「えーと、旗上忠勝、倉元洋二、黒長博だな」
坂持は受話器片手に、生徒名簿に×印をつけていった。
「その調子で頑張れよ。っと、切ったな……」
ブツブツ言いながら受話器を降ろす
「相変わらず愛想の無い奴だなぁ鳴海は」




キツネ狩り―8―




「旗上50ポイント、倉元25ポイント、黒長40ポイント……と。
あっ、旗上は銃を持ってたな。
……えーと、マグナムは確か200ポイントだったな」
せっせと事務処理をこなす坂持。
少し離れた場所で周藤は相変わらずディパッグを枕に寝そべっている。


「おい、周藤、いつまで寝てるんだ?みろ、鳴海はもう3人も片づけてるんだぞ」
「得点の低い奴を何人片づけても体力を消耗するだけだろ?だからオレは寝る」
「おまえなぁ……。いいか、ここだけの話だけど、県知事殿はおまえに賭けてるんだぞ」
「ああ、あのハゲか」
「せっかく、C地区には得点の高い奴が大勢いるのに。
例えば杉村だ。頭脳は人並だが、こいつは拳法の達人でな400ポイントだぞ。
狡猾な月岡は300ポイントだし、千草貴子は250ポイント。
後は、ちょっと落ちるけど新井田が160ポイントだ」
「坂持先生は高尾に賭けてるんじゃなかったのか?」
坂持は5万もつぎ込んでいる。
もっとも、大本命の高尾晃司は1.6倍なので、当たっても3万しか儲けがない。


「それはそうだが、このプログラムの本来の目的は、おまえたちの実戦訓練なんだぞ」
「訓練ね……」

明るくなってきた窓の方に目をやり、晶はつぶやいた。


「B地区の連中が雅信に勝てるものか」


いや、何人逃げられるか?それさえも難しいだろうな。
なにしろ――


「あいつは狩りが好きなんだよ」














午前6時――動きやすくなったことも手伝って、各地区では何人か行動に出始めたものがいた。
それなりに冷静を保ち、かつ強力な武器を持った連中だ。
しかし、それは5人の転校生たちにとっても予想できること。
生来、他人を否定する性質を持っていた鳴海は早々と殺戮を始めたが他の4人は少々違った。
そう、あせる必要はないと判断していた。
泳がせて数人集まってくれたほうが、探す手間が省けて済むと思っていた。
それは、A地区担当の菊地直人も同じだ。


A地区の某家。その家は、この島の中では比較的裕福な家だった。
三階建ての、広い庭付きの家。そこのリビングルームに菊地はいた。
だが何もソファにもたれかかり、暇を潰していたというわけではない。
デイパックから1枚のディスクを取り出した。彼の私物だ。
(転校生たちも、一般生徒同様ディバッグが配られていた。当然、武器も開けてみるまではわからない)
それをDVDプレイヤーに入れると、テレビに1人の男が映し出された。
歳は40を少し過ぎたくらい。威厳があり、落ち着いた風貌。
だが、その目は鋭い眼光をはなっている。只者では無い。




「直人」
語りかけるように男が口を開いた。
「わかっているな?このゲームに勝て、負けは一切無い」
菊地は黙って聞いていた。
「おまえには我が大東亜諜報部・中国・四国局の将来がかかっていることを忘れるな。
私はおまえを優秀なリーサルウエポンに仕立て上げた。
その為に、おまえの命を救い、ここまで育ててやったんだ」
恩着せがましく語る男。菊地は静かに聞いている。


「ひとつだけ気になるのは高尾晃司だ。まさか、科学省がⅩ5を出してくるとは計算外だった。
奴の存在は軍の中でも上層部しか知らない。 この私でさえ、奴の情報はほとんど知らない。
だが、おまえは私の最高傑作だ。
温室育ちのバカな連中を殺すことなど、おまえには簡単な事だろう?
要は、奴らを片づけて最高得点を出せばいい。
そして、我が局が、どれだけ有能な部署かということを軍上層部に認知させればいいんだ。
そうなれば来年の予算は最低でも三倍は入る。おまえにも将来の出世の道が約束される」


菊地は相変わらず無言のまま聞いた。

「このディスクは再生終了と同時に消滅する。
最後にもう一度だけ言う――勝て、それだけだ」


テレビの画面が消えた。次の瞬間――ボンッ!と爆発音が発生した。
高級そうなプレイヤーは完全に破壊され、取り出し口からバラバラになったディスクがチラッと見えた。




「……勝てか」

デイパッグを肩にかけ、菊地はゆっくりと立ち上がった。


「ああ、派手に殺って、優勝してやるさ。
温室育ちの……特に財閥の御曹司なんて御身分で、チンピラの頭やってるような奴はな」














裏口から家を出て、林の中を歩く。そろそろ生徒も動き出すはずだ。
菊地の行動は、はたから見れば、ただ歩いているだけのように見えるがそうではなかった。
彼の育ての親ともいうべき人物――それは諜報部の中国・四国局長は彼にスパルタ教育を施した。
つまり菊地は影で動くことを生業としている工作員として特殊訓練を受けていたのだ。
周囲の気配を読み取ることなど菊地には容易い事だったのだ。
そして、一つの気配を感じた。背後、やや斜め右、20メートルほど離れた場所だ。
震える手で、しかし、その手にしているボウガンの矢の先には、しっかりと菊地がロックオンされていた。


こ、殺すんだ!じゃないとオレが殺される!!
奴等は容赦なんかしてくれない!!
普段、ごく普通に街を歩いているような連中でさえ、手加減無しに自分を傷つけたんだ!!
あいつらが、情けをかけてくれるわけないんだ!!
幸い、あいつは気付いてない。殺るなら今だ!!今しかない!!


