ドッカァッーンッ!!


炎、そして煙……車体など影しか見えない。

桐山はジッと見詰めていた。そう桐山は無事だったのだ。
車が激突する寸前に飛び降りていたのだから。

佐伯徹は車の中で黒焦げになっているだろう。
そう……奴が普通の人間なら……。




キツネ狩り―87―




は目を見張った。
佐伯の忠告通り集落から少し離れた場所から見たのだ。
一台のスポーツカーが飛び出すのを。
そのスポーツカーはハデな蛇行運転をしたかと思うと激突、そして炎上した。

「……まさか、あの中に徹…が?」

は急いで走り出した。




炎は尚も猛り狂っている。黒い煙を出しながら。
桐山は銃を構えた。
煙の中に人影が見えた。近づいてくる。
そう、激突する寸前に車から飛び降りたのは桐山だけではない。
佐伯もまた(桐山より僅かに後だったが)飛び降りていたのだ。
そして勿論銃を握り締めていた。

「……残念だな。君の為に用意したステージはもう使い物にならない」

佐伯独特の言い回し。だが、その口調にはもう余裕など一切無かった。


「……もう小細工は一切無しだ。オレの全力を持って殺してやる!!」


ズギューンッ!ズギューンッ!!


銃声はの耳にはっきりと聞こえた。勿論銃撃戦ということは相手がいる。
そして佐伯の相手とは桐山に他ならない。
は顔面蒼白になりながら走った。
辺りは集落から離れ街灯もない田舎道。
見える明かりといえば、今しがた炎上したスポーツカーのみだ。
とにかく今は、そのスポーツカー目差して走る。
には、それしか出来なかった。


ズギューンッ!ズギューンッ!!


木の影に隠れながら桐山は銃に弾を詰めた。
銃弾だけではない。とにかく奴の位置を見失わないようにしないと。
集落は街灯のおかげで、夜とはいえお互いの姿が見えた。
だが、ここにはあるのは、せいぜい月明かり。
しかも、その月さえ今は暗雲に隠れて見えないのだ。
もはや視力に頼るわけにはいかない。


「……!」


銃声が止まった。そして感じない、佐伯の気配を。
どうやら気配を完全に消しているようだ。


(……どこだ?どこにいる?)


桐山は五感を研ぎ澄ませた。
この暗闇の中、先に相手を見つけたほうが勝ちだ。
その一瞬を見逃すわけにはいかない。


……!!


足音が聞こえた。間違いない!!

桐山は木蔭から飛び出した。
そして銃を構え引き金に力を入れた。




その時だった……!!
雲の合間から月明かりが差したのは……!

そして、その光は、その足音の主を照らした。


「………!!」


桐山は息を飲んだ。
まるで時間が、ほんの一瞬止まった……そんな感覚さえ感じた。
その月明かりの中にいたのは佐伯徹ではない。

「……桐山くん?」

もっとも会いたいと願っていた人間

「……桐山くん…!!」

もっとも大切な人間……守りたかった女がそこにいた。




「……!!」




桐山は走っていた。














『名前は沖木です』
「……沖木ねぇ」
どうせ偽名だろう。当然だ、佐伯の相手がターゲットの女なら表向きは死んだことになるのだから。
しかし名前までは変えなかったらしい。変えるとなると不便だからな。
(……フン、下手な小細工しやがって)
立花は再度の写真をみた(と、いってもナイフで穴があいてしまってはいたが)
「……で、女の顔写真は?」
『待って下さい。今送信します』
やがて立花の携帯の液晶画面に少女の顔が映った。
「……ククク……思ったとおりだ……」
立花は笑いを堪えることが出来なかった。事実、腹を抱えていたくらいだ。


「ついに証拠を掴んでやったぞ! 徹、あの悪魔め!!
地獄に落としてやる!!」














「……!!」


桐山は走っていた。


「……桐山くん!!」


も走っていた。




そして二人は……抱き締めあった。
まるで何年も引き裂かれていた恋人同士のように……。


「……、無事で良かった」
「……桐山くん」

を抱き締める腕。さらに力強く抱き締めた。
「……会いたかった」
は言葉を失った。
これが、あの桐山だろうか?
一度も感情を言葉にしなかった、あの桐山の。
はしがみつく様に桐山の背中を抱き締めた。
が、は気付いてなかった。
そんな二人の姿を見ていた人間がいることに。




「……桐山」

怒りに震えながらも、そいつはポケットからボールのようなものを取り出した。
そして、それを桐山との真上に向かって投げた。
そして間髪いれずに発砲した。


ズギューンッ!!


