「……オレは慶子を守ってやれなかったのか」
キイキイ……寂しげな音を出しながら揺れるブランコ
そして、人気の無い夜の公園

悲しそうに目線を下げる男がいた……




太陽にほえまくれ!―シュヴァルツ・カッツの復讐①―




美恵 は朝から気になっていた。湯飲みにお茶を注ぎながら、その原因をチラッとみつめる。
「……フゥ」
煙草の煙を吐くデカチョーこと川田章吾。毎度おなじみのシーンだが、いつもとは明かに違う。
確かに過激な上司と、問題児の部下に挟まれ、毎日ハードな苦労をしている川田だが、決して覇気を失ったことは無い。
それなのに今日に限って、まるでリストラされたサラリーマンのように暗い影を落としているのだ。




「あの…デカチョー」
美恵は、そっとお茶を差し出した。
「……ああ、いつも悪いな……」
「あの…」
「どうした?またボスが何かしたのか?それともサンマンのセクハラか?」
「違います。どうしたんですか?朝から溜息ばかりついて……あの、私でよければ話してください。誰かに話すだけで気が晴れることだってありますから」
「……いや、何でもない。気にするな」

気にするなと言われても……やっぱり、ほっとけない




その日の帰り、美恵 は悪いと思いながらも川田の後をつけてしまった。
「……やっぱり、おかしい。デカチョーの家と正反対の方向……何か事件なのかしら?」
やがて川田は人気のない工場跡地についた。
「おいっ!!約束通り来てやったぞ!!」
美恵 は、じっと川田を見詰めた。嫌な雰囲気だ。
それから数十秒後だった、黒いライダーズ・ジャケットを羽織った、いかにもチンピラといった感じのガラの悪い五人組が現れたのは。
まるでライオンをイメージさせるような髪型の男がリーダーのようだ。




「……慶子っ!!慶子は無事だろうな!!?」
「安心しろよ。オレたちが一晩中可愛がってやったからな」
(……慶子?誰のことかしら?)
しかし、川田の様子からして、とても大切な人間だということだけはわかる。
「慶子を返せ!!」
「おい、おっさん。オレたちに、あんな酷いことして返してくれなんて虫がいいんじゃねえのか?」
「そうだ、そうだ!!まず謝ってもらおうか!!」
川田が悔しそうに唇を噛んだ。
「……オレが悪かった」
「はあ?聞こえないんだよっ!!それに、それが謝る態度かよ、クソッタレ!!
もっと目線を下げてやれよ。地べたに額こすりつけてなぁ!!」
川田の握られた拳が、微かに震えている。
「何だよ、謝りたくないんなら、それでもいいんだぜ。あいつはオレたちが一生飼ってやるよ」
そう言って、そのチンピラたちは背を向けた。
「ま、待ってくれ!!!」
美恵 は我が目を疑った。あの誇り高い川田が……。
「……本当に悪かった」
――土下座をしたのだ。


(……デカチョー!!)




「おい、何て言ったんだよ。聞こえないなぁ」
「オレが悪かった!!だから慶子だけは許してやってくれ!!」
「最初から、そういう態度に出ればいいんだよ。でもなぁ…ただで返すわけにはいかないな」
「金なら払う。だから慶子は助けてくれ!!」
「ざけんじゃねえよ!!」
リーダーらしい漆黒のたてがみの男だった。
「金なんかで済まされてたまるか!!オレの要求は、そんなもんじゃねえ!!!」

(要求?)
金以外の要求?もしかして仲間を釈放しろとか?




「美少女戦士セーラームーンのコスプレしてホノルルマラソン42.195㌔を完走しろって言ってるんだよ!!!!!」




美恵 はガクッと倒れそうになった。
「そ、それだけは出来ない……それだけは」
うな垂れる川田。まあ、無理も無いが。
「とにかく、オレたちは、それ以外は絶対に認めねえからな!!明日まで待ってやる。
それまでに考えを改めろよ。おまえの大事な慶子は今夜も可愛がってやるから安心しな」
五人組は高笑いと共に姿を消した。




「デカチョー」
天瀬ッ!!どうして、ここに?見てたのか?!」
「今は、そんな事を言ってる場合じゃないですよ。どうして署に報告しないんですか?
脅迫じゃないですか!!しかも人質を取られているんですよ!!」
天瀬……オレは一人の人間である前に、刑事なんだ。仕事に私情を持ち込むことは出来ない」
「で、でも……デカチョー」
「自分の尻拭いは自分でするつもりだ。おまえは家に帰ってろ。ここは、あいつらだけじゃなく、ろくでもない奴等が大勢巣くってるんだ。おまえみたいな若い女が来るところじゃない」
川田は、そう言って、いつものように煙草をふかした。冷静を装ってはいるが、煙草を持った手が震えている。
「一体、何があったんですか?あのひとたち、デカチョーに随分恨みを持ってるみたいですけど」
「つまらんことだ。一ヶ月前だったかな……」











