「佐伯徹……おまえを殺す!!」


……何なんだ?


佐伯徹はミスを犯した。
そう、桐山の逆鱗に触れるという犯してはならない決定的なミスを!!

「……ふざけるな」

血を手の甲で拭いながら、佐伯はゆっくりと、そして桐山を見据えながら立ち上がった。


「ふざけるな!それはオレのセリフだッ!!」




キツネ狩り―82―




「よし、わかった。引き続き調査しろ」
立花薫は静かに携帯を切った。
「思ったとおりだ……」
まだ証拠こそ掴めていないが十中八九間違いない。
佐伯は(そう、あの女嫌いで生意気で冷酷無比な佐伯徹が……だ)女を連れ帰るつもりでいる。
それも本来殺さなければならいない相手をだ。


(しかも、すでに高級マンションまで手配して何様のつもりだ、あのガキは?)


たかが14歳、それも今までの人生で女を片っ端からフリまくっていた経歴の持ち主。
それが女を囲おうだなんて随分不届きな話じゃないか。


(徹……なんてふざけた奴だ。たかが中学生の分際で)


ちなみに数多い取巻きに貢がせまくっている、この男は佐伯とは僅か二つしか歳が違わない。

(ひとのことを女癖が悪いだの、異性関係がだらしないだの。
挙句の果ては金の亡者呼ばわりだ。
よくも本人を前にして、根も葉もある事実を堂々と言ってくれたな。
あんな無礼なことを散々抜かしていたくせに女を連れて帰ろうだなんて。
所詮、おまえもオレと同じ。ただの男に過ぎなかったというわけだ。
だが……おまえ一人を幸せにしてやるほどオレは聖人君子じゃない)


立花は写真を見詰めた。天瀬 美恵の写真だ。
(ククク……面白いことに雅信まで、この女に夢中だなんて。
徹、やっぱり神様っているんだな。敬虔な僕はずっと信じてたよ。
おまえのような悪人には、きっと天罰がくだる……て、ね)

立花は、その写真に軽くキスをした。


「感謝するよレディ。君のおかげで最高のショーが開幕できそうなんだ」














……桐山!!

佐伯は唇を噛んだ。

……ふざけるな、ひとの女に横恋慕しておきながら……!!

こんな屈辱はない。こんな侮辱はない。
佐伯は心底、そう思った。


「不敬罪で死刑だ!!」


立ち上がるとほぼ同時に佐伯が走っていた。そして桐山も。
バッ……!!何かが一瞬佐伯の前に飛び出してきた。
桐山の学ランだ。まるでマントをはずすかのように華麗に、そして一瞬にしてだ。
それが、まるで幕のように佐伯に飛び掛かった。
一瞬、そうほんの一瞬、佐伯の視界が閉ざされた。
だが、その一瞬で十分だった。天才・桐山には十分過ぎるほどの時間だ!!

「……グッ…!」

腹部に強烈な痛みが走った。まるで杭を打たれたようだ。
間髪いれずに桐山が佐伯の襟を掴み上げた。
その目、冷たいその視線。
そう紛れも無く佐伯の命を奪うことなど一切の躊躇などない目だ。
そして佐伯が反撃する間もなく拳が再び繰り出されていた。
顔、そして再び腹部にだ。


こんな……こんなバカなことがあるわけがない!
オレが……このオレが敵の攻撃を受けて痛みを感じることがあっていいはずがない!!


だが、間違いない。そう、激痛が全身を走っている。
しかも桐山の攻撃は止まっていない。
そう、全く止まらないのだ!!
まるで、サンドバッグを相手にしているように拳を繰り出している。

完全に一方的に……だ!!




「……グッ……!!……!!」


……バカな!こんなバカなァ!!


「……おまえなんかに……!」


……美恵…!


「……おまえなんかに……!」


……美恵…!




