「キャーー!!家元がっ!!!」
「あ、あなたが殺したのね!!」
「ち、違うっ!!あたしじゃない!!!」


「あたしは無実よッ!!!!!!」




太陽にほえまくれ!―茶道家元殺人事件―




「カンフー先輩、貴子先輩、よかったら食べてください」
微笑みながら手作り弁当を差し出す美恵。新幹線から見える景色は壮大な山々。三人で旅でもしているような雰囲気だが、もちろん、そうではない。
二日前、杉村の元に中学生時代の同級生から、容疑者扱いされて困っているので助けて欲しいと連絡が入り、ひとのいい杉村は管轄が違うにも関わらず捜査に乗り出したのだ。
貴子が同行するということが条件で、美恵も一緒に行くことになった。


「それにしても、どういう相手なんですか?」
「ああ、彼女……琴弾とは、ただのクラスメイトで、ろくに会話もしたことないんだけど」









――杉村の回想シーン――

「どうしよう……弱ったな」
道端で拾った子猫。どんどん泣き声が弱っていく。杉村は、どうしたらいいのかわからずに、ただ途方にくれていた。
「杉村くん、どうしたの?」
「琴弾……」
「子猫?ちょっと見せてみて」
琴弾は弱っていた子猫を適切に介抱してくれた。
「よかった。ありがとう琴弾」
「いいのよ」
ニコッと微笑む。その笑顔に杉村はドキッとした。もしかして、これが初恋ってやつなのか?
「生後半年が食べ頃だものね」
「ッッッ!!!!!!!!」

こうして杉村の初恋は四秒で終わりを告げた。
とにかく卒業してからは再会することもなく、ずっと忘れていたのだ。
それが突然連絡をくれたと思ったら、殺人容疑がかけられているというのだ。ほかっておくわけには行かない。









「いい加減に吐いたらどうだ?おまえの天然馬鹿っぷりに家元が愛想つかして破門寸前だったと言う事は門下生は皆知ってるんだぞ。
おまけに家元の悲鳴が聞こえ、皆が駆けつけた時、部屋にいたのは、おまえだけだったというじゃないか」
「だから何度も言ってるじゃないですか。家元が興奮して暴れて壁にぶつかった拍子に、棚から落ちてきた壷が家元の頭を直撃したって」
「ふざけるなっ!!そんな言い訳が通用したら警察はいらないんだよ!!」
その時だった。
「待ってくれ!琴弾は無罪だ!!」
「杉村くん、来てくれたのね」
「家元の遺体から興奮剤に似た成分が検出されたんだ。そして、これだ」
杉村は、どこから手に入れたのか二重帳簿を差し出した。
「見てくれ、家元は流派の金を、ある薬代に不正につぎ込んでいる」
「薬って、まさか麻薬?」
「……いや、バイアグラだ。家元は妾がたくさんいたらしいから。証言もある」
こうして簡単に事件は解決。バイアグラを必要以上に服用した家元が興奮して自滅した事故として処理された。




「杉村くん、ありがとう。皆、杉村くんのおかげよ」
「いいんだ。それより頑張れよ」
それにしても、あっけなく解決したな……。あ…そうだ土産渡すの忘れてたな。




「助かったよ、加代子くん」
「いえ、あたしは師範代の為なら何でも」
「全く、あいつには本当に嫌な思いをさせられた。あげくに妾筋の僕には家元は継がせないというし。ついカッとなって、あいつと取っ組み合いのケンカをしたとたん壷が落ちてきて、あいつが死んだ時は、もうダメだと思った。
君が、咄嗟に僕を逃がしてくれたおかげで、僕の人生に汚点がつかなくて済んだ。本当にありがとう。これで時期家元の座は、僕のものだ」
そう言って、師範代は懐から紙切れを出した。
「ほんのお礼だよ」
額面には1000萬と記入されている。しかし、琴弾は惜しげもなく、それをつき返した。
「あたし、こんなもの要りません」
「何だって?だったら、何が望みなんだ?」

「家元夫人の座ッーー!!!!!」

琴弾は気付いてなかった。障子の外で杉村が、しっかり聞いているのを。









「杉村くん、どうしたの急に呼び出して」
「自首して欲しいんだ」
「何言ってるの?あたしが無実なのは杉村くんが証明してくれたじゃない」
「琴弾……もういいんだ。オレは自分でもお人よしだってわかってる。だからオレに助けを求めたんだろ?昔の同級生のオレなら、おまえに有利な捜査をしてくれるだろうと思って」
「な、何言ってるの杉村くん?あ、あたしに人殺しなんて……」
その時だった。
「カンフー先輩!!やっぱり先輩の言ったとおりでした」
美恵が調査書を片手に走ってきた。
「家元は半年前に奥様から浮気の体罰として水牢の刑を受けてから、浮気相手とは全員別れてます。バイアグラも半年前を最後に購入してません」
「やっぱり……わかっただろう琴弾、家元が事故を起す位、異常興奮するわけないんだ」
琴弾の顔が引き攣り出した。
「ご、ごめんなさい。本当は家元は師範代と揉み合って、それで……」
「それも違う。なぜなら家元の遺体からは確かに興奮剤が検出された。本人が服用したのでなければ、他者が故意に家元に盛ったということだ。
琴弾……家元は、事故の前、おまえが立てたお茶を飲んだ。それに興奮剤を入れた。
そして、師範代だ。師範代と家元が犬猿の仲なのは誰もが知っている。興奮した家元がカッとなって師範代とケンカすることも計算済みだろう」
「ま、待ってよ。だからって、家元が死ぬことまで計算できないわ。家元はたまたま壷が落ちたせいで死んだのよ」
「琴弾さん、それも調査済みです。詳しく検死をした結果、家元の頭部には二度衝撃がくわえられていることが判明しました。1度目は、最初に壷が落ちた時のものです。そして、2度目の衝撃こそが致命傷なんです。
あなたは師範代を逃がした後、まだ息のある家元の頭を再度、壷で殴ったんです。師範代に流派を継がせるために邪魔な家元を始末して、尚且つ師範代に恩を売って、彼と結婚するために」
「……………」
「琴弾、お願いだ自首してくれ。そして罪を償ってくれ」
杉村の、その言葉は、哀願の口調に間違いなかった。しかし、追い詰められた琴弾には、こう聞こえた。

