佐伯がゆっくりと立ち上がった。


……天瀬。

桐山の心の中、大切な少女の顔が浮んだ。


……美恵 。

佐伯の心の中、思い通りにならない女の顔が浮んだ。


「桐山……終わりだよ。おまえは、もう終わりだよ」

佐伯が突っ込んできた。




キツネ狩り―81―




「とにかく整理しましょ。今誰が生き残っているのか」

本当なら、そんなこと話すのも聞くのも嫌なことだ。
だが確かに、それは重要なことだ。
それは、ここにいる誰もがわかっていた、ただ言い出せずにいたのだ。
率先して口を開いてくれた月岡に誰もが感謝した。


「真弓ちゃんは、みんな知ってるわよね。杉村くんたちは初耳かもしれないけど、文世ちゃんも死んでるわ」


「藤吉が?」
杉村はショックを隠せなかった。いい子だった。
本当なら、こんな死に方をするような人間じゃなかった。
貴子は杉村より気丈だった。同級生の死を冷静に受け止めたのだ。
「そうかぁ……かわいそうに。オレたちで仇とってやろうぜ」
新井田は勿論知っていた。文世の死を。
当然だ、周藤晶が彼女を殺すのを目撃したのだから。
もちろん、その事は自分の胸の中に封印した。
見殺しにしたことがバレたら今度こそ何を言われるかわからない。


「それに典子ちゃん」
国信の顔が悔しそうに沈んだ。
「あななたちは他の子の死体みなかった?」
「いや……オレは、ずっと貴子と一緒だったが死体はみていない」
「オレもだ」
新井田は悪びれもせずに答えた。
「そう……でも、だからと言ってアタシたちの知らないところで大勢死んでたとしても不思議じゃないわ」


(そうだな、ご名答だよ。矢作も殺したって言ってもんなぁ……)


「ねえ、それより転校生のことだけど」
光子だった。
「あの佐伯って奴が桐山くんに挑戦状叩きつけたってことは……桐山くん、あいつに勝ったってことじゃないの?」
「あっ……そうよね。そう言えば、そうだわ!」
「あいつって……?ああっ、もしかして!!」
やっと気付いた七原が声をあげた。
「どういうことよ」
貴子が首をかしげている。
そこで月岡は光子と七原が聞いた菊地直人の宣戦布告を話してやった。




「じゃあ……桐山が、あいつと戦ったと仮定するなら、勝った…って、ことだよな?」
先ほど、貴子と二人まとめて殺されかけた杉村は、驚きながらそう言った。
「桐山……あいつ、とんでもない奴ね。戦闘のプロ相手に勝つなんて」
「ああ、そうだな。桐山さんって強いよな」
新井田は、わざと少々大袈裟に驚いた表情をして見せた。
なぜなら新井田は知っていたのだ。
桐山が菊地直人を倒したことも。こともあろうに周藤晶の前で学校を強行突破したことも。


「よし、すぐに桐山を探そう。詳しい話を聞いたほうがいい」
杉村は立ち上がった。まだ疲れはあるが大丈夫だ。
「そうだな、杉村の言うとおりだ。それに今は少しでも早くクラスメイトと合流しないと」
七原は素直にそう言った。
「ああ、オレもそう思うぜ。桐山さんが一緒なら鬼に金棒だ」
だが新井田の本心は違った。
(勝てるものか……相手は、まだ四人もいるんだ)
6人は気付いてなかった。俯いた新井田が冷笑していることに。


(オレみたいに世渡りの上手い奴が生き残るんだ。正義感だの友情なんてものは幻想にすぎないんだ)














佐伯が一直線に走ってきた。 同時に桐山もだ。
が、佐伯の姿が一瞬消えた。
「!」
佐伯が桐山の頭上で屈伸姿勢でクルッと綺麗に一回転すると、次の瞬間には桐山の背後に着地していた。
細いチェーンを握っている。それを着地と同時に桐山の首にかけた。
ギリッ……!!瞬間的に首に凄まじい圧迫感が走った。
そして、何より息が……呼吸が出来ない!!


「このまま、あの世に送ってやるよ。桐山くん!!」
「……グッ…!」


声がでない。もがくなんて生まれて初めてだ。

「安心しなよ、彼女は君の分までオレが可愛がってやるよ!!
そう、健やかなる時も病める時も彼女を愛し敬い固く貞操を守る……そんなお決まりの言葉通りにね!!」
桐山の目がかすんできた。
「その為に君は邪魔なんだよ!!さっさと理解したらどうだい?!」
佐伯はさらにチェーンを引いた。凄まじい力だ。
「まだ、死なないのか!?オレは往生際が悪い奴は嫌いなんだ。
言っただろう?彼女のことは心配いらないと!!」


美恵 はオレが一生全力で守ってやるよ!!
だから……安心して、さっさと地獄に落ちろ!!」


「……ッ!!」
佐伯が桐山を突き放した。
「……貴様」

あと少しだったのに……!!

桐山がナイフを手にしていた。佐伯がベルトに仕込んでおいたものだ。
それを抜き取り、腹部目掛けて刺してきたのだ。
気付くのが遅かったら、そのナイフは佐伯の血で染まっていただろう。


「……泥棒猫の分際で!息の根止めてやる!!」

佐伯が走った。
目的は先ほど桐山の蹴りのせいで十数メートル先に転がっていった銃だ。

完全に身体機能を停止させてやる!!




その佐伯の前に桐山が立ちはだかった。
「邪魔だ!!」
佐伯が飛んでいた。飛び上がりざまに強烈な蹴りをお見舞いしてやろうと思ったのだ。
狙うは勿論桐山の顔面だ。ところが桐山の方も飛んでいた。
そして佐伯同様蹴りを繰り出した。
二人の脚が空中でクロスの形でぶつかり合い、二人とも勢いで飛ばされた。


(なぜだ!?)


