「次はシナンク・フラトラと言いたいところだが、さすがにオレも疲れた。
残念だろうが、今日はここまでだ」
やっと拷問…もとい鬼龍院のワンマンショーが終わった。
少年たちは鎖から解放され、束の間の喜びを得るためにそれぞれの寝室へと帰っていった。


「……さて、と。いつまで耳栓なんかしてるつもりだ晶」
「……何だ。気付いていたのか」


周藤は耳栓を取るとポイッとゴミ箱に投げ入れた。

「相変わらず失礼なガキだな」
「オレにはオヤジの美声の魅力を理解するような芸術的センスは無いんだよ」
「だろうなぁ。おまえは、そっちの方面は疎すぎる。もう少し、柔軟に育てるべきだった」


「……で、本題だが何があった?」
「……テロリストのアジトに潜入した、オレは奥の廊下から、あいつは中庭から敵の首領の書斎を目指したんだ」




キツネ狩り―96―




「……フン、思ったとおりだ。一人、二人……全部で三人か。
何人かかろうが、おまえたちでは歯が立たないんだよ。
未来の総統陛下の前ではな」
周藤は廊下の曲がり角から飛び出すと同時に引き金を引いた。


「ジ・エンドだ」


ドサッ……黒服を着た男たちが床に倒れ込む。
例の書斎はすぐそこだ。
だが、書斎の前まで来た周藤は顔を強張らせた。
書斎の前に5人いる。それも自分達同様年端もゆかない少年が。


(例のテロリストどもか?)

さて、どうする?どうやら、中庭方面から向かっている高尾は遅れているようだ。
自分ひとりで突入するか?いや、それは無謀だろう。
何しろ、相手は軍事基地を一つ潰した連中なのだ。
それに奴等のリーダーである『冬樹』の姿もない。


(晃司の奴、何を手間取っているんだ?このままでは奴等の首領に逃げられかねない)

どうする?様子を見るか、それとも行動するか?

(仕方ない。何とか奴等をドアの前から引き離し隙をみて……)


「晶」
「!」
何だ、来てたのか。それにしても遅い到着だ、周藤は文句の一つも言ってやりたかった。

「遅いぞ。何してたんだ?」
「言っただろう。中庭に用があると。弾も使い果たした、後四発だ」
「四発?無駄遣いだな。それより、どうする?奴等を何とか部屋の前から動かさないと」
「その必要は無い。今すぐ、片付ける」
「バカなことをいうな。5人もいるんだぞ」
「銃声が5発聞こえたら来い」
「おいっ!」

周藤が止める暇もなく高尾は飛び出していた。
そう、自ら敵の前に己の体をさらけだしたのだ。




「なんだ貴様は!」
「ぶっ殺してやる!!」
次々に銃口を上げるテロリストたち。


(バカか、あいつは!相手は5人、弾は4発、例え4人倒しても最後の一人にやられるんだぞ!)


高尾の電光石火の早撃ち、ほぼ同時に二発の銃声が轟く。
そして一人が心臓から血を噴出し倒れ、もう一人は喉を貫かれ壁に倒れ掛かりながら絶命していた。


「1、2」


ズギューーンッ!!ズギューーンッ!!


三発目、敵の一人がスッと上げた銃口。
だが、火を噴く前に銃が弾き飛ばされていた。
そして、その銃弾はさらに額のど真ん中に命中していた。
さらに敵の銃弾を除けながら撃つ。
もちろん、見事なまでに敵の心臓に命中だ。


「3、4」


「ふざけるなぁ!!」
最後に残った一人、高尾のすぐ目の前にいる。
そいつが引き金にかかっている指に力をいれた。

(弾切れだ!あのバカ!!)

次に眉間を打ち抜かれるは高尾だ!!
敵は前方、ほんの2メートル程の距離。


素人でも外すわけがない!間違いなく、高尾は死ぬ!!

周藤はそう確信した。


だが!


クルクル……先ほど、高尾が銃弾で弾き飛ばした敵の銃が弧を描きながら空中を飛んでいた。
そして、それはまるで計算したかのように、高尾の目の前に落ちてきた。
いや、高尾の手の中に。
同時に目にも止まらぬ速さでスッと構えた。
銃口が鈍い光を放ちながら、相手を見詰めた。
そして敵の瞳がこれ以上ないくらい拡大していた。
まるで信じられない。そんな目。
いや、実際信じられないと思っていたのだろう。




「5――ラストだ」




ズギュゥーンッ!!


流血がはじけ飛び散った。
敵の少年の額から……。




「…………」
声が出なかった。
「どうした晶、出てきていいぞ」
まだ放心状態だった。
「どうした聞こえないのか?」
そこでようやくハッとした。そうだ今は任務中だ、余計な事を考えるべきではない。


「いくぞ」
書斎に入るとすぐに目に入ってきたのは本棚の隠し扉、それが開かれていたことだった。
その中、つまり隠し部屋に入って周藤はしまったと思った。
地下へのエレベーター。そう、組織の首領はすでに逃げていたのだ。
最下階につくのも時間の問題だ。
おそらく地下から外に脱出する秘密通路があるのだろう。
これでは何の為に潜入したのかわからない。
「……クソ!」
「……1.2.3」
「おい、何を言っている?」
「秒読みだ。7.8.9…」


バアァァーンンッ!!


