他人と一緒にいて悪くないと思うようになったのは
いや……一緒にいたいと思うようになったのは
天瀬といると心が落ち着く
天瀬に傍にいてほしいと思う自分がいる
もしも天瀬の笑顔を汚す奴がいたら
――オレが戦う。それだけだ
キツネ狩り―88―
「待って桐山くん!!」
美恵は叫んだ。しかし、今の桐山には聞こえない。
例え美恵
の必死の懇願であろうとも聞こえない。
いや、聞く必要などない。
佐伯徹は決して越えてはならない一線を越えたのだ!!
美恵
を、桐山が命がけで守りたいと思っている大切な女を傷つけた。
桐山にとっては、それが全てだ。
桐山は全力疾走した。体育の授業でも一度も本気を出したことが無い桐山が全力でだ。
そのスピードに美恵
が追いつけるはずがない。
だが、ぴったりとついて走っている奴がいた。佐伯徹だ。
佐伯も身体能力においては天才の域に達している。
決して桐山を見逃したりなどしたりしない。
まして桐山は蛍光塗料のおかげで、この暗闇の中にもかかわらず佐伯にはっきりと位置を掴まれている。
反対に佐伯は暗闇に呑まれたかのように、夜の闇に同化し、その足音で居場所こそわかるが全く姿が見えない。
ズギューンッ!!
「……クッ!!」
桐山の美しい顔が僅かに歪んだ。左腕だ。
桐山は一反止まると同時にクルッと振り向きざま銃を上げた。
ズギューンッ!!
だが、佐伯はスッと頭を下げている。
そう、蛍光塗料のおかげで桐山の動きが手にとるようにわかるのだ。
桐山が撃つより早く守勢にでれる。
「フン、無駄なあがきだな桐山」
ズギューンッ!!
この勝負、明らかに桐山が不利。
佐伯は再び勝利を確信した。
後は確実に止めを刺すだけだ。それで全てが終る。
「……ククク。面白い、本当に楽しいなぁ」
立花は愉快そうにメールを打っていた。
「どんな文面がふさわしいかな?」
『任務ご苦労。僕は君たちの無事を心から祈っているよ、元気かい?
ところで今日は悲しい知らせがあるんだ。
君たちが真面目に任務を遂行しているっていうのに、1人だけアバンチュールを楽しんでいる奴がいたんだよ。
信じられるかい?プログラムの最中にだよ。
僕も最初は耳を疑ったよ。まさか彼が、こんなふざけた行為をするなんて本当に残念さ。
その裏切り者はE地区にいる。そう徹だよ。
君たちが寝食も惜しんで働いている間に、こともあろうにターゲットの女とベッドインさ。
昨夜は随分熱い夜を過ごしたようだ。相手の女性は……』
「……待てよ。せっかくだから、もう少しロマンチックな内容にしてやるか」
立花は、少し考え、そして再び打ちはじめた。
夜の田舎道。電柱にさえ一つの灯りもない。
まさに漆黒の闇。だが、微かに光っているものがいる。そう、鈍い光ではあるが。
佐伯はフッと冷笑すると用心深く近づいた。
あと20メートルほどの距離だろうか?
(バカめ……隠れているつもりなのか?)
佐伯はスッと銃を構えた。
(……これで終わりだ)
今度こそ本当に終わりだ。
そう、ゲームセットという奴さ
美恵……これで全てが終る
今度こそ本当に終るんだ
これで……おまえは完全にオレ一人のものだ
ズギューンッ!!
「とにかく急ごう。今は一刻も早く仲間を見つけるんだ」
杉村の意見に全員頷いた。
「それからくれぐれも気をつけるんだ。何しろ相手は……」
「黙って杉村くん!」
突然、口をふさがれ杉村は戸惑った。
「……な、何だよ月岡」
「……誰か来るわ」
それは尾行が得意な月岡だからこそわかったのだ。
そう、微かに聞こえる足音。間違いない誰かが近づいてくる。
「隠れるのよ」
足音なんか聞こえない。だが、それは気のせいではなかった。
茂みに隠れて数十秒……今度は杉村の耳にも、いやその場にいる全員の耳にも聞こえてきたのだ。
「誰だ?」
「……転校生じゃないわね」
「どうして、そう言い切れるんだ?」
「こんな無防備に走るなんて、そんなバカな事転校生がするわけないでしょ。
誰かを追いかけてるならともかく、足音は一人だから、その可能性はないわ」
「……月岡、おまえ頭いいだな」
「あら杉村くん。あなた、そんな簡単なこと今頃気付いたの?
