「……オレは結局何もしてなかった。あいつ1人でやったようなものだ」
いつもは口数の多い鬼龍院が珍しく何も言わずに周藤の話を聞いていた。
「オレは負けたんだ。あいつに、高尾晃司に」
周藤が敗北を認めたのは生まれて初めてだろう。
そして周藤は拳を握り締めると悔しそうに言った。


「……だが、その後に本当の屈辱が待っていた」




キツネ狩り―98―




激しい爆音が轟いた後は、ただ焼け野原が半径300メートルの円形として残っていた。
それをはるか上空、ヘリの窓から見下ろしていたが、周藤はさも面白くない表情でチラッと振り向いた。
まるで何も起きなかったかのように涼しい顔で座っている高尾。
一歩間違えば左腕を失っていたというのに、そんなことは彼の思考には無かったかのような雰囲気だ。


「これから第五空軍基地に向かう」
第五空軍基地?
随分離れている場所じゃないか。
この近くにある第三空軍基地ではなく、なぜわざわざ東日本の空軍基地に?
いや、この際どこの基地に行こうが本来はどうでもいいことなのだが、東日本は高尾の本拠地だ。
そんな場所にわざわざいくことに周藤は納得できなかった。


「今回の任務はどうだった?」
堀川が高尾に話し掛けている。
「いつもと同じだ。何もない」
「手ごたえのある相手はいたのか?」
速水も同様に質問していた。
「いや、いつもと同じだ。あれなら、オレでなくても成功していた」
それは高尾の本心だったに違いない。


虚栄心などかけらもない。もちろん嫌味でも自慢でもない。
だが、いやだからこそ、周藤にははなはだ面白くない言葉だった。
周藤だけではない。
菊地も佐伯も立花も、あからさまに面白くない表情をしている。


「なあ晃司、おまえすごいなぁ。聞いたぞ、相手のテロリスト予備軍おまえ一人で片付けたっていうじゃないか」
素直な性質で他人を妬むことをしらない瀬名は感嘆の声さえ上げていた。
「で、任務成功の秘訣は何だ?よかったら教えてくれよ」
瀬名同様、蝦名も興味津々で問い掛けてくる。
「成功の秘訣?」
「ああそうだ。おまえの勝因だよ」




「オレが高尾晃司だからだ」




佐伯(……あいつ!)
菊地(……ふざけるなッ……!)
立花(何てムカつく奴なんだ!)

「………!!」

だが佐伯たち以上に、その言葉に刺激されている人間がいた。
そう周藤晶だ。思わず手にしていたコーヒー入りの紙コップを握りつぶしてしまいそうな衝動さえ感じた。




「くぅ~、一度でいいから言ってみたいよなァ、そういうセリフ。なあ攻介」
「そうだよなぁ、あーオレも、おまえくらい才能ほしいぜ」
「おい後10分で着陸するぞ」

少年たちは他愛のないおしゃべりをやめ、前方に目をやった。
この作戦の責任者である、海軍中佐が軍人特有の背すじをしゃんと伸ばした姿勢で、さらにこう言った。
「先ほど入った情報だが、空軍基地の飛行場に数千人の軍養成学校生徒が詰め掛けている。
混雑が予想されるだろうから、そのつもりでいろ」
軍養成学校とは聞こえはいいが、国立の孤児院にいたために、軍服着る道を自然と進むことになった連中だ。
周藤は嫌な予感がした。
聞けば高尾は東日本の少年兵士予備軍の間では英雄的存在だということではないか。
ミーハ―な連中が高尾の凱旋に詰め掛けてきたんだろう。
全く持って、忌々しいにも程がある。














ヘリがようやく飛行場に着陸した。
周藤にとっては何度目かの勝利の凱旋には違いない。
それなのに、これほど重苦しい凱旋はかつて無かった。
まず、堀川がヘリから降りた。そして、速水、氷室、鳴海と次々に姿を現した。
なるほど、情報どおり雑魚が押し掛けている。
そして最後に高尾が姿を現した瞬間、それは起きた。


「高尾さぁぁーん!」
「高尾さん、任務成功おめでとうございますー!」
「今度も圧勝ですかぁー!?」

そんな声が、辺り一面から湧き上がった。
それもそうだろう何しろ10人、20人という数ではない。
数千人の人間が高尾の名を呼び、その栄光を讃えているのだ。
まるで外国の有名俳優が空港に姿を現したような光景。
耳の鼓膜が破れるのではというくらい、凄まじいうねりとなって、高尾を讃える声はさらにエスカレートしていった。


「晃司!!」「晃司!!」「晃司!!」「晃司!!」


そして一気に『晃司』コールへと加速。
その迫力に瀬名などは耳を押さえ、「……コンサート会場かよ」と驚愕している。
しかも、そのコールは一向に収まる気配がない。


「おい」
ここに来て氷室が高尾に声をかけた。
「答えてやったらどうだ?あいつら、おまえを呼んでいるんだぞ」
まるで関係のないような表情をしていた高尾だったが、数歩歩み前に出ると右手を高く上げた。


「わかった、もういい」


大歓声が津波のように押し寄せてきた。









「周藤さん、お疲れ様です。今回も楽勝でしたね」
「おめでとうございます、周藤さん。これで昇進確実ですね」
「所詮、周藤さんに勝てる相手はいないってことですよ」
「敵は相手が悪過ぎたとしかいいようがないですね」
「さすがだな兄貴は、次もこの調子で頑張れよ」










歓声で持って迎えられることは自分自身も経験している。

だが何だこれは?
この差は?

