『あの女は永遠におまえのものにはならないんだよ!!』


ガシャーンッ!!……ツーツーツー

何なんだ、あれは?

鳴海は少々戸惑っていた。
なぜ、あんなことを言われなければならないのか?

ほんの数十分前の出来事、だが今だに鳴海の心に引っ掛かっていた。
なぜだ?なぜ佐伯徹は、あれほど感情的になっていたんだ?




キツネ狩り―78―




天瀬美恵……か。なぜ雅信は、この女がそんなに欲しいんだ?
美人だしそれなりに楽しめそうだが、資産的価値なら僕の取巻きの方がずっと上じゃないか。
確かに遊びなれてる女より、こういう女を強引に手に入れる方が面白いかもしれないが、あの雅信が…ね。
どうせ、あいつにあるのは独占欲と支配欲だろうが……全く、ひとは見かけでは判断できないな)


「さっきから何楽しそうに笑ってるんだよ?」
蝦名攻介だった。
「別に……ああ、そうだ。一つ聞きたい事があるんだけど」
「何だ?」
「君、この女性のこと、どう思う?」
立花がプログラム対象クラスの資料(天瀬 美恵の写真を指差しながら )をスッと差し出した。
蝦名はジッと、その写真を見てこう言った。


「勿体無いな。まあ、オレはどちらかと言えば、こっちの女の方が好みだが」
そう言って光子の写真を指差した。
「こういう女は後腐れ無さそうだから」
「もう一ついいかな?もし君がプログラムに参加したとするよ」
立花は前触れも無く仮定的な話をしだした。


「そこで殺さなくてはいけない相手に恋をした。さあ君ならどうする?」


「……どうするもこうするも仕方ないだろう」
それから少し考えて、こう言った。

「他の奴には殺させたくない。オレの手で楽に殺してやる。
それぐらいしか出来ないだろ?」

「ふーん、君けっこうロマンチストなんだね。 さらに聞いてもいいかな?」
「まだあるのか?」
「もしもだよ?君にとてつもない後ろ盾がいたとしよう。
その相手に手を回せば彼女を助けることが出来るかもしれない。さあ、どうする?」
「……おまえ、さっきから何言ってるんだ?」
「いいから答えてくれないか?ちょっとした心理テストみたいなものだよ」


「……連れて帰るかもしれないな」
「グッド、実にいい回答だ」














「……オレはおまえが大嫌いだ!!」


桐山は表情一つ変えなかった。
なぜ、この男が自分に対して異常な程敵意を持っているのか、という点に対しては確かに疑問はある。
しかし、そんな事はどうでもいいことだ。
要は倒せばいい。この男の向こうには 美恵がいるのだから。
だが、この闘いはあきらかに桐山に不利だった。
そう佐伯は容赦なく桐山を殺しにかかるだろう。
しかし桐山はそうはいかない。
少なくても美恵の居場所を聞き出すまでは殺すわけにはいかないのだ。
そして、勿論佐伯はその事をわかったいた。
美恵が手中にある以上、余程のことがない限り、桐山は自分を殺せない。
だが、自分は違う。必ず息の根を止めてやる。


桐山がディバッグを放り投げた。
今は佐伯から美恵の居場所を吐かせることが最優先だ。
そして、一気に動いた。
先ほど、佐伯が繰り出した拳に全く劣らないスピードで、佐伯の左頬目掛け右拳をうち込んだ。
が、勿論それを喰らうような男ではないスッと頭を沈め、紙一重でよけた。
そして、パンチをかわされた桐山の右腕を下からグッと掴むと同時にグイッと引き寄せた。
その勢いと同時に今度は佐伯が右拳を桐山の顔面目掛けて繰り出していた。

「……グッ…!」

だが押し殺された声を出したのは佐伯の方だった。
佐伯が拳を繰り出す前に、桐山の膝蹴りが、佐伯の腹部に炸裂していたのだ。
佐伯が怯んだ隙に桐山は今度は左拳を握った。


……が!桐山は拳を繰り出すことなく佐伯を突き放した。


2人の間には2メートル程距離がある。
桐山の学ランに、ほんの数センチだが切り裂かれた跡がある。
そう、鋭利な刃物で切り裂かれた跡が。


「残念」

佐伯がナイフを握っていた。

「もう少しで君の血で綺麗に染まったのに」

ベルトの後ろ部分に隠し持っていた折りたたみ式ナイフだった。


佐伯が動きだした。先ほどまでの動きとはまるで違う。
最初の攻撃は様子見だったのだ。 ナイフで急所だけを狙ってきた。

目、喉、腹部……そして心臓だ!!


