「要、かなめ、カナメ、KANAME……」


秀明はノックもなしに長官執務室のドアを盛大に開けた。
「ひ、秀明……おまえか、驚かすな!」
宇佐美がデスクの下からそっと顔を出し此方を伺う。


「K-11が怖いだけにしてはビビり過ぎだな長官。この科学省本部に居れば安全だろう。
奴らは最近活動が派手なだけの少数部隊。厳重な警備を突破できるわけがない」
「そ、その油断が忠次殿下殺害をゆるしてしまったんだぞ!」


忠次は海軍の総司令官だった。
総統の弟であり、総司令官も兼ねている人間ですら殺される時はあっさりやられる。
総統一族と比較したら自分など小者。
簡単にやられるだろうと宇佐美は怯えきっていた。
もっとも忠次が殺されたのはプライベートの最中で、当時はまだK-11は無名だった。
だからこそ暗殺に成功したともいえるだろう。
まさか、あんな幼さの残る年齢のテロリスト集団が存在するとは思われなかったのも成功した要因の一つ。
そして忠次が極めて秘密裏なプライベートの為に、ろくに護衛もつけずお忍びで行動した事も大きかった。
(忠次の子供や総統一族の体面を守るために関係者は口止めされたが、公にできない女の家に行っていたのだ)




「随分な怯えようだな長官、俺としては良恵の事もあるしⅩ6の捜索に専念したい」
「何が良恵だ!そんな事よりも、今は私の身を守る方が優先だろう!!」
「では、もう一つ質問してもかまわないか?」
「何だ?」


「要という名前に聞き覚えはないか?」


「……か」

宇佐美は顔面蒼白になって飛び上がったと思うと猛スピードで後ずさりし壁に激突した。

「かかかか……要ー!?」
「知っているんだな」


宇佐美は呼吸困難に陥り、ぜえぜえと喘息のように荒い息をした。

「……さ、さあ……全く聞いた事がない名前だな」

秀明は無表情のまま静かにこう言った。


「長官、それは嘘だろ」




鎮魂歌二章―11―




「桐山君、クラスメイトが襲われてるのよ。助けてあげないと」
「千草ではない。だからほかっておいてもかまわないんじゃないのかな?」

冷酷というにはあまりにも淡々として桐山の返答に美恵は唖然とした。
「ふざけるなよ桐山!」
声を荒げたのは七原だ。
もっとも、ほぼ同時に光子と月岡が暴力行使に出たため、すぐに口を塞いだが。


「それに、もう終わった」


桐山が放った衝撃的な一言に美恵は愕然となった。
終わった……それが意味するものは一つしか思いつかない。


「……き、桐山君……それって……」
「もう終わった。今から駆けつけても、助けられる人間はいない」

桐山は美恵の手を握ると、「さあ行こう」と歩き出した。
「おい桐山」
呼び止めたのは三村だった。
「何だ三村?」
「俺達が駆けつけた時には、きっともう手遅れだったんだろうな。
下手したら死体が増えていただろう。おまえの判断を責めるつもりはないぜ」
目先の正義感を最優先させる七原と違い、三村は状況をきちんと把握していた。
感情を捨てなければ、この命がけのサバイバルを生き残れない事を。


「ただ一つだけ確認しておきたい。千草じゃないのは確かなんだな?」
「ああ、千草の声ではなかった」
「おまえって地獄耳だな。で、誰だよ?襲われたのは」
「天童真弓だ」
「……天童のグループには、おまえの手下の笹川もいるじゃないか。
あいつに会わなくてもいいのかよ?」
「ああ、かまわない。質問はそれだけか?それならば、もう静かにしてくれ。
これから先は敵が多くなる。声もなるべく出さないでほしい」

美恵は半ば混乱した。
自分を慕う手下ですらあっさりと切り捨てた桐山に。


(……どうして?私の事は守ってくれたのに)















