「……慶子」
写真立てに収められた一枚の写真……
そこには愛犬・慶子とペアルックのタキシード姿で微笑む川田がいた。
「……必ず助けてやるからな、それまで辛抱してく……」
その時だった!!

「ワン!」




太陽にほえまくれ!―シュヴァルツ・カッツの復讐②―




「クィーン……」
玄関から聞こえる愛らしい声。
「あ、あの声は!!……慶子ぉぉ!!!」
扉を開けると其処には、潤んだ瞳で、じっと川田を見詰める慶子(犬種チワワ)がいた。
「慶子!!無事だったんだな慶子!!」
思わず抱き締めた。感動の再会というやつだろうか?
「それにしても、おまえ自分で逃げてきたのか?……ん?何だ、これは」
慶子の首輪に紙切れが挟んである。
「……『女と交換したから返してやる。もちろん例の要求を飲まない限り、女の解放には応じない』……女???」


「ッッッ!!!!!ま、ま、ま……まぁゎさくわぁーーー!!!!!」











(……これから、どうしよう)
美恵は溜息をついた。思えば慶子(犬)を救い出すことしか考えてなかった。
チラッと五人組に目をやった。いかにも粗暴そうな奴等だが、どう見ても頭は悪そうだ。
(とにかく隙をみて逃げ出さないと……)
「おい、おまえ」
リーダーらしい男が近づいて来た。
「逃げようなんて考えてないだろうな?変なマネしたら女でも容赦しねえぞ。
わかってんだろうな?」











それは三ヶ月前の出来事だった。川田は七原を連れて、殺人事件の聞き込調査に、とあるペットショップに来ていた。
「他に怪しい人間を見なかったか?」
「さあ……あの日は大雨でお客さんも少なかったし」
これと言った情報は掴めなかった。仕方ない、帰るか。
ふと見ると、七原が小犬売り場の前で、熱心に愛らしい仔犬に見入っている。
「おい、ギター。帰るぞ」
「デカチョー見て下さい。この犬可愛いですよ」
「アホ。オレたちは刑事だぞ。刑事といえば警察犬。警察犬の適格犬種のシェパードかドーベルマンを飼うと相場が決って……」
そこまで言って川田は言葉を失った。その仔犬(チワワ)と目が合ってしまったのだ。




チャララララ…チャラ、チャラ……♪

一気に川田の脳裏に美しい情景が広がった。




「アーハハハ」

笑い声と共に、その愛らしい仔犬と砂浜を駆ける自分……

……そして、仔犬を抱き上げ見詰めあう。仔犬の愛らしい眼差し……




どうする?アイフル~♪




「デカチョー?」

もはや七原の声は川田には届いていなかった。
その後の説明はいらないだろう。川田は即銀行に行き金をおろした。
そう、その日のうちに仔犬を買ってしまったのだ。
そして慶子と名付け溺愛した。


「……しかし、こんなこと…署の連中には絶対に言えんな」


川田は刑事たるもの常にストイックであらねばならないという美学の持ち主だった。
それなのに最近の刑事はたるみすぎている。数ヶ月前、川田は全員集めて恒例のお説教を始めた。




「おまえら最近たるんでるぞ!!いいか、刑事はストイックな生業だ!!
それなのに、最近のおまえらは目に余るものがある!!!
例えばペット一つをとってもそうだ。ガンダム!!」
「は、はい!!」
突然の名指しにびびる滝口。
「おまえ刑事のくせにハムスターを飼っているらしいな?」
「あの……オレ、ハム太郎の大ファンで……すごく可愛いんです」
「何がハム太郎だ!!刑事にアニメなんか無用だ!!
ハードボイルドアクションでも見ろ!!!
それからアンソニー!!!」
「は、はいっ!!」
今は亡きアンソニーこと山本和彦。
「おまえ、よりにもよってアライグマにラスカルって名前つけて飼ってるそうだな?」
「……す、すみません。…で、でもデカチョー!!あいつ、あいつ……可愛かったのは赤ん坊の時だけだったんです……。
今では大きくなって、すっかり凶暴になって……家の中で暴走するし、叱ると噛み付くし……もう、オレの手には負えません……。
……おかげで、オレは家庭に居場所がなくて……心が休まる時がないんです……」
山本よ……ペットにすら頭が上がらないのか?
ちなみにラスカルは山本亡き後脱走し、今では山の中で元気に暮らしているとか、いないとか……。


「……たく、いいかペット一つをとっても、おまえらの気の緩みがわかるだろう?
刑事なら、もっと強くて逞しい動物を飼え!!!」
「そうよ、あたしなんかクロコダイル飼ってるのよ。 もう可愛くて」
光子よ……そのワニ、まさか将来ハンドバックか?

