子供心に思った
この女はオレの人生の邪魔になる
だから消えてもらった
いや――消してやった


そうだ、いつもオレは自分で自分の人生を築き上げてきた
今のオレがいるのは幸運でも父のおかげでもない
オレ自身が作り上げたものだ


そしてオレは一度手に入れたものを失ったことはない
今までも、今も

そして、これからも――。




キツネ狩り―84―




「……笑わせるなよ桐山」

その表情。まるで塔の上から地面をあるく虫ケラを見るような見下した目。
今までの佐伯とは明らかに違う。 だが、その表情こそが佐伯の本性なのだ。

「最初から何でも持っているお坊ちゃんの、くだらない戯言を聞いているほどオレは暇じゃないんだよ……。
一度しか言わないから、よく聞きなよ。
オレの一番嫌いなことは、他人がオレのモノに勝手に手を出すことだ。
そんな無礼な奴は生かしておけない……そう、君のことだよ」
「おまえのモノ?」
「ああ、そうだ」

美恵の顔が脳裏に浮んだ。


「……よりにもよって、ひとの女を横取りしようなんて……
そんなふざけた行為をオレが赦すとでも思っているのかい?」
「……天瀬は、おまえの女じゃない」
「……何だと?」
「おまえの女じゃない。そう言ったんだ」
「……ふーん、つまり君はこう言いたいのかい?
彼女はオレのモノではなく、君のモノだと……」
佐伯が冷笑した。
そして……次の瞬間、佐伯が一気に仕掛けてきた。凄まじい蹴りだ。




「よくも、ここまでオレをバカにしてくれたな!!
ああ、確かに美恵はおまえに惚れていただろうさ!!
どうやって彼女の心を掴んだんだい!?
金か!?その容姿か!? だが、それも昨日までのことだ!!
おまえの持っているものは、おまえ自身の魅力じゃない!!
桐山財閥という後ろ盾があったからこそのものじゃないか!!
おまえから桐山財閥をとったら何が残る!?
何も残らないだろう!?
桐山財閥次期当主の肩書きしかないおまえに美恵がついて行くものか!!
美恵がオレを選ぶのは当然だろう!?
所詮おまえなんかにはつり合わない女なんだよ!!」


最後に佐伯が繰り出した蹴り。
それが桐山の顔面に炸裂……するはずだったが、そこに桐山はいなかった。
桐山はよけるどころか、走ったと思うと先ほど佐伯が桐山にしたように、屈伸の姿勢でクルッと佐伯の頭上で回転していた。
そして、スッと佐伯の背後に着地したかと思うと、その右手には銃が握られていた。
「……!!」
その殺意!!長年の経験と野生の勘。それが佐伯を救った。
桐山が着地を決めると同時に、佐伯は瞬間的に地面に膝をついていたのだ。


ズギューンッ!!


佐伯の頭上を弾丸が走っていく。
勿論、銃などに怯えている暇など無い。
左足を軸に、まるでビデオの早回しのように素早く回転しながら、右足で桐山の足首に強烈な蹴りを入れた。
桐山の体勢が僅かに傾く。 その僅かな緩みを見逃すわけがない。
佐伯は立ち上がりざま、桐山の手首を掴みあげると、足払いを加え一気に投げた。
まるで柔道の一本背負いのようだが、違うのは桐山の身体が数メートル先の壁に叩きつけられたことだ。


ガシャーンッ!!


佐伯が走り出していた。 十数メートル先にある最も有効な武器目掛けて。
先ほど、桐山のせいで一度は手放したもの……銃だ!!
走りながら拾い上げた。
そして同時に振り向いた。銃口は桐山にセットしている。
「……!!」
桐山は一気に駆け抜けた。


ズギューンッ!ズギューンッ!!


頭を低くしながら猛スピードで走る桐山。
その桐山の頭部スレスレに弾丸が空を切り裂いた。














「……どうしよう。委員長たちの所に戻ろうかな、でも……」

滝口は悩んでいた。 桐山が去っていってからずっとだ。
それが最善だとは思うのだが、美恵の事が気になった。
美恵の死体はどこにもない。だから転校生が連れ去ったということは容易に推理できた。
問題は、その後だ。 忘れられるわけが無い。あの恐怖の転校生の声を。
佐伯徹――あの冷酷非常な男――の声を。
それがマイクを通して滝口の耳に聞こえた瞬間、滝口は(男としては恥ずかしいが)腰が抜けそうな程動転したのだ。
あれから、どのくらい時間がたっただろう?
とにかく滝口は整理した。
あの転校生が何を言ったのかはわからない。
(それは当然だろう。桐山以外の生徒には未知の領域なのだ)
だが桐山に挑戦状を叩きつけたことは理解できる。


天瀬さんを探した方がいいだろうか?)


今頃、佐伯徹は桐山と交戦中だろう(桐山が誘いに乗っていればの話だが)
だったら美恵は、またどこかに監禁されている可能性が高い。
佐伯がいない隙を狙い、なんとか居場所を探し出して救出するか?
だが……今度はさらに見つけにくい場所に監禁されているだろう。
もしも佐伯と遭遇したら……そう思っただけで全身が凍りつくような恐怖を感じた。
正直言って、歩くのも精一杯。それほど滝口の体は佐伯への恐怖で支配されていたのだ。
だからと言って美恵をほかってもおけない。

どうしたらいいのだろう?




ガサッ……その瞬間、滝口は心臓が凍りつくような感覚を知った。
「……ひっ」

逃げるんだ、今度こそ殺される!!