―十数分前―


天童のグループは笹川、比呂乃、大木、好美、倉元、赤松、さくらの8人で構成されていた。
「まだなのかよ。その武器の配給場所ってのは」
比呂乃は女とは思えない口調でいらいらしながら足元の小石を蹴飛ばしていた。
「全くだぜ。おい、この辺りで間違いねえだろうな?」
笹川はさらに粗暴な口調で、そばにあった木の幹にキックしている。
「……ちょ、ちょっと、やめてくれよ……大きな音だすのは……」
元々臆病な赤松は泣きそうな声で頼んだ。
それが笹川の怒りのツボに入ったらしく、赤松は尻に蹴りを食らう羽目になった。
「……うっ、うっ……和君……」
さくらはというとずっと泣いている。
恋人に死なれて間がないので無理もないが、甲高いすすり泣きは第三者には迷惑でしかない。
「おい泣くなよ。猛獣は夜行性っていうし、あいつに聞こえたらどうすんだよ。
勘弁してくれよ。それ以上泣くんなら俺達から離れてくれよな」
倉元は吐き捨てるように言った。
冷たい言葉だが誰もさくらを庇わないのは、全員が倉元の意見を肯定している証拠だ。




「ね、ねえ……!」
好美が突然大声を上げた。
「馬鹿野郎!おまえ、状況わかってんのかよ!」
「ご、ごめん洋ちゃん……で、でも……でも、さっき……さっき……」
「何だよ。はっきり言えっての!」
「さ、さっき……あ、あの枝の上に何か……何かいたんだよ」
全員が顔面蒼白になって好美が指差す方角に視線を向けた。
しかし怯えきった目は徐々に呆れていった。


「ふざけるなよ、おまえ。ただの蛾の群れじゃねえか!」
「……え、で……でも確かに黒い影がちょっと見えたんだよ」
「おまえの見間違いに決まってんだろ!今度、変な事いったらぶつぞ!!」
倉元の剣幕に好美はそれ以上何も言わなかった。
ただ心の中で「……本当に本当だもん」と無念そうに呟いた。
「ちっ、くだらねえ。おい大木、地図を見間違えてないのかよ」
笹川に念を押され大木は懐中電灯を照らし地図を確認。
不用意に懐中電灯をつけるなんて自殺行為だ。
しかし残念な事にその危険性に気付く人間は、このグループにはいなかった。
蛾が光に集結するように、その光は恐ろしい怪物たちを呼び寄せていた。
しかし彼等は全く気付いていない。




わかったぞ。その岩場の向うだ、そこで武器が支給される」
泣きじゃくるさくら以外の全員が岩場を見つめた。
距離にして、ほんの数十メートル先だ。

「すぐに岩をよじよぼって――」

大木の目がこれ以上ないほどに拡大した。それは他の者も同じだ。
茂みから何かが飛び出すのが見えたのだ。
サイズだけは中型犬ほどの大きさだが、そんな可愛いものではない。


「うわああー!!」


大木は絶叫していた。反射的に懐中電灯を投げつけた。
ハンドボールで鍛えていたせいか見事に命中。
しかし、そんな攻撃、謎の生物には全くダメージにはなっていない。
その固い甲羅に弾かれて懐中電灯は地面に落下。
それを合図に全員が蜘蛛の子を散らすように走っていた。
頭の中は恐怖一色、今まで号泣していたさくらですら転倒しそうな勢いで逃げてゆく。


「ぎゃああ!」
「きゃあー!!」


複数の悲鳴と同時に水音が発生していた。
倉元と好美、それに赤松とさくらと笹川は川に落ちたのだ。
頭の中に地図がしっかり入っていれば避けられるミスだったが、今の彼らにあるのは恐怖だけ。


「何だよ、何だってんだよ。あれはー!」


初めてみる異形の生物に比呂乃は全力疾走。
運動神経は悪くなったので案外速かった。
大木も部活動で鍛えた脚力を如何なく発揮している。
それでも、その謎の生物は奇怪な足音と共に追って来るではないか。


「じょ、冗談じゃないよ!」


比呂乃はぎょっとなった。
不気味な生物が自分の後にぴったりついてくる、しかも距離がどんどん縮まっている。
すでにクラスメイトの姿は見えなくなっていたが、比呂乃はそれすら気づいてなかった。


「やるなら他の奴らをやりな。あたしを追って来るんじゃないよ!」


それは魂の叫びだった。だが、まるで効果はない。
奇怪な足音は確実に近づいてくる。比呂乃は後ろを振り向く事ができなかった。


(く、来る!追いつかれるよ!!)


