「いけない、早く戻らないと」
美恵は、駆け出そうとした。と、右手に何かがつかまる感じがした。
見ると、その男が手を握っている。
「あ、あの?」
突然の出来事に美恵の心臓は、これ以上ないくらい高鳴っていた。
太陽にほえまくれ!―おいでやす特捜課―
「あ、あの?」
「………」
「早く戻らないといけないんですけど」
「そうなのか……じゃあ、後で」
そう言って解放してくれた。
美恵は一礼して、その場を後にした。
(どういうこと?いきなり……)
そして、こうも思った。
『じゃあ、後で』
(彼も刑事なのかしら?)
もし、そうなら、これから共に仕事をする同僚だ。見た感じ、自分と同じ年齢だろう。
美恵が去った後、男は自分の左手をマジマジと見詰めていた。
あの女が走り去ろうとした――とっさに掴んでいた。なぜ?
「おーい」
その疑問にストップをかけるかのように、低いが明るい声が響いた。
「……川田」
「どうしたんだ?おまえが他人に興味持つなんて珍しいこともあるもんだな」
「興味?そうなのか?」
「おいおい、あそこまで意思表示しといて、違うなんて言わせんぞ」
「よく、わからないんだ」
「……相変わらず、面白い奴だなぁ。まあ、いい。これから、ずっと同じ職場なんだから。ゆっくり答えをだせばいいことだ」
美恵は刑事部に戻っていた。
先程の事は、今だに胸に焼き付いてはいるが、とにかく今一番大事なのは、これからの職務を真っ当することだ。
とにかく頑張らなくては!!
ふいにドアが勢いよく開いた。
「あーあ、やってられないぜ。あの程度の事で全身打撲の意識不明だなんてな」
「何言ってんだよ!!どうするんだよ、一体何枚始末書、書けば反省するんだよ!!」
「しょうがないだろ、誰が見たって正当防衛だ、あれは。陪審員全員一致」
「いいかげんにしないと減給だけじゃ済まないよ」
「ああ、わかった今度から気をつけるから、そう怒るなよ……って、君、誰?」
茶髪に左耳ピアス、派手な顔立ちの男が美恵に気付いて声をかけた。
「はい、新人の天瀬美恵です」
「美恵ちゃんね。オレは特捜課の看板刑事だ。よろしく」
ご丁寧に美恵の手をしっかり握って、おまけにウインク。
「シンジ、ダメだよ!!後輩に手を出すなんて!!」
「挨拶しただけじゃないか」
「オレ瀬戸豊、少年課の刑事で、皆にはマンザイって呼ばれてるんだ。
えっと、よろしくね天瀬さん。それと、シンジには気をつけたほうがいいよ」
続いて、三人入室してきた。一人は、杉村。後の二人は初対面だ。
「はじめまして天瀬美恵です。よろしくお願いします」
「ああ、君が美恵さんか。カンフーから話は聞いてるよ。こっちこそ、よろしく」
二枚目なさわやか野郎が、愛想よく答えてくれた。
「……まあ、よろしくな。女なんだから、あんまり危険なことに首突っ込むなよ」
もう一人は外見や態度は無愛想だが、その言い方からは優しさが感じ取れた。
「やっとお帰りか。おまえら、どこで道草くってたんだ」
煙草を持ったポーズが、美恵の中ではおなじみとなってしまった、川田デカ長がドアに寄り掛かってたっていた。
「デカ長、デカ長」
先程の、派手な二枚目刑事が手を上げていた。
「一見、道草くってるように思われるかもしれませんけど、オレは刑事としての職務をまっとうし、本日も強盗団を現行犯逮捕……」
「万引犯の一人を威嚇射撃したあげく、バイクで逃げた他の連中を、一般市民から強奪したスポーツカーで追いかけて、カーチェイスのあげく大事故。6人病院送りだそうだなサンマン」
「豊!チクったな!!」
「ち、違うよ!!」
「アホッ!!おまえに車盗られた奴から、被害届が出たんだ」
「ちょっと借りただけなのになぁ……あーあ、また減給かよ」
「まあいい。おまえの行動にイチイチ文句つけとったら、こっちが持たんからな」
まるで、いたずらっ子に注意をうながす教師の図……あまりにも日常的な、なごやかさとは裏腹に、その内容の過激さに美恵は唖然としていた。
そんな美恵に気付き手招きするデカ長。
素直にデカ長の元に走り寄る美恵
「さっき挨拶したから、名前は知ってるな、おまえら。新人だから、よく面倒みてやれよ」
「わかってるぜ。美恵ちゃんはオレ好みだしな」
「シンジ!!」
「じゃあ、こいつらを紹介しておいてやる。カンフーはもう知ってるな。その節操のない奴は三村信史、通称サンマンだ」
「節操なしなんて、あんまりだぜ。デカ長」
「アホ、事実だ。で、カンフーに劣らずお人よしそうな顔しとるのが七原秋也、通称ギター。
そっちのガラの悪そうなのが沼井充、通称ツッパリだ」
「お人よしって、ひどいな」
「悪かったな、ガラ悪くて」
「あの、お二人とも特捜課の刑事なんですか?」
「そうだ、デカ長のオレ。カンフー、サンマン、ギター、ツッパリ。後一人いるが、そいつは、ちょっとわけありでなぁ。いずれ会わせてやる。
で、オレ達の上に君臨しとるのが、本部長、つまりボスってわけだ」
「デカ長デカ長」
能天気な声。またしても三村が手を上げていた。
「なんだサンマン」
「ところで美恵ちゃんは、どこに配属されるんだよ。相馬や千草がいる捜査二課か?」
「それがなぁ……」
川田が、ちょっと困ったように、頭をかいた。
その様子に、その場にいた者、全員が不思議そうに川田を見詰める。もちろん美恵も例外ではない。
「特別捜査課、つまりウチだ……」
………シーン………
数分に渡る沈黙、その後はもちろん……
「「「「「ええッッッーーーーーー!!!!!」」」」」
当然一番驚愕しているのは当の本人
「……そ、そんな!どうして新人の私が特捜課に!?どういうことなんですか!!?」
「どうもこうもあるか、しょうがないだろ。刑事の人事権は全部あいつが握ってるからな」
「あいつって……?!」
「ボスだ。まあ、大凶引いたと思ってあきらめるんだな」
こうして美恵は、まだ見ぬ本部長の鶴の一声で、危険度400%の特捜課勤務と決定してしまったのだ。
メデタシメデタシ


