桐山……!
……おまえさえ、おまえさえ死ねば!!
おまえさえ消えてなくなりさえすれば……!!

オレはもう、おまえが一秒でも呼吸するのも我慢できない
だから……死ね!!




キツネ狩り―80―




ドンッ!!

ベランダの手すりに背中からぶつかり桐山は僅かに表情を歪ませた。
だが、この体勢を崩すわけにはいかない。
手を放せば、その途端に佐伯が手にしたナイフは一直線に桐山の喉をかき切るのだ。
ギリギリと手すりが音をたてている。


「……クッ…!」
「……死ね、桐山!!」


桐山も佐伯も見た目は華奢な身体だ。勿論、その体重などたいしたことはない。
だが、その外見からは想像もつかないほど腕力がある。
それがお互いぶつかり合っているのだ。
そして、この家は見た目ほど丈夫に出来ていない。
2人の均衡したパワーをまともに受け、ガタきていた手すりに衝撃が加わっていたのだ。
勿論、お互いしか眼中にない桐山と佐伯は、そんな事気付きもしない。


「……天瀬 …ッ」

佐伯の表情が僅かに変わった。

「……天瀬はどうした? 」
「……安心しなよ。彼女は無事だ」

佐伯の口調が低くなっている。

「……彼女の事より、自分のことを心配したらどうだい?桐山くん」

佐伯の左手。そうナイフを持っている右手は桐山に掴まれているが、左手はガラ空きだ。
その左手に銃が握られていた。


ズキューン!!














「……クッ」
「三村くん、まだ寝てないと」
はるかが心配そうに三村の顔を覗き込んだ。
「そうよ。怪我もだけど、随分体力削ってるじゃない。 今は休んだほうがいいわ」
聡美もはるか同様心配そうに声をかけた。
「……寝ている暇なんてないんだ」


……あいつは、佐伯徹は間違いなく桐山に挑戦状を叩きつけた。
内容はわからない、だが天瀬が関係してることだけは間違いないんだ。
何しろ桐山をおびき寄せるエサにする為に、わざわざ天瀬を監禁までして生かしておいてるんだからな。
だが、もしも……もしも桐山と決着がついたら。
そして佐伯の勝利で幕を閉じたら。
美恵は佐伯にとって用済みのはずだ。もう生かしておく理由が無い。


(……天瀬!! 殺させてたまるか。おまえだけは……絶対に死なせない )


三村は、いや三村以外の全ての者が佐伯が美恵 に特別な感情を抱いていることを知らない。
だから当然殺されることに危機感を抱いている。
まして、それが惚れた女なら尚更だ。




「いいか、よく聞け。オレは桐山を探しに行く」
「桐山くんを?」
「ああ、あいつは今頃奴と戦っているはずだ」

それがどこかはわからない。
だが、銃撃戦になれば、その銃撃音を頼りに、ある程度場所を特定することも可能だ。
桐山と佐伯が闘っている場所。その近くに美恵 はいと三村は考えたのだ。


「ま、待ってよ。あたしたちは?」
「おまえたちは、ここにいろ。
いいか、オレの考えに間違いがなければ多分4時に奴等を縛っているルールが解除される」
ご名答。三村の考えは正解だった。
「そしたら他の奴等が一斉になだれこんで来る事だって有りうるんだ」
これも正解だ。現に三人とも境界線近くに待機している。
「幸い野田の支給武器はマシンガンだ。オレが仕掛けた防御線に奴等が引っ掛かったら迷わずぶっ放せ」
三村は川田同様、隠れ家の周りに2重に糸を張り巡らせていた。
誰かが引っ掛かったら、その糸に仕掛けてある空き缶が落ちて侵入者の存在を知らせてくれる。
「三村くんは?」
「オレの事は気にするな」
三村は立ち上がった。

「いいか、一切容赦するな。オレたちの相手は、そういう奴等なんだからな」














ズキューンッ!!

桐山の身体から、ほんの数センチの距離だった。
ベランダの手すりに黒い穴、そこから硝煙が上がっている。
佐伯が銃口を向けた瞬間に、桐山が佐伯の左手首に手刀をいれ銃口を僅かにそらしたのだ。

バキ……ッ

だが、その弾丸は思わぬ副産物をもたらしていた。

バキバキ……ッ!!

手すりが、正確には桐山と背中越しになっていた部分が……外れた。
2人の身体が宙に浮いた。
一気にスピードが加速する。もちろん落下速度だ。

バアァァーンッ!!


桐山の身体が背中から車のボンネットに叩きつけられていた。
バゴッと聞きなれない音。そしてボンネットの歪み。
だが、桐山には叩きつけられて衝撃などにかまっている暇などない。


「死ね!!」


高く振りかざされたナイフ。
月明かりに反射したかと思うや瞬間的に瞳に巨大化して映った。


「……ッ!!」


桐山は佐伯の右手首を掴んでいた。危機一髪だった。
距離にして3センチもなかっただろう。ナイフの刃先と桐山の左目は。
まさに瞬間の一瞬。一瞬の刹那。
だが、次の瞬間も秒単位にも満たない間隔で一気にきた。
桐山が掴んでいた右手首を捻った……瞬間に佐伯の腹部を蹴り上げていた。
佐伯の身体がまたしても宙に浮く。
だが、まるでサーカスの空中ブランコの花形スターのように佐伯はクルリと回転したかと思うとスッとブロック塀に着地していた。
左手には先ほどの銃。そして……右手にも銃!