「やっぱりスポーツマンっていうのはいいもんだな。最近、身体がなまってるし、オレも何かやってみようかな」
川辺の空地でラグビーの練習を見て川田は、そう思った。たまには、すがすがしい光景を見るのもいい。何しろ、最近では過激な上司と、いい加減な部下たちの暴走が、ますます激化しており、心が休まる時がないのだ。
その時だった。こんな、すがすがしい光景とは無縁のガラの悪い連中が現れたのは。
「熱血ぶって汗くせえことしてんじゃねえよ」
「ぼたぼた土落しやがって、汚ねえんだよ、おめえらは」
明かにケンカを売っている感じだ。相手のラガーマンたちが無視すれば、ことは収まったかもしれないが、その中に、いかにも短気でケンカっぱやそうな奴がいた。
「汗くせえってんなら、おまえらの着たきりの革ジャンの方がくせえよ。バーカ」
まずいっ!このままでは、乱闘は火を見るより明らかだ。刑事として黙ってみているわけにはいかない。川田の正義感に火がついた。




「おい、おまえら!!」
そのガラの悪い五人組も、ラガーマンたちも、そろって振り返った。
「さっきから見させてもらったけどなぁ、おまえたち一生懸命な奴をからかって楽しいのか?
そんな、つまらないことに夢中になるなんてのはな、くだらんことだ。
まだ若いんだから、もっと有意義な事に時間を使え。わかるな?」
それは、もっともらしい意見だった。しかし、好青年ならともかく、こんなチンピラどもに川田のありがたいお説教が通じるはずがない。
「うるせぇ!!なんだ、てめえは、いきなり現れて説教こきやがって!!」
「説教する暇があったら、その無精髭の手入れでもしやがれ、この中年親父!!」




川田の額に青筋が……この日も、三村が痴漢に発砲しまくった事件を処理するはめになってストレスがたまっていこともあり、かなりムカついたのだ。
先週は桐山に殺されかけた杉村を見舞ってやって、一晩中励ましてやった。
ちなみに3日前、新井田が、不法にAVを販売していた業者から押収した未修正ビデオを、こっそり横流しした事件のせいで、上司として新井田と一緒に関係者に頭を下げるはめになった。
おまけに昨日は笹川が生意気な不良高校生に暴力をふるい、あやうく表沙汰になるのを防いだのも川田だった。
そんな川田に、その五人組は、これでもかと罵声を浴びせた。




「てめえなんかにお説教受けるほどオレたちは落ちぶれちゃいねえんだよ!!」
「どうせ彼女もいねえんだろ?そのツラじゃあなぁ!!」
「オヤジはオヤジらしくソープにでもいってろよ!!」
「それとも幼女が好みのロリコンかよ?」
「とにかく、おまえなんかが出る幕じゃねえんだよ!!」
そして、5人組は言ってはならない事を言ってしまった。

どんなに非常識な部下たちも(あのサンマンでさえ)決して言わない禁句を!!!




「「「「「わかったら引っ込んでな。この『老け顔』オヤジ!!!!!」」」」」




こ…

こ……

こ………

「このクサレチンピラどもがあぁぁぁ!!!!!!!!」




「「「「「え?」」」」」




それは……堆積したものが一気に爆発した瞬間だった………。
その後の説明はいらないだろう。マジキレモードとなった川田にチンピラが勝てるわけがない。
顔面蒼白で震えるラガーマン達をバックに、数分後には意識不明で地面に転がる5人の姿がそこにはあった……


ピーポーピーポー……


全治三週間。本来なら過剰防衛(?)による傷害罪だが、桐山が手を回して正当防衛で片付けたのだ。












「……これで、わかっただろう?あいつら正面からじゃ勝てんから慶子を誘拐したんだ」
「酷いッ!!そんなの逆恨みじゃないですか!!」
「だが例え理不尽な逆恨みだろうと原因を作ったのはオレだ」
「あの……聞いてもいいですか?慶子さんって、デカチョーの……」
「三ヶ月前から一緒に住んでいるんだ」
美恵の目が一瞬点になった。
(知らなかった……デカチョーに、そんなひとがいたなんて……)
「とにかく天瀬、おまえは帰れ。いいな?」
「…はい」

そう言ったものの……やっぱり、ほかっておけない!!
とにかく慶子さんを解放させないと!!!











「いいきみだよなぁ黒澤。なぁ、あいつ要求のむかな?」
「さあな、のまなきゃ人質返さないまでだ」
「それでもいいぜ。あいつ可愛いもんなぁ。オレ今夜も可愛がって……」
「あなたたち!!!」
突然、背後から女の声。5人は一斉に振り向いた。
「……なんだぁ、おまえ?」
「慶子さんを解放しなさい!!」
「はあ、何だって?おまえ、あのオヤジの仲間か?誰が返すかよ!!」
「それとも、慶子の代わりに、おまえが人質になるか?」
「……いいわ。その代わりに今すぐ慶子さんを解放しなさい!!」
「「「「「え?」」」」」
予想外の言葉に5人は目を見開いた。
「お、おい…どうする黒澤」
「なあ、このさい人質交換しようぜ」
「何言ってんだ!?あのオヤジの回し者なんだぞ、何企んでるかわからないぞ」
「で、でもよぉ……絶対に、あの女の方がいいじゃないか」
「オレも、あいつの方がいい」
「おまえら、さっきまで、あいつのこと可愛いって言ってたじゃねえか!!」
「「「「でも、あっちの方がいい!!」」」」

しばらくして、リーダーらしき男は溜息をついて、こう言った。




「ああ、わかったよ!!その代わり大人しくしろよ。妙なマネしたらタダじゃあおかないからな」

よかった……とにかく、これで慶子さんは解放される

「それにしても、おまえといい、あのオヤジといい……」




「こんなチワワが、そんなに大事なのかよ?」
「ワン!」
「え?」


黒澤の右手には猫掴みされた愛らしい小犬が尻尾を振っていた。




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