「……!」
その銃声に桐山は頭上を見上げた。
パンッと乾いた音がした。何かが破壊された音が。
それは佐伯が投げたボール状のものだったのだが、問題はその中身だ。
何かが(液体だ)飛び散っていた。
闇の中にもかかわらず、はっきりと見えた。


「……え?」
は、それが何なのかわからなかった。だが、その何かは光っている。
「……ッ!!」
だが桐山は瞬時にそれが何かわかった。
サッと学ランを脱ぐと、をそれで包み込むように覆った。
そしての腕を乱暴なぐらい強引に引くと走り出した。
だが、もう遅い。その光る液体はキラキラと輝きながら……二人の上に注がれた。
林の中に飛び込むように身を隠すと、は桐山を見上げた。

「……桐山くん?」




「……あんなオモチャでも使い方によっては役に立つものだな」

佐伯は満足そうに笑みを浮かべた。

「これで桐山は全身さらけだすことになる」

佐伯の脳裏に先ほどのシーンが鮮やかに蘇った。 桐山との抱擁シーンが。


「……の目の前で殺してやる」




逃げろ。すぐに奴が来る」
「……そんな桐山くん!」

桐山の全身が光っていた。
あのボール状の中身。それは……蛍光塗料だったのだ。
は桐山が咄嗟に学ランを羽織らせた為、塗料は全くかかってない。
「すぐに隠れろ」
桐山は銃を構えた。


「待って桐山くん!お願い彼と戦わないで!!」
「……?」

それは意外な言葉には違いなかったが桐山はさほど不思議とも思わなかった。
は、こういう女なのだ。
例え、どんな相手だろうと生かしてやりたい。そういう優しい女だから。
しかし、だからといって、その願いだけは聞き入れてやるわけにはいかなかった。


「……ダメだ。奴はオレたちを殺す気でいる」
「私が説得するから!!」
が?」
「必ず説得するから……だから桐山くんは隠れていて。
お願い私を信じて言うとおりにして……お願いよ…!」

は本当に必死な様子だった。
その健気な瞳に見詰められたら、どんな願いもかなえてやりたくなってしまう。
しかし、桐山は違った。
佐伯が戦いの最中何度も吐いた暴言は忘れない。
あの男はを自分のモノにしようとしている。
今、ここで。ましてや自分の目の前でを差し出すようなマネができるわけがない。




「ダメだ。あいつは殺すしかない」
「……桐山くん…!!」
「第一、あいつが説得に応じるわけ……」
桐山の言葉が途切れた。
「桐山くん……?」
の胸元を見ている。


どうしたのだろうか?


はハッとした。気付いたのだ。慌てて上着で隠した。
夢中だったから忘れていたが、佐伯に胸元を引き裂かれたせいで下着が見えている。
たまらない恥ずかしさには桐山から顔をそらした。


「…………」

微かに桐山の声が震えていた。

「……あいつがやったのか?」

の脳裏にほんの数時間前の悪夢が蘇った。
女なら絶対に思い出したくない悪夢が。


「あいつに乱暴されたのか!?」
「……違う!違うの!!……これは転んで……!!」


言えるわけがない。陵辱されそうになったなんて。
だからと言って、こんな時に気の利いた理由を思いつく女などいないだろう。
勿論、も例外ではない。
そんな幼稚な嘘が通じないこともわかっている。
そして桐山も、そんな嘘など勿論信じていない。
まして桐山は見たのだ。の素肌にキスマークがついているのを。
小さくなって震えているに、これ以上問い詰める気は無かった。
いくら桐山が世間知らずでも、何があったのかくらいは聞かなくてもわかる。
問題は……そう桐山にとって最大の問題は、佐伯が傷つけた相手がだということだ。


「……ここにいろ。絶対に出てくるな」


そう言うと桐山は飛び出した。


「桐山くん!!」




【B組:残り22人】
【敵:残り4人】




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