「……川田と三村だけは片付けておきたいな。
奴等を倒せば一気に1200点追加だ」


周藤はB組の名簿票片手に作戦を練っていた。
先ほど受けた密告は、周藤が泳がせているセコいスパイからだった。
川田や三村というB組最強クラスの人間と接触したとの報告だ。
周藤が喜んでいるのは単に二人が高得点だからではない。
3年B組は周藤から見たら所詮烏合の衆に過ぎない。
だが、頭となるべき人間次第では厄介な存在になる。
組織を潰すには、まずは首領を潰す。
それが周藤の鉄則だった。

それから他の人間の事を考えた。B組生徒ではない。


――晃司

あの冷徹な男の顔が脳裏に浮んだ。


優勝するのはおまえじゃない。このオレだ――




キツネ狩り―93―




雨が屋根を叩いている。どうやら今夜は冷えそうだな。
鬼龍院はグラス片手にそう思った。


(……あいつ、確か晶より年下のはず)


報告書に目を通した。先日、特選兵士がテロリストのアジトを急襲、全滅させた。
その中には鬼龍院の秘蔵っ子である周藤の名前もなる。
それなのに鬼龍院は、その任務の成功を嬉しいとは思わなかった。
一ヶ月前、そう高尾晃司を初めてみたあの日。
ほんのお遊びに過ぎない見世物の練習試合で見せた高尾の強さ。
いや…試合前から、あいつは只者じゃない、そう直感した。
それは鬼龍院が実戦で鍛えた野生の勘でそう感じたのだ。
だが、どうやら思っていた以上の怪物だったようだ。
その報告書には一番の軍功者として高尾の名があがっている。


(負けず嫌いの晶のことだ。相当悔しがっているだろうな。
まあ、あのお調子者にはいい薬だ。
何しろ、あいつは自分が№1だと自惚れまくって最近じゃオレのいうこともきかなくなってきている。
だが、楽観的な晶のことだ。今頃はケロッとしていることだろう)


「……ん?」


気のせいか?いや、気のせいなんかじゃない。
確かに気配を感じた。
鬼龍院は銃を手にすると玄関に向かった。




この扉の向こう……気配が一つ。間違いない誰かいる。
この雨の中、玄関のチャイムも鳴らさずに、ただ立っているのか?
随分とあやしい奴だ。 だが、殺気が全くない。
鬼龍院はドアノブに手をかけると同時にドアを開け放った。
そして瞬時に銃口を向けた。

――が、すぐに下げた。


「……晶」


その雨の中に突っ立っていたのは敵ではない。
彼の秘蔵っ子の周藤晶だった。
両手はズボンのポケットに突っ込み、少し俯いている。
そして雨で前髪は下がり、その先からポタポタと雫が落ちている。
俯いているせいか、それとも雨に濡れ垂れ下がった前髪のせいか、目が見えない。
その為、表情はわからない。
だが鬼龍院は、まるでドン底に落ちたような感じだな、と思った。
実際、その時の周藤の心境はその通りだっただろう。

「どうした?」
「……話がある」
「まあいい。とにかく中に入れ」

鬼龍院は半開きのドアを、さらに開け周藤に入るよう促した。
しかし、周藤は相変わらず俯いている。




周藤は鬼龍院がその素質を見込んで引取り、そして育て鍛え上げてきた。
誰よりも周藤のことは知っているつもりだが、その鬼龍院でさえも、こんな周藤は初めて見た。
そう……まさに挫折と屈辱、そして自分自身に対する失望を味わった、そんな感じだ。
まるで『自分は世界の王だ』と言わんばかりに自信に満ち溢れていた男と同一人物とは思えない。
少なくても鬼龍院が知っている周藤晶ではない。
この一ヶ月の間に何があったのか?


「……オヤジ」
周藤がやっと顔を上げた。


「一から鍛えなおしてくれ」


それは初めて見る表情だった。
(……随分と殊勝な顔だな)
自信に満ち溢れ、他者を見下すことしか知らない傲慢な男だったのに……。
「……何があったのかは知らんが、少しはマシなツラをするようになったようだな」
鬼龍院は何も聞かなかった。その代わりにこう言った。


「言っておくが一切容赦しないからな。口答えも許さん、絶対にだ。
それから生意気な口も利くな」
「……ああ、わかっている」














「晶の奴、最近顔見ないな」
「里帰りだとよ」

例の施設では、そんな他愛のない話が持ち上がっていた。
立花は部屋を占領できてご機嫌だ。
立花は周藤とは同室なのだが、お世辞にも仲がいいとは言えず、いつも衝突していた。
どうせなら永遠に帰ってきて欲しくない。それが立花の本音でもある。
ちなみに今は朝食の時間だ。彼らも世間的に言えば育ち盛りの子供。
およそ一般の学生とは完全に異質な人生を送っているが、食事だけはまともな物がでていた。


「おい、さっさとしろよ。朝食時間が終るだろ」
「……眠い」
食堂に瀬名が現れた。まだ顔も洗ってない速水を半ば強引に引っ張って。
「夜更かししてビデオ鑑賞してたおまえが悪いんだ」
「……『これでも見て少しは情操を高めろ』と言ったのは、おまえだ」
あまりにも普通の人間とは感覚の違う速水に、瀬名は強引に数本の名作ビデオを貸し付けた。
暇な時にでも見ろ、……と。
ところが速水は、その日の深夜に夜更かしして全作品鑑賞。

