3年生になって初めての席替え。
2年からクラスメイトは変わってはいないが、彼が身近になったのはそれが初めてだった。
隣の席の男子生徒・桐山和雄。
不良のボスとして恐れられている彼に、美恵は気軽に話し掛けた

いつからだろうか?
彼の表情が、以前よりも穏やかになったのは――。




キツネ狩り―9―




「ねえ、美恵怖くないの?」
「なにが?」
「……だって、ねえ」
「……うん、そりゃあ、ハンサムだし、かっこいいけど」
「勉強だって、スポーツだって一番だけど」
「それに、いいとこの御曹司だし……でも」
クラス中の女子生徒たちから、こんな質問をされるのは日常茶飯事だった。
そして、つぎのセリフもお決まりだった。


「でも、不良グループのリーダーじゃない」
そして、 美恵の答えも同じだった。
「どうして?怖くなんてないわ。第一、この中で彼に酷いことされた人間がいるの?」
桐山は学校では決して悪さはしない。
美恵と仲良くなって改心する前の光子や、その手下のスケ番グループはそれなりの悪さをしていた。
だが彼女達がしていたようなカツアゲやいじめなど、弱い者いじめを桐山はしたことがない。


「そ、それは、そうだけど……でも笹川くんとか、怖いひとたちがペコペコしてるんだよ」
粗暴な笹川や、それに他のクラスの主だった不良ですら桐山の前では借りてきた猫のように低姿勢になる。
その上品な容姿や、優秀な成績も手伝ってか、彼自身の評判は決して悪くはなかった。
白い目で見られていたのは、むしろ、その周囲の連中だ。
しかし、だからこそ恐れられてもいた。

『あの連中でさえ恐れているのだから、あのルックスからは判断もつかないくらい怖い人じゃあ……』

そんな憶測が先行するのは自然のなりゆきだっただろう。




しかし、美恵は違った。隣の席になってから積極的に話し掛けた。
そして、彼も少しずつだが、変わっていった。
学校を休むことが少なくなった。授業も出るようになった。
なにより、以前に比べたら、人を寄せ付けないような冷たいオーラがなくなったようなのだ。
もちろん、相変わらず無表情で、無愛想ではあるが確実に以前とは違う。
そのうち、クラスメイトたちも、こうささやき始めた。


「かわったよね。なんていうか……こう、なんとなくだけど」
「うん、以前より、雰囲気が柔らかくなったよね」


もちろん、それを一番感じているのは 美恵だった。

天瀬おはよう」
「おはよう」

ニコッと微笑む美恵。遠くで沼井たちが目を点にしている。

「おい、聞いたか?ボスから声をかけたぞ」
「ああ、俺たちが散々話し掛けても、あんま喋らないのにな」




天瀬」
「何?」




「……天瀬……」
「何?よく聞こえない……」




『……天瀬……』


何?声が遠のいていく……




天瀬さ…』


……桐山くん?……









天瀬さん」

「……桐山くん?」

「俺だよ、天瀬さん」


違う!!


その聞き覚えのある声。
瞬間的に、 美恵は飛び起きた。いや起きようとした。
しかし、体が押さえつけられたように動かない。


「……痛っ」
「やっと、お目覚めですか?お姫様」
「あなたは……佐伯徹」
「王子様じゃなくて残念だったね。それとも、オレの声、そんなに桐山くんに似てた?」
美恵はキッと佐伯を睨みつけた。


「暴れないほうがいいよ」
美恵は初めて自分のおかれた状況を把握した。
まず手だ。バンザイをしたように頭の上に持っていかれ、 何かロープのようなもので縛られている。
そして足も同様に固定されている。
目の前に天井がある。ベットに寝かされているようだ。
白い天井、白い壁、どうやら、ここは女の子の部屋のようだ。
綺麗に整頓されていて、可愛らしい縫いぐるみや、クッション、カーテンがある。
しかし、窓の外は見えない。
手足を縛っているロープ、その先がベットの両端に固定されているためだった。




「どういう、つもり?」

わざわざ、監禁するからには、すぐに殺されることはない。
しかし生かしておく理由も無い。それが美恵を混乱させた。

(一体どういうつもりなの?)


「安心しなよ。今は殺さないから。
君がゆっくり休めるように、この部屋を選んだんだ。寝てないんだろ?」
「ふざけないで!どういうつもり!!」
「せっかく、ひとが親切で言ってやってるのに。寝てる時は可愛かったのにな」
佐伯がゆっくりと立ち上がった。


「とにかくだ」

ぐいっと肩をつかんだ。華奢な体つきにもかかわらず、かなり力がある。


「君には、しばらくここで大人しくしてもらうよ。だから」


美恵はゾッとした。
優しげな笑顔だが、その瞳の奥に怖いくらいの冷たい光を感じ取ったのだ。




「あまり、オレを怒らせないでくれ」




怖い…!…誰か…!!




「でないと優しくしてやれなくなる」





【B組:残り37人】
【敵:残り5人】




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