「……オヤジ、一から鍛えなおしてくれ」


生まれて初めての敗北感。
生まれてはじめての挫折。

そして、生まれてはじめての自分自身に対する怒り。


今までの自分は井の中の蛙だった。
だが、これからは違う。
必ず大海に乗り出してやる。
その為に邪魔な人間は一人残らず倒す。


それが、どんなに巨大な相手だろうとも――。




キツネ狩り―95―




「ウィズュノォ~マイネエェェ~~ム♪イフアソウユァインアヘブン~~♪」


それは決してひき蛙の断末魔などではない。
だが、下手な銃より威力があることは確かだった。
この密室の中に集められた20人ほどの少年たちは全員疲れ果てた表情で目もうつろ。
いや、一人だけ涼しい顔をしているものもいた。


「兄貴、兄貴」
小声で囁く輪也。が、周藤は全く無視だ。聞こえてないのか?
「兄貴」
袖を引っ張るとようやく気付いたようだ。
「何だ?」
「なあ兄貴何とかならないのか?もう二時間もこの調子だぜ」
「無茶言うな。一度マイクを握ったら3時間は放さない。
オヤジがそういう性格だっていうのは、おまえも知ってるだろう」

しかも熱唱しているのはあの名曲『ティアーズ・イン・ヘブン』だ。
エリック・クラプトンが泣いてるぜ、周藤はそう思った。

「……だ、だけど…もう限界だよ」
「我侭いうな。ほら終わったぞ拍手だ」
パチパチとおざなりの拍手をする周藤の周りで、少年たちが盛大な拍手をする。




「このクソガキどもがぁぁー!!」
いきなりマイクが飛んできた。
「なんでスタンディング・オベーションしないんだ!!」
少年たちは慌てて総立ちになり拍手をした。
「よーし、次はエアロスミスだ」
あきらかに顔の色を失っている少年たちをみて周藤は思った。

(全く、相変わらず要領の悪い奴等だな)

そんな中、周藤がなぜ涼しい顔をしているかというと理由は簡単。
周藤は最初から耳栓をしていたのだ。
なぜ弟と会話ができたかと言えば唇の動きをみたから。
つまり読唇術だったのだ。

(まだまだ甘いな輪也。他の連中も)

「今日は晶が里帰りをしたお祝いパーティーだから、いつもより気合いれるぞ」

(誰が頼んだんだよ。まあ、オレはダメージ受けないからいいが。
世の中、最後は頭のイイ奴が勝つんだよ)

それから周藤は思い出した。あの日の事を。














「勝負はこれからだ!!」

何とか立ち上がった和田だったが足元がふらついている。
無理も無い内臓にダメージを入れられたのだから。


(……なめてかかった代償とはいえ災難だったな勇二)


もはや周藤にとって和田は高尾の強さを測る対象ではなかった。
あれでは勝負にならない。
「………」
無言のまま和田を見詰めていた高尾だったが、スッと一歩前に出た。
反射的に身構える和田。次の瞬間、和田の視界から高尾が消えていた。
「……上か!?」
そう思った瞬間にはすでに高尾は和田の真後ろに着地。
と、同時に和田の首に高尾の腕が巻きついた。物凄い力だ。


「……ゲフッ…ッ!」
もがく和田。だが、高尾の腕の力は全く緩まない。
そして、……ゴキッ…ッと和田の体内から鈍い音がして和田は意識を完全に手放した。
同時に腕を離す高尾。和田はゆっくりと前に倒れ込み動かなくなった。
審判が心配そうに和田を見詰めている。


「すぐに医者を呼んだ方がいいんじゃないか」
「え?」
「すぐに手当をすれば助かる。後遺症も残らない」


審判は慌てて和田に駆け寄った。
そして和田を揺さ振ると、事態を察してドクターストップをかけた。
そう高尾の完全勝利だったのだ。
普通の人間なら死亡か再起不能だが、普段から鍛えていたことが幸いして和田は全治二週間で済んだ。
それからだ、和田が高尾に対して異常な程の憎しみを抱くようになったのは。














「かれこれ3時間半か……さすがに疲れてきたな」
「そうですか大佐。では、そろそろおひらきにしますか?」
「バカな事をいうな!よーし次はフランク・シナトラだ」
少年たちはますます蒼白くなっている。
それとは裏腹に周藤は顔色こそ失っていないが、その表情は先ほどの涼しいのもではなかった。
周藤は思い出していたのだ、ほんの一週間前の出来事を。
あの屈辱の日の事を。














「本日、おまえたちを集めたのは他でもない」
その場には入院中の和田を除く11人が集められていた。
「先日、軍事基地がテロリストに襲われた事件は知っているな?」
それは数人のテロリストが軍事空港に侵入、爆弾を仕掛け軍用機17機および兵士数百人を殺傷した大規模テロの事だった。
「唯一残っていた防犯ビデオだ。よく見ておけ」
そのビデオには犯人の顔が映し出されている。
だが、その犯人を見た途端数名のものは少なからず驚愕の表情をして見せた。