その時、中庭の方から爆音がしたと同時に室内の電気が消えた。
いや、室内だけではない。
つい数秒前まで、屋敷中を照らしていた照明も全てがだ。
当然、降下中のエレベーターも例外ではない。


「……何をした?」
「中庭の隅にあった自家発電室に時限爆弾を仕掛けてきたんだ。
どうやら間に合ったようだな。これで、この屋敷の全ての電気機能はゼロの状態だ」


驚きの表情を隠せないでいる周藤を無視して、高尾はエレベーターの扉を無理やりこじ開けた。
そして手榴弾を二つ取り出すと栓を抜き捨てた。
後の説明は要らないだろう。
手榴弾は落下し爆発した。
エレベーター内に閉じ込められていた攻撃目標と共に。




「いくぞ、ここにはもう用は無い」
高尾と周藤は早々にその場から離れた。
そして途中、佐伯、菊地、立花と合流すると屋敷を後にした。
高尾が発電室を破壊したせいで屋敷中暗闇となった為に、潜入時よりはるかに楽に脱出できた。
後は安全圏まで逃げれば……その時、漆黒の闇の中何かが光った。


「……!!」
5人は一斉に立ち止まった。
「……ツゥ」
菊地の左腕斜めに赤い線が入っていた。
普通の人間だったら、飛んできた何かに気付かず走り続けていただろう。
そして……腕一本落ちていただろう。


「おい、散々暴れまくっておいてハイとんずらなんて虫が良すぎるんじゃないのか?」


木の上、高い枝の上にいた。
知っている顔だ。そうテロリストの首領と共に標的リストに載っていた少年。
軍事基地を破壊し、軍部の面子を踏みにじった男。
名前は『冬樹(ふゆき)』、それしか情報がない危険人物。
そいつがスッと降り立った。




「オレを無視して事が進むと思ってるのか?おめでたい奴等だな」
「おめでたいのはどっちだ?」

周藤が一歩前にでた。


「バカかおまえは?5人相手に1人でやろうっていうのか?」
「下がってろよ三下」
「……なんだと?」
「オレが用があるのはそいつだよ。そ・い・つ」

冬樹はスッと指を差した。高尾だ。

「見たところ、おまえがリーダーだろ。おまえ名前は?」
「………」
「な・ま・え…だよ。それとも日本語わからないのか?
なあ、おまえがリーダーなんだろ?だったら……」

そこで冬樹の口調がガラッと変わった。


「オレとサシで勝負しろよ。他の奴は逃がしてやる、悪い取引じゃないだろ?」


「ふざけるな。オレが相手になってやる」
菊地が周藤のさらに前に出てきた。
そして、先ほど自分目掛けて飛んできたものを手にすると、冬樹目掛けて投げつけた。
(日本刀だった。ちなみに相場で200万もする名刀だった)
そして刀は冬樹の顔の横。まさに顔面スレスレの位置で、木の幹に突き刺さっていた。
冬樹はというと、その間全く微動だにしていない。


「あーあ、何熱くなってるんだよ。少しは頭冷やしなよ」
そう言ったのは立花だ。スッと銃口を冬樹に向けた。
「つまり、この身のほど知らずで憐れな愚か者を片付ければ済むんだろ?
安心しなよ。眉間に一発だ、痛みも無い」
すると冬樹はスッと、何かを取り出した。 まるで5人に見せ付けるように。


「これ何だかわかるか?」


小型の機械のようだ。
「これを押せば、この屋敷の四方に散らばっているオレの部下が一斉に集まってくる。
その包囲網から逃げ出せるかな?」
立花の顔色が僅かに変わった。
「ああ、それともう一つ。これは小型の爆弾でなぁ…まあ大した威力じゃないぜ。
何しろ、半径10メートル四方を木っ端微塵にする程度だ。
オレとおまえたちが無理心中してハイ終わり。
そんなくだらない死に方したいのか?
それをオレは、そいつ以外の奴は許してやろうって提案してやってるんだ。
それとも、オレと心中するか?オレはどっちでもかまわないぜ」




(……こいつ!)

オレたちに脅しをかけている、圧倒的に不利な立場にいるにもかかわらずにだ。
周藤は憎々しげに拳を握り締めた。


「晶、直人、下がってろ」

ここにきて、今まで黙っていた高尾がスッと前に出た。


「オレとおまえのサシの勝負。他の奴は、すぐにこの場から立去る、それでいいんだな?」
「ああ、そうだ」

冬樹はニヤリと笑った。

「晃司!勝手なことを言うな!!
奴はオレをコケにした。やるのはオレだ!!」
人一倍プライドの高い直人にとって、それは必然だった。
この血塗られた世界で今まで自分を奮い立たせていたのは、野望でも生への執着でもない。
プライドだ。 それを汚す奴は誰だろうと許さない。
そして自分は決してプライドを捨てるようなマネだけはしない。
もしも捨てることがあるのなら、それは死ぬときだけだ。
それが菊地の信念だった。
だが、菊地の信念に対し高尾の言葉はあまりにも非情だった。