でも誰かしら?けっこう早い足音……三村くん!?」
……!。足音が止まった。
ほんの十数メートル先の闇の中。微かに人影がうごめいているのがわかる。
「……その声は……」
その懐かしい声。
いや、たった一日会ってないだけなのだから懐かしいという表現はおかしいかもしれない。
しかし、やはり懐かしい声だ。
「……三村!!」
「三村、おまえ無事だったのか!!?」
「……杉村、それに七原……それにさっきの声は…月岡か?」
「三村くん、無事だったのね!!心配したのよ!!」
普段なら、思わずゲッと叫びたくなるところだ。
だが今の三村にとっては少々疎ましい存在であるはずの月岡でさえ生きていることは嬉しい事だった。
「それにしても三村くん。そんなに急いでどこにいくのよ?」
「おまえたちも見ただろ、あの炎」
「ああ、すごい爆発だったな。多分桐山が戦っているんだ。
だからオレたちも行こうと思っていた所なんだ」
「ああ、あれは間違いなく桐山だろうな。問題はその後だよ」
「その後?」
「もしも桐山が負けていたら……そして奴が勝ったら次はどうする?」
「どうする……て?」
そこで杉村はハッとした。そうだ、このプログラムは奴等にとっては点取りゲームだ。
桐山が倒されたら当然奴は次のターゲットを狙うだろう。
さらに追い討ちをかけるように三村は言った。
「オレは佐伯徹と戦った」
全員が一斉に三村を凝視した。
「……はっきり言うぜ。オレもケンカには自信があったんだ。
だが、あいつには全く歯が立たなかった……軍のエリートって肩書きはだてじゃない。
あいつはオレたちと違って戦闘のプロなんだ。まともに戦って勝てる相手じゃない。
悔しいが、オレたちに勝つチャンスがあるとすれば数に頼る方法しかなんだ」
正論だった。とにかく一人でも多く仲間を見つけなれば。
「オレは野田と谷沢と一緒だったんだ。さっき滝口とも会った。
滝口は委員長と織田と一緒だったらしい。
とにかく滝口は委員長たちを呼びに戻った。オレも2人を連れに行くところだったんだ」
「そうだったのか……ところで桐山のことなんだが……」
杉村が悲痛な面持ちで口を開いた。
「三村、おまえほどの男を負かした奴が相手じゃあ……桐山はもう……」
「……やられてるかもしれない。
だからオレは2人に連絡を取ったら様子を見に行くつもりだったんだ」
「アタシも行くわ。桐山くんをほかっておくわけにも行かないしね。
七原くん、あなたも一緒に行ってくれないかしら?」
「ああ、わかった」
「月岡、オレも行く」
「何言ってるのよ。杉村くんは貴子ちゃんの傍にいてあげなさい。
アタシたちが代表して行くから、あなたたちは三村くんの代わりに2人を連れに行くのよ」
三村にとって月岡は正直苦手だったが、こういう時は意外と頼りになる。
テキパキと采配を振るってくれたのだ。
パリィィーンッ!!
「何!?」
暗闇の中、何かが弾けた。
細かい破片が一瞬にして、そして暗闇の中にもかかわらずキラキラ輝いて飛び散っている。
佐伯が撃ったのは桐山ではない。
カーブミラーだ。そう鏡に映っている桐山を撃ったにすぎない。
桐山は、本物の桐山は、その鏡の正面。
そう佐伯からは壁の向こう側。つまり死角となっている部分だ。
しまった!!
瞬時に佐伯は己の過信によるミスを悟った。
はっきり見えるがゆえに、それを逆手に取られたことに。
佐伯は銃口を再度向け……ようとしたが遅かった。
桐山が飛び出していた。そう、銃口はすでにセットされている。
佐伯はかわそうと走った。だが、遅い!
ズギューンッ!!
……ッッ!!
その瞬間、佐伯の左顔面に想像を絶する激痛が走った。
「……ククク……やっと終った……」
美恵の写真を見詰めながら鳴海は立ち上がった。
「……もうすぐだ。もうすぐオレだけのモノになる」
それを邪魔する奴がいたら……皆殺しだ……
「やれやれ、待ちくたびれたぜ」
だが、これでやっと遠慮なくやれる
もう何も縛るものはないんだからな
スッと銃を取り出すと周藤はゆっくりと歩き出した。
風がやんだ。まるで、嵐の前の静けさのように……。
一つの影が丘から飛んだ。
途中、木の枝を片手で掴むと大車輪のように一回転、そして綺麗に着地。
再び風が吹き出した。それに呼応するように髪がたなびいている。
冷たい瞳。その持ち主たる高尾晃司。
彼が立っているのは、すでに『D地区』ではなかった――。
ピピピピピ……
電子音が時を告げていた。
「……プログラム第二章の始まりだなぁ……」
坂持は哀れみをこめた目で、そうつぶやいた。
……そう、その音は24時間ルールの終了という
新たな悲劇の幕開けを告げる前奏曲でもあった――。
【B組:残り22人】
【敵:残り4人】
BACK TOP NEXT