「……普通一度に見るか?1本2時間半のビデオを」
「おまえが見ろと言ったんだ。だから、おまえが悪い」
「……はいはい、わかりました。オレが悪いんだよ」

あーあ、誰か何とかしてくれよ……。

しかし、そんな瀬名も食堂に入った途端、嫌な雰囲気に表情が変わった。




「……科学省の戦闘マシンのご登場だぜ」

それほど大きく無いが、そんなあからさまな声が聞こえた。
どうやら和田勇二らしい。

「……こんな時間にやっとお目覚めか。Ⅹシリーズはお気楽な人種だな」

速水を見て表情を変えたのは和田だけではない。
他の連中……佐伯も立花も、そして瀬名の親友の菊地まで目つきが変わっている。
共通しているのは、およそ友好的な視線じゃないということだ。
敵意もしくは警戒……とにかく人間を見る目じゃない。


(……何なんだよ、こいつら)


その原因を瀬名は知っていた。
正確に言えば、こいつらが敵意や警戒心を持っているのは速水では無い。
「志郎」
その声に瀬名は振り向いた。
いつの間にか後ろにいたのだろうか。まるで気配を感じなかった。

「おはよう晃司」
「ああ」

高尾と速水がそっけない挨拶を交わす。
そして高尾が食堂に入った。
その瞬間、食堂の雰囲気ががラッと変わった。
まるで冷凍室のように空気が凍ったような感じだ。




「……クソッ…!」
まるで、ムナクソ悪くてたまらないと言った表情で真っ先に和田が立ち上がった。
続いて佐伯や立花、そして菊地も次々に席を立つ。
「……おい」
瀬名は思わず口元が引き攣った。
その態度は明らかに高尾に向けられたものだ。
それにしてもあからさま過ぎる。


「おい、待てよ直人」
急ぎ足で食堂を後にする菊地の肩を掴み小声で言った。
「何なんだよ、おまえらの態度は。晃司が何かしたのか?」
「……別に、おまえの思い過ごしだ」
「そうは思えないぜ……何があったか知らないけど大人になれよな」

一ヶ月前、この施設で初めて12人が揃ったときから高尾は異質な存在だった。
その希薄すぎる感情や素っ気ない態度すら、年上の和田や立花から見たら生意気な態度に映ったかもしれない。
特に和田は高尾に憎しみすら抱いているような態度をとる。
理由は簡単だ。つまり逆恨み。














――1ヶ月前――


突然現れた高尾に堀川と速水以外の者は強い視線を送った。
中には敵意すら秘めたものもある。
「やっと着いたか」
高官席に座っていた科学省長官が立ち上がった。


「紹介しよう。我が科学省が誇る最強の兵士だ。 Ⅹ5、高尾晃司だよ」
「高尾晃司?あいつが?」


瀬名は思わず立ち上がっていた。見た感じは、まるでハリウッドのイケメン俳優。
腰まである長髪を首の後ろで束ねただけの髪型。
そして何より……違和感を感じる。
何というか人間らしさが感じられない。
堀川や速水も似たようなものだが、それよりもっと。




「やれやれ、やっと到着か。勿体つけやがって」
和田が立ち上がった。そう、高尾の試合の相手は和田だったのだ。
「断っておくがオレは相手がガキだろうが一切容赦しないからな。
……もっとも科学省のカラクリ人形に手加減は必要ないか」
和田は人差し指でクイクイと挑発した。
「かかってきな」
高尾は上着を脱ぐと、それを投げ捨てた。


「秀明」

氷室が隣で平然と壁に背もたれしている堀川に問い掛けた。
氷室は一度堀川と同じ任務についたこともあって、堀川ともそれなりに面識があるのだ。

「おまえとあいつ、どっちが上だ?」
「晃司に勝てる奴は存在しない」
「……そうか」


高尾に興味を持っているのは氷室だけではない。
氷室とは敵対関係にある周藤晶もだ。
実は、周藤は以前に一度だけ高尾に会ったことがある。
そして己の目で確認したかった。
周藤は高尾晃司を単なる噂先行型タイプに過ぎないと考えていた。
科学省が長年の研究によって生み出した怪物。そして短期間で上げた軍功。
たった数ヶ月で高尾は軍の中にあって伝説になろうとしている。
だがそれは、長年実戦で死と隣り合わせの危険を掻い潜ってきた周藤には許せないことだった。
確かに高尾の軍功は眩しいほどだ。
しかし、だからといって高尾の実力をあまりにも過大評価しすぎているのではないか?
報告書を見たが、今まで自分が積んだ軍功が劣っているとは思えない。
単に、成功率の高い任務を短期間に与えられた。
それが奴の実体だ。周藤はそう思っていた。




神話と現実の間には大きな開きがある。
それを、この目でしっかりと焼き付けておこう。

周藤は不遜な態度で、その場に座り込んだ。


「お手並み拝見といくか」




【B組:残り22人】
【敵:残り4人】




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