菊地直人を倒した相手だ。 だから普通の中学生とは違う、それは覚悟していた。
だが、ここまで自分に張り合うなんて……いや、下手したら自分のほうが押されているんじゃないのか?
認めたくないが桐山の戦闘能力は明らかに普通の中学生とは違う。
まるで自分達のように戦闘訓練を受けたかのように。
そんな佐伯の疑問を余所に再度桐山が攻撃をしかけてきた。
あわてて除ける佐伯。その凄まじい攻撃に佐伯は戸惑った。
戦闘訓練を受けている自分ですら紙一重で除けるのが精一杯だなんて。


そんなバカな事があるのか?!


「言え」
「!?」
「言え、天瀬はどこにいる? 」
「!!」


あの女か!?


桐山の攻撃をかわしながら佐伯は思った。


あの女がいるから実力以上の力を出しているのか?!


佐伯はバックステップを踏んだ。今、佐伯と桐山の間には3メートルほどの距離がある。


なんだ……だったら話は簡単じゃないか


桐山の表情が僅かに変わった。それもそうだろう。
佐伯が笑っていたのだ。


あの女に対する執着を消してしまえばいい
つまり、美恵が桐山にとって『価値のない存在』になれば済むことだ


佐伯の心に悪魔が降臨していた。














「……どうしよう」
このまま手をこまねいていたら全てが終ってしまう。
その時だった。ニャ~ン、と可愛らしい声がしたのは。
「え?」
振り向いたら猫が物欲しそうな顔でこちらを見ている。
飼い猫らしく首輪をつけている。どうやら腹をすかせているようだ。
無理もない、ここの住民はペットを連れて行くことなく政府の命令で退去したのだから。
「おなかすいてるの?」
美恵 はディパッグを開けた。佐伯が用意しておいたらしく食料と飲料水が入っている。
とりあえずパンを差し出してみた。 美味しそうに食べている。


「あなた、ずっとここにいたの?」
それにしては今まで鳴き声一つしなかった。
その時、美恵 は気付いた。猫の足が泥で汚れているのを。
美恵 がこの地下室に閉じ込められてから随分時間がたっている。
この猫が美恵 より先に部屋にいたのであれば、足の泥などとっくに乾いていていいはずだ。
それなのに泥は乾いていない。と、いうことは……

「……あなた、どこから入ってきたの?」














「ククク……アーハハハッ」

桐山は僅かに目を見開いた。おかしい、なんなんだ、この男は?


「ああ、失礼。あんまりにも君が気の毒でね」
「?」

なんだ?桐山には全く意味不明だ。

「君は彼女の為に、このゲームに参加した。そうだろう?」
「……そうだ」
「そう。彼女を愛してるんだね。……可哀想に」
「可哀想?」
「ああ、本当に。心からそう思うよ、桐山くん」


「君はそれほど彼女を大切に思っている。だが、彼女は違う」


「……………」
「少なくても、もう君が知ってる彼女じゃない」
「どういうことだ?」
「聞きたいのかい?」

佐伯は憐れみを込めた表情で語った。




「このゲームが始まって以来ずっと一緒だったんだよ。オレと彼女は」




「君たちが涙のお別れしてからずっとだ」
「……………」
「そう……一つ屋根の下に男と女が二人っきり。それが、どういう意味か理解してくれるだろう?」
桐山の表情が変わった。 佐伯は、さらに続けた。
「オレだって本当はこんなこと言いたくないんだよ。
彼女の為に必死になっている君には残酷な事実だからね」
「……どういう……ことだ?」
「そんなに、はっきり言わせたいのかい?」
佐伯は勝ち誇ったように言った。




「もう、美恵 はオレのモノになったということさ!
心も身体も、あの女の全ては昨夜頂いたんだよ!!」
「……!!」




桐山が俯いてた。今度は表情などわからない。


「オレの腕の中で小鳥のように震える彼女は最高に可愛かったな。
君にも見せてあげたかったよ」


桐山はまだ俯いていた。


「彼女は初めてだったらからね。最初は怖がっていた。
想像するだけでそそられるだろ?」


桐山は俯いていた。


「彼女の身体は最高だったよ。 白い肌が絹のようになめらかで触れるたびに紅く染まるんだ。
君も見たいだろう?でも今の彼女の身体には、オレがつけたキスマークがいくつもあるから見ないほうがいいか。
それに彼女の声だ。意外にも色っぽい声でね。
普段の聖女のような彼女からは想像もつかない。
もちろん知っているのはオレだけだ。
本当に最高だったよ。オレが抱くたびに、いい声でないて……」




ガシャッーンッ!!




「……な」

佐伯は吹っ飛んでいた。
バス停においてあったベンチは、その威力をまとめに受け真っ二つに破壊されている。
そして佐伯は一瞬だが呆けていた。
確かに自分は吹っ飛んだ、いやぶっ飛ばされていた。
左頬、先ほど桐山に殴られたとのとは比較にならない痛みがある。
口の端からは血が流れている。
それなのに、殴られた瞬間を佐伯は知らない。


(バカな……見えなかった)


そうだ、気が付いたらベンチに衝突していた。
殴られる瞬間、相手の攻撃に気付かないなんてバカな事があるわけがない。

断じてない!!




佐伯は驚愕しながらも桐山をみた。
俯いていた顔を桐山がゆっくりと上げた。


「佐伯徹……」


誰も見たことがなかった桐山がそこにはいた。




「おまえを殺すっ!!」




【B組:残り22人】
【敵:残り4人】




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