自分が何をしたって言うんだ。こんな目に合うほど自分は悪い事はしていない。
万引きやカツアゲなんか大した金額じゃなかったし、売春は個人の自由だ。
喧嘩はお互い覚悟の上の行為だったし、虐め?そんなものはやられる方にも問題がある。
ともかく比呂乃は自分の身に起きた不条理を、ただただ呪った。
その間にも敵は迫ってくる。踵に爪のようなものが当たる感触があった。
比呂乃は「ひいい!」と悲鳴を上げた。
思わず足元のバランスを崩し、そのまま地面に無様に激突。
今度は背中に何かが飛び乗る感覚。
比呂乃の恐怖はピークに達した。今度は悲鳴すら出なかった。


「……!」

誰か助けて、そんなかわいらしい言葉が浮かんだが声が出ない。
比呂乃は必死になって腕を動かした。
それははたから見たら滑稽な動きだったに違いないが比呂乃は必死だった。

(こ……殺される!)

比呂乃の心はすでに三途の川を渡りかけていた。




「……はっ……はっ……!」

比呂乃は大きく呼吸をしていた。

(……し、死んでない?)

背中の異物の感触が無くなっている。
恐る恐る背中に腕を回して触れてみると何もなかった。
ただ制服が切り裂かれているのはわかる。
あの謎の生物は幻でも夢でもない証拠だけを残して消えていた。
突然の展開に助かったという歓喜の感情はわかなかった。
不思議すぎて、ただただ唖然となっている。


「……た、助かった~」

比呂乃がほっと一息ついた直後、前方にぼとんと何かが落ちてきた。

「…………!!」


比呂乃は再び涙目になり絶叫しようとした。
謎の生物が月明かりの元、ついにその姿をさらけ出したのだ。
あまりの恐怖に、さして大きくないそいつが自分の何倍ものサイズに見えた。
比呂乃は声がでない。口を塞がれていたからだ。


「静かにしろ。そいつは死んでいる」


比呂乃は最初その声はクラスメイトのものかと思った。
しかしクラスメイトの誰とも一致しない。わかるのは男の声だという事だけだ。

「声を上げるな。いいな?」

比呂乃は事態を呑み込めず、どう反応していいかわからなかった。
それが癇に障ったのか、男は今度はやや強い口調で「わかったのか?」と言ってきた。
比呂乃はこくこくと何度も頷いた。
「最初に言っておくが、それを片づけたのは俺だ。おまえに聞きたい事がある」
男は「声を出すな」と念を押し、比呂乃から手を離した。


「相馬光子はどこにいる?」




「ひぃ……だ、誰か、助けてえ!」

真弓は全速力で走っていたが木々が邪魔して思うように走れない。
肩越しに見える敵は森の中に慣れているのか、すいすいと木の間をすり抜けている。
その体型に似つかわしいジャンプまでしているではないか。


「ぎゃああ!!」

真弓は思わず、お嬢さんぶった容姿とは釣り合わないおぞましい悲鳴を上げた。


(こ、殺される……!)


