轟く銃声、それは闇夜を貫きB地区全体に響き渡った
恐怖と共に――。
キツネ狩り―7―
「ね、ねえ……あれって、銃声だよね?」
「うん、学校の近くじゃなかった?」
岩陰にピッタリと寄り添うように隠れている、中川有香(女子16番)と松井知里(女子19番)。
降ろされた場所が、ほんの100メートル程しか離れていないのが幸いして合流していたのだ。
もっとも、暗闇ということも手伝って、その後は行動することを止め息を潜めている。
「ひっ!……怖い……お父さん、お母さん、お姉ちゃん……助けて……」
支給武器が銃であるということも、恐怖を消し去る特効薬としては、まるで効き目がないようだ。
琴弾加代子(女子8番)は、すでに憔悴しきったように、その場に座り込んだ。
脳裏に浮ぶのは愛しい師範代の顔ばかり。
それすらも恐怖でぼやけてきている。
アフダ・マズダ様――あの銃声は?誰か死んだのですか?
プリーシア・ディキアン・ミズホよ。残念ながら犠牲者が出ました。
しかし、臆することはありません。なぜなら、あなたは選ばれし戦士なのです。誇りを持って戦いなさい。
はい、わかってます。私には、この聖なる武器、スターライト・エクスカリバー(支給武器の両刃のナイフだ。
もっとも彼女は、それを聖なる武器と信じ込み、すでに命名までしていた)があります。
必ずや、あの邪悪な者どもを滅してみせます。
稲田瑞穂(女子1番)……彼女に関しては、もはや、何も言うまい。
「チクショー!!早く、早く……A地区に行かねえと!!」
A地区に行けばボスがいる!充がいる!
きっと助けてくれるはずだ!!
小柄な体に鞭打って黒長博(男子9番)は全速力で山道を走った。
「……旗上くん」
鳴海雅信が去ってどのくらいたっただろうか?
(実際には、ほんの30分くらいだが、幸枝には数時間の出来事のように思われた)
あそこで、月明かりの下で動かなくなっているは紛れもなくクラスメイトの旗上。
自分が銃で攻撃してたら、旗上は死なずに済んだだろうか?
少なくても、逃げるチャンスは出来たかもしれない。
だが一瞬の出来事にあっけにとられただけで自分は何もしなかった。
結果的には見殺しにしたのだ。
幸枝は悔やんだ。だが運命、そう運命という単純なものから考えれば、幸枝はラッキーだった。
もしも、幸枝が慣れない銃で、殺戮者を攻撃したところで、かすりもしなかっただろう。
そして、その結果、鳴海に居場所を悟られ、第三の犠牲者になっていたことは間違いない。
幸枝自身、その事に気付いたのか、スッと立ち上がった。
こんな危険な場所で立ち止まっているわけにはいかない。
地図を広げて見た。
(どこに行こうかしら?このB地区に留まるか、それとも他の地区に移動した方がいいのかしら?)
先ほどの残忍な殺人ショーを見た直後だ。B地区に留まる気にはなれなかった。
現地点はB・C・E地区の交差点上に位置している。
他の地区……C地区は坂持たちがいる。行く気にはなれない。
(E地区はどうかしら?)
「E地区……はるかや美恵がいる。それに家もあるみたいだし……」
地図には集落を示しているのか、家マークがいくつもついていた。
少しだけ考え、幸枝は、すぐに(と、いってもスピードをだすわけにはいかなかったが)E地区に向かった。
そして、その決断が、幸枝を救うことになる。
「やった、あと少しだ!!」
黒長は地図を広げ懐中電灯で照らした。このまま、山道を駆け下りれば、A地区。
黒長にとって絶対的存在の桐山、そしてマブダチの沼井充がいる。
特に桐山は、強いだけではなく、桁外れに頭も切れる。
きっと、奴等を倒してくれることだろう。
自分は、その桐山に忠実に従えばいいだけだ。
駆け下りるスピードにも拍車がかかる。と、その時だった。
「うわぁ!!」
何かが足に引っかかり、黒長は激しく転倒した。
「痛ぇ……!」
体を起こすと同時に、顔を強張らせる黒長。
なぜなら学生服の男がほんの数十メートル先にいるのが見えたのだ。
「!!」
思わず喉元まで出そうになった悲鳴を黒長は何とか胸に押さえ込んだ。
まだ、バクバクいっている心臓を抑えながら、その男に近づいた。
「お、脅かしやがって……あいつらかと思ったじゃねえか」
月明かりのせいか彼がクラスメイトだということだけはわかった。
ラテン系のクセのある顔つきの倉元洋二(男子8番)だ。
大樹に寄り掛かるように立っていた。
その顔は随分と蒼白い。まあ、それは無理も無いだろう。
とにかく、頼りになるとは言いがたいが仲間が見付かったのだ。
「おまえもA地区に行くのか?」
尋ねたが倉元からは返答はない。
「おい、何とか言えよ」
黒長が、倉元の肩を掴もうと触れた時だった。
それまで、身動き一つしなかった倉元が、まるで映画のスローモーションのようにゆっくりと倒れこんだ。
ドサッ……と微妙な音だけが黒長の耳に入った。
「……えっ?」
地面に倒れこんだにもかかわらず全く微動だにしない倉元。
いや、それより問題なのは倉元の肉体だった。
「うわぁー!!」
こいつっ!!首が!!首がぁ!!
首が不自然な形で捻じ曲がっている!!いや、折られている!!
それなりに修羅場をくぐってきた黒長だったが、当然死体などにお目にかかったのは初体験だ。
恐怖が際限なく加速しだした。
なぜなら確実に転校生がこの近くにいるのだ。
(とにかく逃げるんだ!!)
黒長は気付いてなかった。微かだが上方から物音がしたことに。
そして、風もないのに木の葉が数枚、舞い落ちていることに。
(右か!左か!前方か!それとも後方か!!
どこでもいい。とにかく逃げるんだ!! )
転倒しかけながらもダッシュスタートをきろうとしたのとほぼ同時に何かが飛んできた。
その『何か』は一瞬にして黒長の首に強い圧迫を与えた。
ザザッー!!と大木から何かが落下、いや飛び降りてきた。
と同時に黒長の体が一気に宙に押し上げられる。
転校生だ。だが、黒長には、相手を認識する余裕などない。
地についていない足をバタつかせ、首に巻きついてきたものを振りほどこうともがいた。
(それは先端を輪にしただけの、ただのロープだ)
それが今の黒長にとって精一杯の戦いだった。
しかし、もがけばもがくほどロープは首に食い込み、数分後には黒長は泡をふき顔が膨れ上がった。
後には、ドス黒い顔をした首吊り死体が、ユラユラと揺れていた。
大木の枝を中点として、そのロープの先端の片方を握っている男・鳴海雅信。
ほんの1時間ほど前に旗上を倒し、十数分前に倉元の首の骨を素手で捻じ曲げた男。
そして今また不出来なシーソーで黒長の命を絶った男。
軍ご自慢の少年兵士は、このあまりにも手ごたえのない敵たちに失望したのか。
それとも生来、歓喜の感情が欠落しているのか、無表情のままロープを放した。
そして黒長のデイパッグに有効な武器がないことを確認すると、二人の遺体には目もくれずに、その場を後にした。
水平線の向こうに日が見えだし、空を赤く照らし始めた。
「雪子たちを探さないと」
美恵は辺りに人の気配が無いことを確認し、そっと岩陰から姿を現した。
5時27分――時計の針は、そう告げていた。
【B組:残り39人】
【敵:残り5人】
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