ひたすら走る美恵。
だが、ふいに足を止めた。
「……何…あの炎……」
嫌な予感……美恵
は再び全速力で走り出した。
キツネ狩り―85―
チュドォォーンッ!!
爆発の連鎖。他のドラム缶に火が燃え移ったのだ。
この集落が灰と化すのも時間の問題だろう。
まだ夜が明けてないとは思えないくらい天が赤い。
そして何より……熱い!!
「……やった。オレの勝ちだ」
佐伯は心の底から笑いが込み上げてくるのを感じた。
同時に美恵
の顔が脳裏に浮んだ。
悲しむだろう。それとも激怒するだろうか?
だが、それも一時の事だ。
(美恵
、すまない。君の王子様には天国に旅立ってもらったよ。
君は悲しむだろうが、それもすぐに終る。
オレが終らせる。……オレがあいつを忘れさせてやるよ。
桐山の顔も思い出せないくらいにオレに溺れさせてやる)
この集落には、ガソリンを詰めたドラム缶がいくつもある。
やがて、それも爆発するだろう。
そして残るのは灰と化した集落、そして見ただけでは誰とも判別できない死体だけだ。
佐伯はクルリと背中を向けると振り向くことなく歩き出した。
「……徹の仕業だな。相変わらず、やることがハデな奴だ」
まるで山火事のように燃え盛る炎。
「桐山の奴やられたのか?」
周藤は思い出していた。あの時、一瞬視線がぶつかったあの時を。
(……もし、オレが想像した通り、あいつが晃司クラスの人間なら)
「……ここで終る奴じゃない」
「……燃えている」
何が燃えようとかまわない。
そう例え、この島の全てが灰になろうとも天瀬
美恵さえ無事に、この腕で抱き締めることが出来れば。
それさえかなえば他の奴はどうでもいい。
勝手に灰にでも何でもなれ。……だが、もしも……。
「……もし、あの女が灰になっていたら」
……佐伯徹、おまえを殺す
(……爆音は3度。だが佐伯徹が仕掛けたとすれば、3度くらいの爆発で済むはずが無い)
高尾は高台から東の集落を覆う炎を見下ろした。
(……炎の出方からして脱出ルートは、あそこしかないな)
それは東の集落の中で、南西の方向だった。
そこが一番炎にまかれずに済んだのだ。
そう、佐伯が背を向け歩いている場所だ。
「……三村くん、あれっ!」
滝口が指を差すまでもない。
「……間違いない。桐山はあそこにいるんだ」
どうする?今すぐ助けにいくか?
(……ダメだ。武器も持たないオレが行った所でどうにかなるわけじゃない)
もしも……もしも桐山が殺されていたら、佐伯徹は間違いなく他の生徒への虐殺を開始する。
「滝口急ぐんだ!!時間がない!!」
そうだ、他の転校生がこの地区になだれ込んでくるまでもない。
桐山和雄という最高得点の生徒を片付けたら、奴がすることは一つ。
無差別大量殺人だ!!
奴と戦うにはバラバラになっていたのでは勝ち目がない。
それは実際に佐伯と戦った三村だからこそわかることなのだ。
この地区にいる生徒全員が結集して佐伯を迎え撃つ。それしかない!
三村は滝口を走らせると、自分も走り出した。
(クソッ!何てことだ!!)
それから桐山のことを考えた。
(桐山、おまえやられたのか?おまえでも、あいつには勝てなかったのか!?)
時間がない。急がなければ。
「畜生!!」
「ちょっと何よアレ!?」
遠くからでもはっきりとわかる。まるで地獄の業火のような、その激しい炎そして煙は。
「……まさか桐山くん…じゃないわよね?」
それは月岡のみならず、その場にいる全員の一致した意見だった。
「どうする?危険覚悟で行って見る?
断っておくけど、あの転校生がいるかもしれないわよ」
光子の言葉に全員がグッと言葉を飲み込んだ。
恐怖はある。光子と月岡以外の者は転校生の恐怖を直に味わったのだ。
「……でも、黙ってみてるわけには行かないでしょ?
どうせ、あいつとは戦うのよ。早いか、遅いか……それだけの問題だわ。
弘樹、あんたはどう?行く?それとも、ここにいる?」
「……正直言って怖いよ。でも、おまえが行くならオレも行く」
「……そうだな。みんな一緒なら何とかなるかもしれないし。
どうせ、あいつらとの戦いは避けられないんだ」
「うん、オレも行くよ。秋也とはずっと一緒だ。
……それに、オレ誓ったんだ。典子さんの仇をとるって」
どうやら『行く』ということでまとまりそうだ。
(……ふ、ふ、ふざけるなよ!!おまえたちはあいつの恐ろしさを知らないんだよ!!