ボウガンの矢が勢いよく宙を飛んだ。


「やった!!!」


思わず拳を握り締めたのは赤松義生だった。
臆病で、その立派な体格とは裏腹に運動オンチの男。
その臆病者が転校生の1人を倒したと思い有頂天になった。


「!!」


しかし、その歓喜の声は一瞬にして絶句に変わった。
矢は真直ぐに飛んだ。菊地目指して。
菊地を倒したと、赤松で無くてもそう思っただろう。
だが、赤松が見たのは矢に貫通さた無様な敵の姿ではなかった。




放った矢をよけ、さらに、その矢を掴み、今だ後ろを振り向いてさえいない男の姿だったのだ。
赤松の、そしてボウガンの存在に気付いていた菊地は、矢が放たれた瞬間、ほんの少しだけ体をそらした。
そして自分の真横を通過しようとしていた矢を、そのまま瞬時に掴んだのだ。
もちろん超凡な身体能力に加え、特殊な訓練によって、研ぎ澄まされた菊池だからこそできた芸当だ。
そして、はじめて振り返り背後に視線を移した。


「……ひっ!!」


あわてて、矢を再びボウガンにセットしようとする赤松。
だが、その恐怖に震えた手は矢を掴もうとしても滑るだけだった。
その数秒の間に、確実に菊地は自分との距離を縮めている。
ふいに、赤松の全神経が、恐怖と狼狽に接続された。


「うわぁー!!」


ボウガンを放り出し、必死に逃げ出す赤松。
それより早く、菊地が手にした矢を投げていた。
矢は一直線に赤松に向かって飛び、その左肩に深々と刺さった。
その勢いで、地面に倒れこむ赤松。


「……た、助けて!!」


涙と鼻水の洪水。おまけに失禁までしてしまった。
菊地の長い足がスッと上がり、そのまま赤松の崩れた顔面にヒットする。
鼻血がドッと流れだし、地面にいくつも赤い点を描いた。
そして再び地面に倒れこんだ赤松の頭を、菊地は右足で踏みなじった。


「……ひっ……ひぃぃ!!」


恐怖、ただ恐怖だけが赤松を支配する。
しかも菊地が頭を踏みつけているいるせいで、起き上がることすらできない。
菊地はディパックから細長いものをだした。
最初にそれを見た時、彼は『なんて時代遅れなシロモノだ』とプログラム実行委員会に文句を言いたい衝動にかられた。

それは――日本刀だった。














しばらくして悲鳴がやみ、再び1人で黙々と林を歩き出す菊地の姿がそこにはあった。
武器は捨ててきた。
赤松の血で汚れた刀や、赤松が使用したボウガンを使うのは彼のプライドが許さなかったのだ。
醜いウドの大木の顔面を貫通している日本刀や放り出されたボウガンを使用しようというバカが現れないとも限らない。
だから日本刀は折っておいたし、ボウガンも弓部分を破壊して使用不能にはしておいた。
それに先ほどの家で、サバイバル用のナイフも手に入れておいた。
臆病豚に対しては同情も哀れみも、罪悪感すら全くなかった。
「クズめ」
吐き捨てるように言うと、菊池は再び歩き出した。














美恵は、ゆっくりと林の中を移動していた。
体力には自身があったが、それよりも精神的に疲れている。
早く仲間を見つけないといけない。
特に雪子の事が気掛かりだった。あんなにも怖がっていた雪子。
はやく探して守ってやらないと。そればかり考えていた。
しばらくすると美恵は足を止めた。
セーラー服だ。茂みに隠れるようにセーラー服がみえたのだ。
しかも髪型や背格好からして探している者に間違いない。


「雪子!よかった、無事だったのね!」


美恵は大喜びで女生徒にかけよった。やはり雪子だった。
「雪子、もう大丈夫よ。見て、私の武器、銃だったの」
雪子の肩に手をおいた。
「一緒にはるかや聡美を探そう。それから……」
美恵は目を見張った。




雪子がゆっくりと自分の方に向かって倒れてきたのだ。
咄嗟に抱きかかえた。

「……雪子?」

抱きかかえた体は冷たくなっていた。
なにより、その腹部。真っ赤に染まっている。

「雪子?……雪子!!」

必死に抱きしめ、呼びかけた。勿論、返事は無い。
そう、死んでいるのだ雪子は。




「会いたかったよ天瀬さん」




聞き覚えのある声に美恵は反射的に後ろを振り向いた。
一見、優しそうで上品な顔立ち。それとは裏腹にぞっとするような笑顔がそこにあった。

「……佐伯徹」
「覚えててくれたんだ。光栄だな」

「あなたが、あなたがやったのね!!」
「赤ん坊をやるくらい簡単だったよ」


「この人殺し!!」


立ち上がって佐伯に銃を向けた。
人殺し、つい今しがた自分はそう言った。だが自分がその人殺しになろうとしている。
その矛盾に胸が僅かに痛んだが、それでも怒りを抑え切れない。




「よくも、雪子を……!!」
銃を向けると同時に佐伯が動いた。
数メートル先から(そう、鳴海が旗上を仕留めた時のように)瞬時に 美恵 の接近し、そのみぞおちに拳を入れたのだ。
「……あっ……」
美恵の意識が遠のいていった。
まず最初に銃を握っている手が感覚を失った。そして、ゆっくりと倒れこむ。
視界もかすみ、急激に景色が色彩を失っていった。
落下する銃を空中でキャッチしながら、佐伯は倒れこむ美恵を抱きかかえた。
そして満足そうに笑みを浮かべると完全に意識を失った美恵を抱き上げ林の奥に消えていった。




【B組:残り37人】
【敵:残り5人】




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