「このバカ野郎ぉ!!刑事なんか辞めて田舎に帰れ!!!」
いつも温厚な、特捜の良心・川田の怒鳴り声
その怒りの対象は刑事の中でも検挙率の低さでは定評のあるアンソニーこと山本和彦
あの川田を、何がここまで怒らせたのか……
それは、数時間前にさかのぼる




太陽にほえまくれ!―愛に死す―




「オレは逮捕状を待ってるような、面倒な事件はごめんだな。やっぱり、その場で手錠の現行犯逮捕が1番楽だ」
昼休み、三村の明るい声が響く。
「サンマン先輩は現行犯逮捕どのくらいしたんですか?」
「今年に入ってからは24件。うち21件は凶器持ちの犯人だったな」
「すごい。サンマン先輩、尊敬します」
「あーら、あたしだって、この美貌を武器にオトリ捜査で、買春オヤジを11人、痴漢を15人現行犯逮捕したわよ」
「すごい。光子先輩、尊敬します」
「サンマンや相馬ほどじゃないけど、オレも暴力団の一斉検挙で抵抗するヤクザを7人まとめて逮捕したことがあったな」
「すごい。カンフー先輩、尊敬します」
すっかり、城岩署のアイドルへと成長した美恵 を中心に、毎日の刑事達の自慢話が花を咲かせていた。


「あのアンソニー先輩は、どのくらい逮捕したんですか?」
話の輪に全く入っていけない山本を気遣い声をかけた美恵 。しかし、それが全ての間違いだった。
「……えっと……その……」
困ったように言葉を濁す山本
「……その……刑事になってから2件現行犯逮捕……したかな」
その時だった。新井田の高らかな笑い声がしたのは。
「ああ、あれかよ?万引小学生を補導した。まあ、確かに現行犯だよな」
「え?」
呆気に取られる美恵 。耐え切れなくなった山本は部屋を飛び出していった。
「所詮、あいつは刑事なんて全然向かない奴なんだ。なあ天瀬 」
「……酷い。フーリガン先輩、酷すぎます!!」
「お、おいっ……天瀬 」
美恵 は慌てて山本の後を追った。









「アンソニー先輩、待ってください」
「……天瀬さん 」
「すみません。私……」
「……いいんだ。本当のことだから。オレは、刑事失格だよ」
「そんな」
「……続きがあるんだよ。その時、補導した小学生に隙を突かれて銃を取られて発砲されたんだ」
「え?」
「そのショックで、ただでさえ下手な射撃が全くダメになって……おまけに小学生に銃を撃たれたなんて上にはいえないから……嘘の報告をしたんだよ」
「嘘の報告……?」
「夜道に男に襲われて思わず発砲したって……しかも、その事で小学生に脅迫されて、毎週少年ジャンプを買ってやるはめになったんだ……」


「アンソニー!!その話は、本当かぁぁ!!!!!」
美恵 と山本は同時に振り返った。
その後の事は説明はいらないだろう。
山本は、これ以上無いほど川田に絞られ刑事としての自信を完全になくしてしまった。

アンソニー先輩、可哀想……。なんとか自信をつけさせてあげないと……。









「おーい、死人が出たぞ」
まるで緊張感のない川田の声。慣れって怖いなぁ……。
「死人?殺人か?それとも事故死かよ?」
三村よ。死人が出たというのに、ちょっとワクワクしてないか?
「検視官の話じゃ、今のところ事故死の線が濃厚だそうだ。誰か、捜査に行ってくれ」
「オレは凶悪犯罪以外は興味ないな。ギター、おまえがやれよ」
「オレは今担当してる事件が忙しいんだよ」
「デカチョー、私に任せてもらえませんか?」
天瀬?……まあ、たいした事件じゃないからいいけどな 」
「あの、パートナーを指名して宜しいですか?」









天瀬さん、オレ少年課だよ。なんで、こんな事件 」
「何言ってるんですか。事件に部署なんて関係ないですよ」
美恵 は大胆にも、山本をパートナーに指名した。
そう、簡単な事件とはいえ、解決すれば、きっと山本は刑事としての自信を取り戻してくれる。そう考えたのだ。
しかし、皮肉にも、この事件は、そう簡単には済まなかった……。




「被害者は?」
「佐野秦臣27歳。平凡なサラリーマンです。第一発見者は被害者の妻です」
ハンカチで顔を覆う女性登場
「佐野さくらさんです。奥さん、こちらは天瀬刑事とアンソニー刑事です 」
顔をあげる人妻。そして、驚愕の表情で彼女を射抜くように見詰める山本の目線とぶつかる。
「……さ、さくら…」
「……和くん……?」
「え?」
美恵 は、山本同様、驚愕の表情で、交互に2人を見詰めた。