いつも自分を讃える奴等は陸軍、つまり自分の傘下にいる連中だけだった。
大抵数十人、多くて300人程度が凱旋を出迎えてくれていたに過ぎない。
だが、周藤はそのたかが数百人の歓声に、少なからず酔っていた。
悪い気はしなかった。 むしろ快感でさえあった。
だが、高尾は――数千人の歓声にも眉毛一つ動かさないのだ。
そして、今も涼しい表情を全く崩していない。
高尾を讃える歓声が止まない中、周藤は俯き拳を握り締めていた。


これでは――

これでは、まるでオレは晃司の引き立て役じゃないか――!!














「これが例のディスクだ」
高尾から、それを受け取った司令官は「これさえあれば、奴等も根絶やしだな」とほくそえんだ。
それから、高尾と同じチームだった周藤たちに、こう言い放った。
「高尾と同じチームだったんだ。おまえたちは何もすることがなくて楽だっただろう?
チーム分けをした私に感謝しろよ」
司令官室を退室して廊下を歩いている時も周藤は悶々とした気持ちだった。


感謝しろだと?
そして、もう一つ。周藤には納得できない事があった。
なぜ、高尾にだけ秘密指令がでたのか。
自分を無視されたような気がして我慢ならなかったのだ。
その理由だけは問いただしたい。
周藤は再度司令官室に向かった。
そして、ドアをノックしようとした時だ。


「これで、あの生意気な連中も少しは身の程を知るだろう」
中から、司令官の声が聞こえた。
「いやぁ、それにしても司令官の采配はいつもながらお見事ですなぁ。
任務のついでに特選兵士の教育カリキュラムもこなすとは」


(教育カリキュラム?)


「本当に司令官の手腕にはいつもながら頭が下がります。
これで、あの傲慢な連中も少しは大人しくなるでしょう」


(……連中?……誰のことだ?)


「ああいう連中は早目にくだらない野望は持つのもではないと思い知らせておくのも重要なことだ。
それは口で言ってもわからない、だから高尾の下につけたんだ」


(晃司の下……オレたちのことか?)


「佐伯徹、立花薫、菊地直人。どいつも、こいつも自分が一番だと信じて止まない愚か者。
特に周藤晶だ。私の経験上、一目見てわかったよ、ガキの分際でとんでもない野心を持っているとな。
こいつらの使命は、軍の役に立つことなのに、反対に軍を利用してのし上がろうとしている。
今のうちに、その野望に歯止めをかけておかなければ将来私たち上層部にとって邪魔な存在になるだろう。
だから高尾の下につけたんだ。
自分達よりはるかに上の存在を知り、己の存在がいかに小さいものだったかということを知れば野望もなにもない。
自信を無くし、今後は我々の命令を素直に聞くだけの優秀な戦闘ロボットになるだろう。
そして、もう二度と身のほど知らずな考えはおこさないだろう。
アーハハハッ。我ながら、実に良く出来た脚本だ、そうは思わないか?」
「勿論です司令官」
「これで司令官の地位は今後も安泰ですね」
「奴等にはせいぜい、司令官の役にたつ『道具』としての人生を真っ当してもらいましょう」














「……………」
「……オヤジ、オレはあんな連中の企みに乗ってやるつもりはない。
ましてや、あんな程度で、オレのプライドは微塵も揺るがない。 ただな……」
周藤の右手。コップを握っている手が震えていた。




「……オレは奴等の思惑通りに晃司を前に完全に自信を失っていた!!
あんな奴等の予定通りに、晃司に対して完全に敗北した!!
オレは、今まで誰かに負けたことは一度もなかった!!
だが、負けた。1番悔しいのは自分自身で、それを『自覚』したことだ!!
オレは負けたんだ!周藤晶は高尾晃司に完全に負けたんだよ!!」




……ポタッ……


握り締めていた拳に雫が落ちた。


「……チクショー」


俯いたまま顔をあげない周藤に鬼龍院は溜息をついた。


(生まれて初めて流す悔し涙……か)


「晶、おまえはバカか?」
「……………」
「男なんてものは、そうやって何度も泣いて成長するもんだ。
オレがおまえくらいの時は何度悔し涙を流したかしれやしない。
そんな簡単なことに、やっと気付くなんてな」
「……………」
「で、どうしたい?このまま奴等の思惑通り優秀な道具になるのか?」
「高尾晃司より上にいく」
「おまえ簡単に言ってくれるな。奴は持って生まれた才能だけでも特殊なんだぞ」
「だから帰ってきたんだ。奴と同じカリキュラムをこなすだけでは平行線をたどるだけだ。
オレはもう二度と、あんな思いをしたくない。そのくらいなら死んだ方がまだマシだ」


(……フン。井の中の蛙がやっと大海を泳ぐ気になったようだな)


「断っておくがオレは一切容赦はしないぞ。死んだからって化けて出られても困る」
「当然だ。そのくらいでなければ意味が無い」
「もう一つ言っておく。二度と泣くなとは言わない。
だが、もう二度と人前では泣くな。例え肉親が死んでもだ。
そんな感情のコントロールも出来ない奴は見込みがない。いいな、晶?」
「わかった。約束する」




晃司、オレは二度とおまえには負けない
おまえがオレ以外の男に負けることも許さない

だから、オレが負かすまでは勝ち続けろ
例え相手が誰だろうとも


おまえ以上の天才だろうとも――だ




【B組:残り22人】
【敵:残り4人】




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