「あれがテロリスト?」
「……そうだ。この年端もゆかないガキに軍部は大恥かかされたんだ!!」

そう、そのビデオに映し出されたのは特選兵士と同年代としか思えない未成年だったのだ。


「別に驚くことじゃないだろう。テロリストも軍部同様英才教育してるってわけだ。
子供なら、大人には侵入できない場所にも忍び込めるし、敵も油断する」

周藤は淡々と答えた。
敵にもオレたち同様まともじゃない人間がいてもおかしくない、そう考えたのだ。


「このクソガキが所属している反乱グループはブラックリストトップクラスに位置する凶悪集団だ。
そして、このガキは奴等が育て上げた人間兵器。名前は冬樹。
それ以外は一切情報はない。こいつの他にも数名とんでもないガキがいるそうだ」
「で、オレたちの任務は?」
「……決ってるだろう。報復だ!今すぐ、やつらのアジトを強襲して敵のリーダーを殺害しろ!!
高尾晃司、周藤晶、佐伯徹、立花薫、菊地直人、おまえたちは西側から行け。
他の者は東側から潜入しろ。いいか、必ず奴等を根絶やしにしろよ!!」














「ある大富豪の別宅……か。あれがテロリストどものアジトとはね」

周藤は双眼鏡片手に、広すぎる邸宅に溜息をついた。
大富豪の別宅らしく、その周囲には警備の者が数え切れないほどいる。
はたから見たら、とてもテロリストのアジトとは思えないだろう。
だが諜報部が調べた情報によると、この別宅の当主はテロリストに武器を横流しして巨万の富を作ったようだ。


「……さてとどうする?」

周藤は面白くないと言った表情でチラッと背後を振り返った。
周藤が面白くない理由は一つ。
今彼等は二班に分かれて行動している。
東から潜入する班のリーダーは堀川秀明、そして自分達のリーダーは高尾晃司だ。
一時的とはいえ他の者(それも年下の正体不明の男に)に従うなど周藤のプライドが許さなかったのだ。
それは周藤だけではない。 佐伯も立花も菊地も同じだ。


(確かに戦闘能力があることは認めてやる。だが、それと戦闘指揮官としての器があるかどうかは別問題だ。
オレは今までオヤジ以外の男に下に置かれたことは無いんだ!!)


「潜入経路はここだ」
高尾は見取り図を指差した。
「一人は脱出経路保持の為に残れ。
二人は後方支援、もう一人はこの第三通路から行け。オレは中庭から行く」
「中庭?敵の標的にされるようなものだぞ」
「ああ、そうだ。だからオレがいく。合流地点は本館にある書斎だ。
見取り図からして必ずここから地下に続く秘密部屋がある。
テロリストの首領はおそらくここだ」
「お見事。君、司令官になれるよ」
立花は笑いながら褒め言葉を吐いたが、勿論その心の奥底ではドス黒いものが渦巻いていた。


「よし、行くぞ」
「待てよ晃司、もう一つの任務はどうする?」

もう一つの任務。それは軍に直接打撃を与えた少年テロリストに対する報復だ。

「こっちから出向かなくても奴等の方から来る。そこを倒せばいい」




全く大した自信だな。その場にいる誰もがそう思った。
そして気付くべきだった。 それは決して自惚れでも過信でもない。
確信だと云う事に。
高尾はインカムを手にとった。


「聞こえるか秀明」
『ああ』
「今から潜入する。10分後に突入しろ」
『了解した』

それから10分後だった。東側からハデな破壊音がこだましたのは。
驚いたのはテロリストたちだろう。
いつか報復に来るとは思ったが、これほど早くアジトがばれるとは。




「敵は何人だ!?」
「そ、それがッ…!!未確認ですが未成年者が数名」
「未成年者だと!?」


「何も驚く事ないだろ?軍の中にもオレたちと同じ種類の人間がいるってことさ」

その声の主こそ、高尾たちが抹殺の標的としている少年・冬樹だった。


「さっさと行って奴等を片付けろ!!」
「慌てるなよ。これは陽動作戦だ」
「陽動作戦だと?」
「ああ、こういう場合、片側からのみの無謀な突入なんかありえない。
あるとすれば、それはオトリとなった場合のみだ。
多分、西側から本命がご登場ってわけだ」

冬樹は熱心に呼んでいた本(はっきり言って教育上好ましくないもの、所謂、ヌード写真集だ)を閉じると静かに銃を手にした。


「さて…と。主演俳優をどうおもてなししようかな」




【B組:残り22人】
【敵:残り4人】




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