おまけに何かに躓いた。地面に激突し頭部に強い衝撃が走った。
視界がぐにゃっと曲がり、頭がくらくらして立ち上がる事もできない。

(に、逃げないと……殺される。は、早く……逃げないと……)

頭に痛みが走って考えが定まらない。真弓の意識は遠い彼方に今だ飛んだきりだ。

(……どうせ、あたし、もう死ぬんだ……死んじゃうんだ)

真弓は覚悟を決めたわけでは決してない。
ただ意識がぼんやりしているおかげで一時的に恐怖心や生存本能が麻痺していたのだ。
かすむ視界の中で、あの謎の生物がのた打ち回っているのが見えた。
それも一匹、二匹じゃない。その小さな群れが苦しみ、そして動かなくなるのを真弓はぼんやりと見ていた。
意識の彼方から幻聴が聞こえてくる。




「ええー!この女じゃないのかよ」
「よく見たまえ。彼女とは似ても似つかないだろう」
「あ、本当だ。顔が全然ちげえよ。長髪だから騙された」
「まあ仕方ないね。暗闇で後ろ姿を少し見ただけでは。
しかし彼女はこの女よりずっとスタイルはいい。さあ、行くよ。我々には時間がない」




(……誰かいるの?あたしを助けてくれたんだよね?)

真弓の意識は徐々にはっきりしてきた。
どうやら自分は助かった、救われたらしい事はわかった。
ゆっくりと顔を上げると見覚えのない背中が二つ見えた。
体型からして男。1人は中背、もう1人は小柄だった。
2人の救世主はどんどん離れてゆく。もう振り返りもしない。




「なあなあ北斗、助けるのは、あの人だけでいいのか?」
「佳澄からの報告を聞いてなかったようだね。彼に助けは必要ない」
「ふーん」
「余計な事は考えず、君は指示に従っていればいいのだよ」
「わーったよ」




(……だ、誰よ、あいつら……)

疑問は尽きないが、真弓には彼らの正体を推理する時間などなかった。
背後からガサガサと武器な音がしたからだ。
それは忘れようとしても忘れられない恐怖の足音。
真弓は恐怖に血走った眼で振り返った。そして見た。


(あ、あいつら……!あいつらだ!!)


真弓は立ち上がろうとしたが足首に鈍い痛みを感じ再び地面に倒れた。

「ひいっ!」

足首に、あの化け物が!払いのけようと必死に足を動かしたが全く効果はない。
不気味な音はさらに多くなり重なり、そしてはっきりと、その姿を真弓の前に現した。


(こ、こんなにたくさん……!今度こそ殺される!!)


動きを封じられた真弓は簡単に奴らの浸食を許した。
手に足に胴体に奴らが乗ってくる。そして後ろ首にも。


「た、助け……!」


真弓は渾身の力を込めてさけんだ。
2人の救世主は、まだ遠くに行ってない。救いを求める声を聞いているはずだ。
だが今度は奇跡は起きなかった。


「助けてええ!お願い……助けて、助けてよぉ!」


救いの手は伸びてこない。
真弓は今度こそ命の終わりを予感し絶叫した。


「きゃああああ!!」


首にぐさっと何かが突き刺さった。その感覚を最後に真弓の意識は完全に消えた。
桐山が、その声を耳にしていたなど真弓には知る由もなかった――。




「すっげえ叫び声。さっきの女、ありゃ殺されたぜ」
「颯、うるさいじゃないか」
「きっのどくー。あいつら戦闘力ないんだなあ」
「静にしたまえ。君は物忘れがひどいから念のため言っておこう。
決して彼女以外の人間にかかわってはならない。
特選兵士に僕たちの存在が知れたら、あの悪魔達はここへ雪崩込んでくる。
最後まで僕たちは姿を隠す。間違っても、つまらない慈悲心を出すんじゃない」
「へいへい、わーってるって」

忍壁北斗(おさかべ・ほくと)と陣内颯(じんない・はやて)は目的の為に非情な選択をしていた。
彼等は真弓を見殺しにしたのだ。














鈴原、顔色が優れない。どうかしたのかな?」

桐山は無表情だが、その口調から不思議がっているのはわかる。
「桐山、おまえは冷たい人間だな。おまえは頭も顔もいいけど冷血人間だよ」
七原は怒りのあまり激しい口調で桐山を責めた。
もっとも桐山は全く堪えてないらしく、「そうか俺は冷たいのか」と納得すらしている。


「……クラスメイトが殺されたもの。悲しいわ」
「千草ではないのにか?」

桐山は本当にわからないようだ。


「天童とは親しくなかっただろう?」
「ひとが殺されたのに、そんなこと関係ないわ」
「……そうか。ひとが死ぬのは悲しいのか」
桐山は首をかしげている。美恵は桐山が何だか不憫に思えてきた。

「だったら千草が死ねば、鈴原はもっと悲しむのだろうな」


(貴子!そうだわ、貴子を早く助けてあげないと……!)