「待てよ滝口!!」
「え?」
その声に、走り出そうとしていた滝口の動きは止まった。
今だ走行姿勢ではあるが、顔だけゆっくりと背後に向けた。
「……あ」
街灯に照らされた、その顔を見た瞬間、滝口は安心感から目眩を感じた。


「よかった。おまえ無事だったんだな」
「……み、三村くん」
「何だよ、泣きそうな顔をして」

B組生徒の中でも特に頼れる第三の男。
勿論、今はまだゲームの最中だし、この悪夢は終ってなどいない。
しかし滝口は、ようやく頂点にまで達した恐怖から解放された。
それほど三村の存在は大きかったのだ。
滝口は全てを話した。
幸枝や織田と合流したこと。美恵を救出したこと。転校生に見つかり、あやうく殺されかけたこと。
そして桐山と出会ったこと。自分が知っていること全部だ。
三村は静かに聞いていた。


「……滝口、よくわかった。それに、よく頑張ったな。 おまえ見直したよ」
三村は素直にそう言った。
美恵を奪い返されたことは一切責めずに、ただ滝口の頑張りを心から褒めてやったのだ。
「でも……天瀬さんを」
「大丈夫だ。天瀬は殺されたりしない」
「え、何で?」
「……ただの勘だよ」
そう言いながら三村は胸が締め付けられるような苦痛を感じた。


『愛しているよ。心の底から』


あれはジョークにさえならない下らない言葉だった。
だが、滝口は生きている。
あの戦闘のプロが止めを刺し忘れたのだ。自分のときと同じように。
考えられる理由は一つしかない。
あのクソッタレの転校生は美恵を連れ出されて余程焦ったのだろう。
そう、信じ難いが滝口に止めを刺すことすら忘れるくらい感情に流されたのだ。

つまり……(全く信じられない。いや、信じたく無いが)佐伯徹は本気で美恵に惚れている。
そうとしか考えられない。

同時に嫌な言葉が脳裏をよぎった。


『彼女とは一夜を共にした仲だから』


(……クソッ…!あのクズ野郎)

考えたくもなかった。だから無理やり記憶の片隅にしまい込んだのだ。
だが、意識的に忘れていたはずの言葉がクローズアップして三村の心を締め付けた。


佐伯が本気だとすれば……美恵は、もうすでに佐伯の手に掛かって……。


「……三村くん、どうしたの?」
三村はハッとした。
「なんでもない。それより滝口、おまえは一旦委員長たちの所に戻れ」
そうだ、今は下らないことを考えている場合じゃない。
「委員長たちと合流して移動しろ」
三村は地図を広げると指差した。そう聡美とはるかがいる場所だ。
「ここに野田と谷沢がいる。二人と合流するんだ」
「でも転校生たちが……」
「大丈夫だ。奴等はしばらく動けない」
「え?」
三村は時計を見た。やばい後30分もない。


「……まずいな。時間がない」
三村は再度地図をみた。
「よし、ここだ。この場所に委員長たちを連れて来い。
オレは野田と谷沢に連絡する為に一旦戻る」
「三村くんは?」
「二人に連絡したらオレは桐山を探しにいく。あいつ一人にまかせっきりには出来ないからな」














「……クッ!」
僅かに腕をかすった。そう二発目の弾丸だ。
桐山は転がるように、車道に停車された車の影に飛び込んだ。

しかし……ッ!!


チュドォォーンッ!!


(何ッ?!)

その耳をつんざくような爆音。
そして振り向く間もなく熱を伴った爆風が一気に襲ってきた。


「……!」


それだけじゃない!!
次の瞬間、まるで竜がうねるように炎が踊り狂いながら迫ってきた。
桐山は反射的に車のボンネットを飛び越え車体の向こう側に身を隠した。
凄まじい熱風そして炎!
コンマ1秒でも遅かったら、いや桐山でなかったら、あの炎の餌食になっていただろう。
だが、それは終わりではなかった。


スギューンッ!!


再度、佐伯の銃が火をふく
次の瞬間、またしても爆音が轟いた。


チュドォォーンッ!!


そして一気にドス黒い炎が空に伸びる。まるで黒龍だ!
そして鼻をつく嫌な臭い。

(……ガソリン!)

しまった、囲まれた!!桐山は自分のおかれた状況を瞬時に理解した。
周りには炎、そして激しい煙。何より息も出来ないくらいの熱さ!!
そう、佐伯は、桐山の為に、この集落に数箇所ガソリン入りのドラム缶を設置していたのだ。
赤々と燃える炎。佐伯の姿が見えない。




「……ククク。アーハハハッ」

煙の向こう側から佐伯の声が聞こえた。

「よく、ここまで頑張ったね桐山くん。だが、それも、もう終わりだ」


「気に入ったかい?君の為だけに用意した最終ステージは。
そう、君はここで炎に焼かれて死ぬんだよ。
その綺麗な顔も判別できないくらい焼け焦げてね」
「………」
「ああ、彼女のことは心配いらない。約束どおりオレが君の分まで幸せにしてやるよ。
君の最後はきちんと彼女に伝えておく。君は最後まで勇敢に戦った…て、ね。
桐山くん、オレは心の底から君に対して敬意を感じるよ。
そうだな、その証拠に将来オレと美恵の間に息子が生まれたら君の名前をつけてやってもいい。
君は本当によく頑張った。誇りに思っていいんだよ」




「さようなら桐山くん」




【B組:残り22人】
【敵:残り4人】




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