「……あの音。あの方向は」
周藤はジッと、一点を見詰めた。
マシンガン……それを持っている奴が高尾とは限らない。
理由なんて無い。 周藤は直感で感じた。
「……晃司と桐山だな」
(桐山はおそらく徹との戦闘で傷ついている。
そこにマシンガンを持った晃司が相手では分が悪すぎるな。
桐山だけはオレの手で片付けたかったのに……。
……仕方ないな。だがな、晃司……)
「……オレがやるまで負けてもらっちゃ困るんだよ。
例え相手がおまえに匹敵する天才だろうとな」
キツネ狩り―99―
「……ク…!!」
どんな時にも表情を崩さなかった桐山の美しい顔が、ほんの僅かだが苦しそうに歪んだ。
佐伯から受けた肩の傷がズキンと体内から響いてくる。
思うように体が動かない。
だが、こんな所で立ち止まっている暇もない。
今、走らなければ確実にマシンガンの餌食になるのだ。
桐山は木々の間を縫うようにして走った。
その勢いは止まらない。
本当に佐伯との死闘でボロボロになったとは思えないほど素晴らしい走りだった。
高尾はスッとマシンガンを構え……いや撃ちはしなかった。
木々が邪魔をしている。今、撃っても桐山には届かない。
スッとマシンガンを下げると、高尾は地を蹴っていた。
そのジャンプだけで、高い枝に手が届くほどの位置まできていた。
枝を掴むと一瞬にしてクルッと回転し、次の瞬間には枝の上にたち間髪入れずに再び飛んでいた。
そして、森の木々の真上に出ていた。
そう、木の幹が邪魔ならば、その真上に出ればいいという実に単純な考えだったのだ。
だが、それも勿論高尾の身体能力が備わっていなければ出来ない芸当だ。
重なり合った枝の中から……桐山の背中が見えた!
ぱららら!!
「……!」
その音を聞いた瞬間、桐山は前方に飛ぶようにして移動した。
だが、かすかに足元をかすった。
まずい、足だ。速度が落ちる。
桐山は、振り向かずにスッと背後に銃を向けると2発撃った。
スッと高尾が木の影に隠れる。
だが、高尾はわかっていた。
桐山が放ったのは威嚇射撃に過ぎない。
そう、反撃するほどの体力はほとんど残されていないことに。
高尾は、再び猛スピードで追いかけてきた。
「イヤァァー!!」
美恵は恐怖で目の前が真っ暗になった。
鳴海が、ニヤッとこれ以上ないくらい歪んだ美しい笑顔を見せた。
それすらも今の美恵の瞳には映っていなかった。
鳴海の存在そのものが恐怖だったのだ。
転がりそうになりながら傾斜を走った。
だが……!!
スッと、美恵の目の前に鳴海が降り立っていた。
なんと傾斜を走らずにジャンプしたのだ。高低さが5メートル以上もあるのに。
「……!!」
そして、美恵の両腕を掴むと、そのまま地面に押し倒した。
「……嫌!!」
「……ククク」
笑っている。本当に嬉しそうに。
美恵は心の底から恐怖を感じた。
「……放して!!」
鳴海の顔が近づいて来た。
あの教室での悪夢が蘇る。美恵は顔を横に背け抵抗した。
すると鳴海は美恵の顎を掴むと強引に自分の方に向かせた。
ほんの三センチほどの距離まで顔を近づけ言った。
「そそられるな」
「……嫌、放して……」
助けて、助けて、桐山くん……!
不意に鳴海の唇が美恵の頬に触れたかと思うと、なめるようにツツーと、目元から唇の手前まで移動した。
ギュッと目を瞑った美恵。しかし僅かだが涙が滲み出ている。
「キスした時も良かったが……怯えるおまえもそそられるな」
「……嫌…嫌!!」
美恵は渾身の力を込めて鳴海を突き飛ばした。
か弱い女だと油断していたのだろう。鳴海はよろめいた。
その隙に美恵は立ち上がり再度逃げようと試みた。
だが、鳴海が背中から抱き締めてきた。
凄い力。全身の骨が折れるんじゃないくらいの痛みと圧迫感が美恵を襲った。
「……やっと手に入れたんだ。絶対に逃がさない」
さらに鳴海は耳元に口を近づけ囁くように言った。
「おまえの全てがほしい」
「………!!」
美恵の恐怖は頂点に達した。抵抗すら出来ないくらいに。
その証拠に身体が金縛りにあったように動かない。
……動かないのだ!!