真弓には本当に申し訳ない。何もしてあげられない。

(ごめんなさい天童さん。でも貴子達まで死なせたくない)


早く貴子を探さないと真弓の二の舞になってしまう。




「急ぐんでしょう美恵?」
光子がぽんと肩に手を置いてきた。
「……ええ」
美恵は再び走り出した。
(貴子、待ってて。お願いだから死なないで!)


鈴原、止まるんだ!」


桐山が制止をかけた。美恵は、その言葉に従い足を止めた。
普段は物静かすぎる桐山にしては強い口調だったのが気になる。
「三村、松明の火を……いや、もう遅い」
松明の火……それは消せということ?
火を消さなければならない相手は例の奴しかいない。
美恵は愕然とした。F3が襲来してくる。


「彰、鈴原を守ってくれないか?」
「OK!それで、あなたはどうするの桐山君?」
「15分で追いつく。鈴原を連れて逃げろ」
それが何を意味するのか美恵は瞬時に理解した。
「桐山君、駄目よ。皆で逃げましょう!」
桐山は戦うつもりなのだ。自ら敵の懐に飛び込み、美恵が逃げる時間を稼ごうというのだ。
「問題ない、すぐに追いつく。彰、すぐに行動しろ、わかったかな?」
桐山は、その言葉を言い終わらないうちに向きを変えると走っていた。




「桐山君!」
慌てて後を追おうとしたが月岡がそれを許してくれない。
「駄目よ。さあ行くのよ、美恵ちゃん!」
「でも桐山君が……!」
「彼の行動を無駄にするの!?あなたが行っても足手まといだわ。
彼を信じて従う事が、今、あなたができる最善の行為なのよ!」
美恵は唇をかみしめた。確かに自分では加勢などできない。
自分の足では追いつく事も不可能だ。


「……私、何も出来ない」
「馬鹿な事言わないでちょうだい。アタシ達が桐山君の為に出来る事はあるわ。
それは信じる事よ。アタシは彼とは二年間一緒にいたけどこれだけは言える。
桐山君はやる取った事は必ずやり遂げてきた男よ。だから今度も大丈夫だわ。
アタシ達は彼を信じて、彼に従うのよ」
「月岡君」
月岡の目は確信に満ちたものだった。


(月岡君の言うとおりだわ。私に出来る事は一歩でも先に進むことよ)


「行きましょう月岡君」
美恵は決意して走った。月岡が先導し、光子は美恵と並走している。

(桐山君、必ず戻ってきて。お願いよ)




「……桐山、あいつ」
「七原、何してる。行くぞ!」
「あ、ああ……わかってるよ三村」
少し遅れて七原もスタートを切った。
「七原、何、浮かない顔してやがるんだ。しっかり走れ!」
「俺は……俺は桐山に酷い事を言った。冷血人間呼ばわりした。
けど、あいつは1人で敵に立ち向かっていった。美恵さんを守るために」
冷たいだけの人間には出来ない。
いや善良な人間でも自らを危険にさらすことなど容易にはできないだろう。


「三村、俺は……口だけで、相手を責めるだけで」
「そう思ってんのはおまえだけじゃないぜ」
「三村?」
「俺だって何もしてないんだ。おまえだけじゃない」
三村の言葉はありがたかった。口数は少ないが七原は慰められた。


――桐山、おまえって、とんでもない男だよ。でも、俺もこのままじゃ終わらない。
――おまえに負けないくらい戦い抜いて見せる。
――必ず、おまえと同じくらい、おまえ以上の男になって見せるからな。