『琴弾、お縄になりやがれ!!牢にぶち込んでやる!!!』


ふいに、俯いたいた琴弾が顔をあげた。その手には、どこで手に入れたのかわからないが銃が握り締められてる。杉村の目が一瞬、丸くなった。
天瀬っ!!危ないっ!!!」
咄嗟に美恵を突き飛ばした。間髪いれずに銃声が鳴り響く。
「もう遅いわ。あたしが撃てないとでも思ったの?!!
掴まるもんか、逃げ切ってやる。逃げ切って、逃げ切って……師範代と結婚してやるよぉぉ!!!」
杉村が倒れこんだ。苦しそうに脇腹をおさえている。
「カンフー先輩!!」
「に、逃げろ天瀬……逃げるんだ!!」
琴弾は銃を握り締めたまま、たたっと走り寄ってきた。


「頭を撃って、とどめを刺してやる!!」
殺される!!
美恵は咄嗟に杉村を庇うように両手を広げて琴弾の前に出た。そして、目を瞑った。

ズギューーーンッ!!!!!

再び銃声が鳴り響いた。




美恵は、そっと目を開けた

……私、生きてるの?

カラカラッと音を立てて、銃がクルクルと地面の上で回り、そして止まった。
琴弾が恐怖に満ちた表情で自分達の背後に視線を送っている。
貴子が銃を持ったまま立っていた。そう、琴弾が撃つ前に貴子が発砲していたのだ。
そして、その銃口は、まだ琴弾に向けられている。しかし、琴弾が恐怖を感じているのは、銃ではなかい。
これ以上ないくらい怒りに満ちた貴子にだ。


「よくも、弘樹と美恵を殺そうとしたわねッ!!!!!」
次の瞬間、貴子は走り出すと、倒れている杉村と美恵を一気に飛び越えた。
「ひ、ひぃぃぃーーー!!!!!」
もはや、銃を撃ち落されている琴弾に勝ち目などない。

「ギャァァァーーーー!!!!!!!」

『千草の連続股間蹴りをくらって無傷で済む奴なんて存在するものか』
美恵の脳裏に、なぜかフーリガンこと新井田の言葉がフッと浮んだ。


「や、やめろ貴子!!やめるんだ!!!」
杉村が慌てて羽交い絞めをかえて止めに入った。
「止めないで弘樹!!このカマトト女、殺してやるっ!!」
「やめろオレたちは刑事だぞ!!」
その言葉に貴子の動きが止まった。
「例え、どんな相手だろうと、法と良心に従い、国家と国民の平和と安全を守る。それが、オレたち刑事なんだ」
「……弘樹」


「カンフー先輩」
ようやく我に返った美恵が、そっと手錠を差し出した。杉村は、もはや意識不明に近い琴弾の手首を掴み言った。
「琴弾加代子、殺人容疑及び殺人未遂の現行犯で逮捕する!!」









「おいカンフー、オレの美恵と京都旅行は楽しかったか?」
「満足したカンフーくん?両手に華やって」
「おまえだけは、サンマンたちとは違うと思ったのに裏切り者」
「ボスにバレたら半殺しもんだからな覚悟しろよ」
「おい、おまえたち、カンフーは、ちゃんとオレの許可をとって出張に行ったんだ。そう、苛めるな」
杉村を待っていたのは同僚の冷たい視線だった。ちなみに上から、三村、光子、七原、沼井、川田である。
そう、いくら貴子込みでも抜け駆けは許されないのである。
しかし仲間の嫌味以上に杉村はへこんでいた。昔の同級生が凶悪犯罪なんて、やはり嫌なものだ。やりきれない……。




「……人殺しまでするような娘には見えなかったのに人間って変わるのかな。
それとも……オレに見る目が無かっただけなのかな……」
「カンフー先輩」
「何よ弘樹、シャキッとしなさいよ」
天瀬、貴子……」
「先輩、今日夕飯一緒にどうですか?おごりますよ」
「あんただって、たまには飲むんでしょ?付き合うわよ」


……ああ、そうか。


「何よ、ニヤニヤして」
「先輩、どうしたんですか?」
「何でもないよ」


……オレには、こんな素晴らしい友達がいるんだ


「よし、いくか」
杉村は2人の手を取ると歩き出した。
「オレがおごるよ。迷惑かけたお詫びだ。それに……ありがとう、嬉しかった」




こんな職業だ。これからも嫌な思いはするだろう。でも、くじけずに戦うことが出来る。
――なぜなら、オレには、支えてくれる仲間がいるんだ。
天瀬……貴子……これからも、よろしく頼むよ




続く……と思いきや!!!




ぱらららぁ!!!!!
「ギャーーーー!!!!」
「カンフー、なぜか、おまえを殺したくなった。理解してくれるかな?」
「ボ、ボスッ!!!!!」
結局、杉村は、その日、緊急入院することになり、美恵は桐山の強引な誘いを断れ切れず、桐山と夕食に出掛けることになってしまった。




メデタシメデタシ




戻る ドリームトップ 続く