『雅信、僕は君の味方だ』
「……なぜだ?」
『警戒しなくてもいいよ。何も企んでないから。
僕はただ、か弱い女性を力ずくでモノにしたあいつの根性が気に入らないだけなのさ。
だから君に手を貸す。君なら彼女を幸せに出来るんだろ?』
「……そうだ」
『だから雅信。僕を信じて僕の言うとおりに動くんだ。
そうすれば、あの卑怯者に鉄槌を下せるんだよ』


「……わかった。どこにいるんだ?」
『OK、いい返事だ。まず、その場所から東に1キロほど移動してくれ』




キツネ狩り―90―




「殺してやる!!」


激痛に耐えながらも佐伯は銃口を上げた。
同時に桐山は再び壁に身を隠す。だが遅い、遅かった!


ズギューンッ!!


「……クッ!」

桐山は左肩を押えた。銃弾は桐山の肩の肉をえぐっていたのだ。
しかも銃弾は切れた、そう桐山の銃はもはや武器としては役にたたない。
肩から大量に血が流れ出した。
だが、それは佐伯も同じだ。

「…クソッ……!」

佐伯はハンカチを取り出すと左目に当てた。
眼球をやられたのかは自分でもわからない。
だが痛みは一向に収まらない。何より瞼を上げることが出来ない。
当てたハンカチは瞬時に染まった。
佐伯はブラウスの肩口を握り締めると、引き裂くように引っ張った。
ビリリィッと音をたてながらブラウスの袖が肩口から離された。
それを包帯代わりにして縛りつけた。
もちろん、こんなもので出血など止まらないが、痛みに立ち止まっている暇などない。




………美恵…!!




左目はおろか激痛と疲労のせいで、右目さえ霞んできた。
だが、美恵の顔だけは頭に浮ぶ。




……桐山……!
おまえさえ死ねば全てが終るんだ……!!




それは桐山にとっても同じ事だった。
佐伯同様、ブラウスの袖を引き裂き肩に巻きつけた。
だが、そんなのものは気休めに過ぎない。
それでも、この戦いから逃げるわけには行かない。
転校生を……そう、たとえ佐伯を倒しても、まだ3人いる。
こんな怪我など問題ではない。




……天瀬……。

後、4人……後、4人だ…。 それで全てが終る……。
……後、4人……まずは、あいつだ…!!




桐山と佐伯の戦いは文字通り流血を伴ったものとなった。














「……ねえ聡美」
「何?」
「今、物音しなかった?」
「まさか」

聡美は、眼鏡の額縁をスッと摘みながら冷静に答えた。
三村は自分達の為に防衛線を張ってくれた。
誰か近づけば、その線に引っ掛かり、その線にかけてある空き缶が危険を知らせてくれる手はずになっている。
そして、その空き缶は静止した状態を崩していない。
つまり敵はおろかクラスメイトも誰一人この建物には近づいていないということだ。

「気のせいよ。神経質になっているんじゃない?」

クラスでも指折りの優等生で冷静な聡美はそう答えた。
だが、次の瞬間聡美は全身に恐怖の電流が流れるのを感じた。
ドアノブ、そう2人がいる部屋のドアノブがゆっくりとだが、確実に回り出したのだ。


「……さ、聡美!!」

はるかは叫んだつもりだった。
しかし、その声は実際には押し殺したようなかそぼい音量しかない。
それ以上に聡美は顔面蒼白だ。
普段は優等生で落ち着きのある聡美だが、だからといって普通の女の子には違いない。
いや、この瞬間。はじけとんだ感情は一気に恐怖一色に塗り替えられた。
聡美は普段からは想像もできないくらい絶叫した。


「……ひっ!こ、来ないで…!!来ないでー!!」


マシンガン!相手が姿を見せる前に撃たないと!!
聡美は反射的にマシンガンの銃口を向けた。




「止めろ!オレは敵じゃない!!」
「え?」




半ば涙ぐんでさえいた聡美は一瞬戸惑った。
低い声。聞きなれない声ではあったが知らない声でない。
それは、はるかも同じだった。


「おまえたち……野田に谷沢か?オレは川田だ」


「か、川田…くん?」
「お、オレは瀬戸だよ」
次に聞き慣れた声がした。
「……瀬戸くん?」

2人はヘナヘナとその場に座り込んだ。

「よかった。2人とも無事だったんだね」

嬉しそうに姿を見せた瀬戸。
だが、2人は再会を喜ぶどころか今だ放心状態だった。














「……弾切れか」

佐伯は銃を放り投げた。
弾が入ってない銃など何の役にも立たない。
だが、それは桐山も同じだ。
奴は深手を負っている。そして自分も。
出血で意識がなくなる前に決着をつけなればならない。


ズキッ……ッ…


(……クソッ!)