「……おまえはオレだけのものだ。一生……いや、永遠に」
美恵を抱き締める腕にさらに力が込められる。
「……いや…痛い……」
だが、鳴海の腕の力は全く弱まらない。
むしろ強くなる一方だ。
「……もう放さない。逃がさない……オレだけのモノだ」
その瞬間、腕の力がフッと消えた。
鳴海が放したのだ。
だが、それは勿論解放などではなかった。
鳴海は、美恵の鳩尾に軽く拳を打ち込んでいた。
美恵が一瞬、瞳を拡大させ、そしてゆっくりと倒れていった。
鳴海の腕の中に……。
鳴海は満足そうに目を細めると、再び美恵を抱き締めた。
「……捕まえた」
「なあ川田、今後のことだが。とにかく仲間を集めたら……」
「喋るな」
「どうしたんだよ川田」
川田の様子が変だ。
川田は異常な雰囲気に気付いたのだ。
それは格闘技を習い、普通の人間以上に神経を研ぎ澄ませた杉村でも気付かないこと。
そう、生死の狭間を実際に体験した人間でなければわからない何かなのだろう。
杉村だけではない。
その場にいる誰もが川田の様子がおかしいことに気付いた。
その次の瞬間……ぱららら!!
「あの音は!!」
全員総立ちになった。
特に川田は、その聞き覚えのある音にこれ以上ないくらいの険しい表情をしている。
いくら何でも支給武器にマシンガンが三つも四つもあるわけがない。
今、ここには一つある。
ならば、もう一つは自分がD地区で聞いた、あれしかない。
そう……転校生だ!!
緊張が川田たちを包んだ。
今、この場には12人の仲間がいる。
それを差し引いても恐怖がのしかかった。
何しろ相手は戦闘のプロ。
自分達は(川田を除けば)殺しなど未経験の中学生なのだ。
マシンガンの音が遠くから聞こえてからどのくらい立っただろう?
数秒かもしれない数分かもしれない。
いや、実際には十数秒程度だが、川田たちにはそんなことはどうでも良かった。
なぜなら……数十メートル先の木々の間から、男が飛び出してきたからだ。
「……き、桐山!!」
それで終わりではなかった。もう一人飛び出してきた。
「……あいつ!!」
川田の目が大きく拡大した。
知っている顔だ。
あの顔、あの冷たい表情の顔。
忘れるわけが無い。
何の感情もない整った顔。
何の感情も映さない瞳。
「……あいつ、あいつだ!!」
この男を見るのは……川田は『三度目』だった。
「チクショォォー!!」
川田が銃を構えた。
「撃て!あいつは、あいつだけは逃すな!!」
バアァァーンッ!!バアァァーンッ!!
レミントンが火を吐く。
高尾がスッと木の影に身を隠したのが見えた。
だが、次の瞬間スッとマシンガンを構え応戦してきた。
ぱららら!!
「きゃぁぁー!!」
その壊れたタイプライターのような爆音に、聡美とはるかは頭をかかえて地面にうずくまった。
「何してる杉村撃つんだ!あいつは、あいつ『だけ』は逃すなぁー!!」
突然の銃撃戦に、呆気に取られていた杉村だったが、その言葉に我を忘れてウージーを構えた。
銃声が連発して轟く。
幸枝も持っていた銃を両手で構え必死になって撃ち出した。
「…ひ、弘樹!!」
「貴子!おまえたちは逃げろ逃げるんだぁー!!」
「何言ってるの!?あんたを残して逃げれるわけ無いじゃない!!」
「いいから逃げろ!頼む逃げてくれ!!」
「杉村ー!!!」
貴子の背後から、鳴るように誰かが叫んだ。
「おまえの気持ち、ありがたく受け取ったぜ!!」
新井田だった。
そしてクルリと向きを変えると、サッカー部エースに恥じない見事な走りであっと言う間に小さくなった。
「クソ!全然当たらない!!」
相手は1人。こっちは3人も銃(内、ひとつはマシンガン)で応戦してるんだぞ!?
その時だった。
ズギューンッ!!
川田たちから反対方向から高尾に向かって銃声が鳴り響いた。
高尾はチラッと、その方向をみる。川田たちもだ。
月岡だった。
七原、三村と共に別行動を取っていたのだが、銃声がしたので引き返していたのだ。
「………」
スッと高尾が身を隠した。反撃もしてこない。
どうやら、分が悪いと見えて一旦退くことにしたようだ。
何しろ数十メートル先、二方向から連続して狙い撃ちされたのだ。
そして、今は無理をする必要もないと判断したのだろう。
……シーン……
静寂が辺りを包んだ。
「……川田。オレたち……助かったんだよな?」
「ああ、今回はな」
「桐山くん!!」
月岡が飛び出していた。
「桐山!!」
「おい、大丈夫か!?」
七原と三村も、その後を追う。川田たちも飛び出した。
そう、突然おきた銃撃戦で我を忘れたが、元々狙われていたのは桐山なのだ。
「……桐山くん、すごい怪我…!」
佐伯にやられた肩から再び出血していた。
動き回っているうちに傷口が開いたのだ。
「おい大丈夫か見せてみろ桐山」
川田がスッとかがみ桐山に触れようとした。
だが、桐山はその手を押し返した。
「おい、すぐに手当だ。このままだと出血多量で死ぬぞ」
「……そんな暇は無い」
桐山はふらつきながらも立ち上がった。
……天瀬
戻らなければ、あの場所に……
あの場所に……
「おい桐山!!」
川田の顔がグニャっと曲ったかと思うと何も見えなくなった。
視界が黒一色になったのだ。
桐山の意識は消え――その場に倒れこんでいた。
【B組:残り22人】
【敵:残り4人】
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