殺意を抱いたのは
殺したいと思ったのは

今までの殺しは始末に過ぎなかった
あの女を殺したのも俺にとっては身辺整理に過ぎない

だが今度は違う


桐山和雄、オレは必ずおまえの息の根を止めてやる




キツネ狩り―77―




『いいか和雄、結婚というものは釣り合いが1番大切だ』

カツーン……カツーン……

『学歴、経歴、社会的地位、資産……そして何より家柄だ』

カツーン……カツーン……
ひとの気配のない集落に響く足音

『おまえは桐山家に相応しい女を妻にする義務がある』

その集落に一人の男が立っていた

『だから間違っても下らないクラスメイトなどを相手にするな』

辺りを見渡した。誰もいない

『わかったな和雄』




風が吹いた。五月の風らしく柔らかな感じだが夜という事もあって、さすがに暖かさはない。
時間通りだ。だがいない。

(どこにいるんだ?)

……静かだ。まるで気配を感じない。
人間どころか、猫一匹いない。


(……天瀬は無事だろうか? )


………!!


桐山が僅かに目を見開いた。
そしてスタートダッシュを切ったと思うと地面に飛び込むように伏せた。
立っていたら丁度背中より少し上、首の高さの位置をヒュルルッと空を切り裂き回転しながら何かが飛んでいった。
その何かは十数メートル先で弧を描くように方向転換して、またしても空を切り裂きながら此方らに向かって飛んできた。
ブーメラン(中川典子の支給武器だ)だった。
そのブーメランの動きが完全に止まっていた。
桐山が掴んでいたからだ。
パチパチ……手を叩く音が聞こえ桐山はゆっくりと背後に振り向いた。
「お見事」
教室で見た顔。そして、あの時と同じように拍手をしている。


「さすがは政府公認の要注意人物。1000ポイントは伊達じゃないね」
「…………」


「別に、こんなオモチャで君を殺せるなんて思ってない。
ほんの挨拶代わりだよ。桐山くん」
「……天瀬はどうした? 」
「まあ、そう急かさなくていいだろ?安心しなよ彼女は無事だ」
天瀬をどこにやった? 」
「大丈夫だよ。彼女は安全な場所で休んでもらってるんだ。
だから心配は無用だよ」
天瀬はどこにいるんだ? 」
「……全く、ひとの言うこと聞いてなかったのかい?
言っただろう?彼女は大丈夫だって。
焦る必要はないんだ……それを一々ウザイ事言いやがって!!」

佐伯の声や態度が急変した。
いや声や態度だけではない。表情もだ。


「……安心しろよ。すぐには殺さない」




『認めるわ』




佐伯の形相が、さらに凄まじくなった。

「……生まれてきたことを呪いたくなるくらい、じっくり苦痛を味あわせてやる」














「……おい、その情報本当だろうな?」
『は、はい』

携帯片手に立花薫は少々唖然としていた。
何しろ、この陰険で性悪で底意地の悪い男から見ても、鳴海雅信は少々変わった男だった。
何といっていいのか、つまり人間らしい感情がまるでない。
ただ上から命令された事を忠実にやり遂げる殺人ロボットのような男。
いや、人を殺した時、微かに笑みを浮かべる時もあるが、人間らしい感情とは程遠い異質な存在。
もちろん恋愛なんてものには一生縁がないであろう、その男が。


「女を請求した?しかもプログラム対象クラスの女を?」


女にチヤホヤされ散々貢がせ、まるで相馬光子を男に置き換えたような立花にも信じられない事だったようだ。
あの鳴海が(確かに、それなりに女が寄って来るという噂はあったが)女に惚れたなんて。
そんな純情な面があったのか?とにかく信じられない。

「……女。……女、ね」

徹といい、やけに女が関係しているな。そこまで思って立花は別のことを考えた。
そう佐伯徹の事だ。
お嬢様学校に転入手続き……あの佐伯にどういう関係があるのか?
そして、また鳴海の事を考えた。




「それで、その相手は?」
『……ちょっと待って下さい……天瀬美恵。天瀬美恵です』

天瀬美恵? 」

その時、立花は自分の記憶をたどった。
プログラム対象クラスの資料にあった天瀬 美恵の顔写真、そしてプロフィールが脳裏に浮かんだ。

(……ふーん、雅信の奴、ああいう女が好きだったのか。
てっきり、ああいうタイプが好きなのは晶の方かと思ったが。
確かにイイ女だったが……そこまでしてほしいのか?)

