心に越したことはないよ」
「……そうだな」

確かに護衛が手薄の今、これは千載一遇のチャンス。
しかし総統一族は国防省の要塞の中にいる。そこを襲うなんて並の組織ではまず無理だ。
季秋家のように絶大な軍事力を誇る地方自治省の権門か超強大反政府組織にしかできない。


「そんな組織、西園寺系のグループくらいしかないだろう」
「もし、奴らがこの情報を信用して行動に出たら厄介な事になるな」
「……させるか。すぐに佐竹達を出動させて国防省を見張らせろ」


総統一族や政府の関係者なんかどうでもいい。
だが冬也に、俺の弟に危害が及ぶなら話は別だ。
もし妙なマネをしてみろ、季秋は政府側についてでも反政府組織を根絶やしにしてやる!














とある廃墟の中、銃を構え、完全武装した男達が並列している。
そこにメモ用紙を手にした者が飛び込んできた。
「マスター、マスター!!」
ノックもせずに扉を開け放たれ騒々しいことこの上ない。


「うるさいよ。大声出さなくても聞こえてる」


むさ苦しい男達の頭目とは思えない上品な声。
しかし、静かだが威厳がある口調ではあった。
男は敬礼し「は、すみません!」と声を張り上げた。
「だからうるさいと言ってるだろう。用は何だい?」
「はい、総統に動きがあったようです。これをご覧ください!」
男がメモ用紙を差し出すと幹部らしい男がそれを取り上げ首長に手渡した。


「ふふ、総統をやれる絶好のチャンスができたようだよ」


「何、本当か!?」
総統殺害。その言葉に幹部達は一斉に色めきたった。
当然だろう。彼らは、その為だけに人生を費やしてきたと言っても過言ではないのだから。
「ちょっと待て。その情報は信用できるのか。俺たちをおびき寄せて殺そうって作戦かもしれん」
「その可能性も十分あるだろうけど、俺は信用してもいいと思うんだ。
海原、君の願い、かなえてやれそうだよ」
首長がそばの長椅子に腰掛けている男に声をかけると、男は深々と頭を下げた。
「すまない都丸、恩に着る」


都丸好晃(とまる・よしあき)、大東亜共和国史において最も政府を脅かしたとされる西園寺紀康の組織の現在の頭。
そして海原辰男(かいばら・たつお)、かつて西日本で一大勢力を誇っていた組織のリーダー。
水島に組織を潰されて以来行方不明となっていたが西園寺グループに身を寄せていたのだ。
彼は右腕の木下が捕獲されたと知り、その救出の手助けを要請していた。
だが都丸は柔和な容姿とは裏腹に情では動かない男。
リスクを背負って木下を救出するメリットはないと今までいい返事をしてくれなかった。
だが事情が変わった。
国防省の要塞に総統がいる。お忍びの為、僅かな警護のみ。


「こんなチャンス滅多に訪れるものか。要塞ごと破壊してやる」


都丸の組織の人間は政府の要所要所にスパイとして送り込まれている。
国防省といえども例外ではない。


「やるのか都丸。危険だぞ」
幹部達は慎重だった。だが誰一人として都丸の決意に反対するものはいない。
「危険を犯す価値はあるだろ。西園寺さんの仇をとるんだ。
総統の息の根を止め、この国を転覆させてやる。俺達はその為に生きてきた」


「奴らの血で大地を染めてやる。これは聖戦だ」




【B組:残り41人】




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