とにかく部下に啖呵をきった以上、チワワを飼っているなどとは口が裂けても言えなかったのだ。











川田は青ざめた。
「……天瀬に何かあったら」
いや、美恵に危害が及ぶことはないだろう。確かにろくでもない連中だが、そこまで最悪な奴等じゃない。
それよりも……。




「……ま、まずい!!!!!」
川田は走った。今は署に行かなければ!!!
美恵自身は知らないだろうが、実は美恵の鞄や靴の底には発信器が仕掛けられている。
(もちろんサンマンが仕掛けた物だ)
美恵に危険がせまれば……あいつらが、あいつらが!!!

黙っているはずがないぃぃぃぃ!!!!!











美恵に仕掛けた発信器と盗聴器から、すでに監禁場所と犯人は割り出してある。
いいか、血祭りにあげるぞ。一人も逃すなッ!!!!!」
刑事の中でも危険度トップクラスの三村の怒声が響き渡った。
「当然よ、あたしの美恵に手を出すなんて……ドラム缶につめて東京湾でも、あきたらないわ!!!」
あの光子も本気モードで怒っている。
「ふざけたことしやがって、ボスの命令待つまでもねえ。強行突破だ!!」
もともと短気な沼井。すでに完全武装だ。
「あたしの全存在をかけてぶっ潰してやるわ。弘樹!!今度は止めてもきかないわよ!!」
「当然だ貴子!!!こうなったらオレも最後まで付き合うぞ!!!」


「ちょっと待て、おまえら!!!!!!!!」


息も荒いまま、その場に飛び込んできた川田。
そして見た。部下たちの姿を!!!
全員、防弾チョッキを着込み、おまけに、どうみても対テロリスト用としか思えない、とんでもない銃を持っている。
まるでアメリカのスワットだ。


「何って決ってんだろ。美恵を拉致監禁した奴等を逮捕しに行くんだよ」
「サンマンっ!!おまえの場合は逮捕じゃなくて射殺だろうがッッ!!!」
「まあ、そうとも言えるな」
「サンマンだけならまだしも!!ギター、カンフー、良識あるおまえたちまで!!」
「デカチョー、オレだって本当はこんな事したくないですよ。でも、美恵さんを拉致監禁するなんて論外だ。ぶっ殺してやる!!」
「ギターの言うとおりですよデカチョー。ふりかかる火の粉ははらわないと」


もはや一片の理性も残ってなかった。


「いい加減にしろ、おまえら!!!相手はただのチンピラだぞ!!!
テロリスト相手にしているつもりなのか!!!!!?
第一、こんなハデな武装して、一体誰の許可を得て、おまえら、こんな勝手なことをしてるんだッ!!!!!」




「オレが許可した」




背後から、さして低いわけでもないのに威厳のある、凛とした冷たい声が聞こえた。
「そ、その声は……」
川田はゆっくりと振り向いた。
「遅かったな川田」
「……ボ、ボス」
そう泣く子も黙るボスこと桐山和雄。そして城岩署の刑事の中でも最も非常識で、最も危険な人物であることは言うまでもない。
もうすでに、いつでも強行突破万全状態の刑事達を前に桐山は言った。




「第一種戦闘態勢だ」

「ッッッ!!!!!!!!」
川田は今度は声も出なかった。




【第一種戦闘態勢】
完全武装による強行突破。犯人に対し警告なしの射殺も一切問わない。
……つまり、どんな過激な行動に出てもOKよ。
と、いう、とんでもないもの。




こうして恐怖の一夜は幕をあけようとしていた……




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