桐山は、それらの全てを紙一重で除けたが、いつまでも除け切れるものではない。
「どうしたんだい?!」
佐伯の皮肉めいた声。


「銃は使わないのかい?直人には使ったんだろう?!」


そうだ、確かに今桐山は三丁の銃を所持している。
元々は沼井が所持していたもの。山本から奪ったもの。
そして、今しがた佐伯の口からでた菊地直人が所持していたもの。
「そうか使わないんだね!?」
佐伯の声の調子が一段と上がっていた。


「だったら!」
「………!!」


桐山の瞳が僅かに拡大した。

「オレが先に使わせてもらうよ」

佐伯の左手に握られた銃、その銃口が怪しい黒光を放ちながら、桐山を見詰めていた。














部屋の中、美しいクラシックの着メロが流れ出した。
「少し失礼するよ」
立花は、さも愉快そうに部屋を後にした。
「秀明、あいつ何か企んでるぞ。あいつが、ああいう顔をしてるときは、いつもろくなことが無い」
「ああ、そうだな」
「いいのか?ほかっておいて」
「なぜだ?」
「晃司に都合の悪いことならどうする?」
「晃司は誰にも弱味は見せないし、誰も晃司の弱味は握れない。
第一、晃司には何一つ弱味なんか無い。だから晃司は関係ない」
「それも、そうだな」
堀川秀明と速水志郎はそれだけ話すとまた黙ってしまった。
科学省によって意図的に作り出され、完璧な教育を受けた人間だけあって、余計な感情は一切無い。
よって会話すら、必要なこと以外は一切話さない。


立花薫の怪しい行動は他の奴等も不審に思っていた。
菊地直人の戦死を知った途端、部屋から出て、どこかに行ってしまった瀬名以外の者全てだ。
そして速水同様思った。 きっとろくなことじゃないと。
あいつが心底嬉しそうな顔をするときは、必ず誰かをおとしめるときだ。
それも気に入らない相手なら尚更。
例えば……佐伯徹、そして周藤晶。
この2人は立花薫にとって、最も気に入らない人間なのだ。
間違いなく、そのどちらかが関係していることだろう。
口にこそ出さないが、その場にいる全員が、そう思っていた。


それは何も言わずにプログラムの資料に目を通している氷室隼人もそう思っていた。
今彼が目にしているのは転校生チームの資料。
5人の経歴や戦歴が事細かく記載されている。
その中で優勝候補№1の高尾晃司の写真があった。
その隣には、周藤晶だ。


(……晃司。無事でいるか?)


それから周藤の写真を手にとった。
生意気で傲慢なくらい自信に溢れた表情だ。


(……晶、おまえは優勝するかもしれない。だが…)














――三ヶ月前――


「晃司、本当にプログラムに行くのか?」
「そうだが、それがどうかしたのか?」

高尾晃司は変わり者ぞろいの科学省の兵士の中でも特に変わっていた。
具体的にどこが変わっているのか?とは説明しがたいが、とにかく無口で何を考えているのかわからない。
しかし、無口で感情をあまり出さないという点で言えば氷室隼人も似たようなものだった。
特に何をするでもなく、高尾の横に立っていた氷室だったが、ふいに言った。


「もう一度言うぞ。オレと代われ」


高尾は返事もしなかった。
それどころか振り向きもせずに銃の手入れだ。
だが、その手は止まっていた。


「なぜだ?」

数秒おいて、やっとそれだけ口にした。

「別に。ただ……」



「……もう少しくらい自分を大事にしてもいいんじゃないのか?」
「よくわからないな。なぜ、そんな事を言うんだ?」

高尾晃司は本当に優秀な兵士だった。
だが、人間としては何かが欠けていた。
そして高尾自身は、その事について何の疑問もない。


「なぜ、大事にする必要があるんだ?オレにはわからない」














晶、おまえは優勝はするかもしれない
優勝はするかもしれないが、決して晃司には勝てない
晃司に勝てる奴なんて存在しない
おまえもオレも、あいつにだけは勝てない

一生勝てはしないんだ、絶対にな


……いや


後、三年で永遠に勝てなくなるんだ――。




【B組:残り22人】
【敵:残り4人】




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