「『軍法第27条。上官の命令は絶対、逆らえば軍法会議にかけ反逆罪とする』。
一時的とはいえ、今はオレが上官だ」
「……!」
「オレの命令は絶対だ」

「アーハハハッ。いいねえ、それでなくては殺しがいがねえもんなぁ」
冬樹は本当に面白いといった感じだ。
それこそ今にも腹抱えて笑い出しそうな、そんな感じ。
それに大して高尾はまるで静寂そのもの。
いや、何もないんじゃないかと思うほど無機質だった。
そして高尾は上着を脱ぐと、それを投げ捨てた。
後ろの四人を振り返ることなく、簡潔に「行け」とだけ言った。


(仕方ないな)
(……上官の命令は絶対だからな)
まず佐伯と立花が動いた。
(……クソッ、晃司め…!)
続いて悔しそうに唇を噛み締めながら菊地が足を踏み出した。


「どうした晶?」
「………」
「さっさと行け」
「なぜだ?なぜ、こんなバカな取引に乗った?」
「奴は時間稼ぎをしているだけだ」
その言葉には周藤のみならず、冬樹も驚いたようだ。
「自家発電室でトラブルがあった場合、屋敷中の電気機能はストップする。
だが反対に発電室の停止と共に作動するシステムが一つだけあった。自爆装置だ」
「自爆装置?!」
「パスワードを10分以内にうちこまなければ停止も出来なくなる。
そして、その破壊力は屋敷の中心部から300メートル四方に及ぶ。
敵にメインコンピュータのハードディスクを奪われるくらいなら破壊するというわけだ」




「……ククク」
冬樹が、さも愉快そうに笑い出した。実際おかしくてたまらなかったのだ。
「ああ、そうだ。あの屋敷の司令室のコンピュータには、組織が資金の提供を受けている資産家のリスト。
銃や爆薬の密輸ルート。秘密アジトの場所。その他諸々の重要機密が入っている。
それが軍に知れたらどうなる?テロ組織一気に潰されるだろうな。
だから、いざという時の為に自爆装置を仕掛けてあるんだ。
そうだなぁ……後、10分で逃げないと、おまえたち死体も残らないぜ」

「そして、おまえがオレを引きとめた理由はこれだ」

高尾は一枚のディスクを取り出した。
そう、それは組織の重要機密をバックアップしたものだ。
それを盗み出すことは高尾1人が受けた秘密指令だった。
もちろん、周藤も知らされていない。


「オレがこれを持って逃げれば自爆装置も無駄になる」
「なら、奴はこれを取り返すつもりで、おまえに決闘申し込んだってわけか」

だが、周藤はますますわからなくなった。
そんな重要な任務を負っているのなら、高尾は他の4人に残してでも逃げるべきだろう?
それなのに反対に奴のいいなりになっている。


「奴は時間稼ぎをしているがミスも犯した。それは相手がオレだったことだ」


周藤の疑問に答えるように高尾が口を開いた。
「オレは常に最善の成果をあげることを考えて行動している。
敵の首領を片付け、奴を片付け、機密を奪う。
そして、軍にとって必要な人材は生還させる」
(……確かに特選兵士に死人が出れば、それは上官である晃司の失態になる)
「要はおまえたちを逃がした後、奴を片付け時間内に爆心地から離れれば任務は成功だ」




「理解できたか晶?死にたくなければ8分以内に爆心地から離れろ」
「………」
「早く行け」

8分。それが残された時間。それが過ぎれば死体も残らない。
そして高尾は残ることを決断した。
仲間を逃がすための自己犠牲などでは断じてない。
確信だ。8分(この時点で7分を切っている)、その限られた時間内に、この男を倒し逃げ切れるという自信。
過剰でも自惚れでもない絶対的な自信。
「…………」
周藤はこの時、高尾を憎んだ。
そう高尾にはそんなつもりはないだろうが、高尾は周藤を侮辱したのだ。
なぜなら高尾は、それが出来るのは自分しかいない、そう思っている。


他の奴には無理だ――と。


「晶、もう一度だけ言うぞ。行け、これは命令だ」
「……!」

周藤は悔しそうに唇を噛むと走り出した。




「さあ~て、と。早めに勝負はつけようか?オレもまだ死にたくないしなぁ。
何しろ、オレが死んだら後追い自殺しかねない女が大勢いるんだぜ」
そして、次の瞬間、冬樹の顔つきが変わった。
今までの、ふざけたそれとは全く違う。
「戦う前に一つ言っとくけどな、おまえ一つ誤解してるぜ」
「………」
「オレがおまえを引きとめたのは組織の秘密を守るためじゃない。
ただのケンカしたかったんだよ。はっきり言って組織が潰れようが知ったことじゃないんでな」

「おまえみたいにゾクゾクする奴を見ると、この手で片付けないと気がすまない」


「さあ、ショーの始まりだ。もっと楽しそうな顔しろよ色男」




【B組:残り22人】
【敵:残り4人】




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