そして……二つの銃口が火を吐いた!!

それより一瞬早く、桐山は起き上がり……いや、起き上がるというより飛び込んでいた。車の影に。


バババァァァンンッ!!


けたたましい音を上げながら、ボンネットに数発の穴が空く。
スッと桐山の腕だけが車体の影から出た。その先には銃だ。
(……!)
佐伯はブロック塀の向こう側に飛び降りた。


ズギューンッ!!


ほぼ同時に銃撃音が頭上をかすめるように飛んでいく。
(……桐山の奴!!)
そう、間違いない。桐山は自分の利き腕を狙っていた。
殺せない以上、動きを封じにかかったのだ。


バチッ……!!


その異質で張り詰めた音に佐伯は咄嗟に目線を上げた。


バチッ…バチッ……!!


宙に火花だ


(……ッ!!)


暗闇の中、火花だけがはっきり見えた。
それも不自然な動きで降下してくる。
それが何なのか、佐伯は一瞬で理解した。


……電線だ!!


桐山が狙ったのは佐伯の腕だけではない。
桐山は保険をかけていたのだ。佐伯が除けた場合の保険を。
桐山から佐伯、その直線上の先にあったものは電線だ。
それが撃たれ切れたのだ。そして、電線は火花を散らしながら落ちてくる。
佐伯の足元の水溜りに……!!

「……クソッ!」


ズギューーーンッ!!


今度は佐伯の銃が火を噴いていた。
その標的は佐伯の足元目掛け落ちてきた電線、その電柱に接続されている方だ。
プツリ……接続されていた片側も切られ、完全に電流から切り離された電線。
いや、もはや電線の役割をはたせない元電線がポタっと落ちた。




(……ッ!!)

背後に気配を感じ、佐伯はふり向き様引き金を引いた……いや、その前に右手に衝撃が走った。
桐山の蹴りがキレイに入っていたのだ。

「クッ…!」

悔しそうに顔が歪む。だが銃は左手にもあるのだ。スッと持ち上げる。
が!!その僅かな瞬間に桐山が佐伯の懐に飛び込んでいた。
桐山の右足が正確に流れるように佐伯の左手目掛け炸裂していた。
が!二度も同じ攻撃が通用するほど甘い相手などではない。
佐伯の身体が沈んだ。その真上を桐山の蹴りが通過する。
髪の毛が桐山の蹴りにかすり数本宙を舞っていた。
だが桐山の動きは、まだ終わりではなかった。
桐山の足が高く振り上げられたかと思うと、佐伯の左手目掛けて一直線に降下した。
踵落としだ!!


「……ク!」
佐伯の表情が歪む。
そして音をたてながら銃がアスファルトの上をクルクルと回転しながら十数メートル先まで滑っていた。
佐伯が走った。陸上部短距離エースの貴子以上に洗練されたスタートダッシュ。


銃だ!銃を失うわけにはいかない!!


だがスタートダッシュをきったのは佐伯だけではない。そう桐山もだ。
銃を拾わせるわけにはいかない。
佐伯の後ろ襟首を掴むとグイッと引き寄せた。
途端に佐伯の体勢は後ろへと傾きバランスを崩す……かと、思われた。
だが、佐伯は左足を軸にクルッと回転した。
桐山に引き寄せられた瞬間、咄嗟にその力を利用してスピードに乗ったのだ。
そして、その右足は高く上がっている。回し蹴りだ!!
それは持って生まれた身体能力に加え、訓練によって戦闘を骨の髄まで染み込ませた佐伯だからこその反射的攻撃だった。
だが、佐伯の蹴りが決る前に桐山はスッと上半身を沈めかわしていた。
そして間髪いれずに右ストレートを繰り出していた。

……しまった!!

すかさずバックステップを踏みかわそうとした佐伯だったが、桐山の動きの方が早かった。














「……何か、何かないかしら」

美恵は必死になっていた。
ここが何の施設かなんて知らないけど、この物置代わりの地下室に何かいいものはないだろうか?
脱出する道具になるようなものは。

(止めないと。桐山くんと彼が殺しあうのだけは絶対に止めないと……!!)

きっと話せばわかってくれる。
今思い起こせば、殺すチャンスは何度もあったのに自分は殺されなかった。
きっと話せば、わかってくれる。その為にも脱出しないと。














佐伯は数メートル先の垣根に背中からぶつかっていた。
頬が僅かに赤い。


「……結構痛いものなんだな。初体験だよ」


「いや……二度目かな?美恵にもぶたれたし……」


だが、平手打ちと拳で殴られるのとは痛みが違う。そして屈辱も。
少し俯いていた佐伯だったが、ゆっくりと立ち上がった。




「顔を殴られたのは……生まれて初めてだ!!」




【B組:残り22人】
【敵:残り4人】




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