まるで美恵を嘲笑うかのように鉄格子が立っていた。
随分錆びてはいるが、それでも美恵
の行く手を遮っていることには代わりない。
本来は4本あったのだろう。一本分の大きな間隔、猫はそこを通ったらしい。
後、一本……せめて、後一本鉄格子が外れれば何とか通れるのに!!
美恵
は悔しそうに鉄格子を握り締めたが、勿論ビクともしなかった。
キツネ狩り―83―
「それで奴の正確な居場所は捕捉できたのかい?」
『いえまだです』
「さっさとしてくれ。全く、これだから役立たずは嫌いなんだよ」
立花薫の佐伯に対する復讐は第二段階に入っていた。
佐伯が掟を破って天瀬
美恵を連れ帰ることはわかったが証拠がない。
だが、その証拠が出るのも時間の問題だ。
そこで、立花は証拠がでるまでの暇つぶしに佐伯の正確な居場所を割り出そうとしたのだ。
方法は簡単だ。 転校生チームは、それぞれ携帯を所持している。
電源を切ってでもない限り、その携帯の電波を元に、かなり正確な位置を把握することができるのだ。
『立花さん、佐伯は携帯の電源を切っています。
電源を切られていてはどうしようもありません』
それは間違いだった。佐伯は電源を切っているのではない。
佐伯の携帯は破壊され、もう普通に会話することさえ出来ない状態に陥っているだけなのだ。
「あいつは予備の携帯を持っていたはずだ。そっちはどうだ?」
『……それが、予備のほうは電波の届かない場所にあるらしくて』
「……全く、地下にでもいるのか徹は?まあいい、わかり次第すぐに教えろ」
佐伯の我慢は限界に来ていた。
いや、とっくに限界を通り越していたのだから、その表現は正しくないだろう。
本来なら嫌悪の対象であるはずの女のせいでイラつかされるのも我慢ならない。
その女が自分を裏切って他の男などに惚れているのは尚赦せない。
しかも、その相手も自分と女の間に割り込もうとしている。
そして(これが一番勺にさわる)その男は自分に勝つ気でいるのだ……!!
「……ふざけるのもいい加減にしろ!!」
佐伯が、まるで100メートル走のスタートを切るかのように一気に動いていた。
スッと桐山が反転、その攻撃をかわすと同時に佐伯の後ろ襟首を持つとグイッと後ろに引き寄せた。
そして……!!同時にベルトに仕込んでいたナイフを取り出した。
ナイフが月明かりに照らされながら、瞬間的に横一直線に線を引く。
そう、体勢を崩した佐伯の喉元目掛けてだ!
だが、佐伯もだてに軍でエリートを気取っているわけではない。
崩した体勢を元に戻すどころか、その勢いを利用してバク転していた。
桐山のナイフを蹴り上げながら。
そして、さらに一回転して立ち上がった。
「……オレを殺そうとしただろう」
タイミングが遅かったら、首は真っ赤に流血しいた。
「言ったはずだ。おまえは殺す」
「いいのかい?オレを殺したら彼女の居場所がわからなくなるんだよ」
「そう遠くにはいないはずだ」
「!」
「おまえは天瀬を利用する為に手元に置いていた。
だから、自分の目の届かない場所に置くはずは無い。
せいぜい数百メートル範囲内、地下設備がある場所だろう」
(……こいつ!気付いていたのか?!)
「自分で探す。だから……おまえは殺す」
今度は桐山が一気に仕掛けてきた。
しかもナイフを所持している。そう、もはや手加減無しの殺し合いだ!!
凄まじい勢いでナイフが佐伯の急所目掛けて振り下ろされる。
紙一重で除ける佐伯、だが……!
「……何!?」
ナイフに気を取られた。足元をすくわれたのだ。
一気に体勢が崩れ、壁に背中から倒れた。
そこに桐山がナイフを振り落とした……!!
「……クッ…!」
次の瞬間、ナイフを振り落とした桐山と咄嗟にそばにあった枝でナイフを矛先を受け止めている佐伯の姿があった。
「なぜだ?なぜ、そんなに美恵
に執着するんだ!?」
「……………」
「君は桐山財閥の次期当主だ。例え生還できたとしても彼女が君のものになるわけがないだろう!!
君の父上は君の為に名門軍閥の令嬢まで花嫁候補を広げているんだ」
それは事実だった。桐山の父親は、もはや大企業の社長令嬢などには見向きもしていない。
なぜなら桐山財閥は大東亜共和国トップクラス。
軍事産業を独占しつつある現状を考えれば、国内トップになるのも時間の問題だ。
財力はもはや必要ない。
必要なのは政界もしくは軍部に、権力を伸ばすこと。
その為に、桐山には大物政治家か、名門軍閥の娘との政略結婚をさせようとしている。
これは余談だが、佐伯の異母姉も花嫁候補の一人だ。
その筋から佐伯は桐山家の内情を他の転校生より詳しく知っていたのである。
「だから、どうあがいたところで君と彼女が一緒になれるはずはない。
そう……所詮、君が彼女を手に入れることなんて出来ないんだ!!