激痛が走る。怪我の痛みは治まるどころか大きくなるばかりだ。
当然だろう。普通の人間なら痛みに堪えかねのた打ち回るか、さもなければ意識を失って気絶だ。
そして深手を負っているという点では桐山も同じ。
頂点に達した激痛。それをはるかに上回る憎悪と殺意。
だが、意識が朦朧としながらも佐伯には、この戦いが始まる前から気になることがあった。


腕時計を見ずともわかる。
西の方角、まだ暗いがはるか西の方角が微かに明るくなっている。
そう、後十数分もしないうちに日の出だ。
つまり午前4時はもうすぎている。

24時間ルールは終了だ。

ここで倒れるわけにはいかない。
他の3人は間違いなく桐山を倒しに来るだろう。
そうなれば今までの努力は全て水泡に帰す。
いや……もはや点取りなどどうでもいい。
佐伯は『自分自身の手』で桐山の息の根を止めなければ気が済まないのだ!!
佐伯はナイフを手にすると走り出した。




桐山に武器はない。あるのは弾のない銃だけだ。
他の武器は、あの炎の集落のなかだ。
桐山は役に立たない銃をベルトの後ろ部分に差し込んだ。
同時に佐伯が容赦なくナイフを振りかざしてきた。
ふらつきながらも除ける桐山、だが次の瞬間佐伯が半回転していた。
回し蹴りだ。常にクールな表情を崩さない桐山の顔が、ほんの僅かだが歪んだ。


大怪我を負った肩に佐伯の蹴りが入ったのだ。
出血量がさらに増えた。
だが、肩の怪我などにかまってられない。
桐山は再度ナイフ攻撃をかわすと、佐伯のナイフを握っている手、その手首を掴みグイッと引き寄せた。
佐伯のバランスが崩れる。

「……グッ…!!」

そして今度は佐伯の表情が苦痛で歪んだ。
桐山の膝が腹部に食込んでいたのだ。
間髪いれずに桐山は佐伯の首を左手で掴むと同時に一気に地面に押し倒した。
そして佐伯の手を引き寄せたさい、奪っていたナイフをを振り上げた。

「……!」

佐伯の瞳が見開かれた。このままでは殺される!!




「……やられてたまるか!!」

佐伯は桐山の顔面目掛けて拳を打ち込んだ。
その勢いで桐山の体勢が後ろに傾く。
同時に桐山の胸元を掴むと飛び上がった。
瞬時に2人の体勢が逆になる。しかし、桐山も負けてはいない。
2人の体はお互いに上位になろうとする2人の力のせいでゴロゴロと転がり、そして急な傾斜にきた。
そうなると自然の摂理で2人の体は加速されたスピードに乗って転がった。
そして止まった。林の中にある小屋の前だ。


桐山には勝利への確信があった。
この場所に、この場所に辿り着けば勝つのは自分だと。
ほぼ同時に立ち上がる桐山と佐伯。
桐山は再度肉弾戦で来る。そう思った佐伯。
だが、桐山はクルリと背を向けると走り出した。


(何だと!?)


逃げるのか?いや違う!!
あいつは臆病風に吹かれるような奴じゃない!!


その瞬間、佐伯の第六感がフル回転した。


やばい!奴を行かせてはならないと!!


そう、あの小屋だ。あの小屋に行かせたら自分は負ける
佐伯も走り出していた。




「行かせてたまるか!!」




そして飛んでいた。桐山の後後頭部目掛けて。
だが、桐山はスッと頭を下げた。かわされたのだ。

「……クソッ…!」

いつもなら華麗に着地を決めるのに。
だが佐伯の体力も疲労も限界だった。
その証拠に両膝と片手を地面につくなどという、普段からは想像も出来ない無様な着地しかできない。




バァーンッ!!

その音に佐伯はハッと顔を上げた。
桐山はやや乱暴に小屋の扉を開けると中に入っていった。


(……しまった!!)


数秒後、桐山が姿を現した。
ベルトに差し込んでおいたはずの銃を手にして。
桐山は何かのアクシデントにより武器を失う状況をあらかじめ推定していた。
集落に向かう途中、この小屋に立ち寄り『銃弾』をいくつか隠しておいたのだ。
もちろんすでに銃に詰められている。
桐山と佐伯の間にはほんの十数メートルほどの距離しかない。
当然、桐山は外さない。
そして桐山はスッと銃をあげた。銃口は静かに佐伯を見詰めている。
佐伯は己の死を実感した。







瞬間、脳裏に浮かんだのは死の恐怖ではなかった

敗北の悔しさでもない

野心への未練でもない

ましてや、肉親などではない

不思議なことに桐山に抱いていたはずの憎悪や殺意でもなかった




……美恵……!




――佐伯は静かに目を閉じた。




【B組:残り22人】
【敵:残り4人】




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