「学生時代の恋人?」
「ああ……」
それで……山本の反応に美恵 は納得した。
「……でも、先輩。失礼ですが、それだけじゃないような雰囲気でしたけど……」
「……さくら、いや彼女とは心中しかけた仲なんだ」
美恵 は無言のまま、目を見開いた。
「……すみません。変なこと聞いて」
「いいんだ。昔のことだから」
「でも、あのひとも可哀想ですね。事故とはいえ、新婚早々、ご主人に先立たれるなんて」
「……天瀬さん……もしかしたら…… 」
「なんですか?」
「……いや、いいんだ。忘れてくれ」
「先輩、何か隠してますね。何隠してるんですか?」
躊躇った後、山本は意を決したように言った。
「殺人かもしれない。犯人は……さくらかもしれないんだ」
「そんな……どうして?」
「さくらは可哀想なひとなんだ。極度のファザコンで、子供の時、その父親を目の前で殺されたショックから、恐ろしい精神病にかかってる。
そう……口にするのも恐ろしい病気に……」
「そ、その病気……て」
美恵は固唾を飲んで、山本の言葉を待った。




「気分が昂ぶったら無理心中したくなるで症」




なんじゃ、そりゃーーー!!!!!?




「……アンソニー先輩、冗談は顔だけにして下さい」
「冗談じゃないよ。オレも、そのせいで死にかけたんだ。あの断崖絶壁からダイビングさせられて生きているのが不思議なくらいだよ。 それが原因で、さくらとは別れたんだ」
世の中、色々なひとがいるのね……美恵は自分の知らない世界を知って溜息をついた。
天瀬さん、お願いだよ。この事は黙っててくれ。事故ってことにして欲しいんだ。
さくらを、さくらを見逃してやってくれよ」
「アンソニー先輩……」


パチーーンッ!!!!!!


貴子ほどの威力はないが、相手が山本なら、腕力のない美恵でも吹っ飛ばすのは十分可能だった。
地面に倒れこんだ山本は、呆けた顔で美恵を見詰めた。


「私、アンソニー先輩は優しい人だと思ってました。でも、ただの臆病者よ!!!
見逃してやることが彼女に対する思いやりだと思ってるんですか?!
自惚れないで下さいっ!!!
大切なひとなら、罪を償わせてやるのが、本当の愛情じゃないですか!!!」
「……天瀬さん……」
「それに気付いてないんですか!!?先輩の言うとおりだとしたら、あのひと今頃自殺を考えてるかもしれないんですよ!!」
まるで、アイフル犬クーちゃんのようにウルウルだった山本の目が一変した。
「……さくら!!……ど、どうしよう天瀬さん……」


「この腰抜けぇぇぇぇっ!!!!!」
バッチーーンッ!!!!!



先ほどの美恵の平手打ちなど比較にならない威力!!!!!


「……ヅ、ヅキ先輩…じゃなくてママさん!!どうして、ここに!!?」
「細かい話は後よ。今は、この軟弱者が先だわ」
月岡は、山本の襟元を掴み持ち上げた。
「この臆病者っ!!!てめぇ、それでも刑事か?!!!!!
このまま、何もしなかったらオレがぶっ殺してやる、とっとと彼女の所に行きなっ!!!!!
それとも今すぐ、オレに犯されてえのかッッ!!!!!!」
オカマが切れて男言葉になると恐いという迷信が真実だということを美恵は知ってしまった。
「……ひ、ひぃぃぃぃーーー!!!わかりましたぁぁぁーーー!!!!」
山本はダッシュで走った。
「ヅキ先輩ありがとうございます」
軽く会釈すると美恵も急いで駆け出した。

「ウフフ、やっぱりイイこね。ボスたちが夢中になるのも無理ないわ」









「あなたが……あなたが悪いのよ。あなたがグラビアアイドル生唾ゴックン写真集なんて買うから……。
パパは…パパは一度だって、そんなもの買わなかったわ」
さくらは亡き夫との結婚写真を見つめソファに静かに座っていた。
キッチンからシュウシュウと怪しい音が聞こえる。
「……でも、今でも、あなたを愛してるわ。すぐに行くから寂しくないでしょ?」
「やめろ、さくらぁ!!!!!」
「和くん…!!どうして、ここに?」
「やっぱり佐野さんを殺したのは君だったんだね。後追い自殺なんてやめて罪を償うんだ。
君には十分、情状酌量の余地がある。オレが一流の弁護士を雇ってあげるよ」
「止めないで!!私には、もう誰もいないのよ……」
さくらの目から透明の液体が溢れ出した。
「一人じゃないよ!!オレ待ってるから」
「え?」
「君が刑期を終えるまで待ってる。やり直そう、さくら」
「……和くんっ!!」
その瞬間、さくらは山本の胸に飛び込んでいた。
こうして全ては終った。









「それじゃあ先輩。私は、さくらさんを署まで連行しますから。後始末はよろしくお願いします」
「ああ、わかってるよ。それと……ありがとう天瀬さん」
そう言って、微笑んだ山本の目は輝いていた。
おそらく、何年も前に失ったはずの輝きだろう。




「……えっと、とにかくガスを止めないとな」
さくらがガス自殺を図ったせいで、家中ガスが充満していた。
「それにしても疲れたな」
山本はソファに腰をおろした。
「後片付けの前に一服するか」
山本は煙草をくわえた。そしてライターを取り出した。

カチッ




チュドーーーーンッ!!!!!!!!!!




山本和彦、通称アンソニー
まぬけな事故死




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