そう言って月明かりの元、腕時計を見た三村は愕然とした。
「三村?」
「どうしたのよ三村くん」
「……そんな……クソッ、最悪だ!!」
キツネ狩り―89―
……ポタ……ポタ……
「……ク…ゥ……」
左目を押えながら、佐伯は桐山を睨んだ
「……して…やる」
激しい激痛。だが、尚も佐伯は桐山を睨んだ。
「……殺…し…てやる……」
激痛。それ以上に増幅した殺意。
殺してやる
殺してやる !
殺してやる
!!
「殺してやる!!」
周藤は携帯を取り出した。
「……メールか。誰からだ?」
差出人は『立花薫』。周藤は見もしないで削除した。
ところが削除されるのを予想していたように再びメール着信音が鳴り響いた。
「……またか。どういう風の吹き回しだ?」
あいつからのメールなんてろくなことじゃない。
いや、たとえ有事であろうとも、あいつからのメールなんて見たくもないというのが周藤の本音だった。
しかし、念のため一応目を通しておくことにした。
最初の一文は
『君のことだ。どうせ見もしないで削除するだろうから、念のためにもう一度送っておくよ。
ひとの親切は素直を受け取るものだと理解したほうがいいんじゃないか』
……だった。
「……オレが削除することを読んでいたのか」
お互いに裏がある性格なのか、相反しながらも相手の性格をよく理解しているといったところだろうか。
周藤はメールの続きをみた。
「……何だと?」
『君たちの中に裏切り者がいる。そうルール違反をしようとしている奴がいるんだよ。
そいつは、ある女生徒に惚れて、あろううことか軍人としての任務を無視したんだ。
本来なら殺さなければならない、その女を連れ帰ろうとしているんだよ。
傑作なことに女嫌いで有名なあいつがだ。そう、佐伯徹さ』
「……徹が?」
天瀬美恵を利用するだろうとは思っていた。
何しろ、あの女は桐山の恋人(少なくてもお互い好意を抱いている。周藤は、そう思っていた)だ。
桐山をおびき寄せる最高にエサだろう。
だが、利用した後は殺すのではなく連れ帰るとは。
いくら立花薫にとって嘘偽りを吐く事が日常茶飯事でも、こんなつまらない嘘はつかないだろう。
つまり真実としか思えない。
あの佐伯が……女など下等生物くらいの感覚しかない佐伯が、だ。
「もしも事実だとすれば、女に本気になるなんて軍人失格だ。
どうやら、オレはあいつを買いかぶっていたようだな」
高尾は相変わらず無表情で携帯の液晶画面を見詰めていた。
『しかもだ。君たちがエリアを動けないのをいいことに、その女性と熱い夜を過ごしていたんだよ。
そう驚くべきことに奴は彼女に、もうすでに手を出しているのさ。
しかも、想像も出来ないような酷いやり方でね。
その女性は確かE地区にいる女だったなぁ。 くわしく知りたい人は、返信してよ』
一通り読む終ると高尾は何事もなかったように、そのメールを削除した。
そして、疾風のように走り出した。
勿論周囲に注意を払うのは怠らない。今、近くに人間はいない。
だからこそ、高尾は集落に……正確には集落から飛び出した車が衝突炎上した場所に猛スピードで走ることができたのだ。
立花がメールを送った相手は3人。
だが周藤も高尾も立花のお節介にはさして興味はなかったようだ。
しかし……一人だけは違った――。
華麗なクラシック。立花の携帯の着メロが響き渡った。
「なんだ。メールじゃなくて直接話したい奴がいるんだな」
携帯を耳にあてた立花。次の瞬間これ以上ないくらい低い声が聞こえてきた。
『……どういうことだ?』
「その声は雅信かい?任務ごくろうだね、怪我はしてないかい?」
『どういう事だと聞いているんだ!!』
「ああ、さっきのメールだね。ありのままの真実さ」
立花はフフッと笑った。
「可哀想なのは、その彼女だよ。少し刺激が強い話だけど全て事実さ。
徹は誰もいない部屋に彼女を閉じ込めて、無理やりベッドに押し倒し、服を引き裂き、
泣き叫ぶ彼女の唇を力づくで奪い、体を奪い、彼女の純潔を汚したんだ。
これはもう犯罪としか言いようがないね。
女を知らないヤツのことだ、彼女は為すすべもなく酷い扱いを受けた事だろう。
こんな行為が許されると思うかい?