ちなみに立花薫の愛情は女自身ではなく、その女が所有する財産に比例する。
よって鳴海の純愛(と、言えるかどうかはわからないが)など、一生理解できないだろう。


(……待てよ、天瀬美恵は確か…… )
立花は再度記憶をたどった。
そう……確か天瀬美恵はE地区に飛ばされたはずだ。

(そうだ、徹の担当地区だ!)

偶然と言えば、ただの偶然だ。
しかし、立花の第六感が何かを感じたのだ。

「徹が依頼した転入手続きの件だが、相手の女を調べろ。すぐにだ」














美恵は、地下室の隅でジッと考えていた。
桐山和雄の事、親友の貴子や光子の事、クラスメイトたちの事……。
そして佐伯徹の事を。
羽織られた上着、そして佐伯が最後に見せた、あの表情。
(……もしかして)
あの寂しそうな表情が頭から離れなかった。

(……もしかして、あのひと)


そんなに悪いひとじゃないかもしれない
本当は優しい人かもしれない
きっと愛情を知らずに育ったから……だから冷たく見えたけど……
……でも、話せばわかってくれるかもしれない


佐伯は上からの命令で、このプログラムに来た。
だから佐伯自身には罪は無い。
仕方なく命令に従っているだけで本当は悪い人間ではない。
そうで無ければ、あんな表情はしない。
あれは演技では無かった。本物の表情だった。
彼は本当は寂しいだけなのかも知れない。
美恵は、そう考えたのだ。




美恵の考えは半分当たっており、半分外れていた。
佐伯は本当に悪人か否かで言えば、非の打ち所のない悪人だ。
あの冷酷さ残忍さは作られたものなのではない、間違いなく生まれ持っていたモノだ。
しかし……美恵に対してだけは、冷酷非情になりきれなかった。
美恵は、佐伯が時折見せた子供のような態度や、せつない表情、それが自分だけに見せたものだとは知らない。
自分に特別な感情を抱いていることも。
その為、佐伯が自分に対してだけは悪人ではないが、他者に対しては容赦ない男だということまでは気付かなかった。
とにかく美恵は、こう思った。


(……何とか止めないと。桐山くんと彼が殺しあうのを)


そう、受身でいては何も変える事は出来ない。
もしB組生徒の中で、佐伯を説得できる人間がいるとしたら、それはずっと一緒にいた自分だけだ。
自惚れているわけではない。ただ可能性に賭けただけだ。


(ここから出ないと!何とか脱出して桐山くんたちが戦うのを止めないと)


でも、どうやって?

美恵はチラッとドアを見た。
所々、錆びてはいるが見るからに頑丈そうなドアだ。
とてもじゃないが、あそこから出るのは無理だろう。
しかし、ここは地下室。あそこ以外に出口は無い。
天井を見上げた。明かりとりの小さな窓さえ一つもない。














佐伯が近づいて来た。その静寂した夜の街に佐伯の足音は綺麗に響いた。
そして桐山との距離、ほんの2メートル程の距離で止まった。

そして……!!


「……ッ!」


佐伯の右腕が桐山の顔面目掛けて瞬間的に伸びてきた。
もちろん、それを大人しく受ける男ではない。
次の瞬間、佐伯の右拳を左掌で受け止めている桐山の姿があった。
ギリギリとお互いのパワーと視線がぶつかり合っている。
そして、ほとんど同時に離れた。2人とも決して筋肉質な身体ではない。
しかし見かけによらずパワーもスピードもある。




「……桐山くん」

佐伯が笑っていた。しかし、その瞳は赤く燃え上がっている。

「戦う前に一つだけ言っておきたいことがあるんだ」

佐伯の顔から笑みが消えた。




「……オレはおまえが大嫌いだ!!」




【B組:残り22人】
【敵:残り4人】




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