「負けてたまるか!!」




今度は佐伯の怒りが爆発した。
「……クッ…!」
そのくぐもった声は今度は桐山が発したものだった。
佐伯の膝蹴りが腹部に食い込んでいたのだ。
そして、二人は、ほぼ同時に離れた。


荒く息を切らしながら佐伯は桐山を見た。いや、睨みつけた。
こんなハズではなかった。
天瀬 美恵が他の男のモノになったと知れば、奴は気力を、少なくても美恵 の為に戦う意志はなくなるはずだ。
佐伯は、そう考えたのだ。
恋なんてものは理性とは懸け離れた盲目の感情に過ぎない。
情熱と言えば聞こえはいいが、ようは理性を失い己の感情にラリっているだけだ。
だから、冷める時は一瞬で冷める。いや目覚めると言った方がいいだろう。


感情ではなく理性に目覚め冷静になるのだ。
そして人間は、特に男は恋愛感情は冷め易い。
なぜ、あんなに愛したのか自分でも理解不能なくらい相手の女に興味を無くしてしまうのだ。
ましてや他の男に抱かれたなどと言われたら、この男が美恵 に抱いていた恋心も一瞬で冷めるはずだ。
なにしろ佐伯自身は恋愛など全くの管轄外ではあったが、恋愛のプロのような男が近くにいた。
少なくても、その男なら、間違いなく一瞬で冷めていた。
(元々、そいつが魅力を感じていたのは、その女の財力だということもあるが)




「……未練がましいマネしやがって」


この男は、まだ美恵 を愛している。
ここまで言われても尚美恵 を……。
そして美恵 も……。


「……ふざけるな!!」


今度は佐伯が一気に仕掛けた。頭部、胸部、腹部に三段蹴りだ。
佐伯の右足がまるでハブが攻撃を仕掛けるかのように瞬間的に襲ってくる。
だが、桐山は、それらを全て紙一重でよけ切った。
しかし、佐伯の勢いは止まらない。
まるでムエタイの蹴り技のように連続して攻撃を仕掛けてくるのだ。


「残念だったな、美恵 はもうオレの女だ!!
お前じゃなく、オレを選んだんだ。分かったら大人しく死んでくれよ!!
オレと美恵 の輝かしい未来のために、オレを選んだ彼女を想って死ぬんだな!!」
「そんな女じゃない」
「何だと!?」
天瀬は、そんな女じゃない。そう言ったんだ」


こいつ……!!美恵 を信じているのか?
オレのモノにはならないと、自分を裏切ったりはしないと。


再び、佐伯の心にドス黒い感情が湧き出てきた。
「オレがさっき言ったことを聞いてなかったのかい?」
「もう一度教えてやるからよく聞きなよ。美恵はオレのモノになったんだ。
美恵はもう、オレだけのものになるって誓ったんだよ。
だから、きみなんかが入る隙は無いんだ、理解したらどうだい!!
……それにもう美恵の身体も、オレのモノになったんだ。
美恵の髪も指も唇も!すべておれのモノなんだ!!
いいか、よく聞け美恵の身体でオレの手と口が触れてない部分は、もう一箇所も無いんだよ!!」
「……貴様!!」
今度は桐山が攻勢にうつった。


「何をした!天瀬に何をしたんだ!!」
「いった通りさ」

佐伯は皮肉めいた笑みを浮かべた。

「オレと彼女はもう他人じゃない。
オレと美恵の仲に、君が割り込める隙間なんて少しもないんだよ。
そう、ナイトは二人も必要ないんだ。だから……さっさとくたばってしまえ!!」














「……窓がある」
物置代わりとなっている地下室。
そこには何列も棚が置かれていたが、壁に面した棚、その棚の後ろに小さな窓があった。
勿論、ここは地下室なので、普通の窓のような大きさでない。
空気入れ用の小さなものだ。それが天井近くの高さの位置にある。
そばで見ないとわからないが、もしかしたら30cmの高さもないかもしれない。
その窓が割れている。どうやら猫はそこから入ったようだ。
美恵は棚に手をかけると、思いっきり引き倒した。


ガシャーンッ!!


その棚を踏み台にして窓に手をかけた。
やはりサイズが小さい……だが、男ならいざ知らず女子中学生の自分なら、なんとか通れるかもしれない。
この窓ガラスを外せば……美恵は窓ガラスを左右2枚とも外した。


「……!」

そして目を見張った。

「……そんな」


鉄格子が15cm程の間隔で三本並んでいた。




【B組:残り22人】
【敵:残り4人】




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