「晃司」

科学省長官がスッと指を3本立てた。


「3分だ」
「了解した」


3分。つまり、その時間内に相手をねじ伏せろという意味だ。
「……ふざけるなよ」
和田が戦闘態勢を取った。
「てめえみたいなガキに何ができる?調子に乗りやがって」


「ぶちのめしてやるぜ」




キツネ狩り―94―




「お手並み拝見といくか」

周藤は思い出していた。ほんの半月程前の出来事を。


『東日本には、もっと強い奴がいる』


堀川秀明が何気なく言った一言。
意図的な悪意など何も無い。
しかし周藤にとっては侮辱だった。許しがたい屈辱だ。
どれほどの奴か見極めてやる。
そんな軽い気持ちで周藤は東上していた。
丁度、同じ頃に科学省の秘蔵兵士の高尾晃司が凶悪テロリストを一掃したというニュースが軍部を駆け巡った。
周藤はすぐに堀川が言っていた『強い奴』というのを断定することができたのだ。














「では、この書類をよく読んでおいて下さい」
差し出された書類をパラパラと確認しながら周藤は「ああ」とだけ、短く答えた。
それは科学省通行許可証についてきたもで、科学省に関すること細かいルールが記載されている。

(Ⅹシリーズがいる第五棟は立入禁止か……まあ無理も無い)

紹介者がいないと一歩も入れない。もし一歩でも踏み込めば即逮捕だ。
たとえ周藤の上官・鬼龍院が軍部では顔がきく人間だと言っても、所詮は所属している陸軍のみに通用する権力。
管轄の違う科学省で逮捕されたらかばいきれないだろう。


「周藤晶」


そんな時、背後から声がした。振り向くと見覚えのある人間が立っている。

「……周藤晶だったな。確か」
「堀川秀明」

一度しかあった事の無い人間だが、周藤はチャンスが出来たと思った。

「ここに何しに来た?」
「何って見学だよ。そうだ一つ頼みがあるんだが」
「頼み?」




「晃司は仕事にいってるそうだ。オレも自分の部屋に戻る。
それから部外者が入れるのは、ここまでだ。時間制限もあるから気をつけろ」
「ああ、ありがとう。助かったよ」

周藤は立入禁止の第五棟まできていた。
入り口付近で見張りの兵士に咎められたが、堀川が一緒だったのですんなり通してもらえたのだ。

「……さてとどうするか」

30分ほど中庭にいたが(と、言っても地面に芝生があるだけだ)暇つぶしにもならないので、最初のロビーに戻った。


「いつ帰ってくるんだ?」
とにかく何をするでもなく椅子に座っていたが、何気なく後ろを振り返った。
「!」
驚いた。周藤は正直そう思った。
自分が座っている席から見て最後の列の椅子に少年が座っている。


(いつの間にいたんだ?)

全く気配を感じなかった。
見た感じ何の脅威も感じない、ただの優男にしか見えないのに。


周藤は立ち上がると、その少年の前にきた。
これほど近くに来たのに、その少年は周藤の方は全く見ない。


「おい、おまえ」
「何だ?」
「おまえ、高尾晃司という男をしっているか?」

その少年は相変わらず周藤を見向きもせずに、こう言った。

「ああ知っている」
「噂でしかしらないが、奴はそんなに強いのか?」
「さあ、オレにはわからない。特に興味もない」


「奴は今どこにいるんだ?」
「おまえの目の前だ」














「試合開始!」
審判が言うがいなや和田が速攻で責めてきた。まさに猛打だ。
拳だけではなく、蹴りも絶え間なく繰りだしてくる。しかも確実に急所を狙って。
高尾は、それを紙一重でよけている状態だ。
「何だ彼。随分ともったいぶった割には大した事ないじゃないか」
立花が薄笑いさえ浮かべて言った。
「防戦一方だなんて。それともよけるのが精一杯なのか?
だとしたら随分と噂と隔たりがあるじゃないか」
佐伯も意地悪そうに笑っている。
「勇二の奴、徹底的に痛めつけてやるつもりだな」
「あーあ、あいつ怒らせちまうなんて。絶対にあばらの一本や二本やられるぞ」
菊地や瀬名は少々同情めいたことまで言い出した。


「……フン、やはりその程度か?」

和田は見下すように言い放った。

「おまえに時間と金をつぎ込んだ科学省に同情するぜ。
安心しろ。痛いと思う前に意識不明にしてやるよ!!」


「……バカバカしい。あれがオレより強い奴なのか?」


周藤は半ば呆れ顔で立ち上がった。
結果は見るまでもない。外の空気でも吸ってこようと思ったのだ。

(科学省の奴等もさぞ計算外だろうな)

だが、堀川と速水を見た周藤は妙な違和感を感じた。
2人とも仲間が押されているというのに全く表情が変わっていない。

そんな感情すら忘れているのか?

だが、それは周藤の思い違いだった。




「……秀明」
「何だ?」

その場にいる少年兵士の中でただ一人その理由に気付いている者がいた。


「科学省はとんでもない奴を作り出したな。
生まれて初めてだ。戦って勝てる気がしない奴をみたのは」

氷室隼人だった。


それは周藤にとっては衝撃の言葉だった。
氷室とは上官同士の因縁もあってか、子供の頃から何かとライバル扱いされてきた。
実際、周藤は自分がこの世界で頂点に立つには、氷室が1番邪魔な存在とさえ感じていたのだ。
その氷室が『勝てる気がしない』などとは!!
周藤は再び高尾をみた。




勝てる気がしないだと!?
除けるのが精一杯の奴に!?

