「だったらオレが先に使わせてもらうよ」

佐伯が左手をスッと挙げた。
銃口が怪しく黒光りしている。

ヒュンッ……何かが風を切っていた。ナイフだ!!

反射的に佐伯は、そのナイフを蹴り上げていた。
クルクルと月の光に反射しながあら、ナイフが大きく弧を描きつつ宙を回転していた。




キツネ狩り―79―




カン!カンッ!!

「……ダメだ」
見た目以上に頑丈だ。美恵はジッとドアを見詰めた。
佐伯は鍵をかけて出て行った。
しかも鍵だけではなく、かんぬきまで下りているようだ。
おまけに鍵穴には外側から何かを詰めてあるらしい。
美恵は地下室で針金を見つけ、それで鍵を開けることを試みたがまるでダメだった。
ドアを壊してやろうと、やはり地下室から発見したハンマーで蝶番を何度も叩いたがビクともしない。
見た目は錆びているにもかかわらず、とても頑丈だ。


……どうしよう。でも……何とか、何とか脱出しないと。


きっと今頃、桐山と佐伯が戦闘を開始している頃だ。


……止めなければ……どんなことをしてでも














佐伯がナイフに気を取られた、そのホンの一瞬だった。
桐山が背を向け飛んでいた。
そして家を囲っているブロック塀に手を置いた瞬間、桐山の身体は一気に持ち上げられた。
さらに、そのままブロック塀の向こうに飛んでいた。
実に華麗と言わざるをえない無駄の無い動きだが、勿論佐伯も黙っては見ていない。


ズギューンッ!!


銃口が火花を噴いていた。
「……クッ!」
桐山の目元がが僅かに動いたが大丈夫だ。肩をかすっただけだ。
そして、次の瞬間、桐山は、その家の庭に降り立っていた。
だが止まってなどいられない。1階の掃き出し窓を叩き割った。
そして、その穴から中に手を入れクレセントを外すと窓を開け家の中に入った。
すぐに佐伯が追って来た、桐山に劣らないくらいシャープな動きでブロック塀を越えてきたのだ。


「……家の中に入ったな」

それは当然だろう。自分を殺せない以上、桐山は銃を使えない。
それならば、限られた空間に自分をおびき寄せ、隙を見つけて襲うしか手はないはずだ。


「フン、望むところだ」

美恵の顔が浮んだ。

(……オレはコソ泥は嫌いだ。
ひとの女を横取りしようなんて奴は、それなりの報いを味あわせてやる)

佐伯はスッと銃をかまえ慎重に家の中に入っていった。














「やっぱり、この集落じゃないかしら。この島じゃあ二番目に大きいわ」
「でも、この集落も港に近いし……はずせないわね」
「とにかく片っ端から探すのよ。アタシたちだけじゃあ転校生に太刀打ちするなんて不可能よ
何が何でも桐山くんと合流するよ。もちろん美恵ちゃんもね」


女三人組(?)は地図を広げて作戦会議だ。
あの放送があってから、すでに30分を経過している。
あの放送の内容がわからない以上、桐山に何を言ったのかは皆目見当がつかない。
だが、桐山を呼び出したことだけは間違いないのだ。
その様子を杉村は木に背中を預けながら見ていた。
どういう結論が出ようとも自分は貴子と運命を共にする。
それは決めていたことだ。何より、自分は桐山や三村のように頭脳派人間ではない。
こういうことは、しっかり者の貴子達に従った方がいいと思っていた。


国信は、さすがに泣き止んでいたが、随分と悲壮な表情だ。
七原は心が痛んだ。
「……慶時、何て言ったらいいのかわからないけど」
「もういいんだ秋也」
「慶時?」
「いくら泣いたって典子さんは生き返らない。それくらいオレだってわかってるよ」
「………」
「だからオレ決めたんだ。泣いたって典子さんに何にもしてやれない。
……オレ、典子さんの仇を討ってやる。あの転校生も、政府の奴等も絶対に許さない。
ぶっ殺して肥溜めにぶち込んでやる……!!」


それは、普段は大人しく、のんびり屋の国信からは信じられないような言葉だった。
しかし七原にはわかっていた。そう、国信はこういう男なのだ。
自分が傷つけれられても動じない。
だけど愛するひとの為には心の底から怒ることが出来る奴なんだと。
「……秋也、オレはあいつらと戦うよ」
「ああ、典子さんの仇をとるんだろ?協力するよ」
「ありがとう秋也」


その様子を新井田が見ていた。
(バッカじゃねえのか?オレは知ってるんだよ、おまえが命からがら逃げだしたのを)
ちなみに国信が周藤から逃げ、その逃げてる最中に七原達と合流したことは七原や杉村、貴子は知らない。
そんな話をする余裕など無かったのだ。
(その、おまえが、あの冷酷無比な男に勝てるわけ無いだろ?)
天童真弓を殺した佐伯の非情さを思い出し、新井田は心底ゾッとした。


(……あいつ。顔だけはオレと張り合うくらいよかったけど。
……はっきり言って怖すぎるよ。 あんな奴に勝ち目なんかあるもんか。
まあ、あいつに出くわしたら、こいつらが戦ってる隙にサッカーで鍛えた、この足で逃げるのが一番だな。
オレって頭いいよなぁ。最高にイカしてるぜ)














