……ああ……
何の因果で、こんなことになったのか……
神様、私が何かしましたか?
こんな危険な部署に配属されて
私、生きていけるんでしょうか?
太陽にほえまくれ!―その男、危険につき―
「はぁ…」
何度目かの溜息
でも……美恵は気持ちを切り替えた。
こうなった以上、自分の不運を嘆いていても始まらない。それに、刑事になるのは夢だったのは事実。
多かれ少なかれ危険な職務であることに変わりないのだ。
「デカ長!」
「んっ?何だ天瀬」
「本部長に挨拶をさせて下さい」
「いいのか?もう少し落ち着く時間やってもいいんだぞ」
「いえ、本部長はもう出勤なさっているんでしょう?早く挨拶しないと失礼だし、それに……」
「それに?」
「……いえ、何でもありません」
それに、噂の切れ者に興味もあったし、なぜ自分を特捜課に配属したのか理由も聞きたかった。
「じゃあ、行くか」
川田の先導の元、歩き出す美恵。
「美恵、しっかりな」
いつの間にか、まるで当然のように呼び捨てにしている三村。
「大丈夫だ。ボスはすごいひとなんだ。まあ、女には刺激強いかもしれねえけどよ」
ちょっとトーンがおちた沼井の最後の一言はちょっと気になった。
「天瀬さん頑張ってね」
そう励ます、瀬戸のほうが引き攣っている。
「美恵さん、オレ応援してるよ」
やっぱり優しい七原。でも、その優しさが不安をます。
「やっぱり心配だ。天瀬……健闘を祈るよ」
杉村先輩……そんなこと言われると余計不安です……
美恵の心に走っていた緊張感……今では恐怖に近いものなっていた。
よくよく考えれば、今まで、ちょっと聞いただけでも怖そうなひとなのだ。
ハリソン・フォードやケビン・コスナーを連想していた自分の甘さ加減に腹さえたってきる。
「着いたぞ」
一際目立つ立派な扉。ぶっきらぼうにノックする川田。
「おい、オレだ、開けるぞ」
OKの返事もないのに、さっさと開ける川田。
「おまちかねの新人だ」
「天瀬美恵です。精一杯頑張りますので宜しくお願い致します」
礼をした状態で、挨拶する美恵。
「もっと近くに来てくれないか?」
えっ?
美恵は一瞬、虚をつかれた。それは、その声が想像していたような年配の男のものではなかったからではない。
「おい、いつまで頭をさげてるんだ?ボスが来いと言ってるんだ。さっさと行け」
……この声……
美恵は、ゆっくり顔を上げた。
逆光で、顔がよく見えない。でも……あの声は……
「あなたは……!」
その男の顔をはっきり視界に捉えたとたん、美恵の脳裏に、つい数十分前出会った男の記憶が、まるでテレビのスイッチを押したようにパッと浮かんだ。
「……あなたは、さっき廊下であった」
「本部長だ。顔だけは、さっき見ただろ?」
ポンと肩に手をおく川田。その言葉のはしから、先程の廊下での、ふとした出会いは川田の知るところだと理解はできた。
でも、でも……
「どうした?」
りんとした冷たい感じの、それでいて威厳のある声。
「……あ、あの私……」
「まあ、驚くのも無理はないなぁ」
このひとがボス?私を特捜課に配属したひと……。
全部知ってて黙っていた川田課長……。
「さあ、いつまで突っ立ってるんだ。ボスがそばに来いと……」
「ひどいっ!!」
突然の怒声、先程の卑下した態度はどこへやら?
予想外の反応に、川田は目を丸くし、ボスも少しだけ眉を持ち上げている。
「デカ長、知ってたんですね?!私と本部長のこと!!それなのに黙ってたなんて!!」
「おいおい、落ち着け、オレは隠してたつもりは……」
「私一人緊張して、バカみたいじゃないですか!!楽しかったですか?!!」
「おい、待てよ。話を聞け……」
「美恵」
二人の会話を遮るようにボスの声。って、いうか、すでに呼び捨て……三村より早い。
「川田に黙ってろと言ったのはオレだ」
「……えっ?本部長がですか?」
「気を悪くしたのなら謝る」
「そんな、私はただ……」
ただ……びっくりして……。
「話がしたい。こっちに来てくれ」
冷静になると同時に赤面する美恵。カッとなったとは言え、初出勤の新人が上司に怒鳴るなんて……反省。
とにかくボスに促されるまま、高級そうなソファに座る美恵。
向かいに座るボス。こうして見ると、やはり超絶的美形で、美恵は頬が紅く染まるのを隠しきれなかった。
「どうかしたのか?」
美恵の様子に気付き、少し首をかしげる。
「いえ……驚いて。失礼ですが、本部長は、もっと年を召された方だと思ったのに」
本当に若い。見た感じ、特捜の刑事たちと同年代だ。
「当たり前だ。こいつは、刑事の中では最年少だ」
「……本当ですか?」
「こいつはキャリアなんだよ。本来なら、警視庁でお偉いさんやってる身分だ。それが気まぐれで、こんな田舎警察に来て、現場やってるんだからなぁ」
「川田は年功序列で課長をやっているんだ」
「うるさい!余計な事いうな!!言っとくが、オレは出世が早かったんだ。おまえと比べても、そうはなれてるわけじゃないぞ」
すごい……とにかく優秀なんだ。このひと。
「あの聞いてもいいですか?」
美恵の一言に二人は言葉を止め、美恵に視線をおいた。
「どうして私を特捜課に配属したんですか?」
そう、それが一番の疑問だった。ボスの答えは?
「よく、わからないんだ」
「?!」
もしも、鏡があったなら、おそらく世界一呆けた女の顔が拝めるだろう。
「わからないって、あの……?」
「わからない。ただ、美恵は、特捜課においておくのが一番いいと思ったんだ」
それって、私に類まれなる刑事の才能があるってことかしら?
などと、単純に思えるほど、美恵はバカでも自惚れでもない。
謎は深まるばかりだ。
その隣で川田が口元を笑みの形にゆがめていることも気付いてない。
「桐山和雄だ」
「えっ?」
「オレの名前だ」
「は、はい。あの、改めて宜しくお願いします」
まったく、鈍感だな。どっちも。
フゥ……煙草の煙を吐きながら、川田は心の中でつぶやいた。
理由は簡単だ。
特捜はボスの側近も同然。
つまり、一番、一緒にいる時間が多いんだ。