一体いつから、そんな情けない男になったのか。
いや、それ以上にこんな侮辱はない。
なぜなら氷室が勝てる気がしないということは、氷室は周藤より高尾が上だと思っているのだ。


(いつから、あんな節穴に……)

だが、改めて2人の戦いを見た周藤はハッとした。


(……あいつ、汗をかいてない。おまけに呼吸も全然乱れてなじゃないか)


「……貴様…少しは反撃したらどうだ。それとも逃げるだけしか能がないのか?」
強がっているが和田の息はかなり上がっている。
当然だろう、あれだけ激しい動きをしたのだから。
だが、同じように激しく動いていたはずの高尾は涼しい表情を全く崩していない。


(……違う。よけるのが精一杯なんじゃない、攻撃を完全に見極めてるんだ)


何一つ無駄な動きをせず、紙一重で。
最初は周藤同様、和田の絶対優勢と思い込んでいた他の者も異変に気付き始めた。


「勇二の奴いつまで遊んでるんだ?早めに勝負つける気はないのかよ」
「……違う」
「ん?違うって何がだ?」
「違うんだ俊彦。勇二は遊んでいるわけじゃない。攻撃が全く通用していないんだ」




「いつまでよけてるつもりだ!」
ここにきて和田に焦りが出始めた。
そして渾身の力を込めたけリガ高尾の頭部目掛けて炸裂されていた。
「……!」
だが、その蹴りは狙ったはずの頭部には当たってない。
高尾がスッと上げた腕によって阻まれていた。
この時、高尾の体内時計は3分目に突入したのだ。




「――反撃開始だ」
「何だと?」




その衝撃を一生忘れないだろう。和田勇二は。
そして、それを受けた時の屈辱も。
たった一発腹に入れられただけだった。
だが、和田は身体全体が『く』の形になり宙を飛んでいたのだ。
高尾が拳を繰り出した瞬間など知らない。
腹部に激痛が走ったと感じた瞬間飛んでいた。
だが、和田もだてにこの12人に選ばれたわけではない。
そのまま、後頭部から床に叩きつけられるなんて無様なマネは決してしない。
叩きつけられる直前に、クルリと回転し、何とか着地していた。


だが……ッ
「……ゲホッ…ッ!!」
着地すると同時に和田は血を吐いた。
ポタポタと口から雫が落ち、床に何点も赤い色を落としている。
その瞬間、座って傍観していた奴等が立ち上がった。
全員総立ちだ。


瀬名「……何だ、直人見えたか?」
菊地「いや、よく見てなかったからな。だがアバラをやられたようだ。間違いない」
鳴海「……もう終わりだな。身体が壊れている」
佐伯「……バカな。このオレが拳を繰り出す瞬間を見逃すなんて」
立花「あの出血……まさか、肺までやられたのか?」
蝦名「たった一発の拳であんなに吹っ飛ぶなんて……」


「違う。一発じゃない」


一斉に氷室に視線が集中した。

「一発じゃない。あれは……」
「二発だ」


氷室が言い終わる前に周藤が答えを言っていた。
「……二発だ。最初に心臓に一発。拳を引く瞬間、同時にひじ打ちを加えている」
周藤は思い出していた。あの日のことを。
高尾に始めてあった日のことを。














「おまえの目の前にいる」
「……何だと?」
「オレが高尾晃司だ」

周藤はあきれた。こんなバカな答えがあるのか?

「なぜ黙っていた?」
「聞かなかった。違うか?」


何て奴だ。堀川秀明も初対面で似たようなものだったが、こいつはさらに上を行く。
それにしても、こいつが高尾晃司?
まるで威圧感もない。これと言って何も感じない。
ただ静かに、そこに座っているだけの男。
本当に、この男がブラックリストに載るようなテロリストどもを一掃したのか?




「晃司、どうかしたのか?」
また一人やってきた。堀川ではない。 見た感じ年下だ。
「何でもない」
「ふぅん……ところで誰だ、おまえ?」
「周藤晶。陸軍特殊部隊に所属している」
「何の用だ?」
「こいつに会いに来た。堀川秀明が強いと言っていたからな」
「ああそうだ、晃司は強いぞ。それで来たのか?おまえ暇人なのか?」
最後の一言。正直言って周藤はムッとした。


「ああ確かに余程暇を持て余してないと来れないだろうな。
噂だけで実際にどの程度かわからない男に会いに来るなんて行為は」
その瞬間、速水の左腕が一気に伸びてきた。
「……何するんだ」
咄嗟によけた周藤だが明らかに気分を害している。
そうだろう、何の予告もなくいきなり殴りかけられたのだから。

「……晃司は世界一だ。晃司の悪口は絶対に許さない」














(世界一か……少なくても、あいつにとっては嘘でも方便でもなかったわけだ)


「……き…さま」
和田がフラつきながら立ち上がった。
「出血がひどいな。棄権するか?」
「ふざけるな!!」
和田は棄権を勧めた審判を殴り倒した。
「……こんなガキに舐められてたまるか」
高尾は一言も発せず、ただ静かに和田を見詰めた。


「勝負はこれからだ!!」




【B組:残り22人】
【敵:残り4人】




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