あの屋敷を中心に半径300メートル地帯が焦土と化す。
それを承知で高尾は残った。
周藤は足を止め、向きを変えると元来た道を走り出した。
キツネ狩り―97―
「……じゃあ始めようか、とその前に」
冬樹は携帯を取り出した。
「ああ朱美、オレだ。今から危険な仕事をする。
今まで一度も言わなかったが心の底から惚れてたよ」
なんという余裕か、それともバカなのか?
どちらにしてもふざけた行為だ。
しかし高尾の表情はまるで変化がない。
「ああ夢子、オレだ。今から危険な仕事をする。
今まで一度も言わなかったが心の底から惚れてたよ」
全くもってふざけた男だ。
後、数分で決着をつけて逃げなければ全てが灰と化すというのに。
しかし相変わらず高尾は、まるで変化がない。
「ああ美樹、オレだ。今から危険な仕事する。今まで一度も言わなかったが――」
冬樹が、その先を告げることはできなかった。
高尾が一直線に冬樹に向かって攻撃を仕掛けてきたのだ。
咄嗟に身体の重心を下げ高尾の蹴りを回避したが、携帯はハデに蹴り飛ばされてしまった。
木の幹に当たり、ガッシャンと鈍い音を出してバラバラに地面に飛び散っている。
「……おい、恋人たちの最後の会話を何だと思ってるんだ?
野暮な奴だなぁ、そんなんじゃモテないぜ」
「そんなことは後で言うんだな。もっとも、おまえがオレに勝てばの話だが」
「フン、おまえ何もわかっていないんだな。
危険な仕事の前にわざわざ連絡してやることに意味があるんじゃねえか。
こうしてヤバイ仕事の時に特別なことを言っておけば、普段は冷たくしようが浮気しようが
我侭言おうが女って奴はそんなこと忘れて尽くしてくれるんだよ。
帰った時には妙に優しいしな。
しょうがないな、全員にかけてたら戦闘する時間がなくなる。
最後に教えておいてやるぜ。『男の価値は女の数』だ。だから、オレの方が上なんだよ。
それを今から言葉じゃなく行動で証明してやる。……じゃあ、行くぜ。覚悟はいいな?」
「……いた」
周藤は戻ってきた。気配を消し、そっと物陰から二人の様子を見る事にしたのだ。
「……あいつ銃を持ってるのか」
ベルトに仕込んでる。高尾は銃弾は使い切ってしまっている。
そして高尾もそれに気付いている。
だから、間合いをつめ銃を取らせる暇など与えないほどの接近戦に持ち込んでいる。
凄まじい勢いで高尾の蹴技が冬樹の頭部、心臓、腹部目掛けて打ち込まれている。
もちろん冬樹も黙って、それをくらうほどバカではない。紙一重で除けている。
「……危ないなあ!」
高尾の蹴りを除け切ったと同時に今度は冬樹の蹴りが高尾の左顔面目掛けて繰り出された。
蹴りが当たる前に、高尾は冬樹のふくらはぎを左腕でパァンと下から突き上げるようにはじく。
同時に右手でその足を掴み引き寄せたと同時に、まるで砲丸投げでもするかのように高く投げつけた。
「うわっ!」
間髪いれずに高尾は飛んだ。ただ飛んだだけではない。
途中、木の枝を踏み台にして、さらに高く飛び上がった。
そして空中で落下する寸前、僅か0.0コンマの単位で一瞬静止した冬樹の腹部目掛けて一気に踵落とし。
だが、冬樹は上着を素早く脱ぐと、袖の部分を持ったまま、1番近くの木に向かって投げつけた。
それを木の枝に引っ掛かけると同時に袖をグイッと引き寄せる。
高尾の蹴りが振り落とされるより、僅かに早かった。
高尾の蹴りは空中に振り落とされただけ。
そのまま高尾はクルッと一回転すると綺麗に着地。
冬樹も、そのまま空中で一回転すると着地した。
コンマ単位のスピードで僅かに早く高尾がスタートダッシュを切っていた。
「しゃらくせえ!」
スッとベルトから銃が抜かれ銃声が轟く。
だが、高尾の方が一瞬早かった。
銃口が火を噴く寸前にジャンプしていたのだ。
冬樹の頭上で一回転すると背後に着地した。
しかし冬樹は、その動きを読んでいた。スッと振り返り様引き金を引く。
だが、さらに高尾は、さらにその先を読んでいた。
銃口が火を噴く前に、スッと頭を下げたのだ。
高尾の頭上スレスレに銃弾が飛び、髪が数本飛んだ。
そして高尾の左足が冬樹の右手首(銃を持っている方だ)目掛け稲妻が地面から走るように強烈に打ち込まれた。
「……痛っ!」
銃がクルクルと回転しながら空中で踊った。
高尾が銃目掛けて走る。
(……しまった!)