「長官、お呼びですか?」
「う、うむ。実は私は総統陛下に例のゲームを鑑賞しないかとお誘いを受けているんだ。
多忙ゆえにお断りしようと思っていたのだが、やはり陛下への不忠は避けたいと思ってな」
「そうですね」
「そこでだ。私はしばらく出掛ける、その間、副秘書室長の君に後を頼みたい」
「はい、わかりました」
秀明はソファに座り、その会話を淡々と聞いていた。


(科学省に閉じこもるのをやめて総統の元に急にお出掛け……か)

それは秀明でなくても裏があると思わざる得ない行動だっただろう。


(長官は要という人間を恐れている。そして、そいつは科学省への侵入を企んでいるらしいな)


総統のそばに避難しようとしているようにしか見えない。
宇佐美が科学省本部にいることは、きっとその要という男は知っているのだろう。
怯え方からみると宇佐美は命を狙われていると容易に想像がつく。
急に宇佐美の予定が変更になれば、その要の暗殺計画は当然中止……と、いうことになる。
だから断るつもりでいた総統の悪趣味なパーティーに出る気になったわけだ。


「1つだけ守って欲しい事がある。私が急にいなくなったら科学省が混乱するだろう。
君は私の代理として、私がここにいると皆に思わせてほしい」
「私が……ですか?」
「そうだ。何、ドアをロックして私が戻るまで執務室に居てくれさえすればいいんだ。
私の判断が必要な事が起きたら携帯で指示をだす」
「……はあ、わかりました」
「頼んだぞ間部君。いいかね、くれぐれも私が実が不在などと気取られないようにな」




(影武者に仕立て上げるということか。もしも何者かが侵入してきたら、死ぬのは間部という事わけだ)


それは宇佐美の卑劣な保身手段だった。
何も知らない秘書は少々不思議に思いながらも、その妙な任務をあっさり快諾。
「よ、よし!では私は早速出掛けよう。そ、そうだ結衣……結衣も連れて行こう。
あの子にはいい勉強になる。それに一目、あの方に会わせてやりたい」
宇佐美は結衣を呼び出しヘリコプターで本部を後にした。
秀明と晃司に「いいか、何が何でもⅩ6を探し出して抹殺しろ!」と厳命して――。




「――と、いうわけだ。俺達は引き続き瞬の捜索を行う」
「秘書を身代りにして自分はお忍びでショーを鑑賞。K-11がきても殺されるのは何も知らない間部だ。
長官にしては咄嗟に上手いアイデアが浮かんだものだな」
「俺達には関係ない。誰が殺されようが知った事じゃない。
俺達は任務の事だけ考えていればいい。そうだろう?」
「ああ、そうだな」
晃司は書類をデスクの上にぞんざいに広げた。


「調べてみたが徹の奴、科学省の某施設で死にかけたらしい」
「某施設?」
「地方の研究所だが何かおかしい。規模の割には、裏で随分多額な予算が動いている。
どうやら秘密の研究をしていたらしい。徹はⅩ6の行方を追っていて、ここに辿りついたようだ」
「では、良恵もそこに?」
「それはわからない。おまえの弟は良恵を連れて出歩く人間ではなさそうだからな」


肉親同士とはいえ瞬とはお互い敵同士という顔しかしらない。
その僅かな情報から考えても、瞬は基本的に単独行動しかとれないタイプだという事はわかる。
人付き合いが出来ない男なのだ。他人とはつるめない。
だからこそF5と手を組んだ時に失敗した。
良恵にだけは執着しているが、その彼女との関係ですら上手くいってはいないようだ。
まして、これから事を起こそうとしている時に良恵を傍には置けないだろう。


良恵は別の場所にいて、移動する時のみ一緒なんだろう」
「あいつはF5の代わりを見つけたと思うか?」
「さあな。だったら此方としても手間が省ける。
あいつは戦闘態勢さえ整えばすぐに襲ってくる。俺達は待っていればいい」




【B組:残り41人】




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