あの綺麗な顔で、どれだけすごい戦歴の持ち主か全然わかっちゃいないんだ。
人数が多ければ勝てるってわけじゃない。相手は戦闘のプロなんだ)
……だが、今離れるわけにはいかない。
新井田は苦虫を潰したような顔をしたが、ここはグッと堪えた。
「じゃあ全員一致で『行く』でいいわね?」
月岡の質問に全員黙って頷いた。
「じゃあ行きましょう。ああ、それと一つ気になることがあるの……」
光子がニコッと愛らしい微笑を浮かべた。
杉村、国信、新井田は一瞬キョトンとなったが、七原は全身鳥肌が立つのを感じた。
……そう……嫌な予感がしたのだ。
「あたし、こう見えてもか弱い女なのよ。わかってるでしょ?」
七原の心の奥、嫌な予感が全速力で駆け巡った。
「……あ、ああ……わかってるよ。おまえも貴子も守るつもりだ」
杉村は何の疑いもなく言ってしまった。
「やっぱり杉村くんは頼りになるわ。でもね、もしも転校生と遭遇したら……守るなんて思いは通用しないと思うの。
あたし、きっと腰が抜けて一緒に戦うこともできないわ。
足手まといにしかならないと思う。
もしかして、あなたたち男子が精一杯戦っている間に恐怖で逃げ出すかもしれない」
……やっぱりきた。七原はそう思った。
「そうよ。アタシたちはか弱い女。男は女を守らなきゃ」
おまえも男だろ!!全員が、そう思ったが月岡は真剣にそう考えていた。
「あ、ごめんね。都合のいい時に女だからって逃げようとして……。
やっぱり女だからって男に頼ろうと思ったあたしがバカだった。
忘れて頂戴、あたし精一杯戦うわ」
「何言ってるんだ相馬。女の子が恐怖を感じるのは当然だ。
月岡の言うとおりだよ。オレたち男子はおまえたちを守るべきなんだ。
オレが戦う。その間におまえと貴子は逃げてくれ」
「……うん、そうだよな。オレも戦うよ」
杉村と国信が頼もしい返答をしている横で七原は俯いていた。
「七原くん、あなたは?」
「……オレも戦うよ」
……杉村、ノブ……おまえたち、わかってないんだよ。
……相馬の恐ろしさを……。
「川田さん、あれ!!」
それは川田と豊の目にもはっきりと映った。
(何て奴等だ。多分、あいつらは島ひとつ破壊することなんてなんとも思ってない奴等だ。
オレが甘かった。こんな所でグズグズしてたら、あっと言う間に全員おだぶつだ。
その前に何とかクラスメイトを集めないと……!)
「瀬戸、移動するぞ。荷物をまとめろ」
「え?でも川田さん夜明けまで動かない方が良いって……」
「事情が変わったんだ。このまま朝を待っていたら他の連中と合流する前にやられる。
多少危険でも動いた方がいい、早くしろ!!」
「……桐山くん!」
お願い、お願い無事でいて……!!
美恵は全速力で走っていた。
「……!」
何かにつまづいた。木の根だ。勢いよく地面に倒れこんだ。
「……ッ」
ズキッと膝に痛みを感じる。すりむいたようだ。
「……こんな所で立ち止まってる余裕はないわ」
美恵
は再び走り出した。
……止めないと。二人の戦いを止めないと……!!
佐伯徹の顔が浮んだ。最後に見せた、あの寂しそうな表情が。
(……お願い私の話をきいて。私、自分達のことしか考えてなかった。
でも話し合えば分かり合えるかもしれない。だから……お願いよ…)
「……ん?」
佐伯はチラッと振り向いた。
「……気配がしたな」
間違いない。どうやら、まだくたばってないようだ。
炎と煙にまかれながらも、必死になってこの業火の中を走ってきたのだろう。
だが、この炎を越えることなど出来はしない。
飛び込めば人間ローストチキンの出来上がりだ。
「……やれやれ往生際が悪い奴だな」
佐伯は向きを変えると叫ぶように言った。
「この炎の向こうにいるんだね桐山くん。
死にたくない気持ちはわかるよ。でももがけばもがくほど苦しむのは君だ。
あきらめて大人しくしたらどうだい?
君の見苦しい最後を彼女に伝えるのは酷だろう?
彼女の記憶の中で潔い男として永遠に残るか、それとも死の恐怖に動転した臆病者として失望させるか。
君はどっちがいいんだい?」
その時、疾風が駆け抜けた。
炎の中、僅かに隙間が出来た。
その隙間から桐山が見えた。そして桐山からは佐伯が。
佐伯はさらに冷笑した。
「君は逃げられないんだよ」
だが桐山はスッと銃をあげた。
「……逃げられないら、もっと炎を大きくするだけだ」
ズキューンッ!!
桐山が放った弾丸が一直線に炎の中を駆け抜けた。
「……やれやれ、何処を狙ってるんだい?」
僅かな隙間から自分を狙い撃ちしたと思ったのに全く照準が合ってない。
やっぱり熱でおかしくなったのか。それとも、ただの悪あがき……
チュドォォーンッ!!
「何!!」
それは佐伯の背後から聞こえた。そして瞬間的に炎が迫ってくる。
佐伯は咄嗟に壁の影に飛び込んだ。
「……あいつ!」
そう、あの炎の合間から桐山が見たものは佐伯だけではない。
その佐伯のはるか後ろに見たのだ。佐伯が用意したドラム缶を。
それだけじゃない。今度はエンジン音が聞こえた。
そして、一気に炎の中から飛び出してきたのだ。
バイクに乗った桐山が!!
トラックを踏み台にして、およそスタントマンでなければ無理な大ジャンプで一気に炎の中を潜り抜けた。
さすがの業火も、コンマ単位の時間では人間を焼死に追い込むことは出来なかったのだ。
もちろん無理な使い方をされたバイクは着地と同時に木っ端微塵。
だが桐山は無事だ。
バイクが着地する前にバイクから手を放し華麗に着地を決めていたのだから。
「……貴様」
佐伯が睨みつけていた。
それも、そうだろう……今二人は業火に囲まれているのだ。
「……わかっているのか?自分が何をしたか」
「おまえが逃げられないようにしただけだ」
「……おまえも死ぬんだぞ」
「……言ったはずだ。おまえは殺す」
【B組:残り22人】
【敵:残り4人】
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