冬樹の顔に初めて焦りの表情が浮んだ。
「終わりだ。晃司の勝ちだな」
二人の戦いを見ていた周藤はそう思った。
空中で銃をキャッチすると同時に高尾は振り返った。
そして……銃声が高らかに鳴り響いた。
「ふーん。で、それで決着ついたってわけか?」
「いや違う。まだ終わってなかったんだ」
「なんだって?まさか外したのか?」
「いや逆だ。むしろ完璧なくらい正確に弾は奴の眉間に命中していた。
……それがアダになっていたんだ」
「どういうことだ晶?言ってる意味がわからないぞ」
「ああ、あれは見た奴でないとわからない。オヤジでも多分みたことはないだろうな」
高尾の目元が僅かに変化していた。
銃弾は間違いなく奴の眉間目掛けて飛んでいた。
絶対に外してない。だが冬樹は生きていた。
「……危ない、危ない。死ぬところだったぜ」
冬樹の斜め後ろ左右二箇所の木の幹から硝煙が上がっていた。
そして、冬樹は日本刀(直人に投げつけたものだ)の刀身を眉間の手前の位置で構えていた。
刃を高尾に向けるようにしてだ。
「おまえの腕が悪かったらオレは死んでたよ。
なまじ正確な射撃だったのが災いしたなぁ……」
高尾が自分の眉間に狙って銃を撃つと察した冬樹は日本刀を咄嗟に構えたのだ。
「さすがは500万円の名刀。刃こぼれ一つしてないぜ」
高尾の放った銃弾は冬樹の眉間、いやその前に立ちはだかっていた刀身に寸分たがわず命中した。
銃弾は二つに分離して、それぞれ冬樹の斜め後ろにあった木の幹に当たったというわけだ。
そして、これは余談だが、冬樹が所持していた銃には弾は二発しか入ってなかった。
つまり弾切れ。高尾にはもう後がない。
「目立ちたかったんならテレビにでもでるべきだったな色男!」
冬樹が飛んでいた。そして高尾は立っている位置が悪すぎた。
周囲が木に囲まれ動けない。文字通り逃げ場がなかった。
「死にな!!」
日本刀が高尾目掛けて振り落とされようとしていた。
高尾は表情を変えずに、頭部を防御するようにスッと左腕を上げた。
そして何か呟いた。
「何!?」
冬樹は驚愕の表情を見せていた。
「……なんだ?」
確かに高尾は何か言った。それは周藤からも見えた。
だが、遠すぎて、さすがの読唇術も通用しない。
だが、その一瞬、冬樹が驚愕した一瞬。
僅かに冬樹の動きが鈍った。それを高尾は見逃さなかった。
地を蹴ったかと思うと冬樹の間合いに一気に入っていた。
そして、冬樹の手首を掴んだかと思いきり力任せに捻ったのだ。
そう手首を180度回転させたのではないかというくらいに
そして――。
鈍い音がした。
冬樹の腹部から――。
「……何で…オレが持ってる…刀が……」
さらに高尾は刀を持っている冬樹の拳ごと深く突き進めた。
刀の先が、冬樹の背中からつきだし、そのまま冬樹の背後にあった木に突き刺さる。
「……バカな……オレが…こんな、呆気なく……」
冬樹の手が刀からスルッと剥がれ落ちるように放れた。
高尾は今度は刀を一気に引き抜いた。
冬樹の身体から血が噴出し、その返り血が高尾の頬にかかった。
ぞっとするような構図だが、それすらも高尾の端麗な容姿を際立たせている。
高尾は相変わらず冷たい、いや何もない表情で向きを変えると何もなかったかのように歩き出した。
「……ざける…な……」
高尾が止まった。
「……ざけんじゃねえよー!!」
冬樹は最後の力を振り絞り、凄まじい形相で立ち上がった。
そして胸ポケットに忍ばせていたナイフを取り出し投げようとした。
高尾は振り向きもせずに持っていた刀を背後に向かって投げた。
「……グッ…!」
くぐもった悲鳴のような声がした。
いや悲鳴だったのかはわからない。
だが、冬樹は完全に負けた。
なぜなら、刀は冬樹の心臓に突き刺さっていたのだから。
高尾の完全勝利だった――。
そして高尾は相変わらず振り向かずに走り去って行った。
「…バカ…な…」
「おい」
「……何なんだ…あいつ……は」
「おい答えろ」
すでに死にかけていた冬樹の前に周藤が現れた。
高尾が去ったのを確認した後、姿を現したのだ。
「あいつは、晃司はあの時何て言った?」
冬樹の襟を掴み揺さ振った。
「……人間…じゃ…ない……」
「何があった!?」
さらに揺さ振った。
「……人間…兵器……」
「人間兵器だと?」
「……勝てるわけがない……あんな簡単に…自分を……
…自分の身体を……切り離せ…る…なんて……」
「……何だと?」
「……あんな…奴に……」
「言え!晃司は何を言ったんだ!?」
「……あんな…化け物に…勝てる…わけがない……」
「おい、聞こえてるのか!!?」
「……勝てる……わけがない……」
――冬樹の身体機能は完全にストップした。
高尾は一言だけを言った、あの時に――
『左腕はあきらめるか』――と。
【B組:残り22人】
【敵:残り4人】
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