君は一生、桐山財閥から逃れることなんて出来ないんだよ!!
それとも金と権力、そして家柄に固執している一族を説得できるとでも思っているのかい!?
出来るわけがないだろう!そんな君に彼女がついていくわけが無い!!
彼女の方から離れていくに決っているさ。
いや、もうすでに離れてる。美恵
はオレを選んだんだからな。
オレなら彼女を助けることも一生守ってやることも可能だからね。
実に賢い選択だ、そうは思わないかい?
つまり……君の死を望むのは彼女の意志でもあるんだよ!!」
佐伯が桐山の腹部に蹴りを入れた。桐山が背後に吹っ飛ぶ。
「本当に彼女のことを愛しているんだったら、さっさと諦めて死んでくれよ!
彼女には輝かしい未来が待っているんだ、君さえ死んでくれればね!
だから……いい加減に理解して大人しく死んだらどうだい!!」
「オレは父の決めた相手とは結婚しない」
「!」
「父が赦してくれないのなら、オレが桐山家を出れば済む事だ」
「……何を言ってるんだい?そんな事できるわけ……」
「オレは天瀬がいればそれでいい
」
佐伯は拳を握り締めた。イライラが募っていく……。
「……美恵
はオレに抱かれた女だぞ」
「関係ない」
その瞬間、佐伯の中で何かが切れた。
「未練がましいんだよ、この能面男が!!」
「……上手く言ってくれればいいけど」
鉄格子が1本はずれれば何とか脱出できる。
錆びてはいるが、それでも女の細腕で、それを破壊するなんて無理だ。
だが 美恵は諦めなかった。
すぐに地下室の中を探したのだ。鉄格子を何とかする道具はないかと。
そしてバッテリーを発見した。
鉄格子は錆びていて窓に接続されている部分はかなり脆くなっている。
電極のプラスを鉄格子の下部につなげた。
そして上部にはマイナスを……つなげた。
バチバチバチッ!!
「キャア!!」
火花が飛び散り、数秒後、美恵はゆっくりと顔を上げた。
鉄格子からシューシューと煙が出ている。
雨に濡れていたこともあってハデに感電したようだ。
美恵は慎重にバッテリーを外した。鉄格子からは、まだ煙があがっている。
美恵はタオルで鉄格子を包み握り締めた。 思ったとおり随分とグラついてきている。
これなら何とかなるかもしれない。
美恵は、やはり地下室から探し当てたヤスリで鉄格子を削りだした。
そして……カチッと音がして、鉄格子の下部が窓からはずれた。
「……良かった。間に合うかもしれない」
「フン。徹め、今に見てろ。僕に対する数々の冒涜……僕は1日も忘れたことがなかったよ」
この女をネタに、雅信とおまえを殺し合わせてやろうか?
鳴海雅信のことは知っている。あの殺人狂にはモラルがない。
殺したいと思ったら、相手が誰だろうと殺しにかかる。
そう、例え海軍のお偉いさんのご落胤だろうとお構い無しだ。
だが、鳴海が佐伯に勝てるという保証は無い。
鳴海同様、佐伯も戦闘のプロなのだ。
大人しく殺されてくれる道理がない。
それどころか、他の奴等を出し抜いて、まんまと彼女同伴で帰ってくる可能性だってあるわけだ。
そんなこと赦してたまるか!!
ひとの恋人を二人も寝取っておきながら!!
立花の恋人(金ヅルと言った方がいいだろう)は一方的に佐伯に好意をよせ、これまた一方的にフラれている。
つまり佐伯には全く相手にされていない。
だが立花にはそんなことは問題ではない。
佐伯のせいで金ヅルが二人も消えた。その事実だけが重要だった。
もしも、おまえが計画通り事を運んだら……
そうだな、おまえがそこまで惚れた彼女を僕が奪ってメチャクチャにしてやろうか?
その時だった。着信音がしたのは。
「僕だ」
『立花さん、佐伯の予備の携帯の電波を探知できました』
「本当か?すぐに所在地を確認しろ」
「……急がないと」
すっかり服は汚れてしまった。泥だらけだ。
おまけに窓から出る際に引っ掛け所々破れてさえいる。
だが、とにかく脱出できたのだ。美恵はディパッグをかかえると走り出した。
……お願い、間に合って!!
そして……刻一刻とタイムリミットが近づいてきていた。
24時間ルールの解除時間……のタイムリミットが。
【B組:残り22人】
【敵:残り4人】
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