まったく信じられない鬼畜だ、佐伯徹という男は」
『……誰なんだ、その相手は』
「知りたいかい?」
『……天瀬美恵じゃないだろうな? あの女の名前を一言でも言ってみろ。
おまえも……殺すぞ!!』
「怖いこと言わないでくれよ。僕は単なる情報提供者に過ぎないんだ。
恨むべき相手はあいつ。徹ただ一人なんだよ。
可哀想に彼女は純潔を奪われた上、これから一生奴に監禁され、好き放題にされ続けなければならないんだ。
僕は、この世にも不幸な女性に心から深く同情するよ」
『………』
「そう……天瀬美恵さんに」
『……!!』
「おそらく、彼女があの悪魔の子を身篭るのも時間の問題だろうね。
まったく、何て奴なんだ徹は」
『……こ…ども……だと?』
「ああ、そうだよ。徹は彼女を監禁して毎晩犯すつもりでいるんだ。
そして2人は健康な男と女。いつ彼女が妊娠しても不思議はないだろ?」
『………あの女が……あいつの子を……?』
「ああ、そうだよ。顔だけはイイ子が生まれるだろうね」
鳴海の脳裏に世にもおぞましい光景が浮んだ。
佐伯によく似た赤ん坊を抱きしめている美恵の姿だ。
同時に佐伯が嘲笑う声が脳内に響き渡った。
『すまない雅信。彼女はオレが頂いたよ。
仕方ないだろ?君がルールなんかを律儀に守ってグズグズしているから悪いんだ。
据え膳食わぬは男の恥。要は早いもの勝ちなんだよ。
君には本当に申し訳無いが、美恵はもうオレ一人の女だ。だから――』
『――だから大人しく悔し泣きでもしてるんだな』
「佐伯徹!!」
ズギューンッ!!と嫌な音が空を切り裂いた。
鳴海が立っていたのはガソリンスタンドの前だった。
そして……銃声が鳴り止まないうちに――
ドギューンッ!!
――爆音が轟いた。
業火、そして爆風。
そしてきな臭い煙に巻かれながらも鳴海は一歩も動かず仁王立ちしていた。
……よくも
『彼女の純潔を汚したんだ』
……よくも
『あの悪魔の子を身篭るのも時間の問題だろうね』
「……誰が!そんなことさせるかぁ!!」
あーあ、怒っちゃったよ
そんなに愛しの彼女を横取りされて悔しいのかな
こんな一途な男を狂わせるなんて
徹…君も罪な男だよ
これじゃあ雅信が可哀想すぎる
だから僕は雅信の味方をさせてもらうよ
ハァハァ……荒い息遣い
だが、怒りの頂点に達した精神は収まるどころか昂ぶるばかりだ
『落ち着きなよ雅信』
「………落ち着けだと?」
『僕は君の味方だ。君にだけ特別情報を教えてやってもいいんだよ』
「……特別情報?」
『そう特別情報さ』
夜の闇にまぎれるように銃声は轟く。
しかし、反響しているせいか、どこから聞こえてくるのかがわからない。
だからといって立ち止まっているわけにもいかない。
「……止めないと。二人が殺しあうのを止めないと」
美恵はとにかく動き出した。
かかえているディパッグのなかには佐伯から渡された携帯が入っていた。
「……特別情報?」
『そう特別情報さ』
「……………」
『知りたいだろう?徹が今どこにいるか』
【B組:残り22人】
【敵:残り4人】
BACK TOP NEXT