この集落では割と大きめな家……だが人の気配がまるでない。
確かに2人の人間がいるというのに……だ。

(……あいつ。気配を消しているのか)

佐伯は壁つたいに慎重に歩いていた。
そして、スッと屈んだ。廊下が土で汚れている。
暗闇なので普通の人間は気付きもしないだろう。だが佐伯は気付いたのだ。

(……この扉の向こうか)

佐伯はスゥっと銃を上げた。


カチャ……ドアノブを回すと同時に佐伯は飛び込んだ。
まるでアクション映画のワンシーンのように一回転して顔を上げたときには銃を構えていた。
が、いない。どこにも桐山はいなかった。
階段がある。そして玄関も。 先ほど歩いていた時も玄関があった。
どうやら、この家は二世帯住宅らしい。
玄関には鍵がかかっている。どうやら2階らしい。
佐伯は階段を上りだした。 そして再び扉の前まで来た。


……なんだ?

微かだがシュウシュウと音が聞こえる。
もちろん、それは戦闘訓練を受けた佐伯だからこそわかることであり、本当に微かな物音に過ぎなかった。
……カタッ。微かに物音がした。


(見つけたぞ桐山!!)


佐伯はドアを蹴破り一気に中に入った。

(……何!?)

瞬間、佐伯の表情が一変した。桐山の姿が無かったことではない。
この部屋に漂う異臭に気付いたのだ。
そう、ガスの臭いだ。
二階でガスなんて妙な話だが、この家は二世帯住宅の為、二階にもキッチンはある。
そして、そのガスが意図的に流されていたのだ。


(しまった!)


これでは銃は使えない。使えば、ガスに引火して自分もただでは済まない。
……キィ、その微かな音に佐伯はさらに、しまった、と思った。
一瞬だがガスに気を取られ桐山から意識を放した。


そう……天井だ!!


見上げた。シャンデリアに桐山は掴まっている。
と、確認した時には、すでに桐山は飛び降りていた。
銃は使えない、ナイフだ。佐伯は反射的にベルトに差したナイフに手を伸ばした。
が、それより早く桐山が佐伯の上に落ちてきた。


「……貴様ッ!!」


その勢いで背中から床に叩きつけられながらも佐伯はナイフで桐山に切りつけた。
「……ッ!」
僅かに桐山が身を引いた。その瞬間を佐伯は逃さなかった。
桐山の腹部を押し出すように蹴り込んだのだ。
今度は桐山の身体が背中から床に叩きつけられた。
すかさず佐伯が身を起こした。
桐山に飛びつくと同時に、その喉元を押さえ込みナイフを振り上げた。


「……ぐッ!」
今度は佐伯の顔が僅かに歪んだ。
桐山が佐伯の肩を掴むと同時にグイッと引き寄せ、先ほど佐伯が桐山にしたように、その腹部を蹴り上げたのだ。
そう、まるで巴投げのように。


ガッシャーンッ!!


佐伯の身体がベランダの掃き出し窓に衝突した。
ガラスにヒビガ入るが、今度はヒビが入るだけではなかった。
桐山が間髪要れずに飛んでいた。
一瞬、宙に浮いたかと思うと、その膝が佐伯の腹部に食む。飛び膝蹴りだ。

「……っぐ!!」

まるで胃の中のものが全て逆流しそうな感覚が佐伯を襲った。
普通の人間なら、腹を抱え嘔吐していただろう。


……パキッ!


嫌な音がした。
次の瞬間、先ほどのヒビ割れなど比較にならないほどの激しい破壊音が響いた。


ガッシャァァーッンッ!!


掃き出し窓がはずれ佐伯ごとベランダに叩き付けられたのだ。
もちろん、その勢いでガラスは木っ端微塵だ。
あたりにザァァーーと細かい粒が散らばった。
普通の人間なら窓ガラスごと叩きつけられるだけで済んだだろう。
ああ、勿論、全身傷だらけになるだろうが。
だが佐伯は普通の人間ではない。 軍が誇る超エリートなのだ。
その倒れこんだ勢いを利用して、叩きつけられた瞬間にクルッと一回転して立ち上がっていた。
そして走りこんできた桐山に再度ナイフで切りつけてた。
その手首を掴み、桐山は防御に転じた。
ナイフの刃先が桐山の顔面にギリギリと近づいてくる。
それを押し返す桐山。
2人の力は、ほど同等だ。均衡したパワーが危ういバランスを保っている。


「……桐山くん」

ふいに佐伯が口を開いた。

「……君、死んでくれないか?その方が彼女の為にもなるんだ」

『彼女』……つまり天瀬美恵だ。

「……どういう事だ?」
「一々説明するのも面倒だから簡単に言うよ」

佐伯の目つきが、さらに鋭くなった。


「おまえが死ねば全てが、まるく収まるんだ!!
おまえさえいなければ美恵は幸せになれるんだ!!
だから……往生際の悪いマネはやめて大人しく殺されろ!!」




【B組